LOGIN権力争いが長期戦だということに驚いていると、小森さんが冷静に口を開いた。
「はい。そして大きな会社であればあるほど売上も出しやすく、会社への貢献度も高いため評価には有利です。そのために今の時期からみな必死になっているんです」
(あれ?律はこの三年が勝負って言っていたけど、小森さんの説明と違うな。親会社の役員人事を決める時に離婚歴があったら不利にはならないの?)
「そう……今の時点で有利な人はいるの?」
「現時点では、隼人様が一番ですね。親族からの評価も厚く、すでに実績も上げていらっしゃいます。香澄様も候補にはなっていますが、代々続く蓮見家の代表に女性を選ぶことはまだ考えにくいです」
小森さんは、断言するように力強く隼人さんの名前を口にした。
「隼人さんが……?隼人さんは独身だけれど順位が高いの?」
「ええ。隼人様は結婚されていませんが、それが何か関係でも?」
「え?いえ、なんでもないわ」
小森さんが不思議そうな顔をして聞き返してきたので慌てて濁したが、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
(律は、結婚が後継者争いに有利だと言って私に結婚を申し
「……後継者は実力争いじゃなかったの?今は色々言われても、これで律が後継者になれれば見返すことが出来るんじゃないの?」俯いて落ち込む律に、私が必死で問いかけると、律は抑揚のない声でポツリとポツリと言葉を発している。「祖父である会長はそう言っているが、俺が高い位置につくのを嫌がる連中もいるから一筋縄ではいかないと思う」「何弱気になっているのよ?律が諦めたら終わりよ? 見返すくらいの気持ちで上を目指しなさいよ」「……俺のことを責めないのか?」律は不安の色が滲んだ瞳で、私をまっすぐ見つめてくる。「確かに黙っていたのは嫌だったけど、言いたくないことは誰だって一つや二つくらいあるわよ。むしろ、それをわざわざ言ってくる人たちの方が嫌」「俺についてきても、未来がないかもしれないんだぞ?」「……そうだとしても今はあなたの妻よ。三年の期間限定だけど」私が皮肉交じりに言うと、律は口角を上げて息を吐くように小さく笑った。律が、家事を自分でやっていたことも、いつどうなるか分からないという発言も、昔から蓮見家の御曹司と
「円華さんや隼人さんが言っているのは、家柄のことだ」しばらくして律は小さな声でポツリと呟いた。声は少し震えていて、耳元で囁くような震えている。「家柄……?」それだけでは内容が分からず聞き返すと、律は体を起こして私の身体から身を離した。私も起き上がり、ソファで律と隣同士で向き合って座った。「俺が、蓮見家の子供であることは間違いない。だけど、俺は父の愛人の子で、元々は母と二人で暮らしていた。だけど、学生の時に母がガンになった。余命宣告された母は、父に助けの連絡を入れたんだ。学業の成績が良かったのが功を奏して、父に気に入られて、母が亡くなってすぐに俺は蓮見家に入った。内藤、これが俺の旧姓だ」「愛人の子ども……?内藤律?」「姉とは血は繋がっているけれど、母親は違う。香澄さんの母親が、父の妻で、俺は愛人の子ども。だから立場は低くて周りから批判を受けやすいんだ。今日の懇親会で隅に座らされたのも、そのせいだ」集合写真や今日の懇親会で香澄さんと律の場所が違ったこと、隼人さんや円華さんが否定的なことを言ってきた謎が一気に解けた。「律が年下の隼人さんのことをさん付けで呼ぶのも、そのため?」「ああ、隼人さんは歳は下だが父の兄の子どもだ
これ以上、律に泣き顔を見せたくなくて、外へ出るために手を振り払おうとすると、律は必死で抵抗して離そうとしない。もう一方の手首も掴まれると、そのままソファに押し倒された。「違う、違うんだ、凛……。信用とかそういうのではないんだ」律の声が震えている。瞳を潤ませていた律は、ソファと私の顔のわずかな隙間に顔をうずめると、私に覆い被さるような体制のまま、しばらく黙ったままでいた。私と律の頬がくっついている。律の目元から生温かい雫が私の頬を湿らす。(知りたいのは、泣きたいのは、私の方なのに……。でも、律にそんな顔されたら責められないよ。)声を震わせる律も、目を潤ませ涙目になる姿も、私の胸を強く締め付けている。律に手首を掴まれたまま、私が律の頬を撫でると、律は手首を握っていた力を徐々に弱めていった。完全に私の手首を離すと、私は片方で律の背中をさすり、もう片方で律の頭を撫でた。今まで男性に慰めてもらう側だった私が、律の弱弱しい姿を見て、初めて心から慰めたいと思った。律の悲しんでいる顔を見ると、自分のことのように胸が苦しく、切なくなった。律が落ち着くまで、私は背中をポンポンと叩いて頭を優しく撫で続けた。律が身を委ねるように私に体重を預けている。「もう少しこのままでいさせてくれないか。そうしたらちゃんと話すから&hellip
