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千尋と会ってから二日が経った。その間、千尋と、千尋の父親――長嶺組との要求に挟まれて、和彦は対応策も考えついていない。
いっそのこと、このまま無為に時間が流れ、千尋が十歳も年上の男のことなど忘れてくればいいのにと、都合のいい、半ば自棄ともいえる事態を望んでしまう。 ハンドルを握る和彦の目に、自宅マンションが入る。拉致されてからの習慣にしているが、常にマンション周辺に不審な車が停まっていないか、まず確認するようになっていた。それから駐車場に車を停める。 車をロックして歩き出そうとした瞬間、背後で別の車のドアが開く音がした。和彦の背に冷たい感覚が駆け抜け、もう一歩も動けなくなった。どうやら、本来ならマンションの住人しか停められないスペースで、車のエンジンを切って和彦の帰りを待っていたらしい。 「――組長が会いたいと言っている」 声をかけられ、やはり、と思わず絶望から目を閉じる。一度奥歯を噛み締めてから、和彦はやっと言葉を絞り出した。 「嫌だ……内奥で円を描くように、大胆に指が動く。頑なだった肉は緩み、擦り込まれる唾液によって潤む。おそらく、いやらしく真っ赤に熟れてもいるだろう。そして侵入者は、そういった反応をすべて観察しているはずだ。「んっ……くぅっ」 肉を掻き分けるようにして、指が内奥に付け根まで収まる。その状態で欲望を擦り上げられると、和彦は呆気なく絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らす。 激しく息を喘がせている間も、侵入者は容赦なく内奥を指で攻め、微かに湿った音がするほど蕩けさせてしまう。しかしふいに、指が引き抜かれた。 和彦の耳は、自分の乱れた呼吸音だけではなく、ファスナーを下ろす音も捉えていた。ビクリと体を震わせて起き上がろうとしたが、布越しに、侵入者の顔が近づいてきたのが見えると、それだけで動けなくなる。この状況で相手の顔を見た途端、暴力を振るわれて犯されると、確信めいたものがあった。 奇妙なことだが、顔が見えないからこそ和彦と侵入者の間には、歯止めのようなものが生まれているのだ。 布越しに何度目かの口づけを与えられる。片足を抱え上げられて、蕩けてひくつく内奥の入り口に、圧倒的重量を感じさせる熱い塊を押し付けられ、擦りつけられる。和彦は小刻みに体を震わせて、小さく呟いた。「――……嫌、だ……」 和彦の唇に、荒い息遣いが触れる。もしかすると、侵入者は笑ったのかもしれない。 侵入者は、和彦を犯しはしなかった。その代わりに屈辱と羞恥を与えることにしたのか、和彦の片手を取り、逞しい欲望を握らせた。 知らない男の欲望だった。手を取られ、扱くことを強要されながら、和彦は喘ぐ。被虐的な気持ちに陥りながら、倒錯した性的興奮を覚えていたのかもしれないし、熱を帯びる布越しの口づけに感じていたのかもしれない。 てのひらで感じる侵入者の欲望は、ふてぶてしく育ち、力強く脈打っている。 こんなものが自分の中に打ち込まれたら――。そう想像したとき、体の内を駆け抜けたのは、恐怖なのかおぞましさのか、和彦自身にも判断しかねた。あるいは、別の〈何か〉なのかも。 和彦が小さく身震いを
なぜこんなことを、と頭が混乱していた。それ以上に和彦を混乱させるのは、侵入者がなぜ、守光の取った方法を知っているのかということだった。眠っている和彦の元に忍び寄り、布で視界を覆うと、言葉を発することなく体をまさぐる。当然、和彦が抵抗できないことを知ったうえで。 患者の容態の急変は偶発的なものだが、今、和彦の身に起こっていることは、あまりにできすぎている。まるで事前に打ち合わせをしていたかのように。 熱い舌にベロリと胸の突起を舐め上げられ、小さく声を洩らした和彦は反射的に、侵入者の肩を押しのけようとする。大柄な体つきであることが容易に想像できる、逞しい肩だった。 和彦のささやかな抵抗を嘲笑うように、露骨に濡れた音を立てて胸の突起を吸われ、しゃぶられる。