Share

5.誰が一体悪者なのか

last update publish date: 2026-06-06 16:00:46

次に目を覚ました時、私は死んでいなかった。

見覚えのある天井に自分が今、レイラ様の部屋にいるのだと把握する。

何となく体を起こす前に誰かの気配を感じたので、横を見てみれば、そこには椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって寝ているセオドア様の姿があった。

何故、ここにセオドア様が?

疑問に思いながらも体をゆっくりと起こす。

すごく重たい感じはするが、それ以外に特に目立った異常は感じられない。

毒を飲んだ割には至って正常だ。

今までの毒の中でも強力なものだと思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。

「…ん」

私が起きた気配を感じたのか、セオドア様も目を覚まし、体を起こした。

それから至って普通な私と目が合うとほっとした表情を浮かべた。

え?

セオドア様の表情の意味がわからず固まる。

何でほっとしたような顔をしているのか。

まるで私が大丈夫そうだから安心しているみたいではないか。

だが、セオドア様のほんの少し柔らかかった表情は、すぐにいつもの冷たいものへと変わった。

…あのほっとした表情は見間違いだったようだ。

「「…」」

私とセオドア様の間に気まずい沈黙が流れる。

どちらも何も言わず、ただ互いに目を合わさない。

セオドア様が一体何をしたくてここにいるのかわからず、私はつい聞いてしまった。

「私の死ぬ様を見届けていたのですか?」

そうとしか思えず、セオドア様をまっすぐと見つめる。

するとセオドア様はその美しい顔を思いっきり歪めた。

「違う!そもそも誰がお前に解毒薬を…」

そこまで言ってセオドア様はハッとした表情になり、口を閉じた。

セオドア様が私に解毒薬を飲ませたのか?

あのセオドア様が?

さすがに私を殺すとアルトワ夫妻に怒られるから生かしたのか?

「…お前の紅茶を用意した者は拘束済みだ。もちろんこのことはお父様にも報告している。紅茶を用意した者は解雇され、罪を問われるのも時間の問題だろう」

全く状況を理解できていない私にセオドア様が冷たい表情のまま淡々と状況を説明する。

そしてそれだけ言うと、セオドア様はさっさとベッドから離れてこの部屋から出て行った。

セオドア様の嫌がらせもここまでエスカレートするとは。

セオドア様に命令されて紅茶に毒を盛った者に私は同情した。

*****

冬空の下、籠から一枚ずつ使用人の服を出し、伸ばしたり、振ったりしながらシワを伸ばす。

シワを伸ばし終えたらハンガーへ。それを物干し竿にかけて、もう一度初めから。

こんなことをもう何度も何度も繰り返しているが、洗濯物はまだ終わりそうにない。

私は今日もヴァネッサ様に言いつけられて、使用人たちの服を南棟の端で1人で干していた。

時刻はまだ10時くらいだろうか。

あと1時間後には最初の授業が始まる為、早く終わらせたいが、今日もギリギリになりそうだ。

本当はこんなことなんて今すぐにやめて、勉強の予習復習がしたい。

だが、ヴァネッサ様には逆らうことができず、従うしかないのが現状だ。

家事は男爵家にいた頃、お母様やお父様とたくさんしてきたので、苦ではないが、勉強に家事に追われる日々は少々疲れるものがある。

おまけにその合間を縫うように気の抜けないアルトワ夫妻の相手をし、セオドア様の嫌がらせや嫌味に付き合うとなると、さすがに体力の限界だった。

「…はぁ」

やっと半分終わった洗濯物を見てため息を吐く。

意識を失うほどの毒を盛られてもう3日が経った。

私、リリーを囲う環境は相変わらずで、優しい存在はアルトワ夫妻くらいしかいない。

あとはどれもこれも厳しく、今日も絶賛その厳しさの中で洗濯物を干している最中だ。

だが、しかし、倒れてから一つだけ変わったことがある。

あれから数日しか経っていないので断言はできないが、セオドア様の嫌がらせの中に私に毒を盛るという項目がなくなったのだ。

今日まで恐る恐るいろいろなものを口にしてきたが、どれにも毒は入っていなかった。

セオドア様も私のことを死ぬほど嫌ってはいるが、あそこまでのことは望んでいなかったのかもしれない。

相変わらず小さな嫌がらせも嫌味も継続されてはいるが。

バサッと次の洗濯物を手にして、勢いよく広げる。

すると洗濯物越しに少し向こうにいたセオドア様と目が合った。

何で南棟の端にセオドア様がいるの?

