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第9話

Author: ロア
慎吾は佳奈の笑いに苛立ちを覚えつつ、その痛ましい泣き顔を見て、胸のざわめきはさらに強まった。

彼は深呼吸して怒りを抑え、脇のテーブルにあったコップにお茶を注いで彼女の口元へ差し出し、声を和らげて言った。

「まずはお茶を飲め。今回、俺が罰を与えたことに腹を立てているのは分かっている。だが、ルールはルールだ。過ちを犯した以上、罰は避けられない。これからは……お前が分をわきまえて暮らすなら、もうこんな思いはさせない」

佳奈はコップを受け取らず、ただ静かに慎吾を見つめていた。

ちょうどその時、外から慌ただしい足音が聞こえ、泣きじゃくる樹の声が響いた。「お父さん!お父さん!早く理央さんを見に来て!お腹がすごく痛いって言って、倒れちゃったんだ!」

慎吾の顔色が変わり、すぐさま立ち上がった。

あまりに勢いよく立ち上がったため、慎吾の肘が、うっかり佳奈の持っていたコップにぶつかった。

バシャッ――

なみなみと注がれた熱いお茶が、包帯の巻かれた佳奈の左手にそのままかかった。

佳奈は痛みのあまり低く呻き、左手が反射的に痙攣した。

慎吾と、駆け込んできた樹もそれを見て思わず動揺した。

「お母さん!」樹が叫んだ。

慎吾も慌てて手を伸ばした。「佳奈!大丈夫か?」

激痛に、佳奈の顔は一瞬で真っ青になり、額には冷や汗が滲んだ。

佳奈は、熱いお茶を浴びてみるみる赤く腫れ上がり、包帯越しでも焼けつくように痛む自分の手を見つめ、目の前で焦っているこの慎吾と樹を交互に見た。

二人のこの焦りは、どれほどが自分のためのもので、どれほどが理央のもとへ急ぎたいがためのものなのだろうか。

佳奈はふと、このすべてがひどく可笑しく思えた。

「慎吾さん」佳奈は震える声で、しかしはっきりと言った。「理央さんのところへ行ってあげてください」

慎吾は言葉を失った。「お前……」

「樹」佳奈は樹にも視線を向けた。「あなたも行きなさい。理央さんが心配なのでしょう?」

樹は佳奈と寝室の入口を交互に見てから、小さな顔を歪めた。「でも、お母さんの手が……」

「私の手は、大丈夫です」佳奈は力を振り絞ってゆっくりと体を起こし、冷たい壁にもたれた。「行きなさい。私一人で、平気です」

佳奈の口調はあまりにも静かで、かえって胸をざわつかせるほどだった。

慎吾は、真っ青で脆いのに、不思議なほど頑なな佳奈の姿を見つめ、胸の奥が張り詰めていくのを感じた。

本当はここに残り、佳奈の手当てをし、何があったのかを確かめたかった。

だがその時、廊下から部下の焦った声が響いた。「局長!葛城さんの容態がよくありません。医者がすぐ来るようにと!」

樹も慎吾の服の裾を引いて、小声で言った。「お父さん……」

慎吾は奥歯を噛み締め、ついに佳奈に向かって言った。「少し我慢しろ、すぐに医者を呼んで処置させる!俺は……すぐ戻ってくる!」

そう言い残すと、慎吾は樹を抱き上げ、足早に寝室を出ていった。

足音はあっという間に遠ざかっていき、部屋は、再び静寂に包まれた。

佳奈の荒い呼吸と、左手の焼けつくような痛みだけが、彼女がまだ生きていることを示していた。

彼女は壁に寄りかかり、ゆっくりと、少しずつ、右手を使って、左手の熱いお茶で濡れた包帯をほどいていった。

手のひらも手首も真っ赤に腫れ上がり、水ぶくれができていた。電気ショックによる体の麻痺と手術後の鈍い痛みが絡み合い、骨の髄まで突き刺すように痛んだ。

それでも、佳奈の顔に表情はなかった。

どれほどの時間が経ったのか、再びドアが開いた。

入ってきたのは医者でも、慎吾でもなかった。

役所の職員である中年の女性で、その手には茶封筒が握られていた。

「陣内佳奈(じんない かな)さんですね?」

佳奈が顔を上げた。

女性はその茶封筒を佳奈に差し出した。「これは先日、あなたが提出した離婚届の受理証明書になります。お受け取りください」

佳奈は震える右手を伸ばし、軽いはずなのにひどく重く感じるその封筒を受け取った。

中を開けると、そこには鮮やかな赤い公印が押された「離婚届受理証明書」が入っていた。

すべてが、ようやく終わったのだ。

その中年女性が立ち去るのとほぼ同時に、外から車のクラクションの音が微かに聞こえてきた。短く3回、長く1回――規則正しい合図。

研究所の送迎車が、到着したのだ。

佳奈はゆっくりと立ち上がり、その離婚届受理証明書を家で一番目立つテーブルの上にきちんと置いた。

そして、壁際へ歩いていった。そこには、佳奈と慎吾のウェディングフォトが掛けられていた。

写真の中の彼女は慎吾に寄り添い、花のように美しく笑っていた。

彼女は手を振り上げ、思い切り叩き落とした。

ガシャン――

ガラスの額縁が床に叩きつけられ、粉々に砕け散った。写真の中の二人の笑顔も、その亀裂によってズタズタに引き裂かれた。

佳奈は最後に一度だけ、あまりにも多くの苦痛と絶望が染み付いたこの家を見渡すと、荷物を手に取り、振り返ることなく歩き出した。

家の外では、特殊なナンバープレートをつけたオフロード車が静かに待機しており、スーツ姿の研究所の職員が車から降りて、ドアを開けた。

「陣内さん、どうぞ」

佳奈は深呼吸をし、車に乗り込んだ。

ドアが閉まり、エンジンがかかった。

夜は深まり、星が瞬き始めていた。

彼女は知っていた。ここから、自分の新しい人生が始まるのだと。

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