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記憶の路地を彷徨い、君はもう帰らない
記憶の路地を彷徨い、君はもう帰らない
Auteur: 春野

第1話

Auteur: 春野
娘が亡くなった日、あの子の位牌を、黒崎家の仏壇に置いてあげたかった。

しかし、まだ5歳だった黒崎達也(くろさき たつや)が、その位牌を床に投げつけ、めちゃくちゃに踏みつけた。

「こいつは黒崎家の子供じゃないだろ!なんでここに置くんだよ!あんたが死んだって、あんたの位牌も絶対ここに置いてやらねえから!」

その仏壇に置かれている「あの女」の位牌が目に入ったが、私は何も言わなかった。

私の視線に気づいた達也は、慌ててその位牌を庇うように、立ち上がった。

「なんなんだよ!あんたなんかが、ママに敵うわけがないだろ!

愛人はどこまでいっても愛人なんだよ。まともな人間扱いされると思うな!」

まさか、この手で育ててきたこの子が、こんなにも父親にそっくりになるなんて。

私は目の前にいる実の息子を見つめながら、底なしの絶望に沈められる。

「僕を数年育てたからって、母親気取りするなよ。僕の母親は、ママ一人だけなんだからさ。

もし文句があるなら、この家から出ていけよ!」

達也はまだ知らない。自分が叩き壊したその位牌が、実の姉のものだということを。

しかし、もう何もかもがどうでもいいのだ。娘がいなくなってしまった今、私がここにいる意味なんてないのだから。

「言われなくても、今日出ていくよ」

私は床に散らばる位牌の破片に目を落とした。胸に色々な感情がこみ上げてくる。

かわいそうな梓……死んでも、安らかに眠ることすらできないなんて。

かがんで梓の位牌を拾い集めようとしたその時、誰かが思い切り蹴散らした。

信じられない思いで顔を上げると、それはまたしても達也だった。どうしてこんなに幼い子供が、これほどまで意地悪になれるのだろうか。

だが当の本人である達也は、私を軽蔑しきった顔で見ているだけだった。

「なに見てんだよ、この愛人が!これ以上見るなら、その目玉えぐり出してやるからな!

それに、そんなガラクタをもし拾おうとしたら、この家から追い出してやる!」

まだ5つの子が、どうしてこんな酷いことを言えるのか分からなかった。とてもこの歳の子が口にするような言葉とは思えない。

私は声が掠れた。「その言葉……誰に教わったの?」

すると達也は、ふんっと鼻で笑った。「あんたに決まってるだろ?他に誰がいるって言うんだよ、この愛人が」

こんな風に罵られても、いつもなら私は根気強くこの子と向き合ってきた。

だが今日は、達也を構う気力もない。ただ梓の位牌を守ることしか考えられなかった。

梓も8歳と幼かったが、本当に聞き分けのいい子だったし、私が忙しいときは、いつも達也の面倒を見てくれていた。

それなのに今、達也は自分の面倒を見てくれた姉の位牌を、容赦なく踏みつけている。

私がもう一度しゃがんで位牌を拾おうとすると、達也は私の手を踏みつけてきた。

力は弱いはずなのに、その足は鉛のように重く感じられる。

「そんな汚い位牌にさわるな!触るんだったら、あんたも出ていけ!」

汚い?

私の胸に、様々な感情が突如として渦巻く。

梓は達也の実の姉だというのに。昔、黒崎翔(くろさき しょう)の母である黒崎幸子(くろさき さちこ)に梓を会わせに行ったのだが、彼女は梓を黒崎家の人間とは認めてくれなかった。

「女の子供なんて、死んでも認めてやらない!」

産後間もなかった私だったが、どうにかして黒崎家の人たちの心を動かしたかったので、黒崎家の屋敷の門の前で丸一日中額を地面につけていた。

しかし、私が気を失って倒れるまで、黒崎家の人々は見向きもしなかった。

仕方なく、私は梓に自分の名字を名乗らせるしかなかった。

その後、私は達也を産んだ。これでやっと、私も堂々と黒崎家の一員になれるのだと思っていた。

しかし、翔はあっさりと、長年病気だった黒崎絢香(くろさき あやか)と結婚した。しかも達也は絢香の子だと世間に公表し、私のことはベビーシッターだと説明した。

当然、梓が黒崎家の一員として認められることもなかった。

「達也、そんな口の聞き方をして!今日こそ、ちゃんと言うことを聞いてもらうからね!」

とはいえ、達也はまだ5歳の子供だ。私が本気で怒っているのを見て、その表情はすぐさま焦りに変わる。

「僕にあれこれ言うな!あんたは僕の母親じゃないだろ!」

我慢の限界だった私は、声を荒らげた。「私があなたの母親じゃないって一体誰が言ったの?」

その時、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。

「俺が達也にそう言ったんだよ」

私はその場で凍りつき、まるで機械のようにゆっくりと振り返った。

翔が帰ってきていた。彼は、一体いつからこの騒ぎを見ていたのだろう。

だが翔は見ていただけで、何も止めようとはしなかった。それなのに、私が達也を諭そうとした今になって、口を挟んできた。

「翔!達也に教えてあげて!本当の母親が誰なの!」

翔の心にまだ少しでも良心が残っていることを信じて、私は賭けに出た。

しかし翔は、不機嫌そうな顔で私を見るだけ。

「達也の母親は絢香だ」

信じられない思いで翔を見つめる。娘を亡くした私から、今度は実の息子まで取り上げようというのか……

翔の答えを待っていた達也は、その言葉を聞いた途端、私を蔑むような目で見始めた。

私はもう二人を相手にせず、慌てて梓の位牌の欠片を拾い集め、自分の部屋へ戻った。

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