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俺の予想に反して水野くんは、配置換えも転職もせず、山上のそばに居続けた。その不可解な行動は、俺に興味を抱かせるもので――。 時折見かける水野くんは、山上の少し後ろをくっついて歩き、その距離感が、ふたりの心の距離のように感じしまった。 山上のワガママにも根をあげず、仕事をこなして、一ヶ月が経過したある日。 外に昼食を食べに行こうと歩いていたら、目の前に水野くんがひとりで歩いていた。 「水野くん」 「あっ、関さん。お疲れ様です。これからお昼ですか?」 俺が声をかけるとパッと振り返り、きっちり頭を下げた。元気そうな姿に、思わず安堵する。 「外で食べようと、向かっていたところだ。水野くんもこれからか?」 「はい。そこのコンビニに寄って、公園で食べようかと思いまして。久しぶりに、天気が良いから……」 「君が迷惑じゃなければ、一緒に昼食とっていいだろうか?」 俺がそう言うと、ポカンとした顔をする。 「あの……コンビニ弁当ですよ? レストランとかじゃなく……」 「ああ、構わない。普段から食べ慣れてる」 「そうなんですか? 関さんってお寿司屋さんとかフレンチとかのイメージしてたんで、何か意外です」 俺が歩き出すと並んで、少し照れながら俯く。 「俺だって、君と同じ独身だから。自炊は時間が勿体なくて、やらないし」 「俺はたまに作りますよ。唐突にカレーが食べたくなったときは、大量に作って食べるんです」 可笑しそうに言って、俺の顔を見下ろす。 「そのときは是非、招待して欲しい。水野くんが作ったカレーが食べてみたい」 「いつになるか分かりませんよ。唐突ですから」 常に笑顔で接してくれる水野くん。話し方も穏やかで、変な気を遣わなくていい様子に、好感を持つことが出来た。 そのまま話ながらコンビニへ行き、各々食べたい物を購入してから、すぐ傍の公園に足を運んだ。 昼食を口にしながら、日頃の水野くんの生活パターンを聞いてみる。 あえて、山上の話題は避けていた。 「関さんってもっと、おっかない人だと思っていたから実は、ちょっとだけビビってました……」 ふいに会話が途切れた瞬間、ポツリと正直に呟く。 「目つきが悪くて、冷たい印象があるから。よく言われる」 「目つきよりも何ていうか、隙がない感じだと思います。山上先輩とは、また違った感じなんですけどね」 そう言って、小さなため息をついた。 「山上はあれから、なにも……してこないか?」 辛そうな顔を見てしまったので、あえて訊ねてみた。 「はい……大丈夫です。俺も適度な距離感で仕事していますし。なんか、すみません。お気遣い、いただいてしまって……」 「あんなことがあったのに、よく逃げ出さず一緒に仕事してると、逆に不思議に思ったんだ」 俺が言うと、飲みかけのペットボトルを、両手でぎゅっと握りしめる。 「そうですよね。だけどここで逃げてしまったら、今までの苦労がなくなっちゃう方が、やっぱり辛かったから。それに山上先輩はなんだかんだ言って、仕事が出来る人で勉強になるし……」 「まあな。性格にかなり、問題あるが」 「問題有りすぎて大変ですけど、だから危ういトコもあって、目が離せないっていうか……」 「水野くん?」 俺がその台詞に反応し、じっと顔を見つめると、わたわたして少しだけ顔を赤らめ、弁解するように首をブンブンと、左右に振りまくる。 「えっと山上先輩、突然変な命令するし、気を抜いてるときに限って、後頭部を叩いてくるし……ホント目が離せないんです。今日だって非番のハズなのに、署内をうろうろしていて、ビックリしちゃって……」 (ああ、例の頼んでいた調査で彷徨いてるんだ。非番なのに、悪いことをしたな) 「昨日かなり咳き込んでたから、今日くらいゆっくり休めばいいのにって……」 「自分の限界に、とことん挑戦する男だからな。俺からも注意しておいてやる。ついでに、栄養剤でも渡しておくか」 俺が呆れながら言った時だった。 「なにイチャついてるんだ、おまえたち。僕が必死で、仕事していたっていうのに……」 言い終わらない内に、水野くんの頭を振りかぶって、グーで殴った山上。風邪のせいか、いつもより声が掠れていた。 「痛っ! 