あっという間に熱をもった突起は、荒々しい愛撫になすすべもなく敏感に尖り、和彦にとって馴染みすぎている感覚を生み出してしまう。 両膝を掴まれて左右に大きく開かれ、腰を割り込まされる。侵入者がどういう意図で和彦に触れているか知らしめるように、硬いものを両足の間に押しつけられた。布越しとはいえ、はっきりと欲望の形を感じ取り、和彦は激しく動揺する。「や、め――」 上げかけた声は、再び唇を塞がれて抑え込まれる。唇と唇の間にある布のおかげで、相手の舌が口腔に侵入してくることはないが、唇をなぞる舌の動きは伝わってくる。あからさまに和彦を威嚇していた。 再び欲望を掴まれて扱かれながら、もう片方の胸の突起を口腔に含まれる。感じやすい先端を指の腹で擦られて腰を跳ねさせると、胸の突起をきつく吸い上げられてから、舌先で転がされる。 粗野で荒っぽい愛撫を執拗に与えられ、最初は頑なに体を強張らせていた和彦だが、侵入者の手が柔らかな膨らみにかかったところで、弱さを見せてしまう。「ひっ……」 潰されるかもしれない恐怖と、何度味わっても慣れない強烈な感覚への期待に、心が揺れていた。その瞬間を相手は見逃さなかった。 上体を起こした侵入者に片足をしっかりと抱え上げられ、大きな手に柔らかな膨らみを包み込まれる。「ううっ」 思いがけず巧みに指が蠢く。柔らかな膨らみを揉みしだ
せめて、賢吾にメールを送っておこうと思いはするものの、体がもう動かない。ふっと和彦の意識は遠のく。 普段であれば、このまま深い眠りについてしまうはずなのだが、意識の一部はひどく研ぎ澄まされている。慣れない場所で一人ということもあり、絶えず辺りの様子をうかがっているのだ。 総和会の男たちが同じ階に控えていて、何か起こるはずもないのに――。 自分が起きているのか眠っているのかわからない状態に陥り、浸っていると、前触れもなく異変は起こった。 マットの傍らに誰かが立っている気配を感じたのだ。 本能的な怯えから和彦は体を強張らせる。次にどんな行動を取るか、ほんの数瞬の間に考えて実行に移そうとしたが、その前に動けなくなった。顔全体にふわりと柔らかな感触が触れたからだ。それが薄い布の感触だとわかったとき、和彦の中で蘇ったのは、守光宅の客間での出来事だった。 驚きと戸惑いによって和彦が動けないのをいいことに、侵入者はいきなり大胆な行動に出る。マットの上に上がり、和彦の体にかかった毛布を剥ぎ取ったのだ。 急速に恐怖に支配され、顔にかかった布を外そうとしたが、すかさず片手で手首を掴まれてマットに押さえつけられる。大きくて力強い男の手だった。和彦の手首を折るぐらい簡単にできそうだ。言葉も発さない相手の意図を察し、和彦はささやかな抵抗すらできなくなる。 トレーナーの下に分厚く硬い手が入り込み、肌をまさぐられる。生理的な反応から鳥肌が立つが、相手は意に介さず、トレーナーをたくし上げて、無遠慮に撫で回してくる。手つきも、手の感触すらもまったく違うというのに、和彦の存在を探るかのように触れてきた守光のことが、頭から離れない。 手つきの荒々しさとは裏腹に、男は時間をかけて和彦の体に触れてきた。そして興味をひかれたように、胸の突起を特に念入りに弄り始める。 てのひらで捏ねるように転がされ、自分ではどうしようもできない反応として硬く凝ると、指の腹で押し潰され、再び反応を促すように乱暴に摘み上げられて、引っ張られる。痛みに小さく呻いた和彦は、ここでようやく、頑なに閉じたままだった目を開けた。 薄い布を通した電気の光に、一瞬目が眩む。だがすぐに、自分の上に馬乗りになっ