「…おい」

私と目の合ったセオドア様が、どこか機嫌が悪そうにこちらへと近づいてくる。

セオドア様のそんな姿に私は首を傾げた。

一体何がそんなに気に食わないのだろうか?

…まさか嫌いな私が持っている服は汚い、とか?でもこれは使用人の服だし…。

セオドア様の怒りの理由について考えていると、いつの間にかセオドア様が私の目の前まで迫っていた。

「何でお前が使用人の真似事をしているんだよ?」

「…え」

怒っているセオドア様が聞いてきた意外な質問に素っ頓狂な声を出す。

まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのだ。

セオドア様の質問にふと、ヴァネッサ様の脅しの言葉を思い出す。

使用人の仕事をさせられていることをアルトワ一家にバラせば、アルトワ夫妻の目を覚まし、私をこの家から追い出す、と。

しかしセオドア様は最初から私をレイラ様として見ていない。

もし私が今していることをセオドア様に話したところで、何も状況は変わらないのだ。

それよりもここで沈黙を貫き、セオドア様の機嫌を損ねる方がよっぽど良くないだろう。

そう判断した私は何故洗濯物をしているのか、セオドア様に言うことにした。

「頼まれたからしています。どうも手が回らないほど仕事があるようなので…」

それだけ言って、私はさっさと洗濯物の続きに取り掛かる。

このままでは本当に授業に間に合わなくなる。

本当は授業前にせめて予習としてテキストを見るだけでもしておきたいし、時間が惜しい。

「誰だ」

「え」

「…誰にそんなこと頼まれたんだ」

洗濯物を続けていると、相変わらず機嫌の悪そうなセオドア様の酷く低い声が聞こえてきたので、私は一度手を止めて、セオドア様の方へと視線を向けた。

「ヴァネッサ様ですが…」

「様?」

私の答えにセオドア様が怪訝な顔をする。

「お前は伯爵家の…」

そしてそこまで言うとセオドア様はハッとした顔になり、急に黙った。

綺麗な顔で怒りを帯びた表情で黙られるとかなり迫力がある。

まだたった11歳の少年なのに怖いと思えてしまうほどだ。

何がそんなに気に食わないんですかぁ。

と、心の中で嘆くが、もちろん表では何事もないように洗濯物を再開する。

すると、そんな私をしばらくじっと見ていたセオドア様がやっと口を開いた。

「やっぱりお前は伯爵家に相応しくないよ。僕の姉さんなわけがない。男爵令嬢のお前には使用人のように働く今の姿の方がお似合いだよ」

それだけ言うと、セオドア様は洗濯物を入れていた籠をガンっ!と、蹴り上げた。

そしてさっさとこの場から離れていった。

思いっきり洗濯物をぶち撒けられてもおかしくない状況だった。

それなのに、何故かそうされなかった。

何でだろう?

疑問に思いながらも私は洗濯物を続けたのだった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】26.結婚

    ライアンの別荘から救出され、約3週間。私の体調もすっかり回復し、アルトワの別荘で、私は穏やかな日々を過ごしていた。朝はゆっくり起き、美味しい朝食を優雅に食べる。昼には街に繰り出し、市場調査という名目で歩いたり、少し買い物をしたり。フローレスへと行き、両親と温かい時間を過ごしながら、事業のことをしたり。夕方には別荘に帰り、趣味に没頭する。刺繍をして、読書をして、眠くなったら、眠る。そんな自由な1日を過ごす私の隣には、いつもセオドアやウィリアム様がいた。以前の私なら、必ずそこにいる2人が煩わしかった。今もそうであることには変わりないのだが、ライアンとの生活を思うと悪くはないと思えてしまう。ライアンはアルトワとシャロンに捕らわれた後、王都にある監獄へと送られたらしい。だが、ライアンはあの大富豪ベルモンドの息子だ。かなりの額を払い、悪くない生活を送っているとか。釈放される可能性もあるらしいが、それを今はシャロンとアルトワが全力で阻止しているらしい。『リリー。俺は必ず脱獄して、お前をまたこの手の中に入れるよ。今度はもっと厳重にな。お前を守れるのは俺だけだから』ふと、あの日のライアンの姿が脳裏をよぎる。きっと、ライアンなら本当に有言実行するのだろう。また訪れるかもしれない日々に、例えようのない不安や恐怖が私の中でうずまく。しかし、私から離れようとしない2人がいるからこそ、私は不覚にも安心感を得られていた。あんなにも煩わしかったというのに。「リリー」開けた玄関の扉の前で、アルトワの奥方様が優しく微笑む。奥方様の背に広がる空には、大きな入道雲があり、夏の空をしていた。「またアルトワにも遊びに来てね。それで半年くらい滞在してね。待っているわ」「何かあればいつでも言いなさい。必ず力になる」寂しげに瞳を細める奥

