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第14話(14)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-01-25 11:00:10

『佐伯がクリスマスツリーを見に来るなら、運がよければ会えるかもしれないと、お兄さんには言っておいた。お前、あの場所を気に入ってただろ?』

「気に入っているけど、兄さんは、ぼくが姿を見せるまで、毎日あの場所に立っているつもりだったのかな……」

 これはほとんど独り言に近いものだったが、澤村は律儀に応じる。聞きたくなかったことを教えてくれた。

『お兄さんが、楽しそうに笑って言っていた。――うちの弟は、好きなものや大事なものを目にしたら、我慢できずにすぐに手を出してしまうタイプだって。こういうところは、子供の頃から変わってないとも。……いいお兄さんじゃないか。お前のことをよく理解してるみたいで』

 寒気がした。子供の頃から繰り返されてきた仕打ちを思い出し、胸の奥でどす黒い感情が渦巻く。

 これ以上、冷静に話せる余裕がなくなり、和彦は懸命に呼吸を整えて澤村に告げた。

「もう、ぼくの家族には何も教えないでくれ。協力もしなくていい。……ぼくの数少ない
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  • 血と束縛と   第48話(17)

    「いつもより開催が遅くなったせいで、大変なことに、とかですか……?」「それはまったく関係ありません。花見会などの大きな行事のときは、総本部はこういう感じなんですよ。必要なものをここから運び出したりもしますから、普段は出入りできない組の若い子らも、物見遊山で手伝いに来ています。別の階では今頃、当日会場に入る者に、立ち居振る舞いについてレクチャーも行われているはずですよ」「そうなんですか。ぼくは滅多に総本部には足を運ばないものですから、事情がよくわからなくて」「文書室は、挨拶状などの手配で早い時期に慌ただしくなりますが、今はご覧の通りです。一方で、警備部や遊撃隊の方たちは大忙しですね。当日だけではなく、何日も前から会場に入って警備の準備をしますから。南郷隊長は何か言ってませんでしたか?」 思いがけず出た南郷の名に、内心で激しく動揺する。なぜ自分に南郷のことを問うのかと戸惑ったが、なんのことはない。南郷は、総和会での和彦の後見人だからだ。数日前に本人から念を押されたばかりではないかと、和彦は自分に呆れる。いまいちまだ、ピンときていないのだ。「……花見会のことについては、特に……」「あの人も、普段は総本部には寄り付かない人なんですが、最近はよく見かけますよ。第二遊撃隊が格上げされるという話もありますから、いろいろと準備があるのかもしれませんね」 隊の格上げの話は初耳だが、まっさきに和彦が気にしたのは、御堂が隊長を務める第一遊撃隊の存在だ。今でも微妙な立場なようだが、第二との明確な差をつけられることで、どんな変化が起こるのか。守光が何も考えずに決断を下すはずがない。 化け狐の尾に頬を撫でられたような怖気に襲われ、大きく身震いをする。藤倉が首を傾げた。「どうかしましたか?」「寒暖差にやられたのか、少し寒気がして……。大したことじゃないです」 今日の用事は済んだからと、真剣に心配してくれた藤倉に促され、和彦は応接室を出る。エレベーターホールまで見送ってくれた藤倉と別れて、一人でエレベーターに乗り込む。 総本部のロビーは二階

  • 血と束縛と   第48話(16)

    **** 総和会内で文書室筆頭という肩書きを持つ藤倉は、久しぶりに顔を合わせた和彦に対して、相変わらず折り目正しいビジネスマンのような物腰だった。 やはり久しぶりである総本部を訪れた和彦は、応接室に通されてすぐに、藤倉に頭を下げつつ手土産を差し出す。「いろいろとご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。これはつまらないものですが――」 藤倉の好物だという佃煮の詰め合わせだ。もちろん情報元は賢吾だ。とりあえず藤倉がニコニコとして受け取ってくれたことにほっとする。「――大変だったようですね」 ソファに腰掛け、お茶が運ばれてきてからさっそく藤倉が口火を切る。和彦は微苦笑を洩らしつつ、どこまで説明すべきかと迷ったが、藤倉は軽く片手をあげてこう言った。「佐伯先生の個人的な事情に立ち入ることになりますから、説明はけっこうです。わたしとしては、長嶺会長が決定されたことに沿って、事務処理をさせていただくだけです」「……ぼくは今日は何をすればいいのでしょうか? とにかく行けばいいとしか言われなかったものですから」 今の和彦は予定などあってないようなものなので、常に長嶺の男たちの都合に振り回される。今日も、朝になって突然賢吾に呼ばれて本宅に出向いたところで、さきほど藤倉に渡した手土産を押し付けられたのだ。「そう構えないでください、佐伯先生。今わたしが言ったように、事務処理の一環です」 言いながら藤倉は、書類ケースから書類の束を取り出す。「これは……」「総和会が主導する病院経営について、前に佐伯先生にご署名いただいたものです。計画が中止となりましたので、これらは廃棄ということになります」 その確認のためにわざわざ呼んだのかと、きょとんとした和彦だが、本題はここからだった。 和彦が不在の間、クリニックは休診となり、当然患者を受け入れていなかったのだが、そこは長嶺組という組織が実質的に切り盛りしているクリニックだ。診ていない患者を診たことになっていたり、処方箋も出ている。さらには新たな機材や備品・薬品も購入

