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第4話

作者: 安野いち
電話の主は、真尋の友人である坂本涼太郎(さかもと りょうたろう)だった。

彼と過ごした三年間、その友人たちとはたまに顔を合わせる程度で、決して親しい間柄とは言えない。

だがどういうわけか、そのわずかな機会でさえ、隠しきれない敵意のようなものを肌で感じていた。

そのため、次第に集まりへ顔を出すのをためらうようになっていた。

出会った頃に連絡先こそ交換したが、この三年間、やり取りしたことなどほとんどない。

今になって突然かかってきた電話に、得体の知れない胸騒ぎを覚える。

しかし、これまで真尋の前でもその友人たちの前でも、ずっと優しくて物分かりの良い女として振る舞ってきた。

どれほど気が進まなくても、無視するわけにはいかない。不自然な態度をとって警戒されるのだけは避けたかった。

深く息を吸い込み、胸の奥で渦巻く不安をねじ伏せると、通話ボタンを押す。

「絢音さん、『ラウンジ・アーク』の606号室です。こっちはだいたい揃ったんで、今から来てくださいよ」

繋がった途端、涼太郎の声が飛び込んでくる。

電話の向こうからは、ひどく騒がしい酒場の喧騒が伝わってきた。

「何か用かしら?」

スマートフォンを強く握りしめ、なるべく普段通りの声を作って問いかける。

「いや、別になんてことないんすよ。ただ、もうすぐ婚約するってのに、真尋さんがずっと隠して俺らに会わせてくれないから。真尋さんを落としたのが一体どんな子なのか、俺らめちゃくちゃ気になってたんすよ。

安心してくださいよ、悪意なんてないっすから。ただ、真尋さんがそこまで見込んだ人なら、これから俺らの仲間内にも入ってもらわなきゃなんないわけじゃないすか。ね、そうでしょ?」

絢音は眉をひそめながらも、結局は頷くしかなかった。

てっきり以前と同じような普通の飲み会だと思い込み、ああいう場は苦手ながらも、それなりに覚悟は決めていた。

だが実際に個室へ足を踏み入れてみると、今日はやたらと人数が多く、見知らぬ顔がいくつも混ざっている。

入り口に立って室内を見渡しても真尋の姿はなく、そのまま引き返そうとしたところを、涼太郎にぐっと腕を掴まれた。

「みんなに紹介するよ。この人が真尋さんの彼女で、もうすぐ奥さんになる絢音さんだ」

その声が響いた途端、部屋にいたほぼ全員の視線がこちらへ突き刺さる。

こういう空気にはどうしても慣れず、涼太郎の方へ顔を向けた。

「真尋はまだ着いてないの?電話してみるわ」

そう言って外へ出ようとした瞬間、無理やり涼太郎に部屋の中へ引きずり込まれる。

「真尋さんは人を迎えに行ってて、もう少ししたら来ますから。今は運転中っすよ。電話なんてやめといて、中で少し遊んでましょうよ」

涼太郎は言い終わるが早いか、ずかずかと絢音を部屋の奥へ引っ張り込んだ。するとすぐに、大勢の人たちが彼女の周りを取り囲んでくる。

連中は口々に調子の良いお世辞を並べ立ててくるが、向けられるねっとりとした視線からは、どういうわけか軽薄さと下品さしか感じ取れなかった。

真尋は風津市でも若くして頭角を現した存在であり、それなりに顔が利く。普通なら、その恋人に対してこれほど露骨でいやらしい目を向ける者などいるはずがない。

もしいるとすれば、それは連中が初めから絢音を「本命の相手」として扱っていない場合に限られる。

胸の奥から凍りつくような冷気が湧き上がり、今朝耳にしたあの通話の内容が、再び絢音の頭の中で激しくフラッシュバックした。

挨拶にかこつけて次々と酒を勧めてくる男たちを前に、絢音は無意識のうちに両手をきつく握りしめていた。

本当はもう少し耐えて、真尋が来たらこの場をどう収めるのか見極めるつもりだった。

ところが、隣に座っていた髪を撫で付けたいかにも遊び人風の男が身を乗り出してきたかと思うと、あろうことか手のひらを絢音の太ももへ乗せてきた。

じっとりと汗ばんだ生温かい感触に、得体の知れない吐き気が込み上げてくる。

絢音はとうとう耐えきれず、その手を乱暴に払い除けた。

そばで見ていた涼太郎もさすがにやりすぎだと思ったのか、冷ややかな声を上げる。

「おい紀夫、どこ触ってんだ。真尋さんの彼女だぞ!