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】25.終焉

    ライアンは隙を見て、あの魔法具を壊そうとしているのだ。あれを使われれば、また全て最初からだ。今回はレイラ様が脱出できたからこそ、このタイミングでの救出となったが、次はもしかすると何年も何年も見つからないかもしれない。恐怖がじわじわと体に広がっていく。汗が止まらない。私から見えるライアンの手に、力が込められた。もう、ダメだ…。諦めかけ、まぶたを閉じた、その時。ーーーバリンッッッ!!!窓が激しく割れる音が、この部屋中に響き渡った。それと同時に、ライアンの体に光る輪のようなものがかけられ、ぎゅぅ!とライアンを拘束した。突然のことに、足元がふらつく。「…っ」倒れる!そう思ったのだが…「リリー、もう大丈夫だよ」後ろから現れたウィリアム様によって、それは免れた。私を見つめるウィリアム様は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべているが、額には汗が滲み、目には必死さがある。あのウィリアム様がこんなにも取り乱すとは。ウィリアム様はどうやら、背後にある窓ガラスを割り、ここに侵入したらしい。「「リリー様!」」「「セオドア様!」」「「ウィリアム様!」」状況を整理していると、今度はセオドアの後ろからたくさんの騎士たちが押し寄せてきた。アルトワとシャロンの騎士たちが、ギルドの者たちの足止めを振り切り、ようやくここへと辿り着いたのだ。雪崩れ込むように部屋に入ってきた騎士たちは、すでに魔法具で拘束されているライアンに詰め寄ると、ライアンの両脇を抱えた。ライアンの手には、未だに瞬間移動の魔法具がある。…が、それが作動しないということは、ライアンを拘束している魔法具が体の自由を奪うものだからだ

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】24.襲撃

    ーーードンドンドン!ドンドンドン!遠くから何かを激しく叩く音が響く。「ライアン様!」それから聞こえてきた男の使用人の慌てるような声に、眠っていた私の意識は覚醒した。…何?ここに来て、こんなことは一度もなかった。緊急事態を察し、私は重たい体を起こす。すると、私の隣にいたライアンももう体を起こしており、私の肩を抱いた。しかしライアンのグリーンの瞳は、私に向けられることなく、部屋に飛び込んできた使用人に向けられていた。「どうした?」冷静なライアンの声音に、使用人が背筋を伸ばす。「襲撃です…!まだ、別荘までは辿り着いておりませんが、おそらくアルトワとシャロンの騎士たちがこちらに向かっております!こちらもギルドメンバーで応戦中ですが、あちらの方が数が上回っているため、時間稼ぎ程度しかできないかと!」「…そうか」状況を聞き、考えるようにライアンが視線を落とす。私は聞こえてきた言葉に、胸をざわつかせた。ーーーアルトワとシャロン。つまり、レイラ様は無事彼らの元に辿り着き、助けを呼んでくれたということだ。よかった、と安堵が広がる。もうすぐここでの息の詰まるような生活も終わるのだ。「時間稼ぎについてはそっちに任せる。30分あればいい。報酬は弾むぞ」「はっ!」ライアンの指示に、使用人…いや、おそらくどこかのギルドの者は、この部屋を急いで後にした。…30分。なぜ、ライアンはそれだけの時間を要求したのか。「リリー、立てるか?」ベッドから降りたライアンが、窺うように私を見つめる。

