打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します

打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します

last updateDernière mise à jour : 2026-10-31
Par:  春野ケイMis à jour à l'instant
Langue: Japanese
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打ち切りになったBL小説の作者・俺は、気づけば自作の当て馬令息リュカに転生していた。 原作のリュカは主人公をいじめて断罪され、追放されて死ぬ。しかも、その死に様を書いたのはたった1行。 ……雑すぎるだろ、過去の俺。 破滅を回避するため、作者の知識を使って立ち 回るはずだった。ところが、うっかり攻めのアルベルトに、設定資料にしか書いていない秘密を言い当ててしまう。 「お前、なぜそれを知っている」 書いたからです、とは言えない。 それ以来、完璧な優等生のはずのアルベルトが、なぜか俺から離れてくれない。 俺の書いていない顔で、俺を見ないでくれ。 打ち切りで書けなかったハッピーエンドを、今度こそ書き上げる。

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Chapitre 1

第一部 一行で死ぬはずだった当て馬 第一章 書き捨てた当て馬 第1話 当て馬、紅茶をかけ損ねる  

右手の中で、紅茶のカップが傾きかけていた。

目の前には、亜麻色の髪の少年が座っている。大きな榛色の瞳が、怯えたように俺を見上げていた。

――あ、これ知ってる。

そう思った瞬間、頭の中に濁流が流れ込んできた。

締め切り前の深夜三時。冷めきったコーヒー。モニターに映る原稿。担当編集からのメール。

『春日先生、大変申し上げにくいのですが、『銀の誓約』は三巻で完結という形に……』

打ち切りの連絡だった。

そして俺は、その三巻を書き上げた帰り道に――

「リュカ様?」

隣にいた取り巻きの声で、我に返る。

王立セレスタ学院の中庭。白い東屋のサロン。午後の茶会。テーブルを囲む貴族の子息たちと、ひとりだけ制服の型が古い、平民の特待生。

間違いない。『銀の誓約』第一巻、第三章。悪役令息リュカ・ベルナールが、主人公ミシェルの頭から紅茶を浴びせる場面だ。

そして俺は今、そのリュカ・ベルナールの手で、カップを持っている。

(待て待て待て待て)

この後の展開を、俺は誰より知っている。だって、書いたのは俺だ。

紅茶を浴びたミシェルの前に、アルベルト・グランツが現れる。公爵家の嫡男で、次期騎士団長と目される学院の憧れ。彼は濡れたミシェルに上着をかけ、リュカを冷たく見下ろして言うのだ。

「品性は、家名では買えないようだな」

担当に「ここ、最高です!」と褒められた台詞だった。読者アンケートでも人気だった。

それを今から、俺が言われる。

(いやだ、絶対いやだ)

カップの傾きを、ぎりぎりで止める。手首に変な力が入って、紅茶の表面が大きく揺れた。

ミシェルが、ぎゅっと目をつぶる。

その顔を見て、胸の奥がずきりと痛んだ。

俺はこの子に、ずいぶん酷いことをしてきた。原稿の上で。一巻では紅茶、二巻では階段、三巻では舞踏会のドレスコード事件。全部リュカにやらせた。全部、ミシェルとアルベルトを近づけるための装置として。

「……失礼」

俺はカップをソーサーに戻した。かちゃん、と間の抜けた音がした。

「手が滑りそうになった。かからなかったか?」

ミシェルが恐る恐る目を開ける。取り巻きたちが顔を見合わせる。

「リュ、リュカ様……? でも、さっき『その汚い手で菓子に触るな』って……」

言ったのか、俺。いや、リュカが。いや、俺か。

記憶を探ると、確かにほんの数分前に言っていた。原作通りの台詞を、一字一句違わずに。

(俺の書いた台詞、性格悪っ)

「……訂正する。手は汚くない。菓子も好きに食べてくれ」

場の空気が、完全に凍った。

ミシェルは口をぱくぱくさせている。取り巻きの一人は「熱でもあるのでは」と真顔で俺の額に手を伸ばしかけ、慌てて引っ込めた。

そのとき、東屋の入り口に影が差した。

「何の騒ぎだ」

低く、よく通る声。

振り返らなくてもわかる。銀灰色の髪。夜明け前の空みたいな青い瞳。学院の制服を誰より正しく着こなす長身。

アルベルト・グランツ。

俺が作った、この物語の攻めだ。

(実物、顔がいい……!)

