LOGIN長嶺の本宅の中庭は、相変わらず手入れが行き届いていた。落ち葉の一枚も許さないかのように清められ、人が寛ぐために足を踏み込むことは、本来許されていないのではないかと思うほどだ。
しかし、一度でもこの中庭で時間を過ごすと、本宅のどこよりも寛げる場所だと思えてくる。 テーブルについた和彦はコーヒーを一口飲むと、木陰を作る木を見上げる。季節が夏から秋へと移りつつあるのに、相変わらず木陰に避難しなくてはならないほど陽射しは強い。ただ、ときおり吹く風だけは秋を感じさせる。 涼しい風がさらりと髪を揺らしていく。和彦は強張った息を吐き出すと、緊張のため味もわからなくなっているコーヒーをもう一口飲む。なんとか落ち着きを保っているが、正直なところ、中庭を歩き回って気を紛らわせたいところだ。 審判が下されるのを待つ罪人としては、薄暗い部屋に押し込まれるほうが気持ちは楽だった。そうすれば、自分がどんな立場に置かれているのか理解しやすい。それが、こんな居心地いい中庭でもてなされると、かえって怖い。 なんといっても、審判を下すのは、ヤクザの組長な行為の余韻と脱力感にしばらく浸っていたいところだが、そんな時間はない。 引きずるようにして体を起こすと、今度こそティッシュペーパーを取って後始末をする。背後にぴたりと中嶋が身を寄せてきて手を伸ばしたので、ティッシュペーパーの箱ごと渡してやった。 ほんの数分前まで、獣じみた欲情に駆り立てられていたなどと信じられないほど、淡々としていた。その代わり、気恥ずかしさもない。それは中嶋も同じなのか、ちらりと背後をうかがうと、気だるげではあるが落ち着いた横顔を見せている。ふと目が合ったとき、するりと言葉が出ていた。「今日、クリスマスプレゼントを買いに、あちこち駆け回ってたんだ」 中嶋は目を丸くしてから、へえ、と洩らす。「先生は渡す相手が多くて大変でしょう」「……秦と同じことを言うんだな」「先生を知っている人間なら、十人が十人、同じことを言うでしょうね」 和彦は軽く咳払いをすると、シャツを取り上げる。「君へのプレゼントも手配したんだ。秦のあの部屋に届くようにしてある。クリスマスにでも取りに行ってくれ」 一瞬の沈黙のあと、抑えた笑い声が聞こえてくる。「今のこの状況で、それを言いますか、先生」「顔を合わせるにも、きっかけが必要だろ。あっ、できればプレゼントは、二人が揃って開けてくれ」「――……そんなふうに言われたら、気になるじゃないですか。プレゼント、なんですか?」 和彦は聞こえなかったふりをして、手早く身支度を整え、ジャケットとコートを抱えて立ち上がる。ベッドを離れる前に、中嶋の腫れた頬に触れて諭した。「切れ者のようで、たまに秦はポンコツなところがあるから、君が気を回してやれ。君は、総和会の中での数少ない、ぼくが信頼できる人間だ。その君に不安定になられると、ぼくが困る。加藤くんとの関係も含めて」「先生は甘くて優しい人かと思えば、妙に食えない面がありますよね。そこがまあ、気に入っているんですが」 部屋を出ようとした和彦に、最後に中嶋が気になることを教えてくれた。それは、他愛ないともいえる報告ではあったのだが、なぜだかやけ
ふっと笑みをこぼした和彦は、中嶋に肩を引き寄せられて、再び唇を重ねる。差し出し合った舌を絡め、唾液を交わしながら胸元をまさぐられる。興奮しきって尖った胸の突起を、指で挟むようにして愛撫される。鼻から吐息を洩らすと、中嶋が小さく笑った。「ダメですよ。そんなふうにされると、俺が先生の中に入りたくなる」「よく言う。今は、そんな気分じゃないんだろ」 あえて挑発的な物言いをしてみると、中嶋の目の色が変わった。 焦れたように中嶋が身じろいだため、内奥から指を引き抜く。「先生、後ろから……」 そう言って中嶋がうつ伏せとなり、腰を上げる。和彦はためらうことなく、滑りを帯びてひくつく内奥の入り口に、自らの欲望の先端を押し当てようとする。そこで、大事なことを思い出す。「あっ、ゴム……」「俺は、構いませんよ?」 頭を上げた中嶋に婀娜っぽく笑いかけられて、和彦はそれ以上は何も言わず、濡れた肉を自らの肉で押し広げた。「あううっ」 声を洩らしたのは二人同時だ。自分が男になる瞬間の感覚はやはり強烈で、〈オンナ〉として得る快感に慣れ切った身には、怖さすら覚える。だが、抗い難い魅力がある。 中嶋の引き締まった腰を掴み、緩やかに突き上げる。内奥が複雑に蠢きながら、和彦の欲望をきつく締め付けてくる。律動に合わせてしなる背は、確かに男のものなのにひどく艶めかしく、和彦は目を奪われる。