  • 血と束縛と   第48話(15)

    ** 夕食は、外に食べに行くかという賢吾の誘いを断って、おとなしく過ごすことにした。なんなら賢吾一人で出かけてもらってもよかったのだが、俺がそんなに薄情な男に見えるかと言われては、仲良く二人で過ごすしかない。 材料は最低限は揃っているので、山暮らしでレベルアップした手料理を振る舞おうかと思っているうちに、賢吾はさっさと組員に連絡をして、デパートで花見弁当を買って来させた。「――余裕があれば、去年みたいに一泊して桜見物に出かけられるんだがな」 弁当と一緒に買ってきてもらったインスタントの味噌汁を掻き混ぜながら、渋い顔で賢吾が洩らす。和彦は、自分の前にも置かれた弁当をまじまじと見つめる。春の陽射しの下で見たなら、さぞかし映えるであろう華やかさだ。今のこの状況だと少々わびしさを感じなくもないが、だからといって味が変わるわけではない。 煮物の小芋をまず食べてみたが、ダシの風味がしっかりと効いて美味しい。ご飯は二種類あり、錦糸卵がたっぷりのったちらし寿司に、たけのこご飯だ。たけのこの触感を楽しんでいると、また賢吾がぼやく。「花見会の予定がズレたせいで、どこもかしこもてんやわんやだ。知らん顔したいところだが、どこぞの父子が揉めたせいでこうなったと噂されているせいで、そうもいかん」 その父子の片方が、和彦の目の前にいるというわけだ。「……ささやかな雑用なら手伝えるけど、ぼくができる程度の仕事なら、組員のほうが機転が利いて使いやすいか」「お前はお前の仕事がある。クリニック再開の準備もあるからな。猫の手も借りたくなるほどに忙しくなったら、頼るかもしれん」「素直に、お前の手は必要ないと言ってもらったほうがいいんだが……」 上機嫌で笑った賢吾は、桜の花の形のかまぼこを口に放り込む。「ただまあ、どんなに忙しくても、お前が何をしているかわかる距離にいるのはいい。何かあれば、本宅の奥に匿っちまえばいいからな。当の本人は、嫌がるだろうが」 一人になりたくてマンションに戻ってきた和彦に対する当て擦りなのだろうが、知らないところで奔走してくれた賢吾には言う権利がある

  • 血と束縛と   第48話(14)

    「――寮の空き地に何を作ってほしいと言ったんだ?」 唐突な問いかけに和彦はすぐには思考が切り替えられず、硬直する。すると賢吾は噛んで含めるように言い直した。「さっき言っていただろう。寮に空き地があって、お前のために犬でも猫でも飼ってやるとか、温室を作ってもいいとか言われたと。南郷やオヤジに揃って詰め寄られて困ったとも言ってたな」「……詰め寄られたとまでは、言ってない」「似たようなもんだ。あの二人に意見を求められたら。お前がなんと答えたかまでは、教えてもらってない」「苦し紛れに言ったから、あんたの期待に応えられるようなものじゃないぞ。会長はさすがに表には出さなかったけど、南郷さんはなんか微妙そうな顔をしていたし」「あの二人の表情を読み取れるようになったら、大したものだ。――で、もったいぶらずに教えろ」「別にもったいぶってなんか……。野鳥の水飲み場だ」 せっかく答えたというのに、賢吾の反応は、南郷と似たようなものだった。あまり手間も金もかけてほしくなかったため、本当に苦し紛れで出した要望だが、意外に悪くないかもしれないと和彦は心の中で自画自賛していたのだ。「あれだけ緑が多い場所だから、野鳥も棲みついているんじゃないかと思ったんだ。水飲み場といっても、何も池を造ってほしいとかじゃなくて、野鳥が水浴びとかできる大きさの器を置けばいい。できれば、羽を休められる止まり木程度のものをちょっと植えてもらって」「……お前はささやかなものを想像しているかもしれねーが、総和会の面子にかけて、植物園みたいなのを造るかもしれんぞ」「そうなりそうだったら、絶対あんたが止めてくれっ。ぼくはただ、部屋の中から、飛んでくる野鳥を眺められたらいいなと思っただけだ。……何か言わないと、本当にでかい番犬を何頭も飼いそうだったし……」 ぼやく和彦がおかしかったのか、賢吾の笑い声が浴室内に反響する。「そりゃ南郷も微妙な顔になるな。ヤクザの巣窟に、小鳥を呼び込むつもりかと。そんなことを思いついてリクエストするのは、

