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2.レイラ・アルトワの代わり

last update publish date: 2026-06-02 22:55:42

私、リリー・フローレスがレイラ・アルトワ様の代わりになって1週間が経った。

私は今日もレイラ様として、アルトワ伯爵邸内の広すぎる食堂で、アルトワ伯爵家の皆様と気が重すぎる夕食を共にしていた。

「レイラ。今日はレイラが好んでいた魚料理を用意させたのよ。どうかしら?美味しい?」

私がよく知る一般的なテーブルとは違い、何十人もの人が一斉に使えるであろう長く大きなテーブルの向こう側に優雅に腰掛ける30代前半くらいの見た目のグレーの綺麗な髪を後ろにまとめている美しい女性、アルトワ夫人がふわりと私に笑いかける。

私を優しく見つめる濃い青色の瞳は、明るい星空のように輝いており、その瞳に見つめられる度にホンモノのレイラ様の顔が頭をよぎった。

ここに来る前、初めてお父様に見せられた小さな肖像画のレイラ様も奥方様と同じ瞳をしていたからだ。

私とレイラ様の容姿は瓜二つだったが、瞳の色だけはほんの少し違った。雲一つない、晴天の空のような青色、それが私の瞳の色なのだ。

「…とても美味しいよ、お母様」

まだ奥方様のことを〝お母様〟と呼ぶことも、奥方様に対して砕けた口調で話すことも慣れておらず、どこか気持ちが悪いし、変な気分になる。

だが、それでも私はもうここのレイラ様なので、当然のようにこうするしかなかった。

「ふふ、やっぱりそうよね。レイラは魚料理が好きだったもの。気に入った魚料理を見つけては、この魚は何の魚なのかとよく聞いていたわよねぇ」

「そうだな。レイラはすぐいろいろなものに興味を持ち、常に答えを追い求める子だった」

私の答えに嬉しそうにしている奥方様に応えたのは、奥方様と同世代であろう黒髪の落ち着いた雰囲気のこれまた美しい男性、アルトワ伯爵様だ。

伯爵様の瞳の色はレイラ様や奥方様とは違い、明るい青色で、まさに私と同じ空のような瞳をしていた。

…レイラ様の弟君、セオドア様とも同じ色だ。

そんな伯爵様は一番奥の席に座り、奥方様と同じように嬉しそうに笑い、頷いていた。

「…あははは」

嬉しそうな2人に合わせて私も何となく笑ってみる。

だが、柔らかく微笑む彼らとは違い、私の表情は強張っていた。優しい2人の私の扱いが、どうしても不気味でどこか怖さを感じるからだ。

2人は私のことを行方不明だったこの半年間で記憶を失ったレイラ様だと思い、そう扱っている。

なので、2人がそう私を扱う以上、周りの人々もそうしていた。

違う人物だと分かっていても、だ。

アルトワ夫妻と微笑み合いながら、視界の端で何となくまだ一言も発していない私の隣に座るセオドア様を盗み見る。

セオドア様の歳は私とレイラ様の一つ下、11歳だ。

セオドア様の艶やかな長すぎず、短すぎない黒髪と明るい青の瞳は父親である伯爵様譲りのもので、レイラ様が奥方様と瓜二つなら、セオドア様は伯爵様と瓜二つだった。

さらに伯爵様も奥方様も美しいので、その遺伝を受け継いだセオドア様もまた美しく、セオドア様を一言で表すなら、儚い雰囲気の今にも消え入りそうな美少年だろう。

そんなセオドア様は微笑み合う私たちなど気にも留めずに黙々と食事を口に運んでいた。

「…何」

私の視線に気がついたセオドア様が酷く機嫌が悪そうにこちらを睨みつける。

美しいが故にその姿には相変わらず迫力がある。

「…いえ、何でもございません」

そんなセオドア様の迫力に押されて、私はすぐに申し訳なさそうにセオドア様から視線を逸らした。

アルトワ夫妻は先ほども言ったが、私を記憶を失ったレイラ様として大変大切に扱っている。

少し不気味で怖いと思うところもある2人だが、それ以上に、私自身に何か危害を加えることもなく、むしろ優しくしてくれるので、有り難いとさえ思っているし、好感もあった。

だがしかし、レイラ様の弟君であるセオドア様は違った。

セオドア様はレイラ様が消えた穴を埋めるように現れたニセモノの私をとても忌み嫌っているのだ。

そしてその表れとして、いつも私に冷たく、夫妻がいないところでいろいろな嫌がらせをしてきた。

この1週間でセオドア様から受けた嫌がらせは、すれ違いざまに足を引っ掛けられる、私の持っていたものをゴミだと言って捨てられる、私のものを壊される…などだ。

いつも理不尽なセオドア様が私はとても苦手だった。

慕っていた姉を失い、代わりにやってきた私が許し難いことはわからなくもない。

だが、私は女神のように慈悲深いわけではないのだ。

気持ちはわかっても、それを許すことは到底できない。

日々、セオドア様に対して、何故、私がこのような仕打ちを受けなければならないのか、好きでここにいるわけではない、と文句を言いたくなる時もあったが、ただの男爵家の娘である私には、そんなことできるはずがなかった。

