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第3話

Author: Rosa Kane
楓己は私を家には送らなかった。

私も何も言わなかった。言えるはずもなかった。

雨は三歩先さえ見えないほど激しく降り続き、私は全身ずぶ濡れで、自分の身体を支えることすら難しいほど震えていた。

楓己はリゾートの従業員に小声で何かを伝え、カードを差し出した。それから数分もしないうちに、私たちは西館のスイートルームへ案内された。

部屋は暖かく、いかにも高級で、今夜の私にはあまりにも美しすぎた。私はまっすぐソファへ向かって腰を下ろし、そのまま動かなかった。

濡れた服を脱ぐこともなく、ただ壁を見つめていた。窓を激しく打ちつける雨音を聞きながら、心の同じ場所が何度も壊れていくのを感じていた。

楓己は静かに部屋の中を動き回っていた。暖房を調節する音や、ミニキッチンでマグカップが触れ合う音が聞こえる。

彼が何も話しかけてこないことがありがたかった。今の私には、口にできる言葉など何ひとつなかった。

楓己が、目の前のテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置いた。

私はそれを見つめた。

「これを」

冷たい言い方ではなかった。

片手では震えて持てそうになかったため、私は両手でマグカップを包み込んだ。温もりがじわじわと手のひらに染み込み、まるでそれだけが、この世界に残された唯一確かなもののように握りしめた。

私は長い間、声を押し殺して泣き続けた。何度拭っても涙が次から次へとあふれてくる。こちらの都合などお構いなしに流れ出し、止まってほしいと願っても決して止まらない、そんな涙だった。

楓己は私の隣に座っていた。近づきすぎることなく、ただそこにいてくれた。

暖房がついているのに、しばらくすると私は再び震え始めた。服はまだ湿っており、庭園からこの部屋にたどり着くまでの間に身体の芯へ入り込んだ冷気が、いつまでも消えずに残っていた。

「こっちへ」

楓己が言った。

問いかけではなかったが、強引な響きもなかった。彼の言葉はいつもそうであるように、穏やかで迷いがなかった。

私は何も考えずに彼へ身体を預けた。楓己は私の肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。彼の身体は温かく、たくましかった。雨の匂いに混じって、清潔な香りがした。

私はもう少しだけ泣いた。

楓己は泣くなとは言わなかった。大丈夫だとも言わなかった。

ただ私を抱きしめ、気が済むまで泣かせてくれた。それが今の私には、何よりも必要だった。

いつ眠りに落ちたのかはもう覚えていない。

――

灰色の静かな朝が訪れた。

ゆっくりと目を開けて最初に気づいたのは、自分がソファに一人で寝ていることだった。昨夜はなかったはずの毛布が、身体を包むようにきちんとかけられている。暖房はまだ動いており、激しかった雨は弱まり、窓の外では静かな霧雨が降り続いていた。

