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第6話(8)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-11-18 11:00:40

 組事務所に顔を出した和彦を見るなり、賢吾は意味ありげな笑みを唇に刻んだ。その笑みにドキリとした和彦は、意味もなく髪を掻き上げる。

「――隣に座れ」

 指先で賢吾に呼ばれ、素直に従う。テーブルの上には、何枚かの書類が広げられており、和彦が見ている前で賢吾はそれを片付け始める。それを見て、他の組員たちは静かに応接室を出ていった。この場面だけを見ると、まるでどこかの会社の仕事風景だ。

 組長とは、偉そうに座っていて務まる仕事ではないのだと、賢吾を見ているとよくわかる。賢吾の多忙ぶりは、ビジネスマンのそれと変わらない。そのくせ、和彦を連れ回して楽しんでいるのだから、とにかく精力的な男だ。

 ちなみに今日、和彦がこうして組事務所にやってきたのは、やはり仕事のためだ。各方面に提出する書類の準備も整い始め、クリニックの改装も順調に進んでいる現在、そろそろクリニックに雇い入れるスタッフも考えなくてはならない。なんといっても、普通のクリニックとは事情が違う。

「コンサルタントに、人員計画を立ててもらっていただろ
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  • 血と束縛と   第33話(30)

    「仕事として命じられてはいるし、先生を守るのは義務だとも思っているが、先生と一緒に過ごせることを、仕事だとは思っていない。俺がそうしたいんだ。何より、喜びも幸せも感じている。どんなときよりも」 甘い囁きというには、あまりに朴訥とした口調だが、それが三田村の優しさと誠実さを何よりも物語っているようで、和彦の心は溶かされる。「――……わかっているつもりだったけど、やっぱり若頭補佐は、ぼくに甘い。甘すぎる」「嫌か、先生?」「嫌というより、怖い。ぼくがどんどん、もっと甘やかせとあんたにせがみそうで」「そうなった先生を、見てみたいものだな」「実際そうなると、ぼくなんてさっさと放り出したくなるかもしれないぞ」 冗談めかしたやり取りだったが、三田村はこのときだけは真剣な声で短く応じた。「――それは絶対に、ない」** 外で夕食を済ませ、簡単な買い物を済ませて三田村が借りている部屋に着いたとき、辺りは薄闇に覆われようとしていた。室内にこもった熱気を嫌って、すぐに三田村がエアコンを入れる。 和彦は、買ってきたミネラルウォーターやアルコール類を冷蔵庫に仕舞おうとしたが、ジャケットを脱ぎながら三田村が慌ててやってきて、和彦の手から缶ビールを取り上げた。「先生は何もしなくていい。疲れてるんだから、座っていてくれ」「それなら、あんただってずっと運転していただろ」「俺は平気だから」 肩に手を置かれ、顔を覗き込まれて言われると、これ以上何も言えない。引かれたイスに腰掛けて、三田村の行動を見守る。 前回、この部屋を訪れたときは、梅雨時だった。時間を惜しむように、部屋に入るなり抱き合い、もつれ合いながらベッドに倒れ込み、体を重ねた。会話らしい会話も、あまり交わさなかった気がする。せっかく三田村が借りてくれている部屋だが、本来の、寛ぐための目的として利用したことは、あまりないかもしれない。 それもこれも、和彦の立場が複雑になってきたためだ。 胸の奥で、三田村に対する罪悪感がチクリと痛みを発する。微かに顔をしかめた和彦は、三田村に悟られ

  • 血と束縛と   第33話(29)

