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第5話

Author: 猫ちゃん
達也が不意に言った。「二宮さん、松浦グループに来る気はありますか?あなたには……」

彼が言い終わる前に、凪はきっぱりと断った。

「ありません!」

その華奢な後ろ姿を見つめる達也の瞳に、特別な感情が宿った。

それは感心であり、少しのときめきでもあった。

……

メモに書いておいた用事が、また一つ片付いた。

凪はホテルで半日休んでから、家に戻った。

庭はひどく荒れていた。

直美が、彼女の服を着て、高そうなショールを羽織っていた。そして、まるで家の女主人のように、使用人たちに大切に育てられた花を根こそぎ引き抜けと指示していた。

凪が車から降りるのを見て、直美は得意げな表情を浮かべた。

挑発の動画を撮るまでもなく、本人が我慢できずに帰ってきたのだから。

実に好都合だ、と直美は心の中で呟いた。

直美はにこやかに笑い、親しげに声をかけた。

「凪さん、どうして帰ってきたの?渉さんが、この数日はホテルに泊まるって言ってたから。ここは自分の家だと思って使っていいって言われたのよ」

そう言いながら、直美は口元を覆って何度か咳をした。

「私の体が弱くて、花粉がダメなの。渉さんにも、夜通し看病させちゃって……凪さん、私のこと怒ってないよね?」

凪は、すでに萎れ始めている花々を冷ややかに見つめた。

恒業グループを辞めた後、渉は彼女が退屈するのを心配した。そして花いじりが好きなのを知って、珍しい花の種をたくさん集めてプレゼントしてくれたのだ。

中でも特に繊細な品種があって、長い時間をかけてやっと根付かせたものもあった。

花が咲いた日、凪はわざわざ写真を撮って渉に送った。結婚式のブーケはこの花で作りたいって。

それが今や、泥にまみれてしまっている。

「いいわ、続けてちょうだい」

彼女は静かに視線を外し、まっすぐ二階へ上がっていった。

直美の顔色が少し変わった。

凪が激怒するのを覚悟していたのに、この女はなぜこんなに落ち着いているのだろう?

寝室で、凪は何年も過ごした部屋を見渡した。心にぽっかりと穴が開いたようだった。

渉とはずっと別々の部屋で寝ていたけれど、彼女の部屋のものはすべてペアで揃えられていた。

歯ブラシ、タオル、ぬいぐるみ、パジャマ、枕……

凪は大きな黒いゴミ袋を見つけ、そのすべてを詰め込んだ。

五回も往復して捨てたが、使用人はみんな庭にいたので、誰も彼女に気づかなかった。

最後の荷物を捨てて戻ってくると、ちょうど渉が車から降りたところだった。

彼は急ぎ足でリビングを駆け抜け、まっすぐ二階へ向かった。凪のことには全く気づいていない。

彼女が寝室の前を通りかかると、渉の部屋から直美の泣き声が聞こえてきた。

「渉さん、やっぱり私、出ていくわ。あのお花……ゴホッ、ゴホッ……」

「バカだな、たかが花じゃないか。彼女が気に入ってるなら、また植えればいい。君の体の方が大事なんだよ。もう泣かないで。ほら、顔がぐちゃぐちゃだ」

男の優しい慰めの言葉が、一つ一つ耳に届くたび、胸が張り裂けそうに痛んだ。

凪は自分の部屋に戻り、最後の私物をスーツケースに詰めた。

パタンと閉めた途端、ドアが開いた。

「凪ちゃん、君……」

渉は空っぽのクローゼットを見て、動揺を隠せなかった。

「君の荷物はどうしたんだ?」

凪は彼の方を振り向き、唇に曖昧な笑みを浮かべた。

「古くなったものは、新しく買い替える。ダメなことかしら?」

渉は言葉を失った。

何かがおかしい、と彼は思った。

しかし、来週には入籍すると約束したのだ。そうなれば、二人の関係も変わるはずだ。

新しいものを揃えるのも、自然なことだろう。

それに、直美の面倒を見てくれと頼んだら、ちゃんと帰ってきた。昨夜のことで怒っているわけでもなさそうだ。

渉はそれ以上深く考えず、心のざわめきを抑えた。そして、まっすぐ凪に近づくと、いつものように彼女の頭をそっと撫でた。

「機嫌が悪いのは分かってる。数日は買い物でもして、気分転換してこい。仁にはもう、直美が住むのに丁度いい家を探させてる。来週の月曜には必ず引っ越させるから。そしたら、俺の部屋のものは全部、君が新しく買ったものを使おう。な?」