「腸閉塞だな。わかりやすく言うなら、腸が詰まっているんだ。だから、飲食したものがすべて逆流して、嘔吐が続くし、腹痛も起こる。先日の手術で内臓の組織が癒着して、腸が圧迫されたんだろうな。それに、寝たきりのストレスも、腸によくない影響を与える」 部屋にいる男たちに淡々と説明をしながら、輸液の準備をする。一方で頭の片隅では、この場にいるのは、南郷率いる第二遊撃隊の人間ばかりなのだろうかと考えてもいた。 手術を行ったときは、男が怪我を負った簡単な経緯だけは聞いたが、それ以外のことは何も知らされなかった。唯一はっきりしていたのは、総和会から回ってきた仕事、ということだけだ。だが、帰宅する車で南郷と乗り合わせ、さほど知りたくなかった事情を、大まかながら教えられた。 総和会の中で詰め腹を切らせるために、男は生きていなくてはならないのだ。 こういう事実を知ってプレッシャーを感じるぐらいなら、何も知らなかったほうがありがたい。 医者として患者を救いたいのは当然だが、この世界で求められるのは、そういう道徳や倫理といったものではない。優先されるべきは、組織の都合であり、事情なのだ。結果として患者を救えるのだから文句はないだろうと、南郷なら平然と言いそうだった。 必要以上に南郷を悪辣な男として捉えてしまうのは、やはり苦手だからだ。 車中での出来事が蘇り、和彦は眉をひそめる。背筋を駆け抜けたのは、不快さだった。気を取り直し、男の腕に点滴の針を刺す。「当分、食事はおろか、水を飲むことも厳禁だ。点滴で栄養をとりながら、胃腸を休ませる」「……また、手術をすることになるんですか?」 和彦の指示に従い、新しい洗面器を持ってきた男が問いかけてくる。なんとなく見覚えがある顔だと思ったら、先日、南郷と同乗した車を運転していた男だ。 咄嗟に和彦は、質問に対して、まったく関係ない質問で返していた。「――南郷さんもここに来ているのか?」 男はわずかに目を見開いたあと、すぐに無表情となって首を横に振った。「いえ、今日は会長と行動をともにしているので」「そうか……」
秦だけでなく、その秦の後ろ盾となった長嶺組――賢吾からも。「組長には報告しておきましたから、当分先生には、窮屈な思いをさせるかもしれません」「……基本的に、どこに行くにも護衛をつけてもらっているから、ぼくの場合、さほど生活に影響があるとも思えないが……。あっ、護衛が面倒だから、夜は出歩くなと言うことか?」 和彦としては真剣に問いかけたのだが、怪我をしている組員までもが、苦笑に近い表情を浮かべて首を横に振る。「先生に、そんな野暮は言いませんよ。ただ、俺たちみたいな連中の面倒を見てくれる大事な人なんですから、気をつけてほしいだけです」「それを言うなら、君らもだ。日ごろ振り回して、世話になっているからな」 短く息を吐き出して和彦は、今度こそ切り傷の縫合に取り掛かった。**** 午後の診察時間の終了まで一時間近く残して、クリニックにはすでに緩やかな空気が漂っていた。最後の患者を見送ってしまうと、完全予約制のこのクリニックでは、あとは仕事が限られるのだ。 週明けに入っている予約について打ち合わせを済ませてから、あるスタッフは医療用品や薬剤の在庫を確認し、手が空いているスタッフは掃除を始める。和彦も、診察室を――というより、自分が使っているデスクの上を片付ける。 それが終わると今度は、コピー用紙を一枚取ってきて、卓上カレンダーを眺める。「――……ついこの間、花見でバタバタしていたのにな……」 ぽつりと洩らした和彦は、簡単な文面を考えてコピー用紙に書いていく。すると、診察室の掃除のため入ってきた女性スタッフが、ススッと近づいてきた。「何を書いているんですか、佐伯先生」「ゴールデンウィークの休業日のお知らせ。患者さんにはもう電話で伝えてあるけど、配達業者が困るかもしれないから、そろそろ玄関のドアに貼っておこうと思って」「はあ、この間開業したと思ったら、もうゴールデンウィークなんですねー。バタバタしていたから、なんだかあっという間です