本気で殴ったでしょ、山上先輩っ」 頭を擦りながら、上目遣いで山上を睨む。その顔は、本気でイヤがってるようには見えない。 (適度な距離感でって言ってた割には、しっかり仲が良いじゃないか――) 「残業したいなら、関とずっと喋ってればいいだろっ!」 不機嫌丸出しで、山上は言い放つ。ゴミを持って、渋々ベンチから腰を上げた水野くん。 「関さん、お話の途中なのにすみません。またお昼、ご一緒したいです」 ふわっと華が咲いたような、綺麗な笑顔をした。山上の笑顔が洋物の華なら、水野くんの笑顔は和物の華。芍薬や牡丹あたり、か。 「邪魔が入らなければ、また……」 その綺麗な笑顔を、じっと見ながら俺も微笑んだ。ペコッと一礼をして、その場を去る水野くん。 入れ替わるように、山上がベンチに座った。 「……邪魔して、悪かったな」 「別に……」 手に持っている、微糖の缶コーヒを一口飲んだ。 「関、最近、気づいたことがあるんだよ」 「なんだ?」 山上は目の前を向いたまま、腕を組む。 「おまえさ、僕のことをガン見し過ぎ……」 改まって、何を言い出すかと思えば――横目で呆れた視線を、隣に飛ばす。 「僕は気づくけど、アイツは鈍いから。全然、気づかないからな」 念を押すように掠れた声で言うと、キッと俺を睨んだ。 「おいおい。風邪で、頭がおかしくなったんじゃないのか?」 「誤魔化すなっ! いい加減にしろ関……」 冷笑した俺に、叱責する。立場がいつもと逆である。 「水野は誰のモノでないの、分かってるんだけどさ。お前にだけは譲りたくない。絶対に……」 俺は膝に置いた左手を、ギュッと握りしめる。山上はまだ、水野くんの気持ちに気づいてはいないのか。 「俺だけじゃないだろ?」 諭すように言うと、口を真一文字に引き結んだ。 「何、早とちりしてるか知らないが、お前の恋愛に、俺を巻き込むな」 「あんな顔して、よく言うよ……」 そう言って、俺の胸ぐらをガシッと掴みかかる。 「目尻下げまくって、鼻の下を伸ばしてる顔してたんだぞお前っ!」 「自分で自分の顔が見られないからな。残念だ」 「僕に……親友に、隠すのか?」 食い入るような眼差しに、一瞬だけ怯む。俺の気持ちを知って、どうするつもりなんだろうか。 「隠すも何も、始めから何もない。一緒に昼飯食ったくらいで嫉妬して、とち狂ってくれるな」 そう言うと山上は、悔しそうに舌打ちをした。 山上と水野くん――お互い想い合っていれば、いつかはきっと結ばれる。 「関が奥手で、すっげえ助かったよ……」 山上は苛立ちながら、機敏な動作で立ち上がり、元来た道をズカズカと歩いて行く。 俺は残った缶コーヒを飲み干し、深いため息をついた。 「そうさ……。俺は、天性の弱虫なんだ……」 そして卑怯なことに、嘘つきなんだ。水野くんにも山上にも、俺の気持ちを知られるわけにはいかない。俺のような、薄っぺらい人間に好かれたところで、みんな迷惑なだけなんだ。 飲み干した缶コーヒーを手に、ゴミ箱に向かう。 「こんなふうに簡単に、気持ちを捨てることが出来るのなら、すごく楽なのにな……」 呟きながら、ぽいっと放り投げた。空き缶同士が当たる音がして、一層虚しくなる――。 山上の想いに比べたら、俺の想いなんて、この空き缶と同じだ。 再び深いため息をついてから、彼ら同様に来た道を足早に歩いた。自分の気持ちを吹っ切るように――。*** それから二ヶ月後、俺の予想どおり二人は相思相愛になった。 その日いつものように仕事していた俺の元へ、頼んでいた書類を手にした山上がやって来た。公園での一件以来、ここ最近は必要最小限の会話しか出来ずにいたのが、若干俺のストレスになっている。 「遅くなって悪かった。ちょっと仕事が立て込んでて……」 「同じくこっちも、てんてこ舞いだったから大丈夫だ。忙しい中、済まなかったな」 山上から書類を受け取ろうと手を出したら、渡さない勢いでそれを握りしめる。 「どうした?」 「……あのさ、関……」 トーンを落とした声に、まじまじと顔を見た。眉根を寄せて、かなり困惑した様子に、なにを喋ろうとしているのか、すぐに分かったけれど――自分から口火を切ることじゃないので、そのまま黙って様子を窺う。 「……水野と、付き合うことになったから……」 「へぇ良かったじゃないか。付き合うのは構わないが、仕事サボるなよ」 俺がほほ笑むと手にした書類から、ふっと力を抜いた山上。 