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第22話 狼の作法

ผู้เขียน: 霜月イヅミ
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-08-23 20:57:46

 ライナスの執務室に、張り詰めた沈黙が落ちていた。

 側近であるギデオンがもたらした、中央の役人たちの私兵との乱闘騒ぎ。それは、単なる酒場の喧嘩ではなかった。辺境伯という新たな権力に対する、旧来の権力からの明確な挑発であり、侮辱だった。

 ギデオンは、主であるライナスの決断を待っていた。その顔には「今すぐ奴らを叩き潰すべきです」という、武人らしい直情的な怒りが浮かんでいる。辺境伯の威信を傷つけられたのだ。武力をもって報復し、鉄狼団の力を改めて見せつける。それが、彼らにとって最も分かりやすい解決策に思えた。

 だが、その沈黙を破ったのは、予想もしない人物だった。

「閣下。その件、私に一つ、考えがございます」

 静かだが、凛と響く声。声の主は、これまで部屋の隅で薬草園の計画図を広げていたセレスティナだった。

 ライナスとギデオンの視線が、一斉に彼女に注がれる。その視線には、純粋な驚きが宿っていた。これまで彼女は、辺境の統治や軍事に関しては、あくまで助言者の立場に徹し、自ら積極的に口を挟むことはなかったからだ。

 セレスティナは、二人の視線を臆することなく受け止めると、静かに立ち上がった。そのすみれ色の瞳には、書物を読んでいる時の知的な輝きとは違う、もっとしたたかで、冷たい光が宿っていた。それは、貴族社会の欺瞞の中で育った者だけが持つ、独特の光だった。

「力には、力で応じるだけが能ではありません」

 彼女は、ゆっくりと、しかし確信に満ちた口調で続けた。

「時には、法と、作法で相手を縛ることもできます。彼らは中央の貴族社会の人間。ならば、彼らが最も嫌うやり方で、その鼻を明かしてやるのです」

「作法、だと…?」

 ギデオンが、訝しげに眉をひそめた。彼の生きてきた戦場では、作法など何の役にも立たない。敵を斬る剣の腕と、仲間を守る盾の硬さこそが全てだった。

 セレスティナは、そんな彼の反応を予測していたかのように、小さく頷いた。

「ええ。彼らは、閣下や鉄狼団の方々を『平民上がりの蛮族』と見下しています。だからこそ、酒場の喧嘩のような、野蛮な挑発を仕掛けてきた。彼らは、こちらが同じように、力で反撃してくるのを待っているのです」

「…どういうことだ」

 それまで黙って聞いていたライナスが、低い声で問いかけた。彼の金色の瞳は、興味深そうにセレスティナを見据えている。

「もし閣下が、この件に武力で報復なされば、彼らは待ってましたとばかりに中央へ報告するでしょう。『辺境伯ライナスは、些細な揉め事を理由に、我々中央の役人に牙を剥いた。やはり彼は、法も秩序も解さぬ危険な蛮族である』と。そうなれば、宰相閣下はそれを口実に、閣下をさらに追い詰めるための大義名分を得ることになります」

 セレスティナの分析は、驚くほど的確だった。ギデオンは、はっと息を呑む。自分たちが怒りに任せて行動すれば、それは敵の思う壺だったのだ。

「では、どうしろと? このまま、奴らの非礼を黙って見過ごせというのか」

 悔しそうに、ギデオンが唸る。

「いいえ。見過ごしはしません。むしろ、徹底的に、彼らの非を問い質します。ただし、私たちのやり方ではなく、彼らの土俵で」

 セレスティナの唇に、かすかな、しかし氷のように冷たい笑みが浮かんだ。

「まず、今回の乱闘騒ぎについて、王国法に則った正式な抗議文書を作成します。目撃者の証言を集め、私兵たちの非道を、客観的な事実として詳細に記述する。そして、その文書を、辺境伯閣下の正式な使者が、彼らの元へ届けるのです」

「使者、だと?」

「はい。それも、貴族社会の礼法に完璧に通じた使者です。使者は、役人たちの前で、彼らの非礼を厳粛に、しかし丁重に抗議します。決して声を荒らげず、感情的にならず、ただ法と礼節に基づいて、彼らの行いが辺境伯への、ひいては国王陛下への侮辱に他ならないと、理路整然と指摘するのです」

