Mag-log in再び下から突き上げられ、和彦は顔を仰向かせる。寸前のところで嬌声は堪えたが、腰を掴まれて揺さぶられるようになると、簡単に理性は突き崩される。
「あっ、あっ、あんっ……、んっ、んあっ」「先生、もっと恥ずかしいことをして見せてくれ。――俺しか見ていないから」 ハスキーな声をさらに掠れさせて切望され、和彦は否とは言えなかった。むしろ悦びすら覚えながら、自分の欲望をてのひらに包み込み、ゆっくりと扱く。さらに、刺激を欲して凝っている胸の突起を指先で弄り、息を弾ませると、内奥で三田村の欲望が一際大きくなる。「ずっと、今の先生を眺めていたい……、が、その余裕がもうなくなりそうだ」「ぼくは、このままでもいいけど」 そう強がってみた和彦だが、内奥深くで息づく三田村の欲望を強く感じてみたい衝動の前では、脆かった。すがるような眼差しを向けると、三田村に腕を引っ張られて抱き寄せられ、繋がったまま体の位置を入れ替えられる。「あうっ、うっ……長嶺組から連絡が入るかもしれないと、携帯電話を枕元に置いた和彦は、今夜はもう休むことにする。 万が一を考えて窓を開けるわけにもいかず、仕方なくエアコンはつけたままにしておく。月明かりは今夜は期待できないため、部屋の電気を消したあと、布団の傍らにあるライトの明かりを最小限に絞ってつけておく。そうすると、横になっても、床の間の掛け軸をぼんやりとながら眺めることができるのだ。 蒸し暑い日に、どこか池のほとりを散歩してみるのもいいなと、取り留めのないことを考えていた。子供の頃、少しだけ憧れていた、大きな水槽に金魚を飼ってみるのもいいな、とも。 肌掛け布団に包まって、心地のよい夢想に浸っているうちに、抗いきれない眠気がすぐに押し寄せてきて、和彦の意識を搦め捕る。 どれぐらいウトウトしていたか、唐突に、不快感にじわじわと眠りを侵食されていることに気づいた。 頭の片隅で、これは一体なんだろうかと思った和彦だが、その頭が痛かった。鎮痛剤の効き目が切れたのだと、鈍い思考でようやく結論を出したとき、頬に微かな風が触れる。エアコンの風ではないと、本能的に判断していた。 和彦は目を開けると同時に飛び起き、這うようにして逃げようとしたが、すかさず腰を掴まれた。「離せっ」 身を捩り、尚も抵抗しようとしたが、それ以上の力で引き戻され、南郷に顔を覗き込まれると、一瞬にして動けなくなった。 このとき、ズキリと頭が痛み、記憶がフラッシュバックした。頭痛と南郷という組み合わせは、総和会の隠れ家での出来事を思い出させるには十分で、ここで和彦は理解した。 朝から感じていた悪い前触れとは、英俊からの電話などではなく、今この瞬間のことだったのだと。「――あんたは本当に、躾がいい。こちらが凄むまでもなく、一瞬にして抵抗の無益さを理解する。可愛がられるオンナの条件というやつか。まあ、このきれいな顔を、喜んで殴る悪趣味な奴なんて、そうそういないだろうが」 南郷のこの言葉は、決定的だった。体はすでに竦んで動かないが、抵抗しようとする気力すら、呆気なく粉砕される。 和彦が逃げないと確認したのだろう。腰に回した腕を離した南郷は、悠然と布団の上にあぐらをかいて座っ
「父さんが失いたくないのは、〈佐伯和彦〉だ。手に入れるために、あの父さんが奔走したぐらいだそうだし」『どうして――』 英俊が何か言いかけたが、和彦のペースに巻き込まれていることに気づいたのだろう。一呼吸間に、いつもの落ち着きを取り戻していた。『今、お前の面倒を見ているのが、どれだけ頼りになる人間かは知らないが、ずいぶん強気だな。だが――父さんは甘くはないぞ。わたしと違ってな』 さきほどの英俊の宣言めいた言葉も相まって、不穏な影に足首を掴まれたような感覚に襲われる。英俊は、苦し紛れのこけおどしなどしない。こうも俊哉の存在を仄めかすということは、何かが、あるのだ。