Masuk勤務は日勤のみで、週休二日。給与は、美容外科のスタッフとしては平均的な額。こういった条件を掲載してもらったが、それでもこちらの予想を超えて反応はあった。
好条件で人材を集める必要はなく、日中の、〈表向き〉の業務さえきちんとこなせるなら、それで十分なのだ。長嶺組の人間がチェックして、これだけの人間が問題ないと判断されたのなら、あとは面接を経て、数人を採用することになるだろう。 大事なのはむしろ、組絡みの業務に携わる人材だ。「それで、数日中には書類選考の結果を連絡して、来月中旬には、面接を行いたいと思っている。もちろん、先生には立ち合ってもらうが、組の関係者も同席させたいと思っている」「関係者?」「長嶺組のフロント企業を統括している人間が、こういった席に慣れているから、面接を任せてみたらどうかと組長に提案されたんだ」 話しながら三田村は、気づかうように和彦を見る。何もかも長嶺組主導で決められることに、和彦が気を悪くするのではないかと心配しているのだろう。「ぼくのほうは、それでかまわない。経営のノウハ** 夕食は、外に食べに行くかという賢吾の誘いを断って、おとなしく過ごすことにした。なんなら賢吾一人で出かけてもらってもよかったのだが、俺がそんなに薄情な男に見えるかと言われては、仲良く二人で過ごすしかない。 材料は最低限は揃っているので、山暮らしでレベルアップした手料理を振る舞おうかと思っているうちに、賢吾はさっさと組員に連絡をして、デパートで花見弁当を買って来させた。「――余裕があれば、去年みたいに一泊して桜見物に出かけられるんだがな」 弁当と一緒に買ってきてもらったインスタントの味噌汁を掻き混ぜながら、渋い顔で賢吾が洩らす。和彦は、自分の前にも置かれた弁当をまじまじと見つめる。春の陽射しの下で見たなら、さぞかし映えるであろう華やかさだ。今のこの状況だと少々わびしさを感じなくもないが、だからといって味が変わるわけではない。 煮物の小芋をまず食べてみたが、ダシの風味がしっかりと効いて美味しい。ご飯は二種類あり、錦糸卵がたっぷりのったちらし寿司に、たけのこご飯だ。たけのこの触感を楽しんでいると、また賢吾がぼやく。「花見会の予定がズレたせいで、どこもかしこもてんやわんやだ。知らん顔したいところだが、どこぞの父子が揉めたせいでこうなったと噂されているせいで、そうもいかん」 その父子の片方が、和彦の目の前にいるというわけだ。「……ささやかな雑用なら手伝えるけど、ぼくができる程度の仕事なら、組員のほうが機転が利いて使いやすいか」「お前はお前の仕事がある。クリニック再開の準備もあるからな。猫の手も借りたくなるほどに忙しくなったら、頼るかもしれん」「素直に、お前の手は必要ないと言ってもらったほうがいいんだが……」 上機嫌で笑った賢吾は、桜の花の形のかまぼこを口に放り込む。「ただまあ、どんなに忙しくても、お前が何をしているかわかる距離にいるのはいい。何かあれば、本宅の奥に匿っちまえばいいからな。当の本人は、嫌がるだろうが」 一人になりたくてマンションに戻ってきた和彦に対する当て擦りなのだろうが、知らないところで奔走してくれた賢吾には言う権利がある
「――寮の空き地に何を作ってほしいと言ったんだ?」 唐突な問いかけに和彦はすぐには思考が切り替えられず、硬直する。すると賢吾は噛んで含めるように言い直した。「さっき言っていただろう。寮に空き地があって、お前のために犬でも猫でも飼ってやるとか、温室を作ってもいいとか言われたと。南郷やオヤジに揃って詰め寄られて困ったとも言ってたな」「……詰め寄られたとまでは、言ってない」「似たようなもんだ。あの二人に意見を求められたら。お前がなんと答えたかまでは、教えてもらってない」「苦し紛れに言ったから、あんたの期待に応えられるようなものじゃないぞ。会長はさすがに表には出さなかったけど、南郷さんはなんか微妙そうな顔をしていたし」「あの二人の表情を読み取れるようになったら、大したものだ。――で、もったいぶらずに教えろ」「別にもったいぶってなんか……。野鳥の水飲み場だ」 せっかく答えたというのに、賢吾の反応は、南郷と似たようなものだった。あまり手間も金もかけてほしくなかったため、本当に苦し紛れで出した要望だが、意外に悪くないかもしれないと和彦は心の中で自画自賛していたのだ。「あれだけ緑が多い場所だから、野鳥も棲みついているんじゃないかと思ったんだ。水飲み場といっても、何も池を造ってほしいとかじゃなくて、野鳥が水浴びとかできる大きさの器を置けばいい。