男たちの目に映る自分の姿も想像してしまうのだ。 繋がりを深くしてから、中嶋の尻から腰、背にてのひらを這わせる。小さく呻き声が上がり、卑猥に中嶋の腰が揺れた。和彦はゆっくり目を細めると、中嶋の両足の間に片手を差し込み、反り返って震えている欲望を掴む。内奥を丹念に突きながら、じっくりとてのひらで擦り上げてやる。 先端から、悦びの証であるしずくがトロトロと垂れ落ちていく。和彦は爪の先で優しく先端を苛めてやり、間欠的に上がる嬌声を心地よい響きとして聞く。引き絞るように内奥が収縮し始めたので、やや乱暴に欲望を抜き差しし、はしたない湿った音と、肉を打つ音を立てる。そこに、二人の弾んだ息遣いが重なる。
中嶋の顔を見ないまま告げて、なんとか腕を抜き取ろうとしたが、どんどん体重をかけられる。立ち上がるどころか、和彦の体は半ばソファに沈み込もうとしていた。冗談めかしているが、中嶋は本気だ。 相手が相手ということもあり、ムキになって抵抗もできない。逡巡した挙げ句、和彦は深々とため息をつくと、中嶋の腫れていないほうの頬にそっと触れた。「人恋しいのか?」 中嶋は目を丸くしたあと、ニヤリと笑った。「いいえ。欲求不満です」 呆れた、と洩らした和彦の唇に、中嶋が吸い付いてくる。少し体温が高いことに気づき、こうして中嶋と触れ合うのはいつ以来だろうかと考える。確か、まだ暑い盛りだった頃で――。 口腔に舌が入り込んできて、余裕ない動きに誘われるようについ応えてしまう。秦に恨まれるかもしれないと、そんなことがちらりと頭の隅を掠める。知らず知らず目元を和らげた和彦に、中嶋が拗ねた口調で言う。「子供の駄々につき合っている、みたいな顔をしないでください。元ホストとしては、けっこうプライドが傷つくんですが」「現役ヤクザとしては平気なのか?」「ヤクザを手玉に取るのは慣れてるでしょう、先生」「……人をなんだと思ってるんだ」 答えはなく、再び唇を塞がれる。熱い舌に感じやすい粘膜を舐め回され、合間に激しく唇を吸われる。その頃には和彦の体は、完全に中嶋に押さえ込まれていた。ただ、切迫したものは感じない。 自分は今、中嶋に甘えられているのだと察したとき、平気なつもりだった和彦の体に仄かな熱が生まれる。我ながら度し難いと言うべきか、見境がないと言うべきか。 中嶋にシャツのボタンを外され始めたところで、和彦はコートのポケットをまさぐり、なんとか携帯電話を取り出す。車で待っている組員に電話をかけ、申し訳ないがまだ時間がかかりそうだと言っておく。中嶋はこの状況をおもしろがっているのか、いきなり下肢に触れてきたため、危うく和彦は素っ頓狂な声を上げそうになる。「な、に、してるんだっ……」「時間、かかるんですよね?」 挑発的な眼差しで見つめられ、返す言葉が見つからない。
精悍な体つきと不遜な眼差しが印象的な加藤と、見た目はまるで苦労知らずの大学生のようだった小野寺の顔が、同時に蘇る。中嶋は、加藤と体の関係を持っており――。 和彦が向けた胡乱な視線に気づいたらしく、中嶋はわずかに目を逸らした。「若い奴らは、本当に血の気だけは多くて、嫌になりますよ。殴り合いの原因も、どうやら小野寺が、俺のことで加藤にちょっかいをかけたらしくて。でも二人とも、はっきりとは原因を言わないんですよ。周囲にいたのが、俺より下の連中ばかりだったから、大ごとにならなくて済みましたけど。上にバレたら、二人とも隊からつまみ出されても不思議じゃなかった」「どっちが、君を殴ったんだ」「加藤です。正確には、加藤が小野寺を本気でぶちのめそうとして、俺が割って入ったんです。あいつ、格闘技やってるから、下手すりゃ、小野寺を殺しかねない。それで俺がこの様です」「よく、それで済んだな……」「寸前のところで、加藤が手を止めようとした結果です」 二人は同じタイミングでソファの背もたれに体を預け、息を吐き出す。 中嶋が、今日の秦からの誘いを断った理由は、これで納得できた。殴られた顔を見られたくなかったというのもあるだろうが、事故にせよ加藤から殴られたという事実を、秦の眼前に突き出すわけにはいかなかったのだろう。「――……こういうお節介は性に合わないんだが、秦と別れるつもりなのか?」「あの人から言い出すならともかく、俺からは、そのつもりはまったくありませんよ」「だったらどうして……」「秦さんらしくない行動を目の当りにしてから、今さらながら、合わせる顔がなくて。……自慢じゃないですけど、俺、前は二股、三股なんて当たり前だったんですよ。仕事みたいなものでしたから。だから、自信があった。上手くやれる。割り切れる。本気ではあるけど、溺れるような関係にはならない、って」「どちらとも?」 中嶋は自分の頬を撫で、頷いた。「どちらとも」「それで結局、どちらとの関係に溺れたんだ」「&hell