酔っ払ってんなら端っこで頭冷やしてこい。ここで頭おかしい真似すんじゃねえ」

だが、立花紀夫(たちばな のりお)と呼ばれた男は明らかに酒が回っており、薄ら笑いを浮かべて吐き捨てる。

「何が清純ぶってんだよ。こいつがどんな女か、お前らだって知ってんだろ?

あんなエグい写真だってあっさり撮らせたくせに。俺は真尋さんが高画質のやつを流してくれるのをずっと待ってんだぜ。今さらストッキング越しに触られたくらいで嫌がるなんて、よくもまあ猫被れるもんだな」

その言葉を口にしたまさにその瞬間、真尋が扉を押し開けて入ってきており、内容をひと言残らず聞き取っていた。

そばで顔面を蒼白にして立ち尽くす絢音の姿を見るや否や、ずかずかと歩み寄り、まだ何か喚き散らしている紀夫を容赦なく蹴り飛ばす。

涼太郎も慌てて声を上げる。

「おい、酔い潰れてるのが見えねえのか。早くつまみ出せ!」

ほかの何人かが紀夫を引きずり出していくのを見届けてから、ようやく悪びれもせずに口を開いた。

「絢音さん、悪いっすね。あいつはクソ野郎なんで、口の利き方も知らないんすよ。気にしないでください」

涼太郎の言葉など耳にも入れず、ただ重々しい視線を真尋へと向けて、静かに問い詰めた。

「今言っていた写真って、どういうこと?」

真相はとうに分かっている。

それでも、口から答えを聞き出したかった。

これほど長い間深く愛してきた人が、今度はどんな馬鹿げた言い訳を並べて誤魔化し、欺こうとするのか見てみたかった。

「アイドルの写真みたいなもんだよ。前にあいつらが、君はスタイルがいいから写真でも撮ればいいのにって言うから、適当に生返事をしておいただけさ。

それにしても、あいつらがこんなところでそんな話を引っ張り出してくるとは思わなかった。俺が悪かった」

そう言うと、絢音の手をぐっと引き寄せ、そのまま部屋の外へ連れ出された。

少し離れた場所では、つまみ出された紀夫がまだ連中の前で下品な言葉を喚き散らしている。

真尋は絢音の手を引いて足早に近づくと、その辺にあった酒瓶が無造作に掴んでこちらの手に押し付けられ、その上から手をきつく握り込まれたまま、紀夫の額めがけて思い切り振り下ろされた。

一撃を食らった紀夫は完全に呆然とし、痛みに頭を抱えてその場にうずくまる。

周りにいた連中もあまりの出来事に言葉を失い、後ずさりするばかりで誰一人声を上げようとしない。

「よく見ておけ。こいつは俺の女だ。次にふざけた真似をしたら、頭を割る程度じゃ済まないぞ。分かったか?」

真尋はどん底から這い上がってきた男だ。

絶望的な窮地や目を覆うような惨めな経験をくぐり抜け、常人には耐えられない苦痛も飲み込んできた。

そうした過去こそが、今の捻じ曲がった残忍な性格を作り上げ、周りが恐れを抱く理由でもある。

今の紀夫もそうだ。

どれほど腹が立とうと、頭が割れるように痛もうと、今はこらえて立ち上がり、絢音に向かって頭を下げるしかない。

謝罪を最後まで聞かせ終わると、真尋はようやく向き直り、真剣な眼差しで見つめてきた。

「舐められたらやり返すんだ。分かったな?君が何をやらかそうと、尻拭いは俺がしてやる。だから何も怖がるな。

ごめん。今日は俺が悪かった。あいつらがどれだけろくでもない奴らか忘れてたよ。涼太郎なんかに君を迎えに行かせるべきじゃなかった。

あいつらと合わないなら、無理に付き合う必要はない。放っておけばいいさ」

その言葉はひどく誠実で、心の底から出たもののように聞こえる。

少し身をかがめてこちらを覗き込むように見つめてくる真尋の姿を前に、絢音はふと意識が遠のき、急に目の前の男のことがまるで分からなくなってしまった。

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