「どうしてそんな顔して、良かったなんて言えるんだ。おまえだって、水野が好きなんだろう?」 「まだそんなことを言ってるのか。しつこいぞ」 「しつこいのは、どっちだよ。いい加減に認めろ……」 「なんとも思ってないのに、認めたところでどうなる?」 俺はデスクに頬杖をついて、呆れた視線を山上に飛ばした。 「水野は魅力的なヤツだ。笑顔はかわいいし、一生懸命に仕事している姿なんて、いじらしくて堪らなくなる。関が好きになるのは、当然のことだと考えたんだ」 真剣に説明する山上の姿に、思わず吹き出してしまった。 「惚気を通り越すと、お笑いになるんだな。ホントいい加減に」 「どうしてそうまでして、隠し通す必要があるんだ? 僕は今まで、おまえだけには全部晒してきたっていうのに。その態度でどれだけキズついたか、関には分からないだろうさ」 「達哉……」 「いいじゃないか、たまたま好きなヤツが被ったくらい。僕は変に隠されたことに対して、怒っていたんだぞ?」 頬杖を外して俯いた俺は、ゆっくりため息をついた。 (もう隠しとおせないのか――ここまで山上に言わせてしまったんだ、しょうがないだろう) 「……済まなかった、おまえには知られたくなかったから。最初はただ、興味本意というか……気がつ
*** 俺の予想に反して水野くんは、配置換えも転職もせず、山上のそばに居続けた。その不可解な行動は、俺に興味を抱かせるもので――。 時折見かける水野くんは、山上の少し後ろをくっついて歩き、その距離感が、ふたりの心の距離のように感じしまった。 山上のワガママにも根をあげず、仕事をこなして、一ヶ月が経過したある日。 外に昼食を食べに行こうと歩いていたら、目の前に水野くんがひとりで歩いていた。「水野くん」「あっ、関さん。お疲れ様です。これからお昼ですか?」 俺が声をかけるとパッと振り返り、きっちり頭を下げた。元気そうな姿に、思わず安堵する。「外で食べようと、向かっていたところだ。水野くんもこれからか?」「はい。そこのコンビニに寄って、公園で食べようかと思いまして。久しぶりに、天気が良いから……」「君が迷惑じゃなければ、一緒に昼食とっていいだろうか?」 俺がそう言うと、ポカンとした顔をする。「あの……コンビニ弁当ですよ? レストランとかじゃなく……」「ああ、構わない。普段から食べ慣れてる」「そうなんですか? 関さんってお寿司屋さんとかフレンチとかのイメージしてたんで、何か意外です」 俺が歩き出すと並んで、少し照れながら俯く。「俺だって、君と同じ独身だから。自炊は時間が勿体なくて、やらないし」「俺はたまに作りますよ。唐突にカレーが食べたくなったときは、大量に作って食べるんです」 可笑しそうに言って、俺の顔を見下ろす。「そのときは是非、招待して欲しい。水野くんが作ったカレーが食べてみたい」「いつになるか分かりませんよ。唐突ですから」 常に笑顔で接してくれる水野くん。話し方も穏やかで、変な気を遣わなくていい様子に、好感を持つことが出来た。 そのまま話ながらコンビニへ行き、各々食べたい物を購入してから、すぐ傍の公園に足を運んだ。 昼食を口にしながら、日頃の水野くんの生活パターンを聞いてみる。 あえて、山上の話題は避けていた。「関さんってもっと、おっかない人だと思っていたから実は、ちょっとだけビビってました……」 ふいに会話が途切れた瞬間、ポツリと正直に呟く。「目つきが悪くて、冷たい印象があるから。よく言われる」「目つきよりも何ていうか、隙がない感じだと思います。山上先輩とは、また違った感じなんですけどね」 そう言
*** デスクで、昨日の書類の整理をしていたら、いつものようにコーヒーカップを手にした山上が、ひょっこりと現れた。 俺の一睨みもなんのその、何事もなかったように、応接セットの椅子に格好良く腰かける。「おまえ、昨日忠告したのを忘れたのか?」 声のトーンを落とし、唸るように言った俺の顔を、山上は明らかに眠そうな表情で見る。「関……想ってるだけじゃ、気持ちは伝わらないんだぞ」「伝えるだけならいいさ。だがな、おまえのやった行為はなんだ?」 俺は下がってもいない眼鏡をクイッとかけ直し、山上を睨んでやった。「……だって、水野がかわいかったんだ。