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第3話

Author: ドドポ
澪は一ヶ月間入院し、毎晩夢を見た。

夢の中で、洵は病院に見舞いに来て、昼も夜もベッドのそばに寄り添い、笑顔でお腹の赤ちゃんの音を聞いてくれた。

目が覚めると、澪はいつも涙で顔を濡らしていた。

子供は……

もういない。

洵は一度も見舞いに来なかった。

M国へ出張だと言っていたが、代わりにアシスタントの佐々木悠人(ささき はると)をよこして、花を届けさせる程度だけだ。

どちらもピンクローズだった。そして、医療費は精算されていた。

澪は何度もその花を看護師にあげようとしたが、いざとなると惜しくなり、毎日くしゃみをしながらも手元に置いた。

妊娠二ヶ月だったため、処置自体に大きな感覚はなかった。だが、時折お腹を撫でるのが澪の癖になっていた。

ここに短い命があったのだと思うと、鼻の奥がツンとする。

初めての子どもだった。

十年間愛し続けた男との、血を分けた子どもだった。

それがあっけなく消えてしまった……

澪は毎晩泣き明かし、体の回復も思わしくなかった。

だが、いつまでも病院に居座るわけにはいかない。病院側も、新しい患者のために病室を空けてほしいようだった。

ガランとした病室で、澪が退院の準備をしていると、突然、見知らぬ来客があった。

目鼻立ちが整い、メイクも完璧だ。バービーピンクのベルベットのキャミワンピスを着て、首には眩いネックレス――あのFYの世界限定ピンクダイヤのネックレスをつけていた。