できれば、羽を休められる止まり木程度のものをちょっと植えてもらって」「……お前はささやかなものを想像しているかもしれねーが、総和会の面子にかけて、植物園みたいなのを造るかもしれんぞ」「そうなりそうだったら、絶対あんたが止めてくれっ。ぼくはただ、部屋の中から、飛んでくる野鳥を眺められたらいいなと思っただけだ。……何か言わないと、本当にでかい番犬を何頭も飼いそうだったし……」 ぼやく和彦がおかしかったのか、賢吾の笑い声が浴室内に反響する。「そりゃ南郷も微妙な顔になるな。ヤクザの巣窟に、小鳥を呼び込むつもりかと。そんなことを思いついてリクエストするのは、
ふむ、と声を洩らした賢吾が思案げな顔をする。それでも手は動き続け、和彦は欲望を握られた。緩く扱かれ呼吸が弾む。足をもじつかせた拍子に湯が波立った。「だったら、組から贈るものとは別に、俺とお前の連名で、絵を贈るか。知り合いがやってる画廊がある。現代アート専門だが、若い連中が出入りする施設なら、そっちのほうが見栄えがするだろ」 両足を広げられ、もう片方の手が柔らかな膨らみにかかる。和彦は腰をビクビクと震わせながら、声を上げた。「すでに〈あいつ〉に絆されてるんじゃねーか? 祝いの品と聞いて、すぐに絵がいいと提案してくるんだ。今日はしっかり話し込んだみたいだな」 恐ろしい大蛇がチロチロと舌を出している姿が、脳裏に浮かぶ。話はしたが、絆されてはいないと否定した和彦に、わかっているとばかりに賢吾が薄い笑みを唇に刻む。 大蛇の執着がねっとりと和彦に絡みつき、逃げられないよう締め付けてくる。手荒く柔らかな膨らみを揉みしだかれ、慣れた指先に弱みを捉えられ、弄られる。「あっ、あっ、痛、い……。そこ、嫌、だっ……」「痛いことはしてないだろ。俺はここを痛めつけたことはないはずだ。いつでも優しく、甘やかしてる」 耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンで囁かれる。声で鼓膜を愛撫された和彦は身悶え、下肢への残酷な愛撫も受け入れる。 はあ、はあ、と息を喘がせながら賢吾を振り返り、唇と舌を貪り合う。濃厚な口づけの合間に問われた。「寒くないか?」「へ、きだ……。熱い、ぐらいだ」「のぼせるなよ」 腰が蕩けてしまうと危惧するほど、じっくりと丹念に欲望と柔らかな膨らみを愛されているうちに、悦びの声を抑えきれなくなる。半身を捩って賢吾の腕にすがりつき、肩先に歯を立てたところで、ふっと脱力してずるずると湯に沈み込みそうになり、さすがに慌てた賢吾に引き上げられた。 心配した賢吾にしっかりと抱き締められ、和彦は呼吸が落ち着くのを待ちながら、じっとする。自分の鼓動の音がうるさくて、どれだけ興奮していたのかと密かに恥じ入る。「…&hell
前髪から滴り落ちようとしているしずくを指先で弾くと、うなじにそっと唇が押し当てられる。心地よい疼きが緩やかに背筋を這い落ちて、和彦は身じろぐ。 今日はもう仕事はしないと宣言をした賢吾は、鼻歌を歌いながらバスタブに湯を溜め、入浴剤を選び始めた。結果、こうして夕方にもならない時刻から、二人一緒に湯に浸かっていた。 湯の温度はぬるめだが、背で感じる賢吾の体温は高く、なかなかいい塩梅だ。「贅沢だ……。長嶺組長を座椅子代わりにして、入浴するなんて」「お疲れだろうから、労ってやろうという俺の優しさだ。しっかり感謝しろよ」 疲れているのは、昨夜の父子による行為のせいもあるのだが、指摘するのはやめておく。藪蛇になりかねない。「そういえば――」「何?」「今日の昼間、雨が降っただろ。天気雨というやつだ。たまたま外に出ていたから、参ったぞ」 和彦はパッと賢吾を振り返る。「もしかして、見た、のか?」「見たって……、ああ、あれか。虹が出てたな」 賢吾は短く笑い声を洩らすと、和彦の肩先に掬った湯をかけてくれる。「たまには空を見上げてみるもんだな。いいものが見られた。あとになって、写真を撮ってお前に送ってやればよかったと思ったが、そうか、同じものを見たんだな」 白乳色の湯の中で、なんとなく互いの手をまさぐり、指を絡めた。 和彦は、総和会本部での出来事をできるだけ簡潔に説明する。その中には、守光や南郷とのやり取りも含まれているが、さすがに、守光と俊哉の関係については省かせてもらった。「……〈寮〉が完成したというなら、うちから何か、祝いの品でも送らないといけねーな」 賢吾がぽつりと洩らした言葉に、和彦は目を丸くする。南郷が管理する建物ということで、てっきり賢吾は知らん顔をすると思ったのだ。「表向きは、俺は怒りの矛を収めたことになっている。お前がいない間、古参連中がこぞって俺の説得にやってきてな。わかってはいたが、堪えるもんだ。いい歳したおっさん共の泣き落としは。――長嶺組と総和会ってのは、切っても