しょうがないじゃないか」「バカかっ! おまえのやったことは犯罪なんだ。セクハラレベルは、越えてるんだからな」 怒り任せに、拳をデスクにガンガン打ちつけてやる。せっかく整理した書類が、めちゃくちゃになってしまった。「わかってる……。でも抑えきれなかったんだ。水野が好き過ぎて、つい暴走した……」(暴走するほど人を好きになったことがないから、正直わからん――) 俺は頬杖をついて、山上を見た。首をもたげたまま、床をじっと見ている。「水野……あんなにキズついた顔して怯えさせたなら、手を出さなきゃ良かった……」「今更、後悔しても遅いぞ。俺なら配置換えの申請して、おまえとおさらばするわ」「なっ……!」「だって、そうだろ。自分を手込めにした相手と、仲良く仕事なんて出来ないね。配置換えを申請するか、転職するかの二択だろう」 ため息をつき眉根を寄せて、後悔しまくりの山上の顔を見ながら両腕を組む。「水野は、関とは違う……」「まったく。あのな嫌々捜査一課に無理やり来させられ、おまえの仕事の尻拭いをさせられてるところに、突然蹂躙されたんだ。逃げ出すに決まってるだろう?」「だんだん、言葉がキツくなってる。僕を苦しませたいのか?」 山上は額に右手を当て、うんざりした表情で俺を凝視する。「これくらいで弱音を吐くな。水野くんはその倍、苦しんでるんだからな」「じゃあ聞くけど、関は好きなヤツが出来たら、どうやってアタックするんだよ? まさか原稿用紙に、愛の言葉を書き連ねる、なぁんてことをしないよな?」 糠に釘――俺の言葉に反省の色ナシか。いつも通りだけど……。「どうしてそこに、原稿用紙が出てくるんだ。そんなモノ使うか
*** 次の日、車を駐車場に停め、署内の玄関目指して足早に歩いていた。前方にひどく肩を落とした、長身で細身の男性が俯きながら、とぼとぼ歩いている。 その横顔を見て、つい最近見た書類の写真をふと思い出した。「ピンクのウサギくん……」 いい機会だから挨拶しようと近づいたら、首の後ろに見覚えのある噛み痕があるのを目ざとく発見してしまった。 それを見て、眉根を寄せるしかない。まさかとは思うがこの痕を付けた犯人は、山上だろうか――。 愛情が屈折したヤツだから、相手を求めることになったとき、これでもかと自分を押しつけながら貪るんだ。山上の癖その一が、噛むことだから――。「水野くん……」 躊躇いながら声をかけたがなにか考え事しているらしく、あっさりと無視された。 はあぁとため息をついた水野くんの左肩を掴むと、かなり驚いた顔をしてバッと振り返る。「君は、耳が遠いのか?」「へっ!?」「先ほどから君を呼んでいた。水野くん」 じっと顔を見つめると、緊張した面持ちになった。「失礼しました。考え事、してまして……」「考え事ね……。まぁ一緒にいる山上が、苦労の種だろう」 俺は眉間にシワを寄せ、目を細めて憐れみを示した。「ああ、紹介が遅れたね。自分は監察官の関と言います。山上とは同期なんです」「同期……監察官……」 水野くんは力なくぼんやりと、俺の言葉を繰り返す。「山上の始末書の数々には、まったく呆れ果てる。そう思わないか?」「はあ、そうですね……」 山上の話をすると、途端に顔が曇った。なにかあったのは、間違いなさそうだ。「それに手が早い。相手の気持ちなんて、お構い無しだからね。山上の噛み痕、ワイシャツから少しだけ見えてる」 俺は自分の後頭部を指差して、水野くんに教えた。「か、噛み痕っ!?」 ビックリした水野くんは、慌ててワイシャツの襟を引っ張り上げ、見えないよう過剰に反応する。「俺の視線がたまたまソコだったから、見えただけだ。少しだけだと言ったろう? 神経質にならなくても、いい」 呆れた表情で言うと、軽くため息をついて、すみませんと呟いた。「山上に迷惑なことをされたなら、俺に言えばいい。喜んで飛ばしてやるよ?」 その言葉に、水野くんが口を開きかけた瞬間――。「こらぁ、僕の水野を天下の玄関口で口説くなよ。関っ!」 片手にコーヒーシ
*** ピンクのウサギくん、もとい水野くんがやって来る日。山上は予想通り、そわそわしていた。 俺は前日から仕事が超多忙で、かまう暇なんて全然ないというのに、仕事をしているそばにわざわざやって来て、ひとりで喋り倒し、勝手に出て行く始末。 同じ署内にいるんだから、その内会えるだろうと、ゆったり構えていた俺。