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21:共同任務

last update Last Updated: 2025-06-21 11:40:26

 女神降臨からほどなく、各地で魔物の活動が活発になったと報告が上がっている。

 私のような下級魔術士にさえ漏れ聞こえてくるのだがら、相当な規模なのだろう。

 そんな中で、十六歳になったゼノンとの共同任務の話が持ち上がった。

 私が呼び出されて聖騎士の詰め所へ行くと、アレクとゼノンが立っていた。

「エリーさん、どうぞこちらへ」

 ゼノンに促されて奥の部屋に入る。

 部隊長である上級聖騎士が状況を説明してくれた。

「皇都から馬で三日ほどの距離にある山で、魔物の目撃情報が相次いでいる」

「どのような魔物ですか?」

「それがはっきりしないのだ。住民の何人かが毒を受けているので、有毒の魔物であるのは確かだが」

 上級聖騎士は私に視線を向けた。

「エリー殿は魔術士の中でも薬草と解毒に精通していると聞いている。アレクとゼノンに同行し、毒で苦しむ人々を救ってやってほしい」

「は、はい」

 責任重大だ。

「アレクとゼノンは魔物の正体を探りながら、これを討滅すべし。エリー殿は後方の村で治療にあたってくれ。基本指針は以上だ」

「承知しました」

「分かったぜ」

 上司に対して軽い口調を返したアレクだが、苦笑されただけで咎められなかった。憎めないやつである。

 人員は聖騎士のアレクとゼノン、準聖騎士の人が一人(もちろん兄ではない)、それに私。

 私以外の人はみんな馬に乗れるので、ゼノンの馬に相乗りさせてもらうことにした。

「エリーさんはゼノンが乗せるのか? 俺でもいいけど?」

 アレクが言うと、ゼノンは微笑んだ。穏やかな笑みなのにぞっとするような冷気を放っていた。

「僕に任せてくれ。彼女とは長い付き合いだからね。気心が知れているんだ」

 私は怖くてぷるぷる震えたが、私の方に視線を戻したゼノンはいつもどおりの彼に戻っていた。

 何だったんだ……。

 急いで準備を整えて、次の日には出発した。毒で苦しんでいる人がいる以上、のんびりはしていられな

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