LOGINひとまず長嶺組には状況と現在地を知らせておこうと、スマートフォンで素早くメッセージを打ち込んで送信する。そこに、大きな足音を立てて南郷が一階に下りてきて、サンダルに履き替えて庭に出てくる。和彦を探すように辺りを見回してから、縁側に目をとめる。なぜか、ニヤリと笑いかけられた。
作業に入る前に昼食をとると言われ、ここに来る途中の弁当屋で購入した弁当を、縁側に並んで腰かけて食べる。大きな体を維持するのにエネルギーが必要なのか、南郷は焼肉弁当二つに手をつけている。ちなみに和彦は幕の内弁当だ。 南郷の隣では食事が喉を通らないのではと危惧したが、朝早くから呼び出されて一仕事を終えたあとのため非常に空腹で、問題はなかった。自分の神経の図太さへの呆れは、ペットボトルのお茶と共に飲み下す。 食後のデザートだと、弁当屋のレジ横で売っていたという小さな大福も勧められるまま食べながら、和彦はぼんやりと庭を眺める。この庭で人が亡くなったという話を唐突に思い出して、無理やり頭から追い払う。「――もっと萎れているのかと思ったが、案外平気そうだな」趣味が悪いと言えたジャージから着替えた南郷は、Tシャツに膝までのハーフパンツ姿となっている。すでに初夏ともいえる陽気では、こちらの格好のほうが相応しいし、妙に似合っていた。「――……密談がしたくて、ここに連れてきたんですよね?」 和彦から切り出すと、南郷は皮肉っぽく唇を歪めて笑う。「俺は、あんたの後見人だ。あくまで総和会の中での呼称ということで、法的根拠なんてまったくない肩書きだが、この世界ではけっこうな力を持つ――と、俺とオヤジさんは考えた」「ぼくを総和会という組織に雁字搦めにしたいんですよね」「いい表現ではないな。あんたを守ろうとしているのに。ただこれは、誰にとってもわかりやすい話ではあるんだ。佐伯和彦の立場は、俺がいる限り守られると」「……長嶺会長ではなく?」「もちろん、オヤジさんが会長の座にいる限りは、そのとおりだ。しかしそれも、長くて数年だ。俺たちは、そのあとを気にかけている。誰があんたを守る?」 妙なことを言うと、和彦はため息をつく。「だったらぼくは、総和会と距離を置くだけです。長嶺組長の姿勢に倣います」「総和会は、長嶺組長を離さんよ。互助会というのは、そういうものだ。組同士の話じゃない。総和会という組織が生きるために、十一の組を必要としている。長嶺組は特に、総和会の中心部に据えられている。そういう組織に、オヤジさんが造り替えた。なのに、長嶺組長自身は今のところ、総和会の運営に積極的に加わっていない。ちぐはぐな状況だと思わないか?」「そこでぼくが必要になる。人質のようなものですよね」 和彦も賢吾も、それは理解しているのだ。現状、受け入れるしかない。「そのあたりのことに気づいて、あんたを利用しようとする人間がいるかもしれない。害しようとする人間がいるかもしれない。だから俺という後見人が必要になる。もっとわかりやすく言うなら、弾除けだな」 ゆっくりと目を見開く和彦の前で、南郷は手慰みのようにプールの水に指先を浸す。 和彦はそっと目を細めて、南郷の様子を観察しつつ、ここまでのやり取りを頭の中で反芻する。今南郷に言われたこ
南郷は、いかに熱心に作業に打ち込んでいたか物語るように、ジャージが泥だらけだった。用具を片付けてから和彦が外水道で手を洗っていると、南郷は縁側に腰掛けて長靴を脱ぎ始める。「先生、シャワーを浴びてくる。適当に休んでいてくれ」「……ごゆっくりどうぞ」 素っ気なく応じた和彦に、南郷が薄い笑みを浮かべる。「ここの屋上に、ちょっとおもしろいものがある。気が向いたら見てきたらどうだ」 そんな言葉を残して南郷が行ってしまう。気は向きませんと心の中で応じて一旦は縁側に腰を下ろした和彦だが、屋上まで上がってちらりと見るくらいなら、数分ほどで済むのではないかとふと思ってしまう。 結局、自分の好奇心の強さを咎めながらも、速やかに行動に移す。子供の足に合わせた低い階段を一段飛ばしで三階に上がって屋上に出ると、途端に強い光の反射に目が眩む。「これ……」 何かと思えば、プールに張られた水が陽射しを受けてきらめいていた。組立式のプールだが、幼児なら十人は余裕で遊べそうな大きさで、水はきれいに澄んでいる。雨水が溜まったものではないのは明らかで、つまり、南郷が準備したということになる。プールの傍らには斜めに差したパラソルとビーチチェアがあり、ずいぶんとここで過ごす時間を楽しんでいるようだ。