その後、山上からもまったく音沙汰がなかったので、いつものように逃げ出したのだろうと思った。 山上と音信不通になった六日後の夕方、煙草を吸いに喫煙所に行くと、煙草も吸わず俯いて座ってる、気落ちした山上を発見。 ――予想どおりピンクのウサギくんが音をあげて、逃亡でもしたのか……。「お疲れ。珍しく、ふさぎこんでいるじゃないか?」 隣に座って肩を叩くと、ゆっくり顔を上げて、ぼんやりしたまま俺を見る。その瞳には、悲壮感が漂っていた。「水野に……ファイルで頭を叩かれた……」 その言葉に何もしていない、俺の眼鏡が自然とズリ下がった。(――この山上を、ファイルで叩いただと!?)「水野くんっていうのは、随分とやんちゃするヤツなんだな」 山上の家の力を断ったり、叩いたり……芯が強いとかの問題じゃないぞ。「水野はいいヤツだよ。今回は僕が悪いんだ……」 そう言って、寂しげに天井を仰ぎ見る。自分の非をあっさりと認めるなんて、山上らしくない。いつもなら、ぶーぶー文句を言い続ける場面なのに――。「他のヤツが水野に触ったのを見て、何かイラッとしたんだ。それでソイツの手を、叩くように払ったら、僕の態度がなっていないって、水野が怒って叩いたんだよ……」 長い台詞を言い終えると、手にしていたコーヒーをあおるように飲み干す。俺はズリ下がった眼鏡をやっと元に戻し、しげしげと山上を見た。 今の台詞を総合的に判断すると、オソロシイ答えが導き出されてしまう。この男は他人の機微に関して、敏感に反応するが、愛情のない家庭で育ったせいで、自分のことには無頓着な奴だった。 だから尚更、この答えを言っていいものだろうか――。「山上は、何が一番ショックなんだ?」「ん~……。水野に叩かれて、嫌われたことかな」「他の人間が、水野くんに触っただけでイラついたのは、どうしてだと思う?」 天井を見上げていた山上が、俺の顔を不思議そうに見つめる。「どうしてだろ……?」 ――その答えを、言っ
はじまりは、山上の何気ない一言だった。「今日フワフワしてて、足の速いヤツに出逢ったんだ……」 俺は手元にある書類と格闘しながらだったが、その異質な一言に反応し、眉間に深いシワを寄せながら、しぶしぶ顔を上げた。「なんだ。その変な形容詞は……なぞなぞか?」 応接セットの椅子に座り、テーブルに長い足を乗せて、口元に魅惑的な笑みを浮かべて俺の顔を見る山上。「ん~……。ピンクのウサギくんって感じかなぁ」 嬉しさを隠しきれない様子に呆れてため息をつき、デスクに頬杖をついた。いつもなら――。『使えそうなヤツ、〇〇で見つけたさ』『良さげな人材、信じられないところから発掘したぞ』 なんて台詞通りに実に分かりやすく、知らせていたけれど。ピンクのウサギくんって、いったい……?「山上、見ての通り俺はすごく忙しいんだ。戯言なら、他所で報告してくれないか」 吐き捨てるように告げ、書類にさっさと視線を落とした。山上はチッと舌打ちして立ち上がり、俺の傍にやって来る。「その内こっちに来るから、関に紹介するよ」「俺に紹介するまでに、潰れなきゃいいがな」 今まで山上が連れてきたヤツは、一ヶ月も持たずに消えているから。 顔を上げずに視線だけで山上を見ると、相変わらず嬉しそうな表情をキープしていた。「アイツはそんな、ヤワなヤツじゃないよ。フワフワしてるけど、芯は強いと見たね僕は」 ――お得意の刑事の勘、ですか……。「分かった。楽しみにしてる」 その日一日、ご機嫌で過ごした山上だったが翌日は一転、不機嫌丸出しで現れた。「毎日騒々しいな。いったいどうしたというんだ?」 前日同様にデスクに頬杖をついて、呆れた眼差しを山上に向けてやる。「どうしたもこうしたもないよ。水野のヤツ、僕の家の力を断りやがった」「水野? 昨日のピンクのウサギくんのことか?」 山上の家の力を断るなんて、珍しいヤツがいるもんだ。 俺が目を細め嬉しそうにすると、ますます苛立った様子になる。「関……なんだよ、その顔。僕の不幸を喜んでるのか?」 なにをやっても様になる山上は、格好よくデスクにひょいと腰かけ、俺に大きな背中を向けた。「昨日お前は言ったじゃないか、芯が強いって。その強さで必ず、ここにやって来るだろう?」 その寂しげに映る背中に、そっと問いかけてやる。「せっかく上司のバカ長を遠