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第394話

Author: タロイモ団子
その言葉を聞くや否や、理玖は物陰からこっそりと様子を伺っていた文人へ、射抜くような鋭い視線を向けた。

文人はネズミのように落ち着きなく目を泳がせながら、必死に両手を合わせて拝むような仕草を見せている。

その滑稽な姿に、理玖は呆れたように小さく失笑を漏らした。

――この男……またしても独断で動いたか。

「ふむ。紬さん、また『ありがとう』を繰り返すつもりかな?」

理玖が揶揄するように眉を上げると、紬は静かに、しかし凛とした微笑を返した。

「いいえ。今回は言葉ではなく、実績をもって投資に応えるわ。このスタジオも、そのための布石なの」

紬は悟っていた。形ばかりの感謝など、今の二人には無意味であることを。

決意を固めた以上、示すべきは確固たる姿勢と、生み出される作品そのものだ。

投資に対する最大のリターンを出すことこそが、理玖への何よりの恩返しになる。

彼女の瞳に宿る不屈の闘志を感じ取り、理玖の端正な顔立ちに、珍しく愉悦の色が浮かんだ。

「いいだろう。期待させてもらうよ」

通話を終えると、理玖は手元のスマホを文人へと放り投げた。

「……独断専行が過ぎるな」

わざと冷淡
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