  • 血と束縛と   第48話(13)

     ふむ、と声を洩らした賢吾が思案げな顔をする。それでも手は動き続け、和彦は欲望を握られた。緩く扱かれ呼吸が弾む。足をもじつかせた拍子に湯が波立った。「だったら、組から贈るものとは別に、俺とお前の連名で、絵を贈るか。知り合いがやってる画廊がある。現代アート専門だが、若い連中が出入りする施設なら、そっちのほうが見栄えがするだろ」 両足を広げられ、もう片方の手が柔らかな膨らみにかかる。和彦は腰をビクビクと震わせながら、声を上げた。「すでに〈あいつ〉に絆されてるんじゃねーか? 祝いの品と聞いて、すぐに絵がいいと提案してくるんだ。今日はしっかり話し込んだみたいだな」 恐ろしい大蛇がチロチロと舌を出している姿が、脳裏に浮かぶ。話はしたが、絆されてはいないと否定した和彦に、わかっているとばかりに賢吾が薄い笑みを唇に刻む。 大蛇の執着がねっとりと和彦に絡みつき、逃げられないよう締め付けてくる。手荒く柔らかな膨らみを揉みしだかれ、慣れた指先に弱みを捉えられ、弄られる。「あっ、あっ、痛、い……。そこ、嫌、だっ……」「痛いことはしてないだろ。俺はここを痛めつけたことはないはずだ。いつでも優しく、甘やかしてる」 耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンで囁かれる。声で鼓膜を愛撫された和彦は身悶え、下肢への残酷な愛撫も受け入れる。 はあ、はあ、と息を喘がせながら賢吾を振り返り、唇と舌を貪り合う。濃厚な口づけの合間に問われた。「寒くないか?」「へ、きだ……。熱い、ぐらいだ」「のぼせるなよ」 腰が蕩けてしまうと危惧するほど、じっくりと丹念に欲望と柔らかな膨らみを愛されているうちに、悦びの声を抑えきれなくなる。半身を捩って賢吾の腕にすがりつき、肩先に歯を立てたところで、ふっと脱力してずるずると湯に沈み込みそうになり、さすがに慌てた賢吾に引き上げられた。 心配した賢吾にしっかりと抱き締められ、和彦は呼吸が落ち着くのを待ちながら、じっとする。自分の鼓動の音がうるさくて、どれだけ興奮していたのかと密かに恥じ入る。「…&hell

  • 血と束縛と   第48話(12)

     前髪から滴り落ちようとしているしずくを指先で弾くと、うなじにそっと唇が押し当てられる。心地よい疼きが緩やかに背筋を這い落ちて、和彦は身じろぐ。 今日はもう仕事はしないと宣言をした賢吾は、鼻歌を歌いながらバスタブに湯を溜め、入浴剤を選び始めた。結果、こうして夕方にもならない時刻から、二人一緒に湯に浸かっていた。 湯の温度はぬるめだが、背で感じる賢吾の体温は高く、なかなかいい塩梅だ。「贅沢だ……。長嶺組長を座椅子代わりにして、入浴するなんて」「お疲れだろうから、労ってやろうという俺の優しさだ。しっかり感謝しろよ」 疲れているのは、昨夜の父子による行為のせいもあるのだが、指摘するのはやめておく。藪蛇になりかねない。「そういえば――」「何?」「今日の昼間、雨が降っただろ。天気雨というやつだ。たまたま外に出ていたから、参ったぞ」 和彦はパッと賢吾を振り返る。「もしかして、見た、のか?」「見たって……、ああ、あれか。虹が出てたな」 賢吾は短く笑い声を洩らすと、和彦の肩先に掬った湯をかけてくれる。「たまには空を見上げてみるもんだな。いいものが見られた。あとになって、写真を撮ってお前に送ってやればよかったと思ったが、そうか、同じものを見たんだな」 白乳色の湯の中で、なんとなく互いの手をまさぐり、指を絡めた。 和彦は、総和会本部での出来事をできるだけ簡潔に説明する。その中には、守光や南郷とのやり取りも含まれているが、さすがに、守光と俊哉の関係については省かせてもらった。「……〈寮〉が完成したというなら、うちから何か、祝いの品でも送らないといけねーな」 賢吾がぽつりと洩らした言葉に、和彦は目を丸くする。南郷が管理する建物ということで、てっきり賢吾は知らん顔をすると思ったのだ。「表向きは、俺は怒りの矛を収めたことになっている。お前がいない間、古参連中がこぞって俺の説得にやってきてな。わかってはいたが、堪えるもんだ。いい歳したおっさん共の泣き落としは。――長嶺組と総和会ってのは、切っても

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