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第三話

مؤلف: 久遠遼
last update تاريخ النشر: 2026-06-02 13:40:56

聞き間違えるはずがない、香澄の声だ。

頭が真っ白になりかけながらも、必死に言葉を絞り出した。

「お願い……少しだけでも来て……!」

『千景』

低く、面倒くさそうな声だった。

『自分の母親のことだろ? それぐらい自分で対応しろ』

「……え?」

『病院なら医者がいる。俺が行ったところで何ができる』

「でも……」

『明日の朝には家に帰る。その時なら話を聞いてやる』

プツッ、と一方的に通話が切れた。

耳元で鳴り続ける無機質な電子音だけが聞こえるスマホを握ったまま動けなかった。

微かに感じた希望は、そもそも私の気のせいだった。

窓の外では、イルミネーションが流れていく。今日はクリスマスイブだ。

その光景がひどく非現実的なものに見えて仕方がなかった。

きっと玲司は今頃、“家族ごっこ”の続きで忙しくしているのだろう。

それからしばらく、流れゆく景色を呆然と見つめていると紫苑医科大学病院へ到着した。

その頃には、外はすっかり暗くなっていた。

受付で名前を告げると、職員の表情がわずかに強張った。

「朝霧美鈴さんのご家族ですね。救急外来へご案内します」

案内された先は、白いカーテンで区切られた救急処置室の前だった。

中からは、看護師たちの慌ただしい足音と、機械の電子音が漏れてくる。

「あの……母は?」

「現在、処置中です。医師から説明がありますので、こちらでお待ちください」

用意された椅子に座っている間、身体のどこにも力が入らない。

足が床についているはずなのに、宙に浮いたままふわふわしているような感覚に陥る。

何分待ったのか分からない頃、白衣を着た医師が私の前に立つ。

「朝霧美鈴さんのご家族の方ですね」

「はい……娘です。母は、どうなんですか?」

医師は一瞬だけ、言葉を選ぶように目を伏せた。

「施設で急性心不全を起こされた可能性が高いです。搬送時には血圧がかなり低下しており、酸素の取り込みも悪い状態でした。胸のレントゲンでも、肺に水が溜まっている所見があります」

「肺に……水?」

「心臓のポンプ機能が落ちると、全身に血液をうまく送れなくなります。その結果、肺に水分が滲み出て、呼吸が苦しくなることがあります。肺水腫を伴う心不全です」

説明されている意味は分かる。

母はもともと慢性的な心不全と、いくつかの内臓疾患を抱えていた。

だけど、数日前まで母の状態は安定していたはずだ。

それなのに、どうして?

状況をうまく飲み込めず、頭が追いつかない。

「今は酸素投与と利尿剤、それから血圧を保つ薬で状態を支えています。ただ、心臓への負担が強く、不整脈も出ています。しばらく集中治療室での管理が必要です」

「集中治療室……助かるんですか?」

自分の声が、ひどく掠れていた。

医師はすぐには答えなかった。

「今すぐ命に関わる状態は、ひとまず脱しています。ただ、予断を許さない状況です。もともとの心機能もかなり落ちていますし、腎機能も悪くなっています。今後、人工呼吸器や透析に近い管理が必要になる可能性もあります」

人工呼吸器。

透析。

現実味のない言葉ばかりが並んでいく。

「……面会はできますか?」

「短時間でしたら可能です。ただ、ICUですので時間は限られます」

医師に案内され、私は集中治療室の前まで歩いた。

自動扉の向こうに、母がいた。

細い腕には、点滴の管が何本も繋がれている。

鼻と口には酸素マスク。

胸元には心電図のコード。

指先には、酸素の値を測る機械。

ピッ、ピッ、と規則的な音だけが、母がまだ生きていることを教えてくれていた。

「お母さん……」

呼びかけても、母は目を開けない。

かつてこので院長を務めていた人とは思えないほど、母は小さく見えた。

朝霧美鈴(あさぎりみすず)。三年前まで、この病院を支えていた人。

患者第一で、現場からも慕われていた母は、ある日突然、院長の座を退いた。

理由は、誰も教えてくれなかった。

それから、まるで何かに追い詰められるように、母の体調は少しずつ崩れていった。

なのに今、その母は、この病院でひとりの重症患者として横たわっている。

私は唇を噛みしめた。

悔しくて、悲しくて、ただただ、どうしようもなく惨めだった。

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  • 虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~   第七十五話

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  • 虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~   第二話

    息ができない。 視界が滲む。 潰れた車体と瓦礫の隙間から、かろうじて外の光だけが見えていた。 遠くで、誰かの声がする。「香澄! 大丈夫か!?」 切迫した玲司の声で、意識が引き戻された。 私は必死に顔を上げる。 けれど、玲司が真っ先に駆け寄ったのは、私ではなかった。 助手席側にいた香澄だった。「やだ……っ、痛い……!」「大丈夫だ。今助けるからな!」 香澄は泣いていた。 腕から血を流していたけれど、意識ははっきりしている。身体も動いている。 それなのに玲司は、瓦礫に押し潰された私ではなく、真っ先に彼女の方へ駆け寄った。 私は……? 声を出そうとしても、喉が震える

  • 虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~   第一話

    「申し上げにくいのですが……久我さんに残された時間は、このままだともうあまり多くありません」 「え……?」 真っ白な診察室で、私は医師の言葉を聞き返すことしかできなかった。 久我千景(くが ちかげ)。 それが、私の名前だ。 数年前の事故で負った怪我の経過を見るため、いつものように病院へ来ただけだった。 今日も、形式ばかりの説明を受けて終わる。 そう思っていた。 けれど、医師の口から告げられたのは、あまりにも予想外の言葉だった。 「先日の血液検査と追加検査の結果、久我さんは血液を作る骨髄そのものが壊れていく病気だと分かりました」 「血液を作る骨髄が壊れる病気…

  • 虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~   第四話

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  • 虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~   第五話

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