『お前の発言は、しっかりと父さんに伝えておく』「……携帯の番号は、替えるから」『別に、替えなくていいぞ。わたしはもう、かけるつもりはない』 唐突に電話が切られる。和彦は、耳元から引き剥がすように携帯電話を離すと、そのまま少しの間、ぼうっとしてしまう。我に返ったのは、運転手の男に呼ばれたからだ。「――佐伯先生」 ハッとした和彦は、前方を見る。「到着しました」 車は、総和会本部の前に停まっていた。 朝の時点で和彦は、漠然とした不安は感じていたのだ。総和会は、自分を自宅マンションに送り届けるつもりはないのではないか、と。その不安は的中したというわけだ。 和彦は手にしていた携帯電話の電源を切ると、アタッシェケースを持って車を降りる。ここで抗議をするほどの気力は、和彦には残っていなかった。** 身の置き場がないとは、まさに今の自分の状況を指すのだろう。 ダイニングのイスに腰掛けた和彦は、手持ち無沙汰から鎮痛剤の箱を手の中で弄ぶ。夕食後に飲んだ鎮痛剤はとっくに効き目が表れ、今のところ頭痛は治まっている。英俊と話して興奮したせいか、一時は吐き気がするほどひどかったのだ。 風邪の症状が出ているわけでもないので、たっぷり睡眠を取れば、さほど気にするほどでもないはずだ。そう、考えていたのだが――。 本来であれば、自宅マンションで一人、ゆっくりと落ち着
** 昼間飲んだ鎮痛剤が切れたのか、ふいにズキリと頭が痛む。疲れと眠気の両方から、後部座席のシートにぐったりと身を預けていた和彦は、沈鬱なため息をついた。 自宅マンションに帰り着いたら、さっさと鎮痛剤を口に放り込み、ベッドに潜り込みたかった。少し休まないと、思考が正常に働きそうにない。 さらに深くシートにもたれかかろうとした和彦だが、車が本来曲がるはずの道をまっすぐ進んだことで、目を見開く。まさか、と思って口を開きかけた瞬間、間が悪いことに携帯電話が鳴った。反射的にジャケットのポケットに手を突っ込もうとして、携帯電話の着信音が違うことに気づく。 微妙な表情となって和彦は動きを止める。ハンドルを握る男が、バックミラー越しにこちらを一瞥した。早く出ろと急かすように鳴り続ける着信音に我慢できず、仕方なくアタッシェケースを開け、もう一台の携帯電話を取り出す。里見との連絡に使っているものだ。 表示されているのは、里見の携帯電話とは別の番号だった。『感心だな。番号を替えなかったのか』 電話に出ると、前置きもなしに皮肉に満ちた口調で言われた。ここでまた頭が痛み、和彦はなんとなく理解した。朝から悩まされていた頭痛は、確かに悪い前触れだったのだ。 総和会の車に乗っている最中に、英俊から電話がかかってきたのだ。組み合わせとしては、最悪だ。「替えたところで、里見さんに迷惑がかかるだけだと思ったからね。だけど、こうして声を聞くと、やっぱり替えておけばよかった」『プリペイド携帯だと、いくらでも替えがきくだろ。――携帯の番号から、少しは何かわかるかと期待したこともあったんだがな。お前にあれこれアドバイスしている人間は、慎重だ』 そんなことまでしていたのかと和彦は絶句すると、気配から察したのか、楽しげに囁くような声で英俊が言った。『――お前、自分の父親が、どの省庁で権力を振るっているのか、忘れたわけじゃないだろ。今は、わたしがお前を追っている。しかしわたしも、暇ではないんだ。いい加減、厄介事を片付けたいと思っている』「つまり、これまでは本気でなかったと言いたいのか」『兄弟で平和的な話し合いがケリがつくなら
礼を言って車に乗り込むと、途端に疲労感に襲われる。それと同時に、こめかみがズキリと痛んだ。明け方まで何度も守光の様子をうかがっていたため、睡眠不足気味だということもあるが、外の曇天具合を見るに、気圧のせいかもしれない。 もしくは悪い前触れか、と考えたところで和彦は、これは不吉すぎるなと、ブルッと身震いをしていた。