ANMELDEN秦だけでなく、その秦の後ろ盾となった長嶺組――賢吾からも。
「組長には報告しておきましたから、当分先生には、窮屈な思いをさせるかもしれません」「……基本的に、どこに行くにも護衛をつけてもらっているから、ぼくの場合、さほど生活に影響があるとも思えないが……。あっ、護衛が面倒だから、夜は出歩くなと言うことか?」 和彦としては真剣に問いかけたのだが、怪我をしている組員までもが、苦笑に近い表情を浮かべて首を横に振る。「先生に、そんな野暮は言いませんよ。ただ、俺たちみたいな連中の面倒を見てくれる大事な人なんですから、気をつけてほしいだけです」「それを言うなら、君らもだ。日ごろ振り回して、世話になっているからな」 短く息を吐き出して和彦は、今度こそ切り傷の縫合に取り掛かった。*
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午後の診察時間の終了まで一時間近く残して、クリニックにはすでに緩やかな空気が漂っていた。最後の患者を見送
何事もなかったように御堂が正面を向く。和彦は困惑しながら、たった今交わされた二人の会話を頭の中で反芻する。具体的なことは何一つわからないが、ただ、ぼんやりと湧き起こるものがあった。 伊勢崎玲という青年は、本当にただの高校生なのだろうかという疑問が。** ホテルのレストランでの朝食の味は、正直よくわからなかった。 同じテーブルについた玲と御堂、そして綾瀬との一見和やかな会話に加わりながら、和彦はさりげなく視線を周囲のテーブルへと向ける。一つのテーブルには、和彦たち三人の移動中からついていた護衛が。別のテーブルには、綾瀬の護衛が座っている。 いまさら、この状況について何か言うつもりはないのだが、護衛に囲まれている自分の立場については、あれこれと思いを巡らせる。 酸味の強いオレンジジュースを一口飲んだところで、吸い寄せられるように玲と目が合った。周囲を、特殊な立場にある大人たちに囲まれながらも、玲は落ち着いて見えた。 地元では護衛はついていないと言っていたが、本当なのだろうかと、今になって疑ってしまう。車内での御堂とのやり取りが、和彦は引っかかっていた。 玲とは、知り合ってほんの数日――数十時間しか経っていない。それで、玲のことを知った気になったのは、体を重ねたからだ。そんな自分のささやかな驕りを突き崩されたようで、知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなる。 自戒も込めて、自身に言い聞かせるのは、玲のことはもう知りたくないし、知ってはいけないということだ。 穏やかな表情で玲に話しかけていた綾瀬が、さりげなく腕時計に視線を落とす。すかさず御堂が声をかけた。「仕事の時間が近いんでしょう? どうぞ、行ってください。みんな、ほぼ食事は終えていますから、誘っておきながら失礼だ、なんて言いません」「そう言って、さっさと俺を追い払いたいんだろう」「そんな薄情なことは思っていませんよ。ただ、気遣っているだけです。いろいろと、忙しいでのでしょう?」 いろいろと、という単語に微妙な含みを感じたのは、和彦だけではなかったようだ。綾瀬は目を眇め、物言いたげな様子で御堂を眺めていたが、ふっと口元を緩めた
「それはどういう……。玲くんは、普通の高校生ですよね?」「今は、かな」 意味ありげに呟いた御堂が、ポンッと和彦の肩を軽く叩いて立ち上がる。「さて、玲くんも戻ってきたことだし、朝食にしよう。といっても今朝は、外で食べるつもりなんだけど。――綾瀬さんが、お礼も兼ねて、君たちを誘いたいと言ってね」 和彦が目を丸くすると、諦めてくれと言いたげに御堂は首を横に振った。「あの人も忙しい人だし、玲くんも今日の昼にはここを出るから、一緒に食事するとなると、朝食ぐらいしかないんだ。……自分と伊勢崎さんの再会が、殺伐としたものにならなかったのは、君らがいてくれたおかげ、と言いたいんだろう、綾瀬さんは」 一瞬、複雑そうな表情を見せた御堂に対して、どういう意味かとは問えなかった。 