 その計画の全貌を聞き、ギデオンは呆気にとられていた。抗議に、作法? 使者? それが一体、何の役に立つというのか。

 だが、ライナスは違った。彼の金色の瞳は、獲物を見つけた狼のように、鋭い光を放っていた。彼は、セレスティナの提案の真の恐ろしさを、正確に理解していた。

 中央の役人たちは、ライナスを「蛮族」と侮っている。だからこそ、彼らが最も不得手とするであろう、洗練された貴族的なやり方で反撃されることなど、夢にも思っていない。彼らは、筋肉と暴力でしか物事を考えられない相手だと思っているのだ。

 そこへ、完璧な礼法に則った使者が現れ、法と論理で自分たちの非を突きつけたら、どうなるか。

 彼らは、うろたえるだろう。自分たちの土俵に引きずり込まれ、得意の弁舌も封じられ、ただただ自分たちの「品性のなさ」を白日の下に晒すことになる。それは、肉体的な敗北よりも、彼らのような自尊心の塊にとっては、遥かに大きな屈辱だった。

「面白い」

 ライナスは、短く、しかし満足げに言った。

「その計画、採用だ。セレスティナ、お前に一任する。必要なものは何でも言え。人でも、物でも、俺が用意させる」

「は、閣下!?」

 ギデオンが、驚きの声を上げる。こんな、女子供の遊びのような計画に、本気で乗るというのか。

 だが、ライナスはギデオンを一瞥すると、静かに言った。

「ギデオン。戦は、剣を交えるだけが全てではない。時には、ペンの一本が、千の剣に勝ることもある。俺たちは、新しい戦い方を学ぶ時が来たのだ。この、俺たちの軍師殿からな」

 軍師。その言葉に、セレスティナの肩がびくりと震えた。ライナスは、彼女をただの相談役ではなく、共に戦う対等なパートナーとして、明確に認めたのだ。

 その信頼が、熱い奔流となって彼女の心に流れ込む。

「…御意。このセレスティナ、閣下の剣となり、盾となり、必ずやご期待に応えてみせます」

 彼女は、貴族令嬢として、完璧な淑女の礼をとって見せた。その姿には、もはや虐げられた罪人の面影はどこにもなかった。

 計画は、その日の午後から早速実行に移された。

 セレスティナは、まず城の書庫に籠り、王国法に関する書物を徹底的に調べ上げた。そして、今回の件に適用できる条文を全て抜き出し、非の打ちどころのない抗議文書の草案を、美しい羽根ペン文字で書き上げた。その内容は、事実関係を淡々と、しかし執拗なまでに詳細に記述し、相手の逃げ道を完全に塞ぐ、恐ろしく計算され尽くした代物だった。

 次に、彼女は使者の人選に取り掛かった。

 使者に求められるのは、武力ではない。冷静さと、記憶力、そして何よりも、相手の威圧に屈しない胆力。セレスティナは、鉄狼団の兵士の中から、ギデオンの副官を務める、口数は少ないが実直で知られる若い兵士を抜擢した。

 そして、その兵士と、護衛役の数名に対し、貴族の作法に関する、短期集中講義を開始した。

「いいですか。相手の部屋に入ったら、まず三歩進んで一礼。抗議文を読み上げる際は、決して相手の目を見てはいけません。視線は、相手の眉間に固定すること。声の調子は、常に一定に。感情の起伏は、弱さと見なされます」

 セレスティナの指導は、厳しく、そして的確だった。

 武骨な兵士たちは、慣れない作法に四苦八苦していた。お辞儀の角度一つ、言葉遣い一つで、セレスティナから厳しい指摘が飛ぶ。

「違います。そのお辞儀では、相手に媚びているようにしか見えません。背筋を伸ばし、首の角度は三十度。もっと、威厳を持って」

「その言葉遣いは、平民のものです。貴方は、辺境伯閣下の名代として赴くのです。もっと、格調高く」

 最初は「こんなことが何の役に立つんだ」と不満げだった兵士たちも、セレスティナの真剣な眼差しと、その指導の裏にある深い知識と戦略性に、次第に引き込まれていった。彼女は、ただ形を教えているのではない。その一つ一つの所作が、相手にどのような心理的効果を与えるのかまで、完璧に計算していたのだ。