** 午前中の最後の患者の施術を終え、手を洗いながら和彦は一声唸る。すぐに治るかと思われた頭痛に、まだ苛まれていた。我慢できないほど痛いというわけではないが、神経に障る。 鎮痛剤を飲む前に、何か食べておいたほうがいいのだろうと思いながらも、外に出るのが億劫だ。なんといっても、クリニックの外で待機しているのは、総和会の護衛なのだ。男たちの視線を気にかけつつ食事をするのは気が進まない。仕方なく和彦は、近くのコンビニに弁当を買いに行くというスタッフに、自分の分も頼む。 平日は、自分の足で歩くといえばクリニック内がほとんどのため、昼食時は数少ない外の空気を吸う機会なのだが、そうもいっていられない。「……ああ」 デスクの引き出しに入れておいた携帯電話の電源を入れて、小さく声を洩らす。千尋からの留守電を聞いた和彦は、仮眠室に入ってから電話をかける。待ちかねていたように、千尋はすぐに電話に出た。「今、話して大丈夫なのか?」『うん。じいちゃんが使っている個室にいるから、平気。そのじいちゃんは、検査に行ってるよ。先生から説明受けたけど、心電図をとる機械をつけたまま、明日まで過ごすんだって』「それで、会長の様子は?」 一度はベッドに腰掛けた和彦だが、外が気になって窓を開けてみる。相変わらず天気は悪いが、雨は降っていない。午後から天候が荒れるのではないかと、ふと考える。昨日から今日まで気忙しく過ごしていたため、天気予報を見ていないのだ。『心配ないよ。調子が悪そうって感じでもないし、泰然自若としてる。むしろ俺のほうが、何かあるんじゃないかって、緊張で胃がキリキリしてさ』「怖いことを言うなよ。ぼくまで胃がどうにかなるだろ」『――心配してくれてる? じいちゃんと
**** 翌朝、病院に向かう守光を見送った和彦は、慌しく出勤の準備を整える。 長嶺の本宅から出勤することは、すでにもう珍しくもなく、図々しい話だが、もう一つの自宅のような感覚さえある。だがさすがに、総和会本部からの出勤となると、勝手がまったく違う。 一挙手一投足を観察されているようでもあるし、主がいなくなった住居を、自分が自由に使える状況にあるというのも、なんだか居心地が悪い。そもそもこの特権は、和彦が守光のオンナであることで、得られているのだ。 いまさら、他人からどう思われようが、気にかける時期は過ぎているのであろうが――。 アタッシェケースを持って玄関を出た和彦を出迎えてくれたのは、守光の身の回りの世話をしている男だった。守光に同行するのかと思っていたが、あくまで男の仕事は、守光の住居空間を守ることにあり、この建物を一歩出てからのことは、護衛担当の者たちに任せるのだそうだ。「そうはいっても、病院は完全看護なので、護衛ができることは病院の外を張って、人の出入りを確認するだけです。検査の間は、千尋さんが付き添ってくださるそうですが」 エレベーターに乗り込みながらそう説明を受けた和彦は、総和会だけではなく、長嶺組も大変だなと思う。総和会にとっては会長である守光が、長嶺組にとっては跡目である千尋が気がかりだろう。この二人がともに行動するとなれば、普段であれば大勢の護衛が周囲を囲むのに、病院では二人だけなのだ。しかも夜は、守光は一人で病室で過ごすことになる。「それは心配ですね……」「長嶺会長の代になってから、総和会という組織そのものは融和を謳って、対外的には穏やかな姿勢を取っています。そのおかげで、敵対行動を取られることはずいぶん減りました。ただ、総和会を今の形に作り上げるために、長嶺会長自らは、厳しい姿勢を見せることがありました。我々が危惧しているのは、組織の外よりも――」 男はここで言葉を呑み込む。しかし和彦は、続きの言葉を察することはできた。これまで、守光本人だけではなく、賢吾や千尋もそれとなく匂わせてきたことだ。「今、長嶺会長に何かあれば、総和会内は
低く抑えた声が空気を微かに震わせる。