     そんなことを言い合いながら駐車場に向かう。和彦は当然、行き同様、千尋と同じ車に同乗するつもりだったが、案内されたのは別の車だった。しかも車の傍らに待機しているのは、三田村だ。「どうして……」 和彦はその場で問いかけようとしたが、三田村は無表情のまま後部座席のドアを開け、車に乗るよう示す。困惑しながら周囲を見回すと、ちょうど車に乗り込もうとしている賢吾と目が合い、軽く片手をあげて寄越された。次に、こちらを見ている南郷の姿に気づく。和彦は、露骨に南郷を無視して車に乗った。 賢吾の意図は、理解したつもりだ。疲れきっている和彦のために、三田村との二人きりの空間を用意してくれたのだろう。他の組員が同乗していないため、車中でいくらでも寛ぐことができると考えたのかもしれないが、和彦としては、心中はいささか複雑だった。 昨夜、長嶺の男たち三人を受け入れたばかりの体を、三田村が運転する車の中で休めるというのは、考えようによっては残酷だ。気遣いばかりではなく、賢吾としては、和彦の所有権をこんな形で示そうとした――というのは、勘繰りすぎかもしれない。 なんと三田村に話しかけようかと考えているうちに、車が一台ずつ駐車場を出て行き、その車列に三田村が運転する車も加わる。「――中嶋に言われて気づいたんだ」 ふいに三田村が話し始める。「えっ」 和彦が目を丸くしてシートから体を起こすと、正面を向いたまま三田村が微かに首を横に振る。「すまない。邪魔なら、黙っている」「いやっ……、邪魔なんて。大丈夫だから、続けてくれ」 普段、三田村と会うどころか、話す機会すらなくなっている。こんなときだからこそ、ハスキーな優しい声をたっぷり鼓膜に染み込ませておきたかった。「せっかく海に来たのに、写真を一枚も撮ってない。普段から、きれいな風景とか無縁な生活を送っているから、いざとなると思いつかないものだな」「言われてみれば、ぼくも撮ってないな。彼は、何か撮ったと言っていたか?」 ここで少し不自然な間が空く。「……先生の水着姿を&hellip

  • 血と束縛と   第33話(28)

     自分の頬を撫でて、そう言って南郷は笑った。機嫌を損ねた様子はないが、物騒な男たちの表情ほど信用できないものはない。「……すみません。殴るつもりは――」「謝らなくていい。大事なオンナの機嫌を損ねた俺の失態だ」 部屋を出て行こうとした南郷が、視線を伏せ気味にして立ち尽くす中嶋に声をかけた。「中嶋、先生の世話を頼んだぞ」 中嶋は短く応じて頭を下げる。南郷は最後に和彦を一瞥したが、このときどういう意味か、唇の端に笑みらしきものを浮かべていた。 部屋に中嶋と二人きりとなると、和彦はズルズルとその場に座り込む。慌てて中嶋が駆け寄ってきた。「先生、大丈夫ですかっ?」 傍らに膝をついた中嶋に顔を覗き込まれそうになり、咄嗟に顔を背けた和彦は唇を拭う。 中嶋に、南郷との口づけを見られたことが、自分でも意外なほどショックだった。「先生……」 遠慮がちに中嶋の手が肩にかかり、そっとさすられる。和彦はぎこちなく息を吐き出すと、おずおずと中嶋を見た。「さっきのこと……、誰にも言わないでくれ。特に、三田村には」 中嶋は一瞬だけ痛ましげな顔となる。「言いませんよ。――俺は何も見ませんでした」 小さな声で礼を言った和彦は、そのままうなだれる。さきほどの出来事について、まだ自分の中で処理しきれないのだ。中嶋は、和彦の髪を手櫛で整えながら、こう提案してきた。「食事の準備がもうすぐできるそうですが、その前に風呂に入りましょう。さっぱりしますよ」 今の自分に一番必要なのはそれだと、これ以上なく納得した和彦はコクリと頷いた。** たった一人の無礼な男を除いて、和彦に対する配慮が行き渡っていたようで、宿を発つ時間になるまで、部屋には誰も入ってこなかった。そのため、長嶺の男たちが挨拶回りからいつ戻ってきたのかも、知らなかった。 入浴を済ませてから食事をとったあと、窓辺に置かれた籐の寝椅子に身を預け、漫然と海を眺めていくうちに、いくらか和彦の精神状態も落ち着きを取り

  • 血と束縛と   第33話(27)

