Mag-log in秦に腕を掴まれたかと思うと、強引に引っ張られて歩かされる。男は手を伸ばして追いかけてこようとしたが、早くこの場から逃げろと誰かに命令されたように、和彦の足は勝手に動く。秦とともに階段を駆け下りていた。
「――……さっき、あの男に何を?」 一階に向かいながら、背後を振り返った和彦は尋ねる。まだ、男は追いかけてこない。「拳をちょっと腹に入れただけです」「そんなことしたらっ――」 ちらりと口元に笑みを浮かべた秦だが、その目は油断なく一階のショールームを探っている。「心配いりません。あの男、かなり鍛えているみたいなので、そう堪えてませんよ。だから……すぐにここを離れないと」 そう言いながら秦が向かっているのは、店の正面出入り口だ。「でも……」 店から出ないよう言われているため判断を迷った和彦に対して、秦は鋭い口調で言った。「あのキレた刑事に捕まったら、どんな微罪で警察署に連行されるか、わ「――さっきの続きはさせてくれないのか? ぼくは、お前を甘やかす気満々なんだが」 嬉しそうに顔を綻ばせた千尋は、和彦のバスローブを脱がせながら、ある提案をしてくる。さすがの和彦も困惑するが、淫らな好奇心が上回る。千尋の欲望に引きずられたのかもしれない。「んっ……」 体を横向きにして、千尋の欲望を再び口腔に含む。同時に千尋が、和彦の欲望を口腔に含んだ。 頭を互い違いにして、欲望を含み合う行為は、初めてだ。この行為を試してみたいと考えたこともない。身を焼かれるような羞恥が和彦を苛むが、一方で、とてつもなく淫らな行為に耽っているという実感に酔いそうになる。 しかし、千尋はもっと大胆で、行動的だった。「うっ、ああっ……、千尋、この格好は、嫌だっ」 ベッドに仰向けとなった千尋の上に、和彦はうつ伏せで体を重ねる。それだけではなく、千尋の眼前に、秘裂がよく見えるように両足を開いた姿勢で。そして和彦の眼前には、身を起こした千尋の欲望がある。 さすがにあまりにはしたない格好に、理性が欲望に勝ろうとしたが、おもしろい遊びを発見した子供のように、千尋の好奇心は旺盛だった。「すげー、いやらしいよ、先生」 ぐいっと腰を引き寄せられ、和彦のものは熱い感触に包み込まれる。顔を伏せて呻き声を洩らし、腰を震わせていた。「……バカ、千尋っ……」 せめてもの抵抗で、絞り出すような声でこう言った和彦だが、千尋の上から逃れることはできなかった。千尋の指が、内奥の入り口をまさぐり始めていたからだ。「あっ、あっ、あうっ――」 指に続いて触れたのは、柔らかく濡れた感触だった。熱くなったものは指の輪で緩く扱かれ、腰が震える。千尋は明らかに、いつもとは違う攻めに戸惑う和彦の反応を楽しんでいた。「もしかして、こういうの初めて?」「当たり、前だ。誰がこんな、恥知らずなことを、す、る……」「だったら俺が、先生にいやらしいこと教えてあげてるってことか」 内奥に指が押し込
「違う。……ぼくの誕生日まで、落ち着かない日が続きそうだと思ったんだ」「へえ、なんか心当たりあるの?」「心当たりというか――」 澤村と会う件で秦に協力を求めたことを、賢吾には報告してある。秦と中嶋と連れ立って動いて、賢吾の耳に入らないはずがない。だったら最初から報告しておいたほうが、精神的に楽だと考えたのだ。そもそもあの男に隠し事など、したくはなかった。バレたときが怖すぎる。 自分が生まれた日を迎えるだけだというのに、神経を遣い、根回しし、煩わしいと思う一方で、気遣われる自分の立場がくすぐったくもある。そういう状況に慣れない和彦の心理は、『落ち着かない』と表現するしかなかった。 和彦の気持ちにすり寄るように、千尋が甘えた声で尋ねてくる。「先生、部屋に寄っていい?」 わずかに体温が上がるのを感じながら和彦は、千尋の頬を優しく撫でてやった。**** グラスに注いだオレンジジュースを飲んでいると、まるで人懐こい犬のように背後から千尋がじゃれついてきた。腰に回された剥き出しの腕に何げなく触れると、まだ濡れている。和彦は、手の甲をパシッと叩いて注意した。「千尋、しっかり拭かないと、風邪を引くぞ。それと、何か着ろ」「えー、どうせすぐに脱ぐじゃん」 明け透けなことを言う千尋を、肩越しに振り返って軽く睨みつける。シャワーを浴びたばかりの千尋は、かろうじて腰にタオルを巻いているが、ほぼ裸だ。滑らかな肌を水滴が伝い落ち、しなやかな筋肉に覆われた体を、さらに魅力的に見せている。 きれいな千尋の体の中で、左腕だけは様子が違う。かつては生々しく見えたタトゥーが、部分的に色が薄くなり、代わりに赤みの強いケロイドが目立っている。ようやく痛みが取れて包帯を外したそうだが、それも数日のことだ。来週には、またレーザーを当てるらしい。 和彦は体の向きを変えると、傷に触れないように気をつけながら、タトゥーを指先でなぞる。千尋は小さく笑い声を洩らして、和彦の耳に唇を押し当ててきた。「先生のほうが、痛そうな顔してる」「&hellip
