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第16話(9)

Auteur: 北川とも
last update Dernière mise à jour: 2026-02-11 17:00:14

 薄い笑みを浮かべた秦が、自分の口元を指さす。ああ、と声を洩らした和彦は、顔をしかめる。

「君に避けられ続けて、少し落ち込んでいるようだったぞ、中嶋くん。ぼくとしては、困惑する彼の姿を想像して、君は楽しんでいるんじゃないかと思っているんだが――」

「残念ながら、本当に忙しかったんです。しかし中嶋は、先生に対しては素直なんですね。少し妬けますよ」

「……自分の素性を明かしもしないくせに、相手の心の内は知りたいなんて、ずいぶん都合がいいな。それだけで愛想をつかされても、仕方ないぞ」

「手厳しい」

「ぼくだって、彼に隠し事をしていて、心苦しい思いをしているんだ。少しぐらい言わせてくれ」

 苦笑した秦に促され、広場に入る。初めて立ち寄ったが、住宅街の中にあるこの場所は、広場とはいっても、整備されたグラウンドがあるわけでもなく、子供がボール遊びをできる程度のスペースと、こじんまりとした遊具がいくつかあるぐらいだ。しかし、景観はいい。花壇や植木はきれいに手入れされ、ゴミ一つ落ちていない。この辺りの住人たち
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  • 血と束縛と   第18話(11)

    ** 世の中には意外にマメな男が多いのだろうかと、中嶋が作ってくれた酒のつまみを眺め、和彦は素直に感心していた。 マンションに向かう途中、深夜営業しているスーパーに立ち寄ったのだが、和彦がビールを選んでいる間に、中嶋はさっさと野菜などをカゴに入れてきた。つまみを作ると言っていたが、こうして出来上がったものを目の前にすると、料理が一切できない自分が少しばかり恥ずかしくなってくる。「ホストになる前に、メシ屋で働いていたことがあるんです」 寛いだ様子でソファに腰掛けた中嶋が、缶ビールを片手に教えてくれる。へえ、と声を洩らした和彦は、さっそくトマト炒めを口に運ぶ。酸味がほどよくて、手早く作ったものとは思えないほど美味しい。「見た目によらず、いろいろ経験しているな」「いろいろ、というほどじゃないですよ。少しばかり極端な道は歩んでいるかもしれませんが」「だったら、ぼくもだな」 和彦の言葉に、中嶋はニヤリと笑う。「先生こそ、まさに極端ですね」「……君と違うのは、ぼくの場合、自分が選んだわけじゃないということだな」 中嶋はわずかに目を丸くしたあと、和彦のグラスにワインを注いでくれる。「医者という職業は、先生がなりたくてなったんじゃ……?」「物心がついたときには、医者になれと言われていた。そういうものかと思って、ぼくも逆らわなかった。佐伯の人間は、意地でもぼくを官僚にしたくなかったらしい。だが、名門である佐伯家の評判を落とすことは許さない。――ぼくに才能があったら、芸術家でもよかったのかもな。とにかく、家を出て自由になれるなら、なんでもよかった」「でも、先生が医者になったおかげで、こうして俺たちは一緒に飲めるわけです」 和彦が手にしたグラスに、中嶋は缶を軽く当ててくる。和彦は、隣に座った中嶋をまじまじと見つめてから、淡く笑む。「ヤクザのくせに、変な気のつかい方をするんだな。いや……、優しいんだな、と言うべきか」「素直にそう受け止められる先生こそ、優しいですよ。野心のあるヤクザ

  • 血と束縛と   第18話(10)

    「ショックだなー。俺、そんなに弱そうに見えますか?」「違う。――相手を半殺しにするんじゃないかと、そっちを心配したんだ。……よく考えたら、君がそんな素人みたいなマネをするわけがないな」 心配して損をした、とぼやきながら、和彦も支払いを済ませる。隣に立った中嶋の肩が微かに震えている。和彦の気遣いに感動している――わけではなく、必死に笑いを堪えているのだ。 ビルの一階に降りたところで、二人は並んで外を眺める。不本意な形で楽しい時間を中断してしまい、正直物足りない。別の店に移動しようという流れになりそうなものだが、今夜は天候に見放されている。 雨の降りはますます強くなっており、開け放っている扉から吹き込んでくる風は、凍りつきそうなほど冷たい。 和彦が丁寧にマフラーを巻く姿を見て、中嶋は苦笑に近い表情を浮かべた。「このビルの中に、他にいくらでも店がありますから、適当に入って飲みますか?」「君のお薦めの店が、他にあるのなら」 中嶋は軽く肩をすくめたあと、和彦に向かって頭を下げた。「すみません。俺から誘っておきながら、俺のせいで店を出ることになって」「気にしないでくれ。あのまま酔っ払いに喚き続けられてたら、どっちにせよ店を出ることになっていた。それに――君の怖い面も見られた」「怖い? にこやかだったでしょう、俺」 澄ました顔で言うのが、なんとも白々しい。和彦は露骨に聞こえなかったふりをして、腕時計を見る。夜遊びを堪能したというには、まだ早い時間だ。「先生、今夜はお開きにしましょう。タクシーを停めてきますから、ここで待っていてください。あっ、知らない奴についていかないでくださいね」「ぼくは子供か……。――どうせ送ってくれるんだから、ついでに部屋に寄っていかないか? 店ほどじゃないが、そこそこの酒が揃っている」 軽く目を見開いた中嶋が、次の瞬間には嬉しそうに目元を和らげる。さきほど、酔っ払い相手に見せた凄みのある笑みとは、まったく違う表情だ。 先日、賢吾を挟んで自分と中嶋との間にあった出来事を考えれば、抵抗がないわけではないが、だか