「初めまして。千堂千雪(せんどう ちゆき)です。洵の高校の同級生なの」

相手が先に名乗った。澪はその名前を心の中で反芻した。

千堂千雪……頭文字は「ST」。

間違いない。彼女だ。

千雪が手を差し出してきたので、澪は礼儀正しく握り返した。

「初めまして。夏目澪です。洵の妻」

千雪の笑顔が凍りついた。

だが、さすが場慣れしているのか、すぐに表情を戻した。

「今日は謝りに来たの」

千雪は伏し目がちに言った。その健気な表情は確かに同情を誘うものがあった。

「あなたが検査に行ったのが妊娠のためだなんて知らなかったわ。もし知っていたら、絶対に洵にFYの発表会に付き合ってもらったりしなかった……

あの夜も酔っていて、航が無理に電話して……まさか本当に洵が迎えに来てくれるなんて思わなくて……そのせいであなたが流産するなんて……全部私のせいね……」

千雪は自分を責めるような素振りを見せ、手にしたフルーツバスケットを澪に差し出した。

「これ、お詫びの印……受け取ってくれないと、私が心苦しいから」

あまりの演技力に、澪は思わず笑ってしまった。

「一万円程度のフルーツバスケットを受け取れない理由なんてないわ。まさか首のネックレスをくれるわけじゃないんでしょう?」

千雪は気まずそうに顔をしかめ、咳払いをした。

「今日退院だと聞いたけど?」

「ええ」

「でも、もう少し病院で休養した方がいいんじゃないかしら……洵、あなたに会うと亡くなったお子さんを思い出して辛くなるから。

彼、入院中ずっと落ち込んでて、私が気晴らしに付き合ってたの。海外旅行とか、クルーザーで海釣りとか、日の出や夕日を見に行ったり……」

うっとりと語る千雪を見て、澪はその話が真実か誇張かなどどうでもよくなった。

「そうね、洵は人が良くて友達思いだから。高校時代の同級生の面倒見もいいのよ。

毎週クルーザーを出してるし、以前も私の親友に二億円のダイヤのネックレスを贈ったことがあったわ」

澪は嘘をつくのが好きではなかったが、それでこの計算高い「ぶりっ子」が不愉快になるなら、いくらでも言ってやるつもりだった。

千雪は拳をぐっと握りしめた。

「あなたがそんなに寛大なら安心したわ……」

そう言うと、彼女は帰ろうと背を向けたが、病室のドアのところでもう一度振り返った。

「そうそう、洵は迎えに来られないわよ。疲れ果てて、今、私の家で寝てるから」

その言葉を残し、千雪はようやく澪の視界から消えた。

空気が抜けた風船のように、今の澪には怒りもなく、ただ迷いだけがあった。

佐々木に確認したところ、洵は会社にいるという。

つまり、千雪は嘘をついたのだ。

澪はあの女の一方的な言い分を信じる気にはなれなかった。直接、洵に会って問いただそうと思った。

病院を出る前、澪は薬を処方してもらった。

洵は胃が弱く、彼の母は西洋医学を好まないため、ずっと漢方薬を飲んでいる。澪が自ら煎じ、配合も火加減も熟知していた。

家の薬が切れかけていた。ここ最近の騒動がなければ、とっくに補充していただろう。

大きな漢方薬の袋を提げ、澪は篠原グループへ向かった。

受付は彼女を知っていたが、以前弁当を届けた際、家政婦だと思われていた。

「夏目さん、社長は来客中です。薬なら佐々木さんに渡してください。佐々木さんはアシスタントルームにいます」

「分かったわ」

澪は今さら受付嬢に、自分は「夏目さん」ではなく「篠原夫人」だと強調する気にもなれなかった。

エレベーターで最上階へ上がったが、もちろん佐々木のところへは行かず、社長室の前へと向かった。

磨りガラスのドアが少し開いていた。隙間から、部屋の中にいる洵と航の姿が見えた。

「洵、千雪さんへの未練はないって言ったけどよ、自分の子供まで平気で殺すなんてな……」

ノックしようとしていた澪はその場で凍りついた。

「千雪は関係ない……」

「あいつが帰国しようがしまいが、俺は澪との間に子供を作る気はない」

「なんでだよ?」

「人のエネルギーには限りがある。子供ができれば、何もかもが変わってしまうものだ。

それに、今は爺さんが目をかけ、お袋が認めているだけだが、子供が生まれれば、そんな単純な話じゃなくなる」

洵は余裕たっぷりにタバコを吸った。その魅力的な唇の笑みが、初めて澪の目には棘のように映った。

「それに……あいつが妊娠しているのは知っていた。わざと乱暴にしたんだ。子宮を傷つけるためにな。医者も、もう子供は望めないと言っていた」

冷酷とも言えるほど平然とした声。まるで自分とは無関係な話をしているかのようだった。

ドアの向こうで、澪の全身は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

「洵、あの冴えない女にそこまでやるかよ。じゃあ誰が篠原家の跡を継ぐんだ?結局、千雪さんしかいないだろ!」

航のその仮定に対して、洵は肯定も否定もしなかった。

タバコを吸い終わり、話も終わったようで、二人は外へ出た。その時、航が気づかなかったものに、洵は一目で気がついた。

漢方薬の入った袋だ。

……

慈愛老人ホーム。

澪は逃げるようにしてそこへ辿り着いた。

洵のオフィスの前にも、あの会社にも、一刻たりとも留まることができなかった。

吐き気がした。

洵の口から出た言葉すべてが、吐き気がするほどおぞましかった。

これが、自分が十年も愛した男の正体だったのか。

自分を追いかけ、結婚したのはあの女への復讐のため。

そして今、あの女のために、自らの手で自分たちの子供を殺した。

十年の愛、三年の結婚生活、すべてが笑い話だった!

澪は目尻の涙を乱暴に拭い、老人ホームの中へと入った。

洵と結婚して以来、母は病院からここに移っていた。

母はもともと体が弱かったが、ある世界的なウイルスの流行の後遺症で、認知症を患っていた。

もう娘の顔も認識できないが、それでも母に言っておかなければならないことがあった。

かつて、母の最大の願いは娘が幸せな結婚をすることだった。

だから澪は母に伝えたかった。

自分は親不孝な娘だと。

夕暮れ時、澪は老人ホームを出て、近くの法律事務所へ向かった。

日が落ち、綾川市の街に明かりが灯り、車の往来が激しくなる。

洵が帰宅すると、家は真っ暗だった。

電気をつけると、照明が彼の手にある漢方薬と、ピンクローズの花束を照らし出した。

ガランとした広い家の中に、湯気を立てる温かい食事はない。

そして、澪もいなかった。
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