和彦の肩も。「会長の……、様子が気になったものですから……」「そうか。だったら部屋に入ってくれ」「……いいんですか?」「いいも何も、あんたは医者だろ」 歯を剥き出すようにして南郷が笑う。バカにされたように感じたが、単なる被害妄想かもしれない。考え過ぎということにして、わずかに開いた襖の隙間から、守光の部屋を覗く。スタンド照明のほのかな明かりのおかげで、休んでいる守光の様子を見ることができた。 さらに襖を開けた和彦は、身を滑り込ませるようにして部屋に入る。逡巡したが、結局、襖を完全に閉めてから、守光が横たわっている布団に静かに歩み寄った。 傍らに座ると、眠っているとばかり思っていた守光が目を開ける。驚いて咄嗟に言葉が出ない和彦に、守光が話しかけてきた。「様子を見に来てくれたのか、先生」「……すみません。脈だけ測らせてもらおうと思ったんですが、起こしてしまいましたね」「気にしないでくれ。目を閉じてはいたが、眠っていたわけじゃない」 布団の下から守光が片手を出したので、さっそく和彦は脈拍を測る。呼吸も安定しているので、急を要する状態にはなっていないようだ。守光の手を布団の中に戻そうとして、軽く指を掴まれた。ハッとして守光を見ると、もう目を閉じている。和彦は、守光の手を握った。なんだか、不思議な感覚だった。「――……ぼくは、家族の看病というものをしたことがないんです。それどころか、誰かが体調を崩しても、心配して枕元に近寄ることもできなかった。ぼく以外の家族間で心配して、看病をしていました。だから正直、家族の体調を気遣うという感覚が、よくわからない。医者として患者を気遣うのと、どう違うのだろうかと、大学に通っていた頃や、医者になったばかりの頃は、不思議でした」 迷惑だろうかと思いつつ話しかけると、目を閉じたまま守光は笑った。「今は、わかるのかね?」「今も、正直不思議な感覚です。他人のぼくが、こうしてあなたの側にいるのは
三田村の行動が嬉しかった。澤村と会った余韻のせいか、夕方までとはいえ、部屋で一人で過ごしたくなかったのだ。 久しぶりに友人と会えて嬉しかった反面、自分の現状が痛いほど肩にのしかかってきて、少し胸が苦しい。「……久しぶりに友人と会うと言って楽しそうにしていたのに、今は複雑な表情をしているな」 ふいに三田村に指摘され、和彦はシートに座り直す。露骨に顔に出したつもりはなかったが、三田村の目を誤魔化すことはできなかったようだ。「いい奴なんだ、ぼくが今さっきまで会っていた友人は。だからこそ、今の暮らしについて何も言えない
**** 別に、やましいことはしていないのだ。 誰に対してなのか、和彦は心の中で言い訳する。やましいことはしていないはずなのに、どうしてこう、悪いことをしているような妙な罪悪感を覚えるのか――。 ガラス張りのショールームをぐるりと見回した和彦は、落ち着かない気分で髪を掻き上げる。自意識過剰のつもりはないが、この店に着いたときから、誰かに見られているような気がして仕方ない。 原因はわかっている。和彦についている、長嶺組の護衛のせいだ。「――佐伯先生、どうかしましたか?」
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
**** ブランケットに包まってうとうとしていた和彦は、窓を叩く雨の存在に気づいていた。朝から雨というと、普通なら憂鬱になりそうだが、ここのところの晴天続きに辟易していたところなので、雨音が妙に耳に心地いい。 ただし、湿気を含んだ暑さを堪能する気はないので、今日は部屋に閉じこもって、書類仕事を片付けてのんびりしよう――。 和彦は取り留めもなくそんなことを考えながら、雨音を聞いていた。しかし、そんな穏やかな目覚めをぶち壊すように、無遠慮に電話が鳴った。この時間、電話をかけてくる人物はわかっている。