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第48話(34)

작가: 北川とも
last update 게시일: 2026-09-29 17:00:40

 どこを見ているのかわからない目をしながら、九鬼は手慰みのようにテーブルの上の文鎮に触れる。猫の丸い体を撫でる指先は男のものにしては細い。

「あの……、おばあさまの口ぶりから気にはなっていたんですが、〈何か〉あるんですか? 昔は紗香さんの件で揉め事はあったようですが、今は――警戒しなければいけないようなことがあると?」

「昔は、ではないんですよ。昔から今にかけてずっとあることです。ただ、和彦さんがいることで、脅威がより具体的になったと言いますか」

 ここで九鬼がテーブルの上に広げた地図を示す。コピーして分割した地図を繋げただけなのかと思ったが、よくよく見れば、住宅地図を拡大コピーしたものだ。しかも、一枚一枚、場所がバラバラだ。

「赤ペンで囲っているのが、和泉家が所有している不動産の場所です。書類の上で住所を眺めてもピンとこなかったでしょうが、これなら多少はわかりやすいかと思います。わたしの普段の主な仕事は、この地図の場所に出向いての管理です。不動産屋に委託もしていますが、任せっきりというわけにもいきませんから」<
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  • 血と束縛と   第48話(36)

    「手土産でいただいたんですよ。有名なパティシエのお店のものだとかで。先生がいらして、ちょうどよかったです」「ふらっと立ち寄ったのに、なんだか申し訳ないな。こんないいもの……」 そう言いながらも、和彦は遠慮なく食べ始める。「今日は朝から出かけられていたんですか?」「朝から、ついさっきまで……」「忙しかったみたいですね。お昼はきちんと食べられましたか?」「鰻重をご馳走してもらった。いつもなら、まだ胃がいっぱいなんだけど、動き回ったから……」 おかげでこの美味しいフルーツゼリーも食べられる。 この時間、いつもであれば笠野は夕食の仕込みで忙しいはずだが、今日は比較的のんびりしている。コンロの掃除を始めたところで、和彦は声をかけた。「もしかして今日はもう、キッチンは使わないのか?」「あー、先生はご存知ないんでしたね。花見会の日は、本宅に残っている人間は、外に食べに行くか、弁当をとります。組長について参加している組員も多いですからね。だったらいっそ、厨も休めという昔からの方針です。先生が食べる分ぐらいでしたら、すぐに準備できますから遠慮なく――」 和彦は苦笑いで断る。夕食は、マンションに戻る途中で食べればいい話だ。「そうか、花見会だった……」 九鬼の勢いに巻き込まれているうちに、すっかり頭から抜け落ちていた。「本宅のこの雰囲気だと、トラブルは起きてないみたいだな。それでも組長は大変だろう。延期の件で何か言われるたびに、苦虫を噛み潰したような顔をしてないといいんだけど」「むしろ、物騒な笑顔を浮かべていらっしゃるのではないかと」 そちらのほうが怖いなと、和彦が納得しかけたところで、廊下からにぎやかな足音が近づいてくる。案の定、姿を見せたのは千尋だった。「留守番ご苦労様」 そう言って和彦が笑いかけると、千尋は唇を尖らせる。「留守番じゃなくて、待機、って言ってほしいなあ。これでも、朝からずっとピリピリしてたんだよ。オヤジのことは少しも心配してない

  • 血と束縛と   第48話(35)

     ただの相続ではないと、確信めいたものがある。宝箱の番人を自負する九鬼の存在が、その証拠だ。 和彦に見せるためだけに準備したのか、九鬼はせっせと地図のコピーを片付ける。和彦の前には、役目を終えた猫の文鎮がなぜかずらりと並ぶ。誰が買い集めたのだろうかと思いつつ、ふと気になったことを尋ねた。「業務委託ということは、九鬼さんたちの会社があるということですか?」「一応名目上はセキュリティ会社とはなっていますが、和泉家専門の万事屋と考えてください。荒事、揉め事なんでもござれ。ややこしいかもしれませんが、すべてご夫妻が、和泉家の方と資産を守るために考えた仕組みです」 タイミングを見計らっていたように、パーティションの向こうからのっそりと烏丸が姿を現す。外から戻ってきたところなのか、Tシャツの首回りが汗で濡れて色が変わっている。こちらの髪型は、変わらず坊主頭だ。目が合い、互いに会釈を交わす。 九鬼と烏丸は立ったまま顔を寄せて打ち合わせを始め、あまりうかがうのも失礼かと、和彦は目の前に並ぶ猫の文鎮を眺める。どの猫も愛嬌があり、人慣れしていた和泉家の猫たちを思い出す。「――では、出かけましょうか」 つい前のめりとなって文鎮の猫たちの表情を見比べていると、九鬼に声をかけられる。心なしか口元が緩んでいるように見えるのは、目の錯覚ではないだろう。「えっ、どこに……」 慌てて和彦は立ち上がる。顎ひげをひと撫でして、九鬼はニヤリとした。「この会社が管理する物件のいくつかを見に。他に軽く社会見学を。実感が湧くと思いますよ。ご自分が、和泉家から大事にされているのだと。あとはまあ――餌を撒きに」 和彦は急いで、外で待つ護衛の組員に連絡を取る。その間に烏丸の姿が見えなくなり、エレベーターホールの前で再び顔を合わせたときには、ド派手な柄の開襟シャツに着替えていた。目を白黒させる和彦に、九鬼は笑いながら言う。「威嚇用ですよ。この強面と服見て、迂闊に近づいてくる人間はいないでしょう。今日は特に気合い入ってます」 なんだか楽しげな九鬼を横目に、賢吾の人物評の正しさをじわじわと実感する。烏丸はエレベーターに乗り込むときも黙っ