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】23.狂愛

    sideリリーーーーレイラ様が消えた。あの太陽の光さえも入らないジメジメとした地下牢には、もう誰もいない。レイラ様を何とか逃した夜。レイラ様失踪の知らせを受けたライアンは、まず最初に私を優しく問いただした。「あの女を逃したのか」と。この別荘内で1番レイラ様を気にかけ、レイラ様といたのは私だった。動機なら、誰よりも、いくらでも、あった。それでも私は否定した。まだ、ライアンには私に甘い夢を見ていて欲しかったから。だが、そう何でも私の都合よく進むことはなかった。「嘘をつくお前すらも可愛らしいと思えてしまう俺は、もう重症だな」「あの女を逃したのも、こうやって嘘をつくのも、ここからまだ逃げたいと思っている証拠だ」細められたライアンのグリーンの瞳は、仄暗く濁っており、あのはつらつとした光はなかった。そうして、私の勝ち取った細やかな自由でさえも奪われた。足枷こそつけられなかったが、寝室から出ることを禁じられ、常に部屋の前には、私を見張る誰かがいた。まぁ、そんなことしなくても、私はもう自力でここから動くことさえもできないのだが。大きなベッドに横たわり、ただぼんやりと部屋内を見つめる。ここから見える景色だけが、今の私の世界の全てだ。私はライアンに毒を盛られていた。ゆっくり、ゆっくりと、私から自由を奪っていくという毒を。その事実をレイラ様に知らされて以来、私は意識してライアンから与えられる食べ物を口にしなかった。だが、それでも元々毒に侵されていた私の体は日に日に弱っていき、そもそも食べ物を摂らない、という行為自体が私の命を削った。その為、ライアンは無理やりにでも私に食事をさせ、どうしても無理な場合は栄養剤を打った。ここから体を起こすことさえ、私には辛い。体が重く、力が入らない。1人で生活することさえ

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】22.星屑 sideレイラ

    sideレイラ数ヶ月ぶりに見る眩しい太陽の光に瞳を細める。だが、それでも私は自然な足取りで、長いスカートを揺らしながら廊下を進んだ。こんな格好、囚われる前の私なら断固拒否していたことだろう。メイドの制服など、高貴な私が着る物ではない、と。しかし、ここから確実に逃げるためには、どんなに屈辱的でも、こうするしかなかった。あの子が私にこの服を渡し、私を解放した。どんな手を使い、メイド服やあの牢屋の鍵を手に入れたのかわからない。…が、あの子のことだ。上手くやったのだろう。あの子は男爵令嬢にしては、よくやっている方だとは思う。けれど、本当に私の代役だったのかと言われれば、眉唾物だった。ここに攫われたあの日。私は少しずつ消えていく街の住人に、かなり早い段階で違和感を覚えていた。さらにあの子が置かれている状況から、意図的にそうされているのだと気づいていた。だが、すでに孤立させられたあの状況で、騒ぐことは命取りだ。何も気づかぬフリをして、騒がず、安全圏まで移動する。それがあの時できた最善だった。それなのに、それさえもできないとは。あの子なりに平静を装っていたのだろうが、わずかに変化したあの子に気づかない彼らではなかったのだ。よくもまぁ、あれで私として生きてこられたものだ。だからこそ、アルトワでは、簡単に私の手に落ちてしまったのだ。それでも最後にウィリアムとセオドアを手に入れたのはあの子だったけれど。ゆったりと、一歩、また一歩と歩みを進める。誰がどう見ても、私は今、ここに慣れたメイドに見えるだろう。自分に盛られている毒にさえ気づかない鈍臭いあの子が何とか作った機会だ。必ずや、ここから逃げおおせてみせる。そして一刻も早くこの場所を伝えるのだ。私たちが失踪し、もう2ヶ月だ。それでもアルトワもシャロンもここへ押しかけてこないということは、ここが特殊な場