**** 突然、電話が鳴り、ビクリと体を震わせた和彦は考えるより先に起き上がると、サイドテーブルの子機を取り上げた。『――お休み中、申し訳ありません』「いや……」 寝起きで掠れた声を発した和彦は、反射的に時間を確認する。室内の暗さから見当はついたが、深夜だった。 こんな時間、長嶺組の組員からかかってくる電話の内容は、ほぼ決まっている。『うちの組の者がトラブルに巻き込まれて、怪我をして戻ってきたんです。ひどく痛がっていて、どうやら骨折をしているようで……。それで、クリニックのほうで診てもらいたいのですが』「そうだな。レントゲンを撮る必要があるから、クリニックのほうが都合がいい。麻酔もすぐに準備できる」 話しながらベッドを下りた和彦は、イスの上に置いた着替えを取り上げる。『すでに車は待たせてあります。準備ができたら降りてください』 五分で降りると返事をして、電話を切る。 ジーンズに穿き替えながら和彦は、最近急に物騒になってきたように感じていた。先日は、総和会の第二遊撃隊が面倒を見ることになったという男を手術したが、やはり、外を出歩いているときに襲われて大怪我を負ったと教えられた。 普段は無用な揉め事を避けたがる世界だが、些細なことで様相は一変する。血生臭い空気に当てられて小さないざこざが起こり、それが大きな闘争へと繋がる危うさと緊迫感をいつでも孕んでいるからだ。もっとも、こんな世界に身を置き、医者をしている和彦だけがいつ血の匂いがするかと身構えており、男たちにとってはこれが当たり前なのかもしれない。 和彦はTシャツを着込み、その上からパーカーを羽織って、慌ただしく玄関に向かおうとしたが、すぐに引き返して洗面所に飛び込む。眠気はとっくに消えてしまったが、顔を洗って気持ちを切り替える。 一階に降りると、すでに待機している長嶺組の車に乗り込み、まっすぐクリニックへと向かった。 患者を含めた数人の組員たちはすでに到着しており、待合室にいた。和彦の姿を見るなり素早く立ち上がり、一斉に頭を下げ
「あんた……」 愕然とする和彦を嘲笑うように、男は唇の端を微かに動かした。人を小馬鹿にしたような、嫌な笑みだ。だが、粗野な外見の男にはよく似合っていた。 特徴的な外見は相変わらずだ。オールバックにした癖のある長めの髪と、国籍不明の外国人のような彫りの深い顔。無精ひげはさらに伸びており、黒のソリッドシャツにジーンズというなんでもない格好なのに、近寄りがたさを放っている。秦が、一目見て警戒した理由もわかる。「この間、長嶺のガキが、警察を呼ぶと吠えていたから、今日は俺が先に呼んでやった」 男が一歩踏み出し、和彦ではなく
『今、先生はドキドキしているでしょう? 側に三田村さんがいるんですよね。わたしにとっては運がよかったですよ。三田村さんに、先生と連絡が取れるよう頼むつもりだったんですが、その三田村さんと一緒だったんですから』「……ぼくにとっては、最悪のタイミングだ」『なら、今すぐ三田村さんに、わたしとの間に何があったか報告しますか? それなら少なくとも、わたしからの連絡に身構えなくて済みますよ』 自分は被害者なのだと、頭ではわかっているのだ。秦の外面のよさにすっかり騙された挙げ句、鷹津という刑事に絡まれて動揺しているところに、気づかないまま
Tシャツの上からすっぽりと手術衣を着込み、帽子を被った和彦は、眉をひそめる。回りくどい言い方に、理解するのに少々時間がかかり、考え込みながらも手を洗って消毒を済ませる。 「つまり、ぼくが今すぐ事情を知る必要はないということですね」 「はい。早急に手術に取り掛かっていただけるとありがたいです」 必要がない限り、ヤクザの事情に立ち入らない姿勢を保っている和彦としては、こんな会話を交わしても疎外感に襲われることはない。 ペーパータオルで手を拭いてラテックス手袋をしてから、奥の〈手術室〉へと向かう。もとはベッドルームなのだが、その名残りを留めているも
** 長嶺組は、ビルのテナントやマンション・アパートの部屋を、常時いくつか契約している。何かの商売をしているよう装う必要があったり、誰かを匿うときのために、そうやって物件を押さえているのだ。もちろん名義は、組とは関係ない第三者のものを使っている。あくまで、合法的に。 そのマンションの一室を、クリニックが開業するまでの簡易手術室としたのだそうだ。和彦が、長嶺組に初めて医者として協力したとき、手術できる場所ではないと、さんざん文句を言ったのがきっかけなのだと聞かされた。 それに、何かあるたびに総和会に力を借りる事態を、賢吾も苦々しく感じ