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第3話

Author: 墨染めの蝶
オークションは予定通り行われた。

青斗は誰にも隠すことなく、町のメディア関係者を全員招待した。

その日、両親は来なかった。きっと、私を見るのが辛かったんだろう。

遥も来なかった。多分、青斗が来るなと言ったのだろう。

ただ一人、朋花だけが来てくれた。

家政婦に連れられて来て、私のベッドの傍に座り、絵本を手に取って一語一句、読み聞かせてくれた。

読んでくれたのは、『人魚姫』だった。

「人魚姫は王子様のために、自分の300年の寿命と引き換えに、人間の足を手に入れたの。

一歩あるくたびにね、足がね、すっごくチクチクして痛いの。

でも、王子様は最後に隣の国の王女様と結婚しちゃったんだ。

人魚姫は、王子様を傷つけてしっぽを取り戻さなかったの。だからね、朝になったら、泡になって消えちゃったの」

朋花は本を閉じ、大きな目を困惑させながら顔を上げた。

「ママ、どうして人魚姫は、王子様を助けたのが自分だって言わなかったの?すごく馬鹿だよ」

本当にね。

馬鹿みたい、まるで私のことだ。

「朋花」

青斗の声が突然、ドアの方で聞こえた。

「パパ」朋花は彼のもとに駆け寄った。

青斗はかがんで朋花を抱き上げた。でも、その視線は私に向けられていた。

「お前の物は、全部売れた」青斗は私に、まるで他人事のようにそう言った。

「合計で19億4000万円になった。弁護士に頼んで、お前の名前ですべて寄付させたよ」

私の心は、ずしりと重くなった。

私たちの幸せな思い出が詰まった品々は、こうして、いとも簡単に青斗に売り払われてしまった。

「美希」青斗の声には何の感情もこもっていなかった。

「明日、菫が正式に寝室に移る。朋花も、これからは菫が面倒を見ることになる。

俺たちは、新しい生活を始めるべきなんだ」

そう言うと、青斗は朋花を抱いたまま、くるりと背を向けて出て行った。

胸が締め付けられて息ができなかった。青斗がしたことのすべてを、絶対に後悔させてやる。

そして私は、ありったけの力を振り絞った。

ビー、ビー、ビー。モニターからけたたましい警告音が鳴り響いた。

たくさんの人がなだれ込んでくるのを感じた。

ざわざわとした声が耳元で聞こえる。

「患者さんに反応が!」

「心拍数が上がっています!」

「急いで!除細動器の準備を!」

混乱の中、今までに聞いたことがないほど慌てた青斗の声が聞こえた。

「美希!」

そして、私の指がぴくりと動いた。

私は、目を覚ました。

狂喜乱舞する顔が、私のベッドの周りを囲んでいた。

私は瞬きをしたが、喉はカラカラに乾いていた。

何か言おうとしても、はっきりしない乾いた音しか出てこなかった。

「みず……」

母がそれに気づき、慌ててぬるま湯を一杯持ってきて、喉を潤してくれた。

「青斗は?」

私は尋ねた。

病室は、一瞬にして静まり返った。

母は私の手を握り、何か言いたそうに口ごもった。

「彼は……退院の手続きをしに行ってるわ」

その時、病室のドアが開けられた。

青斗が入ってきた。

私が彼を見ているのに気づいて、青斗はその場に凍りついた。

手に持っていた保温ポットが、ガチャンという音を立てて床に落ちた。

中のスープが床一面にこぼれた。

「美希……」

青斗の声はひどく震えていた。

足早に私のベッドに駆け寄ると、私に触れようと手を伸ばしたが、その手は空中で止まった。

しばらくの沈黙の後。

私は、まだ動かせる左手を上げて、青斗の頬を思い切りひっぱたいた。

その場にいた誰もが呆気にとられた。

青斗の顔は横を向いた。避けもせず、怒りもしなかった。

ただゆっくりと顔を戻し、再び私を見つめただけだった。

「青斗」

私は、一語一句はっきりと告げた。

「離婚しよう」

離婚を切り出すと、周りのみんなが私を説得しようとした。

みんなは、青斗がしたことはすべて、私のためにやったことなんだと言った。

「あなたが昏睡状態だった間、青斗がどれだけ苦しんでいたか、あなたには分からないでしょう」

青斗の母親が目を赤くしながら私に言った。

「青斗は夜もろくに眠らず、ずっとあなたのベッドの傍に付き添っていたのよ。

お医者さんが、強い外的ショックを与えなければ、あなたは目覚めないかもしれないって。

青斗も……他にどうしようもなかったのよ」

「そうですよ、美希さん」遥も、しゃくりあげながら言った。

「社長が美希さんの品物をオークションにかけたのは、実は……実は、全部自分で人を雇って落札させていたんです。一つもなくなっていません。

目が覚めたら、もっと大きなサプライズをプレゼントするんだって、そう言っていました」

「それに、菫のことだけど……」裕也はため息をついた。

「彼女は、青斗が芝居を頼んだ役者だよ。大金を渡してね。

お前に青斗を憎ませることでしか、生きる意志を持たせることはできなかったんだ」

やっぱり、朋花が言っていたことは、全部本当だったんだ。

青斗は、一番傷つける方法で、私を死の淵から引き戻した。

私は、青斗を許すべきなんだろうか?

いや、無理だ。

だって、あの苦しみは、全部本物だったから。

「だから?」私はソファに座って黙り込んでいる青斗を見て、冷たく尋ねた。

「あなたに感謝でもしろって言うの?」

「美希、感謝なんていらない」青斗はかすれた声で言った。

「俺が間違っていたのは分かってる。ただ……お前を失うのが怖すぎたんだ」

「私を失うのが怖いから、先に私を捨てるってわけ?」

私は思わず吹き出してしまった。でも、涙は堪えきれずに流れ落ちてきた。

「青斗、知ってる?目が覚めたら、私が受けた苦しみを、あなたにも絶対に味あわせてやろうって思ってた。

今ようやく目を覚ました。ここからが、始まりよ」

私は涙を拭うと、ベッドサイドのテーブルから、母が持ってきていた離婚協議書を取り出して、青斗の前に投げつけた。

「サインして。

これが、あなたへの、私の最後の優しさよ」
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