賢吾が言いそうな憎まれ口だと、笑みをこぼしたそのとき、白い花に集っていたハチがふいに和彦に向かって飛んでくる。軽く手で追い払っただけで、あっさりとハチは白い花にまた寄っていく。その様子を見ていた守光が、ふいにこんなことを言った。「――あんたの周りを飛ぶ羽虫がいたと聞いたが、問題ないかね」 一瞬、さきほどのハチのことかと思ったが、冷徹な守光の眼差しを見て、そうではないと気づく。「あの、なんのことか……」「遠い土地からわざわざこっちにやってきて、巣を作り始めているらしい。いつの間にか、な。第一遊撃隊の御堂辺りは把握していたようだが、なぜかわしは、賢吾から聞かされた」 ここまで言われれば、伊勢崎組のことを指しているとわかる。なんと答えるべきかと、和彦は目まぐるしく頭を働かせる。御堂の名が出た以上、迂闊なことを言えば迷惑がかかる。 顔を強張らせて口ごもる和彦に、ふっと守光は微笑みかけてきた。「あんたに聞いても仕方のないことか。――極道の考えることは、極道にしかわからん。たぶんな」 雨に濡れるよりも、このやり取りのほうが体が冷えた。 この後、守光の部屋でお茶を飲み、引き止められるまま昼食まで共にしてから、ようやく本部を辞した。 車の中で和彦は、自分は本当に聞きたいことが聞けたのだろうかと思い返すが、気疲れのせいかすぐに思考は空回りを始めた。漫然と車窓から眺める外の景色には、一時的に降った雨の名残りはすでになく、虹もとっくに消えている。 車は自宅マンションへと向かう。賢吾からは本宅でもマンションでも、好きなほうに戻ればいいと言われており、遠慮なく自宅を選ばせてもらった。一人になりたかったのだ。 ふらふらと部屋にたどり着き、ドアを開けた途端、ふわりと風が吹き抜けた。一瞬覚えた違和感の正体は、すぐに気づいた。窓は施錠しているので、風が室内から吹いてくるはずがない。つまり――。 バタバタと靴を脱いでダイニングに駆け込むと、ちょうどキッチンからカップを手にした賢吾が出てきた。なぜか、寛ぐ気が全身から溢れ出ているスウェットスーツ姿だ。「……何、してるんだ」
「言わぬが花、という言葉を知っているか、先生?」 柔らかく窘められ、さすがにこれ以上踏み込むことはできなかった。続けて守光が洩らした言葉を聞けば、なおさらだ。「ただ一つ言えることは、佐伯俊哉は冷たく美しい男だったということだ。忌々しいことにな」 二人は口を閉じ、雨を眺め続ける。気まぐれな天気らしく雨足はすぐに弱まり始めた。「――さて、昔話はここまでだ。これからの話をしようか」 そう言って守光が始めたのは、事務的な話だった。 和彦と総和会の間で進められていた病院建設について、一旦凍結ということになったというのだ。率直に感想を述べるなら、非常にありがたかった。和彦としては経験も何も足りない人間が、小規模ながらクリニックを一つ任されているだけでも重圧なのだ。そこに、総和会という大組織の意向を受けて形ばかりとはいえ病院運営を任されるなど、分不相応というレベルを超えて無謀だった。「あんたがいない間に、土地の取得についてちょっと面倒が起きて、いっそのことここは手を引いておくかという話になった。あんたが戻ってくるという確信もなかったことだしな」「……ぼくにはまだ早かったということです。ご面倒をおかけしたことは、本当に申し訳ないとは思いますが――」「気にしなくていい。もともとの計画のついでに、あんたを囲い込めればと下心があったうえでのことだ。あんたは無事に長嶺の男に戻ってきたし、規模の大きな計画が頓挫するのは珍しいことでもない。それに当分は、注意しておきたい案件もあるしな。総和会の外で目立つ動きは避けるべきと、忠告された」 誰から、と問いかける前に、異変を感じたように守光が視線を動かし、和彦もつられて同じ方向を見る。透明なビニール傘を差したうえに、二本の傘を持った南郷が歩いてくるところだった。 東屋の前で立ち止まった南郷が、空を見上げてから傘を畳む。「せっかく傘を持ってきたんですが、少し遅かったようですね」 雨の勢いはすでに衰え、霧のような小雨となっている。この程度なら雨宿りも必要なさそうだ。 屋根の下から出た和彦は傘を断り、南郷に倣うように空を見上げて目を丸くする。虹が出ていた。こ