  • 血と束縛と   第48話(34)

     どこを見ているのかわからない目をしながら、九鬼は手慰みのようにテーブルの上の文鎮に触れる。猫の丸い体を撫でる指先は男のものにしては細い。「あの……、おばあさまの口ぶりから気にはなっていたんですが、〈何か〉あるんですか? 昔は紗香さんの件で揉め事はあったようですが、今は――警戒しなければいけないようなことがあると?」「昔は、ではないんですよ。昔から今にかけてずっとあることです。ただ、和彦さんがいることで、脅威がより具体的になったと言いますか」 ここで九鬼がテーブルの上に広げた地図を示す。コピーして分割した地図を繋げただけなのかと思ったが、よくよく見れば、住宅地図を拡大コピーしたものだ。しかも、一枚一枚、場所がバラバラだ。「赤ペンで囲っているのが、和泉家が所有している不動産の場所です。書類の上で住所を眺めてもピンとこなかったでしょうが、これなら多少はわかりやすいかと思います。わたしの普段の主な仕事は、この地図の場所に出向いての管理です。不動産屋に委託もしていますが、任せっきりというわけにもいきませんから」 和彦は立ち上がり、じっと地図に見入る。和泉家――というより祖父母が持つ影響力をこんな形で見せつけられて、ゾッとするような寒気を感じた。「和泉家に厭われると、土地に厭われる……ですか」「いわゆる大地主さんですからね。あそこには貸したくない、売りたくない、とか言われると、でかいビルや商業施設を手掛けているような不動産開発業者ですら、まあ逆らうのは難しいですよね。わたしもたまにとりなしてほしいと泣きつかれたり、脅されたりしますけど、なんにもできません」 そう言う九鬼はひどく楽しそうだ。 イスに座り直した和彦は、気を落ち着けるために缶コーヒーに口をつける。ある程度は、総子や弁護士から説明を受けており、数えきれないほどの資料や書類にも目を通してきたが、それでもどこか現実味が乏しかったのだ。負担になるようなことはしなくていいし、信頼できる人物たちによってお膳立ても処理も済ませると言われては、そうなのかと納得するしかなかった。 クリニック経営ですら身に過ぎたものだといまだに思っている

  • 血と束縛と   第48話(33)

     そう言いながら九鬼は、和彦の隣に座った。和泉の家で食卓を共にしたときはあまり不躾に見ることはできなかったが、今は違う。和彦は、体の向きを変え、しっかりと九鬼と向き合う。自分にとっての味方となりうるか確かめるために。 今日の九鬼は、冬に会ったときより伸びたウェーブがかった髪を一つにまとめていた。こちらが職場でのスタイルなのかもしれない。きちんと手入れされた顎ひげにノーネクタイの黒のシャツ姿は、一見フランクそうな雰囲気も相まって、クリエイターっぽさがある。だがおそらく、地金は賢吾とそう変わらない。 和彦に値踏みされていると感じたのか、唇の端をわずかに上げた九鬼はシャツの片袖のボタンを外し、肘まで袖を捲った。現れたのは、手首近くまで彫られた刺青だ。特に目を惹く艶やかな赤。よく見ればそれは、陰影すら緻密に彫られた瑞々しい花弁だ。葉や茎は墨一色で彫られているせいか、より花の艶やかさが増して見える。「――牡丹の花ですよ。唐獅子とセットが定番なんですけど、若かった頃は、なんだかダサく思えたんですよね。そもそも刺青を入れるのを思いとどまれという話なんですけど」 九鬼はあっという間に袖を下ろしてしまい、結局牡丹の花の全容を見ることはできなかった。「まあ、つまり、わたしはこういう人間です。足は洗ってはいますが、今でもけっこうズブズブです」「ズブズブ……ですか」「わたしの仕事はね、宝箱を守る番人のようなものだと思っています。宝箱にいいものが入っていると気取ると、いろんな悪党が寄ってきて、中身を暴こうとするどころか、盗もうとする。そうされないよう、あれこれ手を講じるんですよ。元悪党のわたしが」 この会社は、和泉家が所有する資産を管理し、運用を行っている資産管理会社だと聞いている。和彦は漠然と、粛々と機械的に一連の仕事が行われているイメージを持っていたが、目の前の九鬼の様子はそれを裏切るものだ。表面的は穏やかなのに、どこか好戦的で、ヒヤリとする鋭さがある。 こんな男がオフイスでおとなしく、事務仕事をしているのだろうか――。 和彦の顔の強張りに気づいたのか、九鬼は軽く頭を下げた。「すみません。普段、熱心にわたしの話を聞いてくれる