凪は心の中で、ため息をついた。

声は、驚くほど落ち着いていた。

「渉、私たち結婚した後も、あなたは直美の面倒を見続けるの?」

凪の口から結婚という言葉を聞いて、渉はさらに安心した。

彼は腰をかがめて彼女と視線を合わせると、漆黒の瞳に笑みを浮かべた。

「やきもちは焼くな。それから、わがままも言わないで。いい子にしてろ」

「ええ」

凪は頷いた。

もうやきもちは焼かないし、わがままも言わない。

凪がホテルに戻る暇もなかった。

渉の実家から、突然電話がかかってきたのだ。

渉の祖父・中島悠斗(なかじま ゆうと)からの希望で、渉は凪を連れて食事会に参加することになった。

恒業グループが設立されてから、渉の中島家での地位はうなぎのぼりだった。

もとは渉を認めようとしなかった渉の父親である中島賢治(なかじま けんじ)も、今では優しい父親となる。渉が一番優秀な息子だと、いつも外で自慢している。

でも、この食事会は、凪にとってはいつも針のむしろだった。

なぜなら中島家は、凪の素性を知らなかったので、ただの身寄りのない孤児だと思っていた。

「渉さん、なんだか緊張するわ。おじいさんと、あなたの両親は、私のこと、気に入ってくれるかな?」

助手席に座る直美が、頬を赤らめながら運転する渉に尋ねた。

中島家の屋敷に戻る時、渉はいつも秘書を同行させない。

彼は直美には答えなかった。代わりに、バックミラーで後部座席に座り続ける凪を見て、唇を引き結んだ。

また、へそを曲げている。

さっきから頑として助手席に座ろうとしない。

直美を中島家に連れて行くから、拗ねているだけだろう?

しかし、自分たちだけが屋敷に戻り、直美を一人で家に残していくわけにもいかないではないか。

しかも、直美は病人なのだから。

車の中は、奇妙な空気に包まれていた。

直美は平気な顔で、時々凪に話しかけた。そして返事がないと、今度は不満そうに渉に甘えてみせた。

凪は見るのも面倒で、いっそ目を閉じて休むことにした。

四十分ほどの道中、凪は本当に眠ってしまった。車を降りてもまだ頭がぼーっとしている。

「来たくないなら、そう言え。ここは中島家だぞ、むやみに機嫌を損ねるな」

頭上から、抑えた声で叱責が飛んできた。顔を上げると、そう言う渉の目に、わずかな苛立ちが見えた。

凪が引退してから、渉はめったに公の場に彼女を連れて行かなくなった。

凪はずっと、それは自分を守るためだと思っていた。

面倒な付き合いをさせたくないのだろう、と。

まさか渉が、自分の出自を迷惑に思っているなんて、考えもしなかった。

「渉様、お帰りなさいませ。こちらは?」

執事が恭しく出迎えた。

凪と直美を交互に見て、怪訝な表情を浮かべる。

「こんにちは。渉さんの友達です。お邪魔します」

直美はおとなしく挨拶し、親密さを示すように、すっと渉の腕に手を絡めた。

それを見て、執事はすべてを察したようだった。

凪に同情的な視線を向け、どうぞと身をかがめて手で示した。

「大旦那様と旦那様は書斎に。奥様はリビングにいらっしゃいます」

目の前にそびえる、豪華な屋敷を見上げて、直美は胸を高鳴らせ、目を輝かせた。

いつか、ここのすべてが自分のものになるのだ。

「凪さん、行きましょう。おじいさんたちを待たせちゃだめよ」

そう言って彼女は渉を引っ張って中へ入っていく。車の中で見せた緊張のかけらもなかった。

二人が連れ立って歩く後ろ姿を見て、凪は今すぐにでも引き返したかった。

しかし、まだ片付いていないことが多すぎる。渉と事を構える時ではない。

それに、悠斗は自分に優しかった。

最近は体調が優れないと聞く。ここで波風を立てたくはなかった。

気持ちを切り替えて、凪は数分遅れて家の中に入った。

ホールに入った途端、渉の父親の正妻・中島静香(なかじま しずか)の冷たい笑い声が聞こえた。

「渉ったら。素性の知れない孤児をそばに置くだけじゃ飽き足らず、今度はどこの馬の骨ともわからない子まで連れて帰ってくるなんて。中島家をなんだと思ってるのかしら?」

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