「レイラ?何故、セオドアに敬語を使うの?」

セオドア様と私のほんの一瞬のやり取りをも見逃さなかった奥方様が不思議そうに私を見つめる。

「レイラとセオドアは姉弟よ?以前は砕けた口調で仲良くしていたじゃない?そんな他人行儀なよそよそしい態度ではなかったわ。ねぇ、アナタ?」

「そうだな。セイラ」

夫人に同意を求められて伯爵も頷く。

2人は心の底からそう思っている様子でこちらをおかしなものでも見るような目で見つめていた。

「…姉弟?」

そんな2人に反応したのはセオドア様だ。

儚げな美少年から発せられたものとは思えない地を這うような低い声がこの広すぎる食堂に静かに響く。

「こんなやつ僕の姉さんじゃない!姉さんは母さんと同じ星空のような青い瞳だったじゃないか!髪だってもっと艶やかなもので長かった!右目の下には僕と同じホクロだってあったのに!こいつは全部違う!姉さんに似ても似つかないニセモノだ!」

ダァン!とその場で机を叩いて、セオドア様が叫ぶ。

今にも泣き出しそうな悲鳴にも近い言葉。

セオドア様にとって、やはりレイラ様という存在はとても大きく代えがたいもので、その大切な存在がどこの馬の骨かもわからないニセモノで埋められるなど耐えられない、という様子だ。

「ニセモノ?」

セオドア様の言葉を聞き、奥方様が静かに呟く。

先ほどと変わらず、優しい微笑みを浮かべる奥方様だが、その表情は明らかに柔らかいものではなくなっていた。

「何を言っているの?セオドア。レイラはレイラでしょう?レイラはアナタの姉さんよ?」

これだ。

私が奥方様たちを怖いと思う理由がこれなのだ。

何でもないようにそう言う奥方様はどこか狂っている雰囲気を帯びていた。

奥方様は…いや、アルトワ夫妻はレイラ様を愛するあまりついに狂ってしまったのだろう。

だからレイラ様にそっくりな私、リリーを見つけた時に、レイラ様の代わりにしようとした。

普通の感覚でならあり得ない答えだ。

「セオドア。落ち着くんだ。お前の横にいるのは私たちの家族、レイラだろう?」

「…違う。お父様もお母様もどうかしてる。コイツは姉さんのニセモノで…」

「セオドア」

最初こそ、セオドア様を宥めようと優しい声音だった伯爵様だが、セオドア様の変わらぬ答えにその語気を強くする。

たった一言、セオドア様の名前を呼んだだけだったが、それだけで伯爵様の静かな怒りが私にまで伝わってしまった。

「お前の横にいるレイラはお前の姉だ。そうだろう?」

「…」

伯爵様に強くそう言われてしまい、セオドア様が不服そうに黙る。

まだ何か言いたげなセオドア様だったが、それを許すような雰囲気ではなかった。

「レイラ」

「…」

「レイラ」

「…」

「レイラ、大丈夫か?」

「あ」

そうだ。私は今、レイラ様だった。

伯爵様に心配そうに顔を覗かれて、初めて伯爵様が私を呼んでいたことに気がつく。

つい先ほどまで行われていた言い争いに気を取られて、自分の役割をすっかり忘れてしまっていた。

「…だ、大丈夫、で…あ、だよ」

突然のことに思わず、レイラ様ではなく、リリーとして伯爵様に応えそうになってしまうが、何とかそれを堪える。

不自然極まりないことは重々承知だが、こればかりは仕方がない。

明らかにおかしい私を見て伯爵様は「セオドアの態度に動転しているんだな。可哀想に」と、本当に心配そうにしていた。

全く違う解釈をしているが有り難い。レイラ様のこととなると、伯爵様には変なフィルターがかかるようだ。もちろんそれは奥方様にもだ。

「レイラ?いい?アナタはセオドアの姉さんなの。だからこそ、敬語は使わないし、砕けた口調で喋るのよ。前みたいにね」

「…う、うん」

ふわりと微笑む奥方様に私も何とか微笑む。

引き攣った笑みのまま、セオドア様の方へと視線を向ければ、セオドア様はこちらを見たくない、と言わんばかりに視線を下へと落としていた。

「レイラ、あの頃のようにセオドアを〝セオドア〟と呼んであげなさい。きっとセオドアも喜ぶだろう」

セオドア様を見たまま固まってしまった私に伯爵様が優しくそう言う。

善意からの伯爵様の言葉に私は心の中で頭を抱えた。

今、セオドア様のことをレイラ様として〝セオドア〟と呼ぶなど火に油を注ぐ行為ではないか。

本当は微笑むだけ微笑んで、ここにいるレイラ様の代わりである私は何もしたくない。しかしそんなレイラ様は伯爵夫妻には望まれていなかった。

私はもう伯爵夫妻の望む娘、レイラ・アルトワなのだ。

そうでなければ、フローレス男爵家は伯爵家から支援を受けることができず、お父様とお母様は変わらぬ苦労をし続けなければならない。

男爵家の為にも私は夫妻の望み通りに動くしかない。

「…セオドア。気分を害してしまってごめんね。これからは姉と弟として仲良くしよう?」

私の左隣に座るセオドア様にレイラ様らしさを意識して、奥方様みたいにふわりと笑ってみる。

するとセオドア様はこちらを一切見ることなく、ただただ不満げに小さく頷いた。

アルトワ夫妻が見ている以上、セオドア様もそうするしかないようだった。

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