    「あんたの、いかにも清潔そうなきれいなうなじは、こうして日焼けすると、色気が増すな。そう思っているのは、俺だけじゃないだろ。鬱血の跡が残っている。昨夜誰かが吸い付いたんだな」 そんなことを言いながら、うなじをベロリと舐め上げられる。さらに首筋にも唇が這わされ、耳朶に軽く歯が立てられていた。足元がふらつき、堪らず和彦は窓に手を突く。「髪はもう少し短くして、しっかりと耳を出したらどうだ。着物がもっと映える。あんたが自分で思っているより、あんたは着物が似合う。もっと着てほしい。色男がきちんとした格好をしているのは、見ていて気持ちいいしな」 勝手なことを言う男の片手が、ポロシャツの上から和彦の体を撫で回してくる。昨夜、三人もの男たちに愛された体はまだ脆いままで、容易に肌がざわつく。ただ、この男は違うと、けたたましい警告音が頭の中で鳴り響くのだ。「やめてください、南郷さんっ……」 ようやく和彦が声を発すると、耳元で笑った気配がした。「ヤりすぎて、ふらふらになっているあんたは、目の毒だ。今朝、宿を出て行った長嶺の男たちは、対照的に精力が漲って、溌剌としていたがな。あんたを抱くと、何かしらありがたい効能があるのかもな」「……バカバカしい……」 吐き捨てるように応じて、南郷の腕の中から抜け出そうとしたが、それを許すほど甘い男ではない。肩を掴まれて体の向きを変えられていた。威圧的に南郷に迫られて後ずさろうとしたが、背に窓ガラスが触れる。 和彦の弱々しい抵抗を嘲笑うように、南郷は無遠慮な手つきでポロシャツの裾をたくし上げ、脇腹を撫で上げてくる。不快さばかりを訴える感触に、和彦は懸命に南郷を睨みつけるが、歯を剥き出すようにして笑いかけられ、反射的に目を逸らす。南郷の笑みは、まさに威嚇だった。 大きなてのひらが思わせぶりな動きで這い上がり、胸元をまさぐってくる。首筋に唇が押し当てられ、柔らかく歯が立てられたとき、和彦の足元から完全に力が抜けて崩れ込みそうになったが、逞しい片腕に支えられる。「い、やだ……」 南郷の顔が眼前に迫り、拒絶

  • 血と束縛と   第33話(26)

    **** 和彦がようやく目を覚ましたのは、午前十時を少し過ぎた頃だった。 全身の力を奪い取られたようなひどい脱力感と腰に残る疼痛に、昨夜の出来事が本当にわが身に起こったのだと実感し、しばし呆然としてしまう。 空恐ろしさと不安、強い羞恥といった感情にたっぷり苛まれていたが、いつまでも布団の中にいるわけにもいかず、苦労して布団から出て、なんとか着替えを済ませる。このとき気づいたが、誰かが丁寧に後始末をしてくれたらしく、行為のあと特有の肌に残る不快さはまったくなかった。それでも体の奥には、まだしっかりと、長嶺の男たちの残滓が感じられる。 守光に言われた言葉を思い返し、なぜだか胸の奥が疼いた。そんな自分の反応に、和彦は戸惑う。まるで、あの行為を喜んでいるようだと思ったからだ。 しかし、今はあれこれ考えるには、気力も体力もあまりに足りない。 深くため息をついてから、覚悟を決めて襖を開ける。隣の部屋を覗いてみたが、そこには誰の姿もなかった。 座卓に歩み寄ると、メモ用紙が置いてあり、そこに千尋の字で、賢吾とともに挨拶回りに行ってくると書かれていた。『ゆっくり休んで』という一言も添えられており、和彦としては苦笑を洩らすしかない。 ふらつく足取りで窓に歩み寄り、外の景色を眺める。 強い陽射しが降り注ぐ砂浜に人の姿はなく、海は穏やかだ。一昨日、海で泳いで楽しんだばかりだというのに、もう遠い日の出来事のように感じられる。一足先に、自分の中で夏が終わってしまったかのようだ。 ぼんやりしていた和彦だが、微かに携帯電話の着信音が聞こえて我に返る。自分の携帯電話だと気づき、反射的に室内を見回してから、慌てて隣の寝室に戻る。電話の相手は中嶋だった。『もしかして、まだお休みでしたか?』「いや、起きたところだ」『それはよかった。実は長嶺組長から、先生のお世話を頼まれたんです。本来なら三田村さんの役目なんでしょうけど、長嶺組長たちと一緒に出られたので、それで俺に』 内心、中嶋でよかったと安堵していた。ふらふらになっている自分の姿を、あまり三田村には晒したくなかったのだ。あらゆる痴態

  • 血と束縛と   第33話(25)