違う、そうじゃない。いや、そうなんだけど。

挿絵の先生が描いてくれたキャラデザを、何百回も見た。でも、実物は違う。生きている人間の顔には、紙にはない温度がある。

アルベルトは東屋を一瞥し、ミシェルを見て、最後に俺を見た。濡れていないミシェル。ソーサーに戻ったカップ。凍りついた取り巻きたち。

彼の眉が、ほんのわずかに寄る。

「……何もなかったのか」

「何もありませんでした」

俺は即答した。声が裏返らなかったのは奇跡だと思う。

アルベルトはしばらく俺を見ていた。値踏みするような、温度のない目。原作のリュカが何度も向けられた目だ。

「そうか」

それだけ言って、彼はミシェルに軽く会釈をし、去っていった。上着は脱がなかった。名台詞も、なかった。

東屋に、長い沈黙が落ちる。

俺は震える手で、自分の紅茶を一口飲んだ。すっかりぬるくなっていた。

――さて。

整理しよう。

俺は打ち切りBL小説『銀の誓約』の作者だ。たぶん、死んだ。そして自作の世界の、当て馬悪役令息リュカ・ベルナールになっている。

リュカの結末は知っている。

三巻の終盤。卒業前夜祭の大広間で、これまでの悪行をアルベルトに暴かれ、断罪される。実家から勘当され、北の修道院へ送られる。

そして最終ページの手前、ほんの数行の後日談の中に、こう書いた。

『リュカ・ベルナールは北の修道院へ送られ、その冬に死んだ。』

それだけだ。

死因も、最期の言葉も、何もない。

(だって、ページが足りなかったんだよ……!)

打ち切りが決まって、書きたかった話を三巻に詰め込んだ。削れるところは全部削った。真っ先に削ったのが、悪役の末路だった。

一行。

たった一行で、俺は死ぬ。

カップの中の紅茶が、小さく波打っている。手が震えているのだと、少し遅れて気づいた。

「リュカ様、やはりお加減が……」

「大丈夫だ」

大丈夫じゃない。全然、大丈夫じゃない。

でも、ひとつだけはっきりしていることがある。

俺は、この物語の作者だ。

誰よりもこの世界を知っている。誰が何を隠し、何に怯え、どこで間違えるのか。全部、知っている。

だったら、やることは決まっている。

一行で死ぬ当て馬の人生を――作者の手で、推敲してやる。

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第一部 一行で死ぬはずだった当て馬 第一章 書き捨てた当て馬 第1話 当て馬、紅茶をかけ損ねる  
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その夜、俺は自室の机にかじりついていた。 羊皮紙を三枚並べ、それぞれの一番上に見出しを書く。 一枚目、「本文」。 二枚目、「設定資料」。 三枚目、「余白」。 作家の悪い癖だ。混乱したら、とりあえず紙に書く。 まずは確認からだ。 本文で、俺はリュカの部屋をこう描写した。『深い青のカーテンと、使われない書棚。リュカは本を読まない』。 顔を上げる。カーテンは深い青。壁際の書棚には、背表紙の金文字が剥げかけた本が、新品同然で並んでいる。 (読んでやれよ、リュカ) 本文に書いたことは、そのままこの世界にある。これは間違いない。 次に二枚目。設定資料だ。 本の中には書かなかったけれど、俺のパソコンの「銀の誓約_設定.txt」には書いてあったこと。キャラの好物、家族構成、子どもの頃の思い出。物語に出す予定はないけれど、キャラを動かすために作者だけが知っておく裏設定。 リュカの設定にはこう書いた。『猫舌。本人は認めない』。 昼間の紅茶を思い出す。ぬるくなってから飲んで、ちょうどよかった。 試しに、侍従が運んできたばかりのホットミルクに口をつける。 「あっつ!」 「リュカ様!?」 扉の脇に控えていた侍従が、慌てて駆け寄ってきた。 「申し訳ございません、少し冷ましてからお出しすべきでした」 「いや、いい。確認しただけだ」 「確認……?」 設定資料も、生きている。本文に一文字も書かなかったことまで、この世界はちゃんと覚えている。 そして三枚目。余白。 本文にも設定資料にも、書かなかったこと。 俺は目の前の侍従を見上げた。黒髪を短く刈った、二十歳くらいの青年。いつもリュカの後ろに控えていて、原作では一度も台詞がない。本文での扱いは、たしか―― 『侍従は黙って頭を下げた。』 それだけだ。 「なあ」 「はい」 「お前、名前は」 侍従は一瞬、きょとんとした顔をした。それから困ったように眉を下げる。 「トマでございます。お仕えして、五年になりますが」 「……そうか。トマか」 知らなかった。 俺は、知らなかった。 五年もリュカに仕えてきた男の名前を、作者の俺は一度も考えなかった。リュカに名前を呼ばせる必要がなかったから。 (余白は、俺にもわからない) 羊皮紙の三枚目に「トマ」と書く。それから少し考えて、こう付け足した。
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