せっかくの綾瀬からの誘いを断ることもできず、慌ただしく身支度を整えて玄関に向かうと、困惑顔で玲が待っており、和彦と目が合うなり、こうぼやいた。「俺……、走って戻ってきて、シャワーも浴びてないんですよ。一応着替えて、制汗剤も使ったけど、多分まだ、汗臭いです……」 笑いかけようとした和彦だが、失敗した。明け方まで包まれていた玲の汗の匂いを思い出し、胸の奥が妖しく疼く。いまさらながら、目の前の〈高校生〉と体を重ねたのだという現実に、戦いていた。「大丈夫だよ。この距離でも気にならないんだから。それに、煙草臭いとか、酒臭いとかじゃないんだから、健康的だ」「……男子高校生の醸す男臭さを甘く見ないでくださいね、佐伯さん。体育の後なんて、更衣室の臭さは半端じゃないんですから」「想像はつくよ。ぼくだって高校生だったときはある」 砕けた口調で会話を交わしながらも、互いが相手を意識しているのは、強く感じていた。和彦のほうは微妙に視線を逸らそうとするのだが、対照的に玲は、強い眼差しをまっすぐこちらに向けてくる。 夜が明けたら夢は終わり、何もなかったふりをする――。その約束自体が無理だったのではないかと、すでに和彦は危機感を抱きつ
それだけではなく、俊哉と交わした会話も、和彦の胸を重く塞いでいる。他言するなと釘を刺されたことが、まるで遅効性の毒のようにじわじわと精神を侵食してくるのだ。「一緒に行動していて、ときどきつらそうな顔をしていましたね、佐伯さん」「いままで、べったりした関係でもなかったのに、何かの拍子に思い出して、ああ、これが、胸に穴が空いたという状態なのかなって。君と出歩きながら、その感覚を紛らわせようとしていた」「……その特別な人間って、佐伯さんにとって、どういう意味で特別なんですか?」 難しい質問だなと、和彦は答えに困る。鷹津とは恋人同士ではなかったし、胸が苦しくなるような想いを寄せていたわけでもない。ただ、特殊な生活の中で、少なからず和彦の支えとなってくれ、情も交わした。 とにかく、特別な人間――男だったのだ。「いざ言葉にしようとすると、困るな。どう表現すればいいのか……」「だったら、好きということでいいんじゃないですか。特別嫌いな人間がいなくなっても、あんなふうにつらそうな顔はしないと思います」「……なんだか今は、君のほうが年上みたいだ。すっかり人生相談をしている気分になった」「なら、人生相談の締めとして、言っておきます。どんな理由があったとしても、俺は佐伯さんを嫌いになったりはしません。むしろ俺は、弱っている佐伯さんにつけ込んだと言えるのかも」 そんなことないよと、柔らかな口調で応じた和彦は、玲の背にてのひらを這わせる。ふと思いついたことを口にしていた。「大学生になっても、君にはスポーツは続けてほしいな。せっかく、きれいな筋肉がついているんだし」「もう、鈍りかけてますよ。陸上は続けないかもしれないけど、体は動かし続けたいと思っています。ジムに入ってみようかな」「運動系のサークルに入ってみるのは?」「そうですね……。時間があれば、入ってもいいかも――」 玲が大きくあくびをして、抱きついてくる。つられて和彦もあくびをすると、玲の頭に顔を寄せた。 性欲を満たしたあとに、即、
** ひどい脱力感に苛まれながら和彦は、なんとか体の向きを変えると、隣に横たわっている玲を見る。 しなやかな手足を投げ出してはいるものの、和彦のようにぐったりしているというより、充足感に満ち満ちているという様子で、これが一回り以上の年齢差というものなのだろうなと、妙に納得させられる。 息も絶え絶えという状態からようやくわずかに回復し、和彦は口を開く。「夜が明けたら、夢は終わりだ。朝、ダイニングで顔を合わせても、何もなかったふりをするんだ」「――……佐伯さん、冷静ですね」 そう言って玲もごろりと寝返りを打ち、体の正面をこちらに向ける。