 ギデオンは、その様子を遠巻きに眺めながら、己の不明を恥じていた。自分は、この令嬢のことを、ただのか弱い保護対象としか見ていなかった。だが、彼女が今振るっているのは、自分たちが持たない、恐ろしく洗練された武器だった。ライナスが彼女を「軍師」と呼んだ意味を、彼は今、痛いほど理解していた。

 数日後。全ての準備が整った。

 使者に任命された若い兵士は、セレスティナが用意した、鉄狼団の紋章が刺繍されただけの簡素だが威厳のある礼服を身にまとい、ライナスの前に立った。その立ち姿は、数日前とは見違えるほど、堂々としていた。

「行ってまいります、閣下」

「うむ。セレスティナに教わった通りにやればいい。お前は、俺の言葉そのものだ。胸を張って行け」

 ライナスの激励を受け、使者の一行は、中央の役人たちが宿舎とする建物へと向かった。

 セレスティナは、城の窓から、その小さな行列が町の通りを進んでいくのを見守っていた。自分の放った矢が、的を射ることができるのか。期待と不安が、胸の中で交錯する。

 隣に、いつの間にかライナスが立っていた。

「心配か」

「…いいえ。彼なら、きっとやり遂げます」

 セレスティナは、毅然と答えた。

「それよりも、閣下。今回の件で、彼らはこちらのやり方を知ることになります。次は、もっと巧妙な手で来るでしょう」

「だろうな。だが、その時はまた、お前の知恵を借りるまでだ」

 ライナスは、そう言うと、不意に彼女の頭に、大きな手をぽん、と置いた。その手つきは、不器用で、ぎこちなかったが、確かな温もりがあった。

「よくやったな、セレスティナ」

 その、初めて名前で呼ばれたことと、予期せぬ優しい仕草に、セレスティナの心臓が大きく跳ねた。頬に、じわりと熱が集まるのを感じる。

 彼女は、慌てて顔を伏せた。この狼の前で、動揺している姿を見せるわけにはいかない。

「…当然のことを、したまでです」

 そう答えるのが、精一杯だった。

 ライナスは、そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、口の端にかすかな笑みを浮かべると、再び町の景色に視線を戻した。

 その頃、中央の役人たちの宿舎では、前代未聞の光景が繰り広げられていた。

 辺境伯からの使者として現れた、一介の兵士。その兵士が、完璧な貴族の作法で、自分たちの非道を、一言一句違わぬ法と論理に基づいて、淡々と、しかし厳粛に弾劾していく。

 役人たちは、完全に度肝を抜かれていた。

 怒鳴りつけようにも、相手の態度はあまりに礼儀正しく、付け入る隙がない。言い訳をしようにも、突きつけられた抗議文の内容は、あまりに詳細で、逃げ場がなかった。

 彼らは、自分たちが「蛮族」と見下していた相手から、最も洗練されたやり方で、完膚なきまでに打ちのめされたのだ。

 使者が、全ての抗議を終え、完璧な一礼をして部屋を去った後。

 役人たちの間には、屈辱と、そして得体の知れない恐怖だけが残った。

「ば、馬鹿な…あのライナスという男が、このような手を…?」

「いや、違う。あれは、あの男の知恵ではない。背後に、誰かいる。貴族社会の作法を知り尽くした、恐ろしく頭の切れる何者かが…」

 彼らの脳裏に、一つの噂がよぎる。

 辺境伯が、城で一人の女を保護している。その女は、かつて王都の華と謳われた、アルトマイヤー家の…。

 役人たちの顔から、血の気が引いていく。

 彼らは、自分たちが本当は何を敵に回してしまったのかを、この時、初めて理解したのかもしれない。

 セレスティナが放った最初の矢は、見事に的の中心を射抜いていた。

 それは静かで、しかし熾烈な戦いの始まりを告げる一矢だった。

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