「何やってるんだ、あの人」 ぽつりと呟いた和彦は、ビーチチェアに腰掛ける。座り心地は悪くなかった。プールを眺めていると、かつてここで遊んでいたであろう子供たちの姿がありありと想像できる。 すぐに庭に戻るつもりだったはずが、疲れもあってすっかり腰に根が生えたように動けなくなっていた。「――ここを買い取ったときに、倉庫に押し込んであったんだ」 パラソル越しにふいに南郷に話しかけられる。「プールを出すには早くないですか?」「入りはしない。ただ、眺めているだけだ。いろいろ考えながら。例えば……、俺ももういい歳で、庭の広い家を建てて、こんなふうにプールを出して我が子に水遊びをさせていた人生もあったかもしれない、とかな」「…&hell
要領が悪い自分ではなく、その人に植え付けの手伝いも頼めばよかったのでは、と和彦の頭に疑問が浮かんだが、口には出さない。あえて虎の尾は踏みたくなかった。南郷の場合、百足だが。 急にうすら寒さを覚えて身震いした和彦は、南郷に指示されるまま長靴に履き替え、軍手をする。外水道に長いホースを取りつけ、ずるずると引っ張りながら、ポットや鉢に植えられた苗木に水をかけていく。一方の南郷は地面に穴を掘り始める。 二人は黙々と作業を続ける。着ているものが汚れそうな作業は基本的に南郷がこなし、和彦は水を撒くか、苗木を運ぶ程度の軽作業だ。 南郷は掘った穴に、腐葉土と堆肥を景気よく入れて混ぜる。腰の入ったシャベル使いに、つい和彦は声をかけていた。「ほぼ素人とか言ってたわりに、慣れてますよね」「穴を掘るのは、な。何も植物を植えるためだけじゃないからな」 すぐに不穏な想像をしてしまい、うっ、と声を洩らす。すると南郷が小馬鹿にするような一瞥を寄越してきた。「想像力が豊かだな、先生」「……ぼく、何も言ってませんよ」「言ってるようなものだ」 もう少し人の神経を逆撫でしない会話ができないものだろうかと、心の中で抗議する。「――あんた相手なら、偉そうに踏ん反り返るふりも、格好をつける必要もないから、作業に没頭できていい。隊の連中が一緒だと、隊長の手を汚させるわけにはいかない。自分たちがやるからと言って、シャベルを取り上げられるからな」「それ遠回しに、ぼくは気が利かないと言ってます?」「あんたは、それでいいだろ。周りの男たちに甲斐甲斐しく世話されるのが似合ってる。男たちのほうも、そのほうが安心できる。あんたは天性のタラシという役割を、俺は偉そうな隊長という役割を務めてるってだけだ」 水を含んで土が柔らかくなった苗木をポットから丁寧に抜き出し、根を切らないよう解していく。「そっちの鉢のほうは、そのままでいい。鉢でしばらく育てて様子を見る」「はいはい」 和彦のおぼつかない手つきに待てなくなったのか、土にシャベルを突き立ててから、南郷もポットから苗木を抜き取っていく。
ひとまず長嶺組には状況と現在地を知らせておこうと、スマートフォンで素早くメッセージを打ち込んで送信する。そこに、大きな足音を立てて南郷が一階に下りてきて、サンダルに履き替えて庭に出てくる。和彦を探すように辺りを見回してから、縁側に目をとめる。なぜか、ニヤリと笑いかけられた。 作業に入る前に昼食をとると言われ、ここに来る途中の弁当屋で購入した弁当を、縁側に並んで腰かけて食べる。大きな体を維持するのにエネルギーが必要なのか、南郷は焼肉弁当二つに手をつけている。ちなみに和彦は幕の内弁当だ。 南郷の隣では食事が喉を通らないのではと危惧したが、朝早くから呼び出されて一仕事を終えたあとのため非常に空腹で、問題はなかった。自分の神経の図太さへの呆れは、ペットボトルのお茶と共に飲み下す。 食後のデザートだと、弁当屋のレジ横で売っていたという小さな大福も勧められるまま食べながら、和彦はぼんやりと庭を眺める。この庭で人が亡くなったという話を唐突に思い出して、無理やり頭から追い払う。「――もっと萎れているのかと思ったが、案外平気そうだな」 食後のたばこを吸いながら南郷に言われる。なんのことかと和彦は眉をひそめてから、やっと察した。「祖父のことでは、いろいろとお気遣いいただいて――」「ああ、いい。そんなつもりで言ったんじゃない。ただ、葬式から戻ってきて早々に仕事に引っ張り出されて、あんたも大変だと思ったんだ」 大変、と口中で反芻する。南郷から心労を慮られるというのも、正直なところ妙な感覚だ。これまで、誰よりも和彦に心的にも肉体的にも負担をかけてきたのは、間違いなくこの男なのだ。「理由があって、母方の実家とぼく個人はつき合いが希薄でしたから……。険悪だったというわけじゃないです。実際、年始に顔を合わせたときは、わだかまりもなかったですし。だから、ショックではあるんです。これからもっと親密につき合っていけると思っていたところだったので」「そうやって別れを惜しむ気持ちが持てたということは、あんたの祖父君は人格者だったんだろう……。っと、そうなると初七日も向こうに?」「いえ、連休明けにクリニックを再開しま