胸元に散る愛撫の痕跡を目の当たりにして、まだ上気している頬がさらに熱くなる。自分がやったこととはいえ、大胆なことをしたものだと自省する。一方の玲は、和彦の体に残るものを見て、表情を和らげた。 体温が感じられるほど身を寄せ、和彦の肌に指先を這わせてくる。 まだ、夜が明けるには早い――。和彦は自分に言い聞かせながら、そっと玲の頭を引き寄せる。玲は素直に胸元に顔を埋めてきた。「君が着ていた浴衣、いつの間にか体の下に敷き込んでいて、汚してしまったんだ。朝のうちに洗濯するから、すまないが今夜は、Tシャツでも着て休んでくれ。……ああ、シーツも洗わないと」「体も拭かないと。とりあえず後で、俺が濡らしたタオルを持ってきます。俺より、佐伯さんのほうが大変だと思うし……」 玲の手が腰から背へと回され、さらに下へと移動する。好奇心の強い指が、熱を持って疼いている部分をまさぐってきた。簡単な後始末はしたものの、触れられると、玲が残した精が奥から滴り出てくる。 情欲の嵐が去り、和彦の気持ちは落ち着きを取り戻しているが、玲は違うようだ。何かの拍子にまた猛々しさを取り戻しそうな激しさを、肌に触れる息遣いや指先から感じる。「玲くん」 声をかけると、玲が顔を上げる。和彦は後ろ髪を撫でながら、優しく唇を重ねる。すぐに玲が口づけに応え、唇を吸い返してきた。激しく求めてこようとする玲を、和彦はなだめる。丹
末恐ろしい高校生だなと思いながら、ちらりと笑った和彦は玲の胸元に唇を押し当てる。舌先でくすぐり、柔らかく肌を吸い上げ、確認しながら小さな鬱血を残していく。 引き締まった腹部から胸元に舌を這わせてから、自分がされたように腕の内側に吸い付く。軽く歯を立てると、玲がビクリと身を震わせた。 切ない声で呼ばれ、口づけを交わす。腰を抱き寄せられ、擦りつけられたので、男を甘やかしたいという和彦の本能が疼く。舌を絡ませながら、手探りで玲の欲望を掴むと、精を溢れさせる内奥に呑み込んでいく。玲の息遣いが弾み、同時に、内奥深くまで受け入れた欲望が震えた。 体を繋げる快感を知ったばかりの玲を驚かせないよう、ゆっくりと腰を動かす。心地よさそうに玲が目を細め、掠れた声を上げた。 欲望を柔らかく締め付けながら和彦は、全身を使って玲を甘やかし、愛していく。玲は驚くほど柔軟に、貪欲に、快楽に馴染んでいく。もっと、もっとと欲していく。和彦の腰に両手をかけ、自らぎこちなく突き上げるようにして、律動を刻み始めていた。「あっ、あっ、い、ぃ……」 玲の眼差しが、律動に合わせて揺れる和彦の欲望へと向けられていた。反り返ったものは、先端から止めどなく透明なしずくを垂らしている。「佐伯さんがイクところ、見たいです。まだ一度も、イッてないですよね。俺ばかり気持ちよくなって、申し訳ないです」 玲の手が欲望にかかりそうになったが、和彦は柔らかく拒む。その代わり、自身のてのひらで包み込んだ。「んっ……」 欲望を扱き始めると、意識しないまま内奥を収縮させる。玲の欲望がゆっくりと膨らんでいくのを感じながら、そっと腰を上げ、すぐにまた下ろす。玲は、自分が何をやるべきか思い出したらしく、再び和彦の腰を掴んで、自ら動き始めた。 間欠的に喘ぎ声をこぼしていた和彦だが、激しさを増す玲の動きにバランスを保てなくなり、たまらず片手を布団に突く。「あうっ」 一際大きく下から突き上げられた拍子に、初めて絶頂を迎える。迸り出た精が、玲の腹部から胸元にかけて飛び散り、きれいな体を汚してしまったと思った途端、和彦は身を貫くような快美さ