  • 血と束縛と   第18話(9)

     頷いた直後に、数人の緊迫した声が上がる。振り返ると、さきほどまで楽しそうに飲んでいたグループの一人に、いかにも泥酔したスーツ姿の男が詰め寄っていた。今にも掴みかかりそうで、周囲の人間が止めようとするが、それがかえって男を煽ったようだ。とうとう揉み合いとなり、騒ぎが大きくなる。「……まったく、いい歳したおっさんが、みっともない……」 苦い口調で洩らした中嶋が立ち上がり、揉み合いの中心へとスッと近づく。何をするのかと和彦が見守っている中、中嶋は有無を言わせない手つきで、スーツ姿の男のジャケットを掴み上げた。 咄嗟に、中嶋が男を殴るのではないかと危惧して、和彦も立ち上がる。何かあれば自分が間に入ろうと思ったのだが、事態はあっさりと収拾した。 中嶋が笑いながら、男の耳元で何かを囁く。それから二、三言会話を交わしていたが、その間に、怒気でぎらついていた男の目つきが変わり、明らかに怯えの色が浮かぶ。紅潮していたはずの顔から、血の気まで失せていた。対照的に、中嶋は笑ったままだ。 酔っ払いのあしらい方は水商売で鍛えたものかもしれないが、男の顔つきの変化からして、耳元で囁く言葉は、おそらくとてつもなく物騒なものだろう。表面上は穏やかに、しかし実際は容赦なく物事を進めるのは、ヤクザのやり口だ。 中嶋が親しげに男の肩を叩き、こちらに戻ってくる。「先生、出ましょうか」 何事もなかったようにコートを取り上げ、中嶋が声をかけてくる。和彦は困惑しつつ、男のほうを見た。さきほどまで威勢がよかった酔っ払いは、急におどおどしたように周囲を見回し、ぎこちない動きで自分のテーブルに戻っている。 あっという間に騒動は収まったが、店内の客たちの視線は、今度はこちらに――正確には中嶋に向けられていた。物腰の穏やかな普通の青年が、声を荒らげることなくどうやって酔っ払いをおとなしくさせたのか、興味津々といった様子だ。 確かにこんな空気の中、気楽に飲み続けるのは不可能だろう。即座にそう判断した和彦は、自分もコートとマフラーを取り上げ、中嶋とともにレジへと向かう。二人で飲むときは、基本的にワリカンなのだ。「――先生もしかして、

  • 血と束縛と   第18話(8)

     思わず語気を荒くすると、中嶋が驚いたように目を丸くする。和彦はウィスキーを一口飲んでから、ほっと息を吐き出した。ついでに、言い訳がましく説明する。「別に……、総和会の仕事を受けたくないわけじゃない。ただ、たまたま君が待機組だったというだけで、いつ怪我をしてもおかしくない環境だから、心配になっただけだ」「こんな世界にいて、甘いですね、先生は。ただ俺は、先生の甘さが大好きですよ。きっとこれは、俺だけの意見じゃないと思いますけど」「ぼくの甘さに対して、きちんと見返りをくれる男ばかりだからな。損はしてない――と思う」 悪党ぶって言ってはみたが、返ってきたのは、中嶋の楽しげな笑い声だった。「けっこう、悪辣な世界に染まってきましたね」「全然、そう思ってないだろ……」 ひとしきり笑ったあと、中嶋がふっと我に返ったように真摯な顔つきとなる。隣のテーブルの客が帰ったところを狙っていたように、実にさりげなく和彦の手に触れてきた。「――俺が怪我したら、先生が治療してください」「その前に、怪我をしないよう気をつけることだな」「ヤクザに、無茶言いますね」 和彦は、重ねられた中嶋の手を軽く握ってやる。「せっかく、大きな傷跡のないきれいな体をしているんだ。そんな君の体を縫うところは、あまり考えたくないな」「でも、いつかは現実になるかもしれない」「……そうなったら、せめて箔がつくように、立派な縫い跡を作ってやる」 従業員がやってきて、隣のテーブルを片付け始めたので、二人は何事もなかったように手を離す。 我ながら不埒だなと思うが、中嶋との会話も、ささやかな肌の触れ合いも、適度に気分を高揚させられて心地いい。妖しい胸のざわつきを覚えながらも、反面、強い肉欲を意識するまでには至らない。 和彦は深い吐息を洩らして夜景に視線を向ける。さきほどより雨の降りが強くなってきたようで、ますます景色が霞んで見える。 ガラスを伝って流れ落ちる水滴に見入っていると、背後からにぎやかな歓声が上がる。いかにも学生らしいグル