ゴルフに偏見はないが、そこにヤクザという単語が加わると、組員たちに見守られてコースを回る光景を想像してしまう。それでなくても、賢吾と出歩くときは警護が厳重なのだ。のんびりとゴルフを楽しむ姿が、和彦には思いつかない。「……体を動かすだけなら、ジムで十分だ」「そうは言うけど、そのうち先生も、接待ゴルフに招待されたりするから」 どこかおもしろがるような口調で千尋が言う。そんな千尋を、和彦はやや呆れた顔で見つめる。「お前、なんだか楽しそうだな……」「だって、先生と一緒にコースを回るところを想像したら、けっこういいなと思ってさー。本気で考えてよ。ゴルフ始めるの。それで暖かくなったら、俺とコース回ろう」 一人で騒いでまとわりつく千尋を相手しつつ、駐車場で待機している車に戻る。今日は最初から、千尋の買い物につき合ったあとは、自宅に戻ってゆっくり過ごすつもりだった。さすがに元気に出歩くには、寒すぎる。 しっかり暖められた車内に入った和彦は、ブルッと体を震わせる。そんな和彦を見て、隣に座った千尋が笑う。「寒いなら、抱き締めてあげるけど」 子供のような笑顔とは裏腹に、邪なことを言った千尋の頬を、遠慮なくつねり上げてやった。 車が走り出してすぐに、千尋が和彦の手に触れてくる。羨ましいことに、どんなに寒くても千尋の手は温かい。冷たくなっている和彦の手に、じんわりと千尋の体温が沁み込んでいく。「――先生、もうすぐ誕生日だよね」 自分の誕生日の話題が出た途端、和彦はつい身構えてしまう。澤村からの電話や、南郷からプレゼントを渡されたこともあり、どうしても愉快な気分にはなれないのだ。「そうだが……、どうして知ってるんだ?」「俺がカフェでバイトしてるとき、先生の歳聞いたら、ついでに教えてくれたんだ。俺、人の誕生日なんて興味ないんだけど、先生のだけはしっかり覚えてる」 こう言ってくれる千尋には申し訳ないが、正直、和彦の記憶は曖昧だ。千尋とは、世間話や他愛ないことまで、とにかくいろんなことを話しはしたが、そういった会話の内容を、覚えてお
**** きょろきょろと売り場を見回していた千尋に、突然手首を掴まれた和彦は、何事かと思って目を丸くした。 日曜日だけあって、広い売り場を持つスポーツ用品店の店内は、さまざまな年齢層の客たちで混雑している。だからといって、手を掴んでいないと迷子になるというほどではない。「おい、千尋――」 ふざけているのかと思い、きつい声を発しかけた和彦だが、手首を掴んだままズンズンと先を歩く千尋を見ていると、なんとなく、元気のいい犬を散歩させているような錯覚を覚え、結局、抗議の声を上げるタイミングを失ってしまった。 ジョギング用のスニーカーを見たいという千尋につき合い、さまざまなメーカーのスニーカーを一緒に見ている最中だったので、気になる商品を見つけたのだろうと、そう和彦は考えた。 だが、千尋が足を止めたコーナーは、少々意外だった。「……テニスシューズ?」 天井から吊るされたパネルを読み、和彦は首を傾げる。思わず、陳列されたテニスシューズと千尋を交互に見てしまった。「なんで、テニスシューズなんだ……」「先生、テニスはやらないの?」「高校生のとき、少しやったぐらいだな。お前は?」「実は、中学のテニス部で部長経験あり」 へえ、と声を洩らした和彦は、千尋と並んで陳列棚を眺める。ここで会話が一旦途切れたが、どうしてテニスなのか、その理由がさっぱりわからない。「で、テニスがどうしたんだ」「じいちゃんの家のテニスコートでさ、今度テニスやろうよ。道具一式揃えて」「……はあ?」 突拍子もない千尋の言葉に、和彦は露骨に身構える。そんな和彦の反応を見て、千尋は意味ありげな流し目を寄越してきた。その目つきが、食えない父親にそっくりだ。