     欲望への愛撫に合わせて、ゆっくりと内奥を突かれる。「ふあっ……、あっ、あっ……ん、あぁっ――」 千尋にも賢吾にもない落ち着いた攻めに、和彦は静かに狂わされていく。自覚もないまま両足を大きく左右に開き、背をしならせるようにして、内奥深くで刻まれる守光の律動をよりしっかりと感じていた。「あんたはもう数えきれんほど、長嶺の男たちと交わり、精を受けてきた。こうして、じっくりと丹念に中にすり込まれていると、自分と長嶺の男たちと溶け合っているという感覚にならんかね」 守光の言葉に唆されたように、内奥を行き来する熱い欲望をきつく締め付ける。守光が抉るように内奥深くを突き上げてきた。「あんたのこの反応は、肯定と受け止めていいんだろう。――医者のあんたからすると、バカバカしいと嘲笑うかもしれんが、わしは、あんたが長嶺の血を受け入れてくれていると思っている。溢れるほどの精を受け入れ、情を受け入れ、子は成せんが、あんたは長嶺という家の繁栄のために欠かせない人間だ。宝だよ」 意識は朦朧としていても、守光がとんでもないことを言っているということはわかる。言葉が発せない代わりに和彦は必死に首を横に振るが、守光は薄い笑みを浮かべ、覆い被さってくる。唇を塞がれ、深い口づけを与えられていた。 内奥に深々と欲望を穿たれているうちに、肉の悦びの虜となる。浅ましく腰を揺らして、守光に応えていた。それを待っていたようにこう囁かれる。「この先もずっと、長嶺の男たちの側にいてくれ。よく尽くし、よく支え、よく愛してほしい。その見返りとして、わしらも、あんたに尽くし、支え、愛す。今晩のこれは、その契約を交わすためだ。決して裏切ることのない、裏切ることを許さない、血の契約だ」 守光の言葉は、恫喝だ。この状況で和彦が逆らえるはずもなく、否という返事を、長嶺の男たちは最初から聞き入れる気はない。 恐怖に押し潰されても不思議ではないのに、和彦の体は歓喜していた。頭上に伸ばした両手を、それぞれ賢吾と千尋に握り締められ、反射的に握り返してしまう。「ぼ、くは――、何も、できな……」「あんたは、あん

  • 血と束縛と   第15話(25)

     リビングのテーブルには、真っ赤なリボンが結ばれた箱が置いてあった。どうやら、クリスマスプレゼントらしい。 一度はテーブルの前を素通りして、コートとマフラーを置いてこようかとも思った和彦だが、コロンの残り香に搦め捕られたように足が止まり、結局、テーブルに引き返す。「……開けるのが怖いな」 じっと箱を見下ろしながら、ぼそりと呟く。 プレゼントの贈り主は、箱の上にしっかりとカードを残していた。『先生へ』という短い一言と、贈り主である男の名が記されている。 長嶺組組長という物騒すぎる肩書きを持ったサンタクロ

    last updateLast Updated : 2026-03-31
  • 血と束縛と   第14話(7)

     それでも今は、優しい錯覚に浸っていたい。 三田村に促され、サンドイッチを手に取る。和彦が眠っている間に、近くのファストフード店まで三田村が買いに行ってくれたものだ。具がたっぷりの大きなサンドイッチとスープは、和彦の普段の朝食としては十分すぎる量だ。「昼まで一緒にいられるんだろ?」 サンドイッチを頬張る合間に問いかけると、和彦を安心させるように三田村は目元を和らげる。「ああ。もうそんなに時間はないが、先生の行きたいところがあればつき合う」「別に今日、どうしても行きたいってところは……ないな。あんたこそ

    last updateLast Updated : 2026-03-30
  • 血と束縛と   第14話(29)

    「そのつもりだったが、元気そうだな。少し痩せたようには見えるが」「食欲は戻った。それに……安定剤を飲んででも、眠るようにしているしな」 鷹津から探るような眼差しを向けられ、和彦は逃げるようにキッチンに向かう。和彦に何があったのか、明らかに鷹津は知りたがっていた。 和彦の身近にいる男たちは、必要があれば情報を共有する。その中で、今回は鷹津がつま弾きにされたらしい。ここでいい気味だと思えないのは、自分自身のことだからだ。 二人分のコーヒーを淹れながら、仕方なく端的に事情を説明する。賢吾なら、先生は甘いなと、薄い笑みを

    last updateLast Updated : 2026-03-30
  • 血と束縛と   第14話(39)

    「呆れた。そんなことまで調べたのか」「大事なオンナのことは、なんでも知りたい性質なんだ」 そう言いながら賢吾の手が柔らかな膨らみにかかり、残酷なほど優しい手つきで揉みしだかれる。たまらず甲高い嬌声を上げた和彦は、両足を開いたまま仰け反る。腰が震えるほどの強烈な快感だった。「捜さないでくれと先生が言い張ったら、佐伯家は引き下がると思うか?」「あの家の人間は……、ぼくの意見になんて耳を貸さない。ぼくを、好きに扱える人形ぐらいに、思っている……」「憎まれ口を叩くくせに、いやらしく

    last updateLast Updated : 2026-03-30
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