背に玲が覆い被さってきて、ちろりと肌を舐められる。背後からきつく抱き締められながら、次にうなじに唇が押し当てられた。荒い息遣いが耳朶に触れ、和彦は甲高い声を上げる。 玲が夢中で腰を動かしているとわかる。内奥から欲望を出し入れされ、ぐちゅっ、ぐちゅっと淫靡な音を立てて濡れた粘膜が擦れ合い、その音が、一層欲情を煽り立てる。「んっ、んんっ、あっ、あっ、玲、く……」「その声も、いい――。んっ、また、出していいですか……? 出したい」 中に、と掠れた声で囁かれ、鳥肌が立った。 誘い込むように玲の欲望を締め付ける。内奥深くに、二度目の精を受け止めていた。 玲の額が背にぐりぐりと押し当てられ、和彦は息を喘がせながらも笑ってしまう。 玲は今度は、和彦の背に愛撫の痕跡を残し始める。肌にときおりチクリと走る小さな刺激だけではなく、微かに聞こえる濡れた音に鼓膜を刺激され、和彦は自分の両足の間にそっと片手を這わせる。まだ一度も絶頂を迎えてはいないが、中からの刺激に反応していないわけではなく、十分に熱くなり、反り返っていた。「はっ……ん、ふっ、は、あぁ――……」 玲の愛撫を受けながら、自らを慰めようとしたが、ふいに内奥から欲望が引き抜かれ、背から玲が退く。肩を掴まれて、なんとなく意図を察した和彦が仰向けとなると、勢いよくしがみつかれた。 汗で濡れた体をぴったりと重ね、擦りつけ合う。和彦は、いまだに力強さを漲らせている体をてのひらで愛撫する。しなかやな筋肉を覆う肌の感触も心地よかった。「こうしていると、よくわかる。本当に、きれいな体だ。……たまに考えるんだ。君たちぐらいのとき、ぼくはこんなふうに、圧倒されるぐらい眩しい存在だったんだろうか、って」「君たち?」 和彦は自分の失言に気づいたが、うろたえたりはしなかった。玲が知ろうと思えば、明日にでも耳に入ることだ。「ぼくをオンナにしている一人が、君とそう歳が違わない」「――……犬っころみたいな奴。昨
和彦は最初、性質の悪い男なりの笑えない冗談かと思ったが、そうではないようだ。 指先に唇を割り開かれ、押し込まれる。舌を刺激され、口腔から出し入れされるようになると、和彦も言われたわけではないが賢吾の指を吸い、舌を絡める。賢吾のものをそうして愛撫したように。賢吾の腰の動きが次第に同調し、内奥から逞しいものを出し入れされる。 指ではなく、口づけが欲しいと率直に思った。和彦がおずおずと片手を伸ばすと、口腔から指が引き抜かれ、甘く残酷に囁かれる。 「さあ、どうするんだ? 俺は名前を呼ばれないと、お前の欲しいものはやらないぞ。もうこっちには、お前の欲しいも
和彦の内奥を的確に指と道具で犯す男の背後に立ったのは、高そうなダブルのスーツをこれ以上なく見事に着こなした中年の男だった。四十代半ばぐらいだろうが、一目見て圧倒される存在感を持っていた。 全身から漂う空気は剣呑としており、それでいて威嚇するような攻撃的なものではなく、ただ静かな凄みを放っている。衰えを知らないような厚みのある体つきに相応しいといえた。何より、彫像のように表情が動かない顔は、冷徹そのものではあるが、端整だ。 だが、容貌はさほど重要ではない。男が持つ独特の鋭さや冷ややかさ、年齢を重ねているだけでは醸せない落ち着きが、男の存在自体を圧倒的なものにしてい
「……それは、ぼくの実家のことを指しているのですか?」「わしは、難しい話に興味はないよ」 機嫌よさそうに話す守光の表情から、狡猾さは感じられない。しかし、本当に狡猾で、頭が切れる人間は、完璧に自分の本性を隠せるものだ。和彦の父親が、まさにそうだ。 急に警戒心を露にした和彦に向けて、守光はさらに言葉を続ける。「あるのは、長嶺の〈悪ガキ〉二人を骨抜きにしている先生への興味だ」「悪ガキ……」「わしにしてみれば、でかくなったつもりの賢吾はまだ悪ガキのままで、千尋はさらに
長嶺組という看板に守られている和彦は、エレベーターの中で南郷に話しかけられたとき、ひどく不安だった。その理由が、今ならわかる。 長嶺組を恐れない男の前では、自分があまりに無防備で、危険を避けようとする本能が働いたのだ。 力があるのは長嶺組の男たちで、和彦自身ではない。頭ではわかっていても、あまりに周囲の男たちから大事にされ、少し浮かれていたのかもしれない。 「――……やっぱり、ヤクザは怖いな……」 声に出して呟いて、苦々しく唇を歪める。 カーテンを開けたままの窓から夕日が差し込む。眠るには明るすぎる気もするが、もう起き上がるのも







