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第8話

Author: 玉井べに
夕星は指を引き抜き、嘲りを含んだ笑みを浮かべた。「結構だわ。あなたは親友とここにいればいい。私のせいで仲が悪くなるのはごめんだから」

本当は聞きたかった。用事があると言っていたのは、雲和に会うためだったのかと。

けれどその言葉は何度も胸をよぎっただけで、最後まで口には出さなかった。

分かりきっていることだ。自分から恥をかく必要はない。

凌は譲らない。「一緒に行く」

夕星の笑みが消えた。さっきの騒ぎのあとで、仲むつまじく振る舞う意味などない。

この結婚の裏側がどれだけみっともないものか、本人が一番わかっている。

梅代の足が不自由で、ほとんど部屋で過ごしていたが、今は杖をついて玄関まで出てきた。

夕星は慌てて支えながら部屋に戻り、言葉を発する前に目が赤くなる。

「おばあちゃん」声を詰まらせ、老人の膝に顔を埋めた。

梅代は孫娘の頭を撫でながら、心配そうに何度もどうしたのか尋ねる。

心配でいっぱいだった。

夕星はすぐに感情を押し込み、涙を拭って梅代の手を握る。「大丈夫。ただ会いたくて来ただけ」

「夕星ってば、会いたいならいつでも来ればいいのに」梅代はため息をつく。

孫娘がこんなにも泣くのは、よほどのことがあったからに違いない。

そしてその理由は……梅代は入り口に立つ凌を見た。

凌は中へ入り、「おばあちゃん」と声をかけた。

梅代はうなずき、夕星に向かって言う。「台所でスープを煮ているから、できたか見てきておくれ」

夕星は素直に従った。

梅代は凌に座るよう手振りをして、声を厳しくした。「あのとき夕星と結婚させる話が出た時、私は賛成していなかった」

凌は目を伏せ、両手を膝に置き、黙って耳を傾ける。

梅代は続ける。「今、雲和が戻ってきて、あなたの気持ちはどうなの?」

彼女は凌に選択を迫った。

凌の顔は冷たく無表情で、感情は読み取れない。ただ手のひらで指がかすかに縮んだ。

「夕星とは離婚しません」

それが彼の約束だった。

「もし夕星が離婚したいと言ったら?」梅代はさらに問う。

凌の心に苛立ちが広がる。「安心してください。ちゃんとやっていくから」

彼は曖昧な返事をした。

梅代はため息をつき、孫娘を気の毒に思いながらも無力感に苛まれた。

彼女は凌に頼むしかない。「もし夕星が自由を望む日がきたら、無理強いはしないでほしい」

凌は喉が詰まり、声が出なかった。

周りは誰もが二人は離婚すると考えている。

夕星もそう思っていた。

だが信じられないかもしれないが、彼の中に、離婚という考えは一度もなかった。

雲和はただの幼なじみ。

守るのは、かつての命の恩を返すためにすぎない。

「おばあちゃん、スープができたよ」柔らかな声が響いた。

夕星がスープの椀を運んできて、凌のそばを通り過ぎる時も視線を向けなかった。

凌はその冷たさを感じ取る。

三年の結婚生活。最初は契約で始まった関係でも、今は互いをよく知っている。

「おばあちゃん、俺は先に失礼します。夕星、外で待ってる」凌は礼儀正しくそう言って部屋を出る。

夕星は答えず、黙って梅代にスープを飲ませた。

おばあさんは孫娘の青ざめた顔を見て、雲和が戻ってきたせいでまた深く傷つけられたのだと悟る。

あの夫婦は昔から露骨にひいきしてきた。

「夕星、外で話していたことは聞こえた」梅代は声を落とし、目に涙を浮かべる。「おばあちゃんが足を引っ張ってしまったね」

夕星はスープの椀をぎゅっと握りしめ、胸の奥は波立っていたが、声色だけは軽く明るくした。「おばあちゃんのせいじゃないわ。それに、たまには喧嘩も体にいいのよ」

梅代は深くため息をついた。