** 総和会本部の〈寮〉で庭ができあがっていく過程を眺めているうちに、自分の手でやりたくなったのだと、ホームセンターで庭木の苗木や園芸用品を選びながら南郷は言った。 異常に悪目立ちする南郷の後ろをついて回るうちに和彦は既視感に襲われたが、いつだったか御堂について、ホームセンターでの買い物につき合ったことを思い出した。 水と油のような性質の二人でも、緑を育てたいという同じ目的に至るのだなと妙な感慨を覚えたが、しかし、南郷には立派に打算があったようだ。「庭が手入れされた家を、人はあまり警戒しない。少なくとも荒れたままにしておくのはよくないな。俺は日曜大工の知識はそれなりにあるが、花木についてはほぼ素人だ。今の時期なら、ホームセンターに並んでる苗木を適当に植えても育つだろう。もちろん、肥料と水を与えて」「……南郷さん自らやるんですか?」「これでも俺は几帳面で、何をどこに植えるかぐらいはやっておきたい。なんといっても、俺の隠れ家のことだ」 後部座席のシートを倒して購入したものを運び入れたところだった。しっかり手伝わされた和彦は、露骨に顔をしかめて南郷を見る。「それって――」「一度あんたを連れて行ったことがある場所だ」 そして再び、和彦を連れて行くつもりらしい。車に乗るよう言われて躊躇するが、助手席のドアを開けて促されると逆らえない。なんとか平然と話している和彦だが、内心では相変わらず南郷は怖いのだ。 移動の最中も気を張り詰め、うっかりウトウトすることもできない。和彦はじっと外の景色に目を向け続けていて、ふと気がつく。いつの間にか護衛の車が見えなくなっていた。南郷が気づかないはずもないが、何も言わないし、焦った様子もない。先行させたのか、あえて見えない位置まで距離を空けたのか。 首を傾げ続けているうちに、目的地が見えてきた。 前回は、夜間であっても見ることができた四角くて黄色い建物は、外壁を塗り替えたらしくありふれたクリーム色となっていた。当然、元保育所だとわかりやすく示していた可愛い動物の絵もなくなっている。変わったのはそれだけではない。重々しい鉄門扉と鎖のセットは相
訝しんだ和彦は眉をひそめて隣を見遣る。居心地悪そうに顔をしかめた加藤は、場繋ぎのつもりなのか物騒なことを話し始めた。「――拳銃が使われかけたようです」「はあ?」「さっき佐伯先生が診た患者のことです。相手が拳銃を出したそうで、それで取っ組み合いとなってガラスに……。拳銃はこちらで確保しています」 それを聞いた瞬間、ゾッとして鳥肌が立った。相手は、総和会の人間を本気で殺すつもりだったのだ。「はっきりとした目的があってのことか、たまたまそうなったのかは、これから調べるそうです。ただ、外にいる人間に対して、注意するようにと連絡が回っています」「……あー、だから今さっき、小野寺くんに嫌味っぽく言われたのか」「あいつはいつでも、あんな話し方です」 加藤は大まじめな顔で言い切った。「ということで、念のため護衛シフトを変更させてもらいます。そう、指示があったので」 表に出ていた小野寺が、こちらに向かって大きく手を動かす。行きましょうと加藤に言われて素直に従う。エントランスを出たところで、見覚えのある4WDが目の前に停まった。ここですべてを察した和彦は本能的に後退ったが、逃げ出すまでには至らない。運転席のウィンドーが下ろされ、ほんの数日前に会ったばかりの南郷が姿を見せる。「先生、車に乗ってくれ」 もちろん助手席に。いそいそと小野寺が助手席のドアを開けたので、否も応もなく和彦は乗らざるをえなかった。「これは……、どういうことですか……」 ドアのほうに体を寄せながら和彦はきつい視線を向ける。一方の南郷はハンドルを握りながら、今にも鼻歌を歌い出しそうな様子だ。 突然のことに軽く頭が混乱しているが、それでも和彦は一つ一つ状況を整理する。その間にも、どこに向かっているのか車は走り続けている。背後からぴったりとついてくる車は、南郷の護衛だろう。「これ?」「月に一度、本部に顔を出すという決まり事のことです。ぼくは五月一日に出向きましたよね。次は来月に――」「本部の外で