  • 血と束縛と   第18話(7)

    **** 仕事のあと、外で食事を終えてから、待ち合わせをしていた〈友人〉に連れられて趣味のいい店に足を運び、美味しいウィスキーを味わう。 ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。「……理想的な夜遊びの時間だ」 和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。「気に入ってもらえましたか?」 中嶋の問いかけに、和彦は頷く。「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」 信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。 こうしてなんでもないふりをして飲んでいるが、つい先日、賢吾と繋がって感じている姿を中嶋にしっかり見られており、何かの拍子に、そのときの光景が脳裏に蘇る。 一応、和彦なりに、中嶋と顔を合わせることにためらいはあったのだが、だからといって避け続けるわけにもいかない。なんといっても中嶋は、総和会と長嶺の本宅を繋ぐ連絡係となったのだ。顔を合わせる機会は嫌でも訪れる。 和彦は視線を正面に向ける。大きなはめ込みガラスに面してテーブルが配された席は、意識せずとも夜景が視界に入る。外は小雨が降っているため、輝くような夜景というわけにはいかないが、霧をまとったように霞んでいる街もまた、趣がある。 薄ぼんやりとした夜景に重なるように、ガラスに反射した和彦と中嶋の姿が映っている。一見して、友人同士と思しき男二人が寛いでいるように見えるだろう。和彦も、そのつもりで中嶋とこの時間を楽しんでいる。「――見惚れています?」 さらに身を乗り出してきた中嶋が、顔を寄せて囁いてくる。ただし視線は、ガラスに映る和彦に向けられている。和彦は小さく苦笑を洩らした。「そんなに自惚

  • 血と束縛と   第18話(6)

     小さく声を洩らした和彦を、南郷は酷薄そうな笑みを浮かべて見つめていた。その表情を見ていると、先日、南郷にマンションまで送ってもらったときの出来事を思い出す。あのとき鷹津が現れなければ、自分はどうやって南郷から逃げ出していたのか、想像するだけで不安な気持ちに駆られる。 南郷が見た目同様、物騒で野蛮な男であることは、疑いようがなかった。できることなら、もう二人きりになりたくないと願っていたのだが、総和会と関わる限り、その願いは叶えられないのだろう。 和彦は静かにため息をつくと、ハンドルを握る人間に視線を向ける。この状況で運転手は、いないものとして考えられる。長嶺組の組員であれば、当然、和彦の求めがあれば助けてくれるだろうが、この車内は総和会のテリトリーであり、南郷は総和会で肩書きを持つ人間だ。 いかに自分が長嶺組の看板に守られているか、強く実感した瞬間だった。その一方で、心細さと不安も強く感じる。 和彦はシートに座り直すふりをして、さりげなくドア側に体を寄せようとしたが、南郷に腕を掴まれて簡単に阻止される。思わず睨みつけると、南郷がスッと耳元に顔を寄せた。「――楽しんでいるところを邪魔されて、機嫌が悪いのか?」「何言って……」 動揺する和彦に向けて、南郷が下卑た笑みとともに言った。「あんたが車に乗ってきた途端、汗と精液の匂いがしたぜ」 下卑た表情に相応しい明け透けな言葉に、全身の血が凍りつきそうになったが、次の瞬間には一気に全身が熱くなる。もちろん、羞恥のためだ。 自覚があるからこその反応だった。実際和彦は、寸前まで三田村と体を重ね、激しく求め合っていたのだ。それに、体も洗っていない。 必死に動揺を押し隠す和彦に、南郷は追い討ちをかけてくる。 耳に生ぬるい息遣いが触れ、言葉を注ぎ込まれた。「あとは――発情した〈オンナ〉の匂いだ。……腰にくる、いい匂いだ」 腕を掴む南郷の手を鋭く振り払う。咄嗟に怒鳴りつけそうになったが、南郷が向けてくる冴えた眼差しに、一瞬にして冷静さを取り戻す。凄んでいるわけでもないのに、和彦の怒気など簡単に呑み込んでしまいそ

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