夕星は長いあいだ部屋で梅代に付き添い、梅代が昼寝をする時間になるとようやく出てきた。

外では、使用人たちがすでに昼食の準備を整えていた。

「食事にしましょう」蘭が夕星を呼んだが、その声に親しさはなかった。

さっきまでの険悪さを思えば、礼儀正しく接するのが蘭にできる精一杯だった。

「結構です。私は……」夕星は断ろうとした。

「凌くんの妻になったくせに、威張ることだけは一人前だな。我が家の食事じゃ口に合わないとでも思っているのか」帰宅したばかりの秦正邦(はた まさくに)が険しい顔で言い放った。

夕星は黙り込む。梅代がここにいる限り、これ以上争えば心配をかけるだけだ。

けれど父の態度を見るに、席につかなければ収まらない。

そこで黙って食卓に着いた。

正邦の苛立ちはさらに募った。「帰ってきていきなり仏頂面だ。前世で俺がお前に何をしたっていうんだ」

「もう、やめなさい」蘭が宥めた。

食卓には重たい空気が流れる。

深也がこちらに向ける嫌悪の視線も夕星には分かる。きっと「来なければいいのに」と思っているのだ。

和やかな家族を邪魔する存在だと。

「お姉ちゃん、スープだよ」雲和が恐る恐る骨付きスープを差し出し、声も態度も従順そのものだった。

夕星は一瞥もせず、箸で茶碗の中の料理をつつき続ける。

スープには手をつけない。

雲和は唇を噛み、目を赤くして悔しさを押し隠した。

深也がすぐに箸を投げ出し、夕星を指さして怒鳴った。「夕星、いつまでその態度を続けるんだ!」

夕星は顔を上げ、淡々とした目で返す。「私が何をしたっていうの?」

「雲和が話しかけてるだろう。好意でよそったスープに、耳が聞こえないのか、目が見えないのか!」深也の怒りは頂点に達していた。

夕星は骨付きスープを見下ろした。「よそってくれたから必ず飲まなきゃいけないの?飲まなかったら罪にでもなるわけ?」

静かな口調の反論は、激しい叫びよりもなお人の神経を逆なでする。

「いい加減にしろ」正邦がテーブルを叩いて怒鳴った。「食事くらい静かにできんのか。何がしたいんだ!」

そして夕星を冷たくにらむ。「食べたくないなら出ていけ」

夕星は即座に立ち上がった。「最初から食べるつもりなんかなかった」

梅代を騒がせるのが心配でなければ、彼女はとっくに出て行っていた。

追い出してくれるならむしろ願ったりだ。

「夕星、止まれ!」深也が駆け寄り腕をつかむ。「スープを飲んでから行け」

彼はいつも思っていた、夕星という人間にはどこか傲慢なところが気に入らない。

まるで最初から最後までこの家と無関係であるかのように。

だから今日のこのスープは、飲まなくても飲ませるつもりだった。

「お兄ちゃん、もういいから」雲和が深也の腕をつかんで止め、涙声で言う。「お姉ちゃんは体調が悪いの、責めないで」

「まだ庇うのか?」深也は歯がゆい思いで妹をにらむ。「誕生日会を台無しにして、人前でお前がドレスを盗んだなんて言いふらし、そのドレスを給仕に投げて笑いものにした奴だぞ」

「今だってお前の気持ちを踏みにじっているのに、まだかばうのか!」

「夕星、雲和は本当にお前のことを思ってるんだ」凌がやってきて、深也を押さえながら低い声で夕星に言った。

スープは妹から姉への気持ち、夕星がその好意を受け止めるべきだと。

「子どものことは私たちも申し訳なく思っている。あんなことになるなんて誰も想像してなかった」蘭はため息をつきながら続ける。「あなたも凌くんもまだ若いんだから、子どもはまた授かれるわ」

「妊娠中に大人しくしていないで外を出歩くから子を失ったんだ。それを反省もせず他人のせいにするとは、そんな育て方をした覚えはないぞ」正邦の声は冷たく、娘への嫌悪が隠せなかった。

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