私は身体を起こし、辺りを見回した。

楓己の姿はない。きっと自宅へ戻ったのだろう。

彼の肩に寄りかかったまま眠ってしまったことを思い出した。

私を包んでいた腕の温もりと、一定のリズムで上下していた胸元も覚えている。

私はすぐにその記憶を振り払い、スマホを手に取った。

――タクシーを呼んで家へ帰り、これからどうするべきか考えよう。

まだ焦点の合わない目で画面を見つめていると、部屋のドアが開き、両手に二つの袋を提げた楓己が入ってきた。

私は呆然と彼を見つめた。

楓己は何事もなかったかのように、袋をカウンターに置いた。

「ここから10分ほどの場所に店があった。一度シャワーを浴びたらどう?朝食も頼んである。俺もシャワーを浴びたら、家まで送るよ」

私は何か言おうと口を開き、また閉じた。

「ここまでしてくれなくてもいいのに」

「分かってる」

彼は感謝を求める様子もなく、あっさりと答えた。その態度に、まだまだ整理しきれない感情が込み上げ、喉が詰まった。

「......ありがとう」

ようやくそれだけを口にすると、楓己は袋へ視線を向けた。

「気にするな」

――

袋の中には、ちょうど必要としていた洗面用品が揃っていた。私は長い間、熱いシャワーに打たれながら、何も考えまいと必死になった。

けれど、まったく無理だった。

何度も理安の顔が浮かんでくる。

成良を見つめる眼差し。まるで彼女が自分のものであり、ずっと昔からそうだったかのように手を伸ばした姿。

私がわずか6メートルほど離れた雨の中に立っているとも知らず、楽しそうに笑っていた姿。

私は冷たいタイルに額を押しつけ、必死に息を整えた。

ようやくシャワーを終えると、楓己が買ってきてくれた服を手に取った。

広げてみた私は、目を瞬かせた。

ショートパンツは驚くほど小さく、トップスも身体に密着するデザインで、胸元がきつそうだった。両方とも身につけて自分の姿を見下ろすと、思わず笑いそうになった。

自分の中にまだ笑える余地が残っていたことに、私自身が驚いた。

脚がどこまでも長く見える。ショートパンツは太ももをろくに覆わず、トップスも明らかに私の体格には合わない窮屈な形で胸元に張りついていた。

それでも私は、そのまま部屋を出た。これからまっすぐ家へ帰るのだから、どうでもよかった。

私が出ていくと、楓己はカウンターで水を注いでいた。振り向いた彼の視線が、一瞬だけ素早く私の全身をたどる。

見ていたことをごまかすように、彼はすぐに目をそらした。

「それしかなかったんだ」

声には少しの乱れもなかった。

「大丈夫。どうせ、このまま家に帰るだけだから」

楓己の顔に、呆れたような、それでいてどこか笑いをこらえているような表情が浮かんだ。

「......成良の体格を基準に選んだものだ」

その名前が出た瞬間、二人の間に重い沈黙が落ちた。私も彼も、その波紋を感じていた。

「そうだよね」

私は静かに答えた。

楓己は軽く咳払いをし、朝食が並べられたテーブルを示した。

「それを食べてくれ。俺はもう済ませた。すぐに戻る」

彼は寝室へ消え、私はテーブルについた。

――

料理を口に運ぶより、皿の上でいじっている時間のほうが長かった。

頭の中では、何度もリゾートの庭園へ引き戻されていた。理安の手、成良の笑い声、激しい雨。

成良が世界のすべてを手にしているかのように、あの木へ身体を預けていた姿。その「すべて」の中には、私の夫まで含まれていた。

私は食器を置き、窓の外を見つめた。

二人は今も、このリゾートにいる。ここから遠くない場所、温かな部屋で寄り添い、何ひとつ気にしていない。

一方、私はサイズが二つも小さい借り物の服を着て、どうすればまともに息ができるのかさえ分からずにいる。

寝室のドアが開いた。

私は振り向き、すぐに見なければよかったと後悔した。

楓己は腰に白いバスタオルを低く巻いただけの姿で出てきた。どうやらシャツを持って入るのを忘れたらしく、何の気後れも見せず、ソファの肘掛けにかけられたシャツへ向かって歩いていく。

シャワーを浴びたばかりの肌には、まだ水滴が残っていた。

見るつもりなどなかった。

それでも、見てしまった。

八つ。

無意識に数えていた。

腹部には、鍛え上げられた腹筋が八つ、くっきりと浮かんでいた。単にジムへ通っているだけでは手に入らない、本物の鍛錬によって作られた身体だった。

肩幅は広く、たくましい胸板を見れば、女が過ちを犯しても無理はないと思えてしまう。

止める間もなく、一つの疑問が頭をよぎった。

――成良、あなたはいったい何を考えているの?

こんな男が毎日家にいたのに、それでもほかの男を求めたなんて。

楓己はシャツを手に取ると、寝室へ戻ろうと振り返った。

私は慌てて視線をそらし、再び食器を握って、皿の卵料理に夢中になったふりをした。

「ねえ......」

深く考えるより先に、声が出ていた。

楓己が足を止めた。

私は皿へ視線を落としたまま尋ねた。

「あの二人、今頃何をしてると思う?」

短い沈黙が流れた。

やがて彼が動く気配がし、顔を上げると、楓己はシャツを手にしたままドア枠に寄りかかり、何を考えているのか分からない表情で私を見つめていた。

「たぶん、二人で温め合ってるんじゃないか。まだひどい天気だし」

私はゆっくりとうなずいた。

「私たち、あの二人を大切にしてきたのにね」

「ああ」

「本当に大切にしてきたのに......あの二人は私たちにこんなことを」

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

楓己は長く息を吐いた。

「ああ」

私たちは部屋の両端から、しばらく黙って見つめ合った。窓の外では、灰色の雨が変わらず静かに降り続いていた。

私は無理に短い笑い声を漏らし、目をそらした。

「いっそ私たちも、二人を裏切ってしまえばいいのかもね」

沈黙が流れた。

楓己の視線を感じたが、私は窓の外を見つめたままでいた。

「それは、冗談?」

私は振り返り、彼の目をまっすぐ見つめた。

「どうかな」

楓己は長い間、私を見つめていた。

その表情に、何か微かな変化が浮かぶ。驚いたというより、私の言葉をあらゆる角度から慎重に吟味しているようだった。

「もし本当に、そうしたら?」

彼は静かに言った。

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