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第22話(14)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-03-28 08:00:24

『だけど、君が佐伯家に生まれなければ、わたしは知り合うことはできなかったし、近い存在になることもできなかった。君が佐伯家の中で抱えた人恋しさに、わたしがつけ込んだとも言えるが』

「見かけによらず、悪い大人だったよ、里見さんは」

 受話器を通して里見の笑い声が聞こえ、つられるように和彦も口元に笑みを浮かべる。それだけで、塞ぎ込んでいた気持ちがわずかだが軽くなった気がした。里見と話すことで、やはり気持ちは舞い上がり、正直、嬉しいとも思ってしまう。この気持ちはどうしようもなかった。

 すると、今しかないというタイミングで里見が切り出した。

『――少しだけでも、佐伯家に顔を出す気はないのか?』

「ぼくが身を隠しながらも、きちんと仕事をして生活していると、澤村やあなたを通して知っても、それでも佐伯家がぼくに会おうとしている理由がわかるまで、顔を出す気はない。少なくとも、ぼくから手の内を晒すマネはしない」

『だったら、わたしとは?』

「そう言われると、なんだか怖いな。のこのこと出かけていったら、そこに兄さんがいたりして――
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  • 血と束縛と   第22話(15)

    **** 長嶺の本宅に足を踏み入れたとき、和彦は奇妙な違和感を覚えて一瞬戸惑っていた。玄関の風景も、出迎えてくれる組員たちの顔ぶれも変わっていない。だが、何かが変わっていると感じた。 持っていたコートとアタッシェケースを組員に預けて靴を脱ぐ。廊下を歩きながら中庭に目を向けると、きれいに手入れされた庭木たちが、ずいぶん成長しているように感じた。春が近づきつつある証か、色づき始めている。 ほんの何日か本宅へ立ち寄らなかっただけなのだが、こうして中庭の様子を目にすると、ずいぶん足が遠のいていたように思えてくるから不思議だ。 そこで和彦は、自分が感じた違和感の正体をわかった気がした。 総和会会長の〈オンナ〉という立場になって初めて、この家を訪れたのだ。後ろめたさと羞恥が、和彦の心をざわざわと落ち着かなくさせる。覚悟を決めてきたはずだが、それでも、冷静ではいられない。 夕食の準備で慌しいダイニングを素通りして、まっすぐ賢吾の部屋へと向かう。 今日は、賢吾から呼ばれて本宅に立ち寄ったわけではない。クリニックからの帰りに、和彦が言い出したのだ。自分なりに気持ちが落ち着いたと判断し、これ以上、賢吾と顔を合わせない不自然さに耐えられなくなったためだ。 賢吾は、ただ和彦からの反応を待っていた。大蛇の化身のような男らしく、じっと身を潜め、しかし獲物から目を離すことなく――。 冷たい蛇の目が脳裏に浮かび、和彦は小さく身震いする。たまらなく賢吾が怖いくせに、同時に胸の奥では、無視できない妖しい衝動がうねっていた。 賢吾の部屋の前まで行き、呼吸を整えてから声をかける。中からの返事を待って障子を開けると、賢吾はちょうどジャケットを脱いだところだった。反射的に歩み寄った和彦は、賢吾の手からジャケットを受け取る。「帰ったばかりなのか?」「いや、三時頃には戻っていたんだが、客と会ったりしていたら、なんとなく着替えるタイミングをなくしてな」 賢吾と自然な会話を交わせるだろうかと、頭であれこれ考えていたのだが、いざとなると身構えるまでもない。いつも通りの会話を交わせていた。和彦はほっと息をつくと

  • 血と束縛と   第22話(14)

    『だけど、君が佐伯家に生まれなければ、わたしは知り合うことはできなかったし、近い存在になることもできなかった。君が佐伯家の中で抱えた人恋しさに、わたしがつけ込んだとも言えるが』「見かけによらず、悪い大人だったよ、里見さんは」 受話器を通して里見の笑い声が聞こえ、つられるように和彦も口元に笑みを浮かべる。それだけで、塞ぎ込んでいた気持ちがわずかだが軽くなった気がした。里見と話すことで、やはり気持ちは舞い上がり、正直、嬉しいとも思ってしまう。この気持ちはどうしようもなかった。 すると、今しかないというタイミングで里見が切り出した。『――少しだけでも、佐伯家に顔を出す気はないのか?』「ぼくが身を隠しながらも、きちんと仕事をして生活していると、澤村やあなたを通して知っても、それでも佐伯家がぼくに会おうとしている理由がわかるまで、顔を出す気はない。少なくとも、ぼくから手の内を晒すマネはしない」『だったら、わたしとは?』「そう言われると、なんだか怖いな。のこのこと出かけていったら、そこに兄さんがいたりして――」『わたしは、騙まし討ちのようなことはしないよ。君からの信頼をなくすのは、何より怖い』「……口が上手いな」『英俊くんとは今、官民共同のプロジェクトを手がけていて、よく顔を合わせるんだが、そのたびに君のことを聞かれるんだ。電話で話しただけだからと誤魔化すんだが、それが気に食わないみたいでね。早く和彦と会って、首に縄をつけてでも佐伯家に連れて来い、と言われている』 見た目も内面もクールな英俊だが、ときおり底知れない激しさを見せることがある。和彦は、その英俊の激しさの一番の被害者だと自負していた。どうやら、相変わらずのようだ。 それより和彦が気になったのは、里見が英俊と今も顔を合わせているという発言だ。つまり、二人が一緒に歩いていた姿には納得できる理由があったということだ。「兄さんが、里見さんの職場に出向くことはあるのかな?」『あるよ。特に今は、仕事の引継ぎのこともあるから』「引継ぎって……」『国選出馬の本格的な準備に入る前に、プ

  • 血と束縛と   第22話(13)

     かつて守光は、総和会会長の立場では、長嶺組の〈身内〉の処遇について命令はできないと言った。今ならこれが、言葉のうえだけの建前でしかないと理解できる。命令はしなくとも、和彦が選択するよう仕向ければいいだけの話なのだ。そして和彦は、選んだ。 男たちの思惑に搦め取られていくうちに、果たして自分はどこに行き着くのか。 考えたところでわかるはずもなく、それがまた和彦の気分を沈み込ませる。何か、しっかりとした支えに掴まっていなければ、今度こそ気持ちを立て直せない危惧すら抱いてしまう。 一度は横になりながらも眠れる心境ではなく、結局和彦は寝室を出る。コーヒーでも入れようかとキッチンに行きはしたものの、カップを出そうとしたところで動きを止める。 一瞬にして芽生えた衝動を必死に抑えようとしたが、できなかった。手早く服を着替えると、財布と部屋の鍵を掴んで玄関を出た。 部屋に引き返したほうがいいと、頭の片隅で弱々しく理性の声がする。しかしそんな声で足を止められるはずもなく、和彦はエレベーターに乗り込む。 マンションを出たときには、これが最初で最後だからと、自分自身に言い訳をしていた。 周囲をうかがいながら小走りで向かったのは、近くのコンビニだった。正確には、コンビニの外に設置された公衆電話に用がある。家から電話をかけると、盗聴器を通して会話を聞かれる恐れがあった。 つまり、組の人間に聞かれたくない電話をかけたいのだ。 慎重に辺りを見回してから受話器を取り上げる。電話番号は、携帯電話に登録したり、メモを手元に残しておくわけにもいかず、頭に叩き込んであった。 番号を押し、呼び出し音を五回聞いたところで受話器を置こうと、心の中で決める。これで、もう縁は切れたのだと諦められると、和彦は思った。 しかし決意とは裏腹に、〈彼〉との縁はそう脆いものではなかったようだ。 三回目の呼び出し音が鳴る前に、あっさりと彼が――里見が電話に出た。『もしもし?』 電話越しに里見の声を聞いた瞬間、和彦の胸は切なく締め付けられる。自分が高校生だった頃の感覚に引き戻されるが、その一方で、自分の今の生活が脳裏を過ぎる。先日里見と会ってから、さほど日は

  • 血と束縛と   第22話(12)

     肩にかかった守光の手に、力が加わる。抱き寄せられた和彦は、抗うこともできず守光におずおずともたれかかった。 守光のもう片方の手があごにかかり、持ち上げられる。初めてこんなに近くから、守光の顔を見ることになる。 端整な容貌の老紳士が、総和会という巨大な組織の頂点に君臨するには、相応の理由がある。見た目がいかに穏やかであろうが、守光の内面がそうであるとは限らない。 守光は、じわじわと本性を露わにしていき、和彦を呑み込んでいく。「あんたは、自分が逆らえない力に敏感だ。そして、その力に対して巧く身を委ねられる。わしに対してもそうであると、考えていいかね?」 目隠しの布一枚分の理屈が、剥ぎ取られる瞬間だった。もう必要ないと守光は確信しているのだ。そして和彦は――。 守光の目を見つめたまま、ゆっくりと唇を塞がれた。 昨夜知ったばかりの唇の感触に、他の男たちには感じない緊張を強いられる。口づけの感覚を分かち合うというより、自分の身を差し出す感覚に近い。一方的に貪られるのだ。 唇を吸われてから、歯列をこじ開けるようにして舌が口腔に入り込む。その間も和彦は、守光の目を見つめ続けていた。賢吾は目に大蛇を潜ませているが、守光の場合は何も捉えられない。冷たい檻が存在していて、その奥に怪物が棲んでいるのだろうかと想像してしまう。守光の怖さは、正体の掴めなさにあるのだ。「んっ……」 口腔の粘膜をじっくりと舐め回されたとき、和彦はゾクゾクするような疼きが背筋を駆け抜ける。 顔を見つめ合いながら唇を重ねて、ようやく和彦は実感していた。守光もまた、長嶺の男なのだと。堪らなく怖い存在である守光に、心と体のどこかで強烈に惹かれるものがあるのだ。もしかすると、そう思い込むことで、この世界での自分の身を守ろうとしているのかもしれないが――。 促されるまま舌を差し出し、守光に吸われる。そうしているうちに緩やかに舌を絡めながら、守光の唾液を受け入れる。守光は目を細めて一度唇を離し、この行為の意味を囁いてきた。「――あんたは今から、長嶺守光の〈オンナ〉だ。いいな?」 まるで暗示にかけられたように和彦は頷く。頭の中

  • 血と束縛と   第22話(11)

    「おはよう。まだ横になっていてもかまわんよ。わしはこれから外を散歩して、露天風呂に入ってくる。朝食はそれからだ」 そうは言われても、起き抜けに強烈なものを見てしまい、眠気など一気に吹き飛んでしまった。 いままで守光を畏怖していたが、それは総和会会長という肩書きに対するものだったのだと実感する。九尾の狐の刺青を目にして、長嶺守光という男の一端に触れ、改めて畏怖していた。その一方で、人間としての輪郭が見えてきて、心惹かれるものがあった。 守光はかつて和彦を、抗えない力に対して逆らわず、巧く身を委ねると表現したことがある。自覚がないまま、この本能を発揮した結果が、この心境の変化なのかもしれない。「ぼくも――」 声を発した自分自身に驚きつつも、和彦は言葉を続ける。「ぼくも、散歩にご一緒していいですか?」 守光は口元に薄い笑みを浮かべて頷いた。「大歓迎だ、先生」** シートに体を預けた和彦は、ウィンドーの外の景色をぼんやりと眺めていた。駅からの景色は見慣れたもので、陽射しが降り注いではいるが、通りを歩く人はまだ厚着が多い。ほんの数時間前まで滞在していた場所とは明らかに気温が違う。 ただ、見慣れた景色に和彦はほっとしていた。帰ってきたのだと実感もしていた。 状況に流されるように守光に同行した一泊旅行に、最初はどうなることかと危惧を抱いていたが、もうすぐ終わるのかと思うと、少しだけ名残惜しさがあった。 緊張はしたし、終始人目を気にして居心地の悪い思いもしたが、その分、総和会の男たちに丁寧に接してもらい、気遣ってもらった。特に、守光には。 懐柔されつつあると、頭の片隅で冷静に分析はしているのだ。和彦など、裏の世界では小さな存在だ。それでも大事にされるのは、組織に対して協力的な医者であることと、長嶺の男たちと関係を持っているからだ。 そんな和彦を男たちは容赦なく、裏の世界の深みへと引きずり込み、逃すまいとしている。 怖くはあるが、嫌ではないと感じている時点で、この世界にしっかりと染まっている証だ。「――さすがに疲れただろう」 外に目を遣ったま

  • 血と束縛と   第22話(10)

     衝撃の波が去り、和彦はぎこちなく息を吐き出す。「こういうとき……、父がかつてお世話になりました、と言えばいいんでしょうか」 冗談ではなく、本気で言った言葉だが、守光は低く笑い声を洩らした。「人の縁は不思議だ。こうして、あのときの青年の息子と、枕を並べて同じ部屋で寝ているんだ」 俊哉に関する秘密を抱えて、その息子である和彦を巡る関係を観察していたのだろうかと思うと、ヒヤリとする感覚が背筋を駆け抜ける。守光が怖いというより、不気味だった。「――あんたは、父親とよく似ている」 守光の言葉に、和彦はちらりと苦笑を浮かべる。「初めて言われました。ぼくも兄も、顔立ちは母方の血が濃く出ていると言われ続けてきたので」「顔立ちのことを言っているんじゃない。あんたも、自覚はあるんじゃないか。自分のどの部分が、父親とそっくりなのか。……佐伯俊哉という人間に会ったのは数回だが、人となりを調べることは可能だ。間違いなく、あんたは父親の〈性質〉を受け継いでいる」 守光の言う通り、自覚はあった。だがそれは、心を抉られるような痛みを和彦に与えてくる。認めたくはないのに、認めざるをえないほど、和彦と父親はある性質がよく似ている。 和彦は返事をすることなく再び寝返りを打ち、今度は守光に背を向ける。そんな和彦を気遣うように、守光が優しい声で言った。「おやすみ、先生」 おやすみなさいと、和彦は小さな声で応じた。**** 久しぶりに父親の夢を見た。 幼いときの和彦にとって俊哉は、ただ畏怖の存在だった。抱き上げてくれることも、手を繋いでくれることもなく、どこかに遊びに連れて行ってもらった思い出もない。だが、成長していくに従い、それすら恵まれていたことなのだと思うようになった。 俊哉は、和彦に一切の関心を示さなくなったのだ。まだ、厳しく躾けられていたほうが遥かにまともな状態だった。少なくとも、父親として接してくれていたからだ。 中学生の頃には和彦は、佐伯家での自分の立場を理解していた気がする。

  • 血と束縛と   第8話(31)

     秦の店のパウダールームでされたように、内奥を指でこじ開けられ、挿入される。「……ひくついてますね。やっぱり、素直な体だ。そうであるよう、長嶺組長にずっと愛されているんでしょうね。三田村さんは、そんな先生に溺れている、といったところですか」 指の動きに合わせて、顔を背けて喘いでいた和彦は、思わず秦を見上げる。秦は唇に笑みを刻んだ。「なんとなく、ですよ。店に駆け込んできて、先生を大事そうに抱えているあの人を見たら、そんな気がしたんです。――で、先生は、長嶺組長の一人息子とも仲がいいと聞いているんですが」 話しながら

    last updateLast Updated : 2026-03-24
  • 血と束縛と   第8話(30)

    ** 秦の愛撫は、押し寄せる波のように、穏やかな快感を繰り返し与えてくる。 痕跡を残さないよう、肌に唇を押し当てはするものの、強く吸い上げることはしない。代わりに、熱く濡れた舌が肌を這い回る。「うっ、あぁ……」 胸の突起を執拗に弄っていた舌が、今度は耳の形をなぞり、舐められる。その一方で、熱く高ぶった二人の欲望はもどかしく擦れ合い、その焦れるような快感に和彦は乱れる。 肋骨を折っているため、動きが制限される秦の愛撫は、性急さとは無縁だ。慎重に体を動かしながら、じっくりと和彦に触れて

    last updateLast Updated : 2026-03-24
  • 血と束縛と   第9話(6)

    「男に対して無防備すぎる先生に、その男の怖さを体に叩き込んでやる。もちろん、痛みが苦手な先生に配慮して。……〈初めて〉相手をする男にも愛想よくしろよ。そうすれば、たっぷり可愛がってくれる」 和彦は小さな悲鳴を上げて身を捩ろうとする。しかし、容赦なく男たちの手に押さえつけられ、両足を抱え上げられて膝裏を掴まれていた。秘められた部分を晒す格好を取らされたことに、苦痛に近い羞恥を味わうが、賢吾はさらに和彦を追い詰めてくる。「いつものように、いい声で鳴いて、悶えろよ、先生。みんな、期待して見ているんだから。長嶺組長のオンナは、どれだけいやらしい

    last updateLast Updated : 2026-03-24
  • 血と束縛と   第9話(11)

    『先生、鷹津が来ました』 和彦は表情を変えないまま、静かに息を吸った。 鷹津がなんの行動も起こさないとは思っていなかったが、やはり動揺してしまう。それでも、前回顔を合わせたときとは違う。和彦にはもう、鷹津に対して弱みとなる秘密は持っておらず、怯える必要はないのだ。『クリニックに向かうんだと思います。今から俺たちも上がります、先生は非常階段から――』「いや、動かなくていい。刑事相手なら、下手をするとあんたたちのほうが危ない。ここはぼく一人じゃないから、手荒なことはしないだろう」 人間性はともかく、鷹津は刑事という肩書きを持っている

    last updateLast Updated : 2026-03-24
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