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   【外伝】21.毒

    sideリリーすっかり日が長くなり、まだ沈まぬ太陽が、空をオレンジ色に染め上げる。ほんの1ヶ月前ならば、もうとっくに暗くなっていたというのに。寝室の窓から1人ぼんやりと、外を見つめていると、見慣れた馬車が森の奥から現れた。ーーーライアンが帰ってきたのだ。私は窓に背を向けると、ゆっくりと玄関ホールへと向かった。*****「リリー、ただいま」大きな扉の向こうから夕陽を背にライアンが現れる。ライアンは私の姿を見つけると、愛おしそうにそのグリーンの瞳を細めた。「おかえり、ライアン」そんなライアンにいつものように近づき、そっと頬に口づけをする。すると、ライアンも嬉しそうに私の頬にキスを落とした。最初こそ不慣れなため、上手くできないこともあったが、もう慣れたものだった。ライアンを絆す。そう決めて、1週間が経ったが、作戦は驚くほど順調に進んでいた。私からライアンの姿を探し、意識してライアンに触れる。ライアンの指に私の指を絡ませて、ライアンに体を預け、ことあるごとに唇を寄せた。ライアンの欲しそうな言葉を与えると、ライアンはその頬を赤く染め、喜んだ。こうして絆されていったライアンはついに私の願いを一つ受け入れたのだ。『ライアン。ここはアナタの言う通り、どこよりも安全な地上の楽園だよ。ずっとここにいたい。けれど、この足枷がある限り、私の心は晴れないの。これじゃあ、アナタの花嫁じゃなくて、奴隷だから』ある日、瞳を潤ませ、じっと切実そうにライアンにそう訴えかけた。今のライアンなら『そうだな。未来の花嫁にこれはひどい仕打ちだな』などと言い、足枷を外してくれると思っていた。だが、ライアンは一瞬だけ、惚けたような煌々とした表情になり笑った。

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   4.嫌がらせを受ける日々

    アルトワ伯爵家に来て早、1ヶ月。少しずつここでの生活にも慣れてきたのはいいのだが、セオドア様の私に対する嫌がらせは、現在も当然のように続いていた。相変わらず私のものはよく壊されるし、わざと物置や小さな部屋に閉じ込められる。さらには食べ物や飲み物に微量な毒まで入れられて、体調不良を起こすことも度々あった。嘔吐に腹痛に頭痛に熱まで。一通りの症状をここ数週間で全て経験した。しかし本当に微量の毒だったので、ちょっとした不調にしかならず、苦しんでも2日ほどだった。なので、私の体調不良をアルトワ夫妻は、環境が急に変わったストレスによるものだと思っているようだった。「あら、ちょうどいいところに

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   3.代わりなどいない

    気まずすぎる夕食を終えた後、私は私に与えられたレイラ様の部屋で、明日やる勉強の予習と今日の勉強の復習を行う為に、机へと向かっていた。 白色と星空のような深い青色の家具で統一されたレイラ様の部屋は、1週間経った今でもあまり落ち着かない。 男爵家にいた頃は必要最低限のごくごく普通の家具たちに囲まれて生活していた。 それが今ではこんなどれもとても高そうなものばかりに囲まれて生活しているのだ。 どこかふわふわして落ち着かないのも無理はない。 「…はぁ」 そんな落ち着かない部屋で私はじっとノートを睨みつけ、今日も深いため息をついた。 …わからない。わからないから頭に全く入ってこない。

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   2.レイラ・アルトワの代わり

    私、リリー・フローレスがレイラ・アルトワ様の代わりになって1週間が経った。 私は今日もレイラ様として、アルトワ伯爵邸内の広すぎる食堂で、アルトワ伯爵家の皆様と気が重すぎる夕食を共にしていた。 「レイラ。今日はレイラが好んでいた魚料理を用意させたのよ。どうかしら?美味しい?」 私がよく知る一般的なテーブルとは違い、何十人もの人が一斉に使えるであろう長く大きなテーブルの向こう側に優雅に腰掛ける30代前半くらいの見た目のグレーの綺麗な髪を後ろにまとめている美しい女性、アルトワ夫人がふわりと私に笑いかける。 私を優しく見つめる濃い青色の瞳は、明るい星空のように輝いており、その瞳に見つめられ

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   1.リリー・フローレスは死んだ

    その日、没落寸前の男爵家の一人娘、リリー・フローレスは死んだ。 「リリー。お前は我がフローレス男爵家建て直しの為に、アルトワ伯爵家に行くんだ。アルトワ伯爵家のたった1人のご令嬢、レイラ・アルトワ様として」 私の向かい側に座るお父様がそう神妙な面持ちで言う。 同じくお父様の隣に座るお母様もずっとお父様と同じような表情で、時折、心苦しそうに私から視線を逸らしていた。 12年間生きてきた中で初めて乗った豪華な馬車。 私たち没落寸前の男爵家の力では一生乗ることのできなかったもの。 そんなものに今乗って移動しているのは、私が今日からレイラ・アルトワ様になるからだ。 レイラ・アルトワ様。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status