「せっかく先生も出入りできるようになったんだしさ、楽しもうよ。ジムで体力作りはできても、テニスはできないだろ?」「そういう問題じゃなくて、なんで、総和会の本部――」 千尋に詰め寄ろうとしたが、すぐ側
** 寿司屋を出ると、コートの襟を直す秦に向けて和彦は、頭を下げる。「忙しいだろうが、今日頼んだ件、よろしく頼む」 澤村と会う日時は、仕事帰りに気安く友人と会うという演出のために、二月四日の夕方を考えている。その日は火曜日だが、それ自体に意味はなく、仕事が休みで時間がある土日に、じっくりと腰を据えて話し合う状況を避けたかったのだ。「先生から頼み事ごとをされて喜んでいるんですから、頭なんて下げないでください」 和彦は頭を上げると、そっと微笑みながら今度は礼を言う。「今晩は、ありがとう。美味しかった」「先生には、わたしの店選びを信用してもらっているようなので、気合いが入ります」 一瞬、そんなことを秦に話したことがあっただろうかと考えたが、次の瞬間には、ああ、と声を洩らす。和彦が中嶋に話した内容が、秦に伝わったのだ。「中嶋が先生の部屋にお邪魔して、もてなしてもらったそうなので、今晩の食事はそのお礼です」「……もてなしてもらったのは、むしろぼくのほうだと思うが……。しかし、中嶋くんの保護者みたいな口ぶりだ」 和彦が指摘すると、秦が微苦笑を浮かべる。その表情を見て漠然と、秦と中嶋は、本人たちなりのやり方で歩み寄り、確実に距離を縮めているのだと感じた。 頼みごとを引き受けてくれ、食事まで奢ってもらったうえに、最後にいいものを見られたかもしれない。抱えた厄介事が片付いたわけではないのだが、二人の仲の進展具合を感じて、和彦の気持ちは少しだけ柔らかくなっていた。 秦と並んで歩き出す。護衛の組員は先に店を出て、すでに車で待機している。 寿司を食べつつたっぷり話はしたので、いまさらもう、車までの短い距離を歩きながら話すことはない。 そもそも今日は少し話しすぎたと、和彦は顔を背けて小さく咳き込む。なんとなく、喉が痛かった。気遣いのできる男が、すかさず声をかけてくる。「おや、風邪ですか?」「いや、外の空気が乾燥しているから……」「気をつけてください。誕生日だけでなく、バレ
「わたしが円満に、先生を連れ帰りますよ。先生が今現在、どんな環境で、どんな人間に囲まれて生活しているか、一切うかがわせずに」「そうだ。いざというとき、ぼくを守ってくれるだけでいいなら、長嶺組の組員に護衛してもらえばいいんだ。だけど、ぼくが長嶺組の身内になっていると知られるわけにはいかない」 それでなくても、澤村には千尋と、英俊には三田村と一緒にいるところを見られている。その点、秦は表向きは青年実業家という肩書きを持ち、仮に素性を調べられたところで、裏での組やその関係者との繋がりの多さが、かえって長嶺組の存在を隠してくれる。 この計画で大丈夫だろうかと、頭の中でめまぐるしく自問を繰り返す和彦に、秦は芝居がかったように明るい声をかけてきた。「そうだ、先生、中嶋も連れて行っていいですか? あいつこそ、見た目は普通の勤め人に見えて都合がいい」 何を企んでいるのかと、和彦が胡乱な目つきとなると、秦はヌケヌケとこう言った。「先生の用心棒をしつつ、デート気分を味わおうかと思いまして」「……正体不明の怪しい男には似合わない、爽やかな言葉だな」「わたしだって、手探り状態なんですよ、中嶋との関係は。即物的な繋がりを求めている反面、それだけじゃいけないとも思っている。だからこそ、先生のしたたかでしなやかな存在感に、刺激を受けるんです。いい緩衝材であり、接着剤ですよ、先生は」 中嶋の首の付け根についていた赤い痕を思い出し、なぜか和彦のほうが気恥ずかしい気分になってくる。秦と中嶋の関係に、緩衝材や接着剤という言葉はともかく、和彦は搦め捕られ、惹かれている。純粋に、性的な興味を覚えているといってもいい。こういう経験は初めてで、手探り状態なのは和彦も同じだ。「せっかくなので、わたしと中嶋で、先生へのプレゼントを用意しますよ」 秦の申し出に、和彦は苦笑しつつ首を横に振る。「正直、誕生日を祝われるのは慣れてないから、いつもと同じように接してもらったほうがありがたい。……昔から、おめでとうと言われても、どういう顔をすればいいのかわからないんだ」 わずかに目を細めた秦は、寿司を口に運んだあ