帰りの車内では終始無言だった。形だけの契約結婚だったはずが、抱き合って、キスをして、最近は一緒のベッドでも寝るようになった。今も後部座席に隣同士で座っていて、手を繋ごうとすれば繋げる距離にいる。きっと律に出会う前の独身時代の私だったら、彼氏や気になる人とこのシチュエーションでいたら、迷うことなく私から手を握っていただろう。驚いてこちらを見る彼に、照れたように微笑んで「手を繋ぎたくなっちゃった」とか言って甘えていたはずだ。だけど、今はそんな気になれなかった。時折、横目で律を見ると、窓からぼんやりと景色を眺めていて、何を考えているか分からなかった。「ねえ、私に隠していることない?私が知らないことがあるんじゃないの?」部屋に入ってすぐに問い詰めると、律は眉をピクリと動かし黙っている。その反応が、苛立ちなのか、動揺なのかは読み取れない。無表情のまま、視線を私に、じっと向けて無言を貫いていた。しばらくの沈黙が続いて、耐えきれなくなった私は苛立ちと共に吐き出すように律に行った。「そう、何も話すつもりはないわけ?私は、律の口から聞きたかったけど、律がそういう態度なら他の人に聞くわ。隼人さんがいつでも電話してきてって言ってくれたし」私が隼人さんの名前を出すと、律は思った通りに不快感を露わにしている。
「律さんの奥様ですよね?」「はい、ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。律の妻の凛です。よろしくお願い致します」声を掛けられて円華さんに挨拶をすると、彼女はふくみをこめた冷笑をこちらに向けてきた。その視線は、私を値踏みし見下しているようだった。「不躾だけど、あなた、何が目当てで律さんと結婚したの?」「え。何が目当て、ですか?」突然の質問に私は言葉に詰まってしまった。「だってそうでしょう。律さんと結婚しても将来は難しいじゃない。それとも顔?」不躾にもほどがあると円華への苛立ちを感じながらも、気にしていないふりをして冷静を装って笑顔で答えた。「難しい、とはどういうことでしょう。私はそう思っていませんが」「あら、やだ。あなた律さんのこと何も知らないのね。でも、だから結婚したのか。知らぬが仏って言葉もあるし、これからも気にせず過ごせばいいわ」円華はそう言って、目的を果たした満足感のある冷たい笑みを残して懇親会場に戻って行った。席を立ってから私と話す以外のことは何もしていない。私にこの話をするために、わざわざ席を立ったのだと確信した。
「凜ちゃん、久しぶりね」「香澄さんー、お久しぶりです」幹部だけの会議が終わり懇親会場へ向かうと、律と香澄さんが話をしていたが、律より先に香澄さんが気づいてくれて声を掛けてくれた。「今日も素敵なドレスね。可愛くて凜ちゃんの雰囲気にぴったり。ね、律?」「あ、ああ」律の素っ気ない態度を横目に、私は今日の参加者たちを見渡した。(あの青いネクタイの人が圭吾さんね。この中で一番年上だから、自分がトップの地位につきたいと隼人さんをライバル視していると聞いたわ。そしてその手前にいるパンツスーツの女性が円華さん。彼女は、律のお父さんの妹の子どもだったわね。妹さんは性別を理由にいいポストをもらえなかったから躍起になっていると聞いたわ。彼女には要注意と言っていたし気を付けないと……)小森さんの情報をもとに、その後も顔と名前を一致させていく。受付の仕事をしていたこともあって顔と名前を覚えるのは得意だった。席次は事前に決まっており、上座に圭吾さんと隼人さん、香澄さんと続いている。私たちは一番隅に案内された。(なんで一番隅なの?この前の集合写真でも香澄さんは中央だったけれど律は一番隅だった。写真嫌いだからだと思っていたけれども、もしかしてあの時も場所が指定されていたの