  • 血と束縛と   第48話(32)

    「和彦さんは見た目どおり、時間にきちんとしていますね」「いえ、社会人としては当然のことで……」 応じてから、これは皮肉を言われたのだろうかと小首を傾げる。ヤクザの庇護を受けている人間が、一般人からはどう見られがちなのか、ついつい忘れそうになるのだ。 和彦の微妙な反応に気づいたのか、九鬼は声を上げて笑った。「すみません。他意はないんです。普段わたしらが接するのは、驚くほど常識がない人間と、図々しい人間が多いもので、たまにきちんとした人にお会いすると、妙な感動があるんですよ」「はあ……」「人を待たせて、マウント取ろうとする輩、わたし大嫌いでしてねー。それなら、事前アポなしで押し掛けられたほうが、笑顔で迎えられます」 これは賢吾のことだなと、さすがに察した。 ここで九鬼が表情を改め、恭しく頭を下げた。「改めまして、九鬼蓮巳です。本日はようこそお越しくださいました」 和泉家の〈身内〉である九鬼に礼を失した態度は取れないと、緊張気味に和彦も応じる。すると九鬼は破顔した。「もっと気楽にいきましょう。なんといっても和泉家の関係者同士ですから」 九鬼が示したのは、ドアに記された『S&A合同会社』の名だ。速やかにそのドアを開けて、中に入るよう促された。 オフィスに入って正面に小さなカウンターがあり、そこに置かれた花の鉢に目を留める。艶やかなピンク色の花の名を、和彦は知っている。紗香が好きだったというベゴニアだ。左側に設けられた応接セットのテーブルの上にも、同じ鉢があった。「この会社のS&Aの意味、総子さんから聞いてます?」「いえ……」「Sは紗香さん、Aは綾香さんだそうです。娘さんたちに苦労させないためにと、そういう目的で作った会社だったらしいんですけどね……」 九鬼に伴われて奥へと進むと、デスクが六つ並んでおり、その二つを中年の男女が使っている。和彦に気づいて、女性のほうからちらりと目礼されたが、それだけだ。九鬼に手招きされて、部屋を区切るパーティションの

  • 血と束縛と   第48話(31)

    **** 車の後部座席で和彦はぼんやりと、外を流れていく景色を眺める。いくらか散り始めている沿道の桜の花だが、それでもまだ目を細めて見入るほどには美しい。 今ごろ賢吾も、同じように桜の花を眺めているのだろうかと、ふと思う。〈諸事情〉により日程がずれ込んだ総和会主催の花見会は、現在、無事に進行中のようだ。組員宛てに報告が入っており、車内は比較的安穏とした空気が漂っている。 例年、桜が見ごろを迎える前に開催される花見会が、今年は見ごろを過ぎかけた時期に開催される。そのことで何かと探りを入れられた賢吾はうんざりしており、原因のいくらかを負っている和彦としてはなかなか心苦しいところだ。とにかく花見会が無事に終了すれば、長嶺組や総和会に漂っていた緊迫感も薄れるはずだ。 留守番組の千尋は、本宅に来ないかと和彦を誘ってきたが、あいにく今日は予定が入っており、今まさに向かっている最中だった。「――本当に、大丈夫ですか?」 助手席の組員が、ちらりと振り返る。今日の予定が決まってから、何度となく同じ質問を長嶺組の人間からかけられている。和彦は微苦笑で応じる。「信用してほしいと、向こうからの要望だから。それに、どういう相手と場所なのか、組長自身が会って確かめたんだろう?」「帰りの車でその組長が、『掴みどころがなさすぎて、ウナギみたいな男だ』と、珍しく困ったような声でおっしゃられてましたよ……」「それは――」 本当に珍しい。 軽く咳払いをして和彦を気を取り直す。会う前に、不安を煽るようなことは言わないでほしいとは、口に出しては言えなかった。 初対面ではないのだからと自分に言い聞かせているうちに、目的地に着く。オフィス街にある十階建てのビルだった。平日の日中ということもあって通りを行き交う人の姿は多く、悪目立ちしたくない和彦の服装はスーツだ。 ブリーフケースと、手土産のクッキー入りの紙袋を手に車を降りようとすると、組員に念を押される。「我々は近くのコインパーキングに車を停めていますから、何かあればすぐに連絡をください」

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