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第8話

Auteur: 青空
悟から絵里に伝えられたのは、文入グループが突然彼らの予算をはるかに上回る見積もりを提示し、提携の機会をかっさらっていったという事実だった。

その言葉を聞いた瞬間、絵里は真冬に冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。

あまりにも酷似した手口。数年前、酒井グループが乗っ取られた時と全く同じだ。

沙耶だ。沙耶の仕業に違いない!

私が意識を失っていた間、スマホに触れられたのはあの二人だけ。そして、こんな真似をするのもあの二人しかいない!

絵里は震える指で和也に電話をかけた。

しかし、耳に届くのは無機質な呼び出し音だけで、一向に繋がる気配はない。

タクシーを拾い、車内でも絵里は執拗に何度も何度もかけ直した。

だが、車が藤原グループの本社ビルの前に停まるまで、和也が電話に出ることはなかった。

絵里は慌ただしくタクシーを降りると、ビルの中へと駆け込んだ。

「和也はどこ!?彼に会わせて!」

切羽詰まった声で叫んだ。

しかし、入り口の警備員が彼女の行く手を阻んだ。

「藤原和也様より、あなたを通すなと申し付かっております」

絵里の瞳孔がキュッと収縮した。つまり、私が問い詰めにくるのを予想して、事前に手を打っていたというわけか。

「通して。彼に話があるの」

「もういい、通してやれ。絵里、俺に何の用だ?」

背後から冷ややかな声が響き、絵里は弾かれたように振り返った。

和也は無表情のまま、ただ冷たい視線で絵里を見下ろしていた。

「私と悟のやり取りを、沙耶に漏らしたのはあなたよね?」

「そうだ」和也は悪びれる様子もなくあっさりと認めた。「俺から話した。それを聞いた沙耶が俺に相談してきたんだ。資金を追加したのは俺だ。絵里、文入グループにはこのチャンスが必要なんだ」

絵里は怒りのあまり乾いた笑いを漏らした。

「じゃあ私は?私にはこのチャンスが必要ないって言うの?和也、あの時酒井グループがどうして破産したか忘れたの!?文入家の人間がデータを盗んだせいで投資家に買い叩かれ、付け入る隙を与えてしまったからじゃない!」

和也は冷ややかに言い放った。

「たかが一度の提携だろう。どうしてそうムキになる?」

「沙耶だって正々堂々と競争できたはずよ。どうしてあんな卑劣な手を使ってまで彼女を助けるの?」

和也の顔色がサッと険しくなった。

「しつこいぞ。百歩譲って今回俺が悪かったとしても、お前があの悟と関わりを持たなければ、こんなことにはならなかったはずだ。絵里、いい加減にしろ。何度も言っているだろう、酒井グループの件に沙耶は無関係だと。いつまでも昔のことに固執するのはやめろ。

俺がお前と悟の件を不問に付してやっているだけでも、十分温情をかけているんだ。大人しくしていろ」

そう言い残すと、彼は踵を返して立ち去ってしまった。

家に戻り、荷物をまとめ終えた絵里は再び書斎へと向かった。

机の上には、離婚協議書が手つかずのまま置かれていた。和也の署名はない。

気づかなかったのか、それともサインしたくなかったのか。もう、そんなことを気にする気力すら絵里には残っていなかった。

すでに何通もの離婚協議書に自分の署名を済ませてある。数日後には、和也の会社や藤原家の本邸へと次々に送りつけられる手はずになっていた。

三日後。医療スタッフに付き添われながら、絵里は母親と共に海外へ向かう飛行機に乗り込んだ。

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