自分たちがいると不審がられるからと、寒いのに店の外で待っていた組員たちと合流し、駐車場へと向かう。 途中、頬にぽつりと冷たい粒が落ち、反射的に空を見上げる。ここに来るまで雨が降りそうだと思っていたが、そろそろ危なそうだ。 車に戻った和彦は、もう寄るところはないからと組員に声をかけ、マフラーを外す。秦から受け取った紙袋にちらりと視線を向けてから、余計なことを聞くのではなかったと後悔していた。 秦と中嶋の仲がこじれたままだとしても、二人で解決してくれなどと言ってしまった手前、首を突っ込むべきではない。そう、頭では理解しているのだが、こじれる瞬間を目の当たりにした身としては、まったく知らん顔をするのは道義にもとる気もする。 秦はともかく中嶋は、裏の世界での数少ない友人なのだ。 コートのポケットから携帯電話を取り出し、少しの間見つめていた和彦だが、低く一声唸ってから電話をかけた。** ドアを開けた中嶋の顔を一目見て、和彦は目を見開く。口を開こうとしたところで、素早く腕を掴まれて玄関に引き込まれた。ドアが閉まる寸前、部屋までついて来てくれた組員に、車で待っていてくれと早口で告げた。 中嶋が不自然に顔を背けようとしたので、容赦なくあごを掴んで阻む。それからじっくりと、顔を覗き込んだ。「――……これは確かに、人前には出られないな」 左頬が赤紫色になって腫れており、只事ではない事態が中嶋の身に起こったとわかる。ハンサムな顔が台無しだ。 秦と別れたあと、車中から中嶋に電話をかけて話したとき、和彦は漠然とした違和感を感じた。その違和感を無視できなくて、結局、本宅に戻るのをやめ、こうして中嶋のマンションに押し掛けてきたが、その判断は間違っていなかったようだ。 中嶋のほうは、隠し通そうとしたものがバレてしまい、甚だ不本意そうではあるが。「先生、勘がよすぎですよ……」「医者を舐めるな。電話越しに、君の話し方がいつもと違うと思ったんだ。それだけ腫れてたら、口も開けにくいだろ」 中嶋は否定せず、部屋に上がるよう言ってくれた。
やや胸を張って答えた秦には申し訳ないが、和彦はムッと顔をしかめる。去年と同じじゃないかと即座に言い返しそうになったが、さすがにそれは行儀が悪い。しかし、表情には出てしまう。秦は、ニヤリと笑った。クリスマスの飾り付けがきらびやかな店内にあって、それでも十分目を奪われる美貌が、一層華やかに彩られる。「今回は、木製のオーナメントなんですよ」「はあ……。ぼくのクリスマスツリーは今、長嶺の本宅にあるんだ。去年君からもらったものも合わせて、さぞかしきらびやかになるだろうな。ぼくだけじゃなく、組員もちょこちょこと小さなおもちゃを飾り付けているから」「長嶺組長もおもしろがって、こっそり飾りを足しているそうですよ」 それは初耳だ。和彦が片方の眉を跳ね上げると、わざとらしく秦が口元を手で覆う。ヤクザの組長と怪しげな青年実業家は、他人のクリスマスツリーの飾り付けについて話すことがあるらしい。「ぼくが子供だったなら、そういう遊び心も無邪気に喜べるんだが――」 自分で言った『子供』という単語に、和彦自身の記憶が刺激される。ふと脳裏を過ったのは、もしかして存在しているかもしれない、千尋の次の跡目のことだ。子供にとってクリスマスというイベントはきっと特別なもので、プレゼントをどれだけ楽しみにしているか想像に難くない。 賢吾は、プレゼントどころか、クリスマスツリーも買ってやったのだろうかと考えたとき、和彦は自分がどんな表情を浮かべたのかわからなかったが、秦がやけに慌てた様子で付け加えた。「もちろん、オーナメントだけじゃありませんよ。先生に似合いそうだと思ったストールも入っています」「……ありがとう」「よかったら、先生が手に取っていたブランケットもプレゼントしますよ」「いいよ、これはぼくが買う。――気前がいいのはけっこうだが、もっと大事な人間のプレゼントは買ったのか? 抜け目ない君に、こんなことを聞くのは野暮かもしれないが」 一瞬浮かんだ秦の微妙な表情に、和彦はあれこれと想像を巡らせながら、ひとまず自分の買い物を済ませてくる。 戻ってみると、秦は場所を移動し、店内に展示された小さなク
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう







