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第2話

Author: スキ
車の中で、子どもが窓に顔を寄せ、小さな声で尋ねた。

「パパ、このお姉さん、誰?」

亮介はとっさに窓を遮り、声を落とした。

「大人の話だ。子どもは気にしなくていい」

でも、もう分かっていた。

彼は忙しくて結婚できなかったわけじゃない。夫としても父親としても、彼の居場所はとっくに別の家庭にあったのだ。

亮介は運転手に鷺坂千隼(さぎさか ちはや)を先に家まで送るよう頼み、自分はホテルの前に残った。

朋花は私の前に立っていた。目は真っ赤で、何度も私の手を取ろうとしたけれど、そのたびに私は身を引いた。

朋花は震える声で言った。

「乃絵、ごめん。本当に、わざと隠してたわけじゃないの」

朋花を見つめると、胸が締めつけられた。

「7年……

朋花、ウェディングドレスの試着にも付き合ってくれたし、招待状も一緒に選んだよね。亮介がいつになったら結婚してくれるんだろうって、私が話すのもずっと聞いてたのに」

声がかすれていく。

「どうして何も言わずにいられたの?」

朋花の目から涙がこぼれた。口を開いて何か言おうとしたものの、まともに言葉が出てこない。

亮介は眉をひそめ、朋花をかばうように前へ出た。

「乃絵、もういいだろ」

私は顔を上げ、思わず笑った。

「もういい?

亮介、私は8年もあなたを待った。あなたは7年も私を騙してきた。それなのに、今さらもういいって言うの?」

彼は眉間にしわを寄せた。

「子どもはまだ小さいんだ。今夜、こんなところで騒ぐな」

「騒いでるのは私?」

思わず声が震えた。

「電話では彼女をママと呼び、子どもにはパパって呼ばれてる。それなのに、騒いでるのは私だって言うの?」

朋花は泣きながら首を振った。

「違うの、乃絵。私が悪いの。だから、亮介を責めないで」

私は彼女を振り返った。

「彼を責めないなら、あなたたちに感謝でもすればいいの?」

朋花の顔は青ざめていた。

「あのときは、ただの過ちだったの」

私は彼女を見つめた。

「過ちって、何?」

亮介はしばらく黙っていたが、やがてかすれた声で口を開いた。

「7年前、あの同窓会のあと、俺は酔ってたんだ。

朋花がホテルまで送ってくれて、俺たち、どうかしてたんだ。

そのあと、朋花が妊娠した」

頭の中が真っ白になった。

7年前の同窓会には、私も行くつもりだった。

でも亮介は、前の日に遅くまで残業していたんだから、家で休んでいろと言った。早めに帰って、一緒に過ごすとも約束してくれた。

あの夜、私はリビングで夜中まで彼を待っていた。けれど、届いたのはたった1通のメッセージだった。

【急に取引先に飲みに誘われた。待たなくていい】

そのときの私は、彼の体を気遣っていた。

翌朝、私は2日酔いに効くというしじみ汁を作った。

しじみ汁を用意して彼が目を覚ますのを待っていた私は、まさかその前夜、彼が私の親友と寝ていたなんて思いもしなかった。

2人のことを思うだけで、息をするのもつらかった。

「それで?朋花が妊娠したから、彼女と結婚したの?」

亮介は声を落とした。

「子どもに罪はない」

その言葉を聞いた瞬間、とうとう涙がこぼれた。

「じゃあ、私は?

私の8年間は?私だって、何も悪いことなんてしてないのに」

朋花は口元を押さえ、声も出せずに泣いていた。

亮介が私を支えようと手を伸ばしたけれど、私は身を引いた。

彼はその場に立ち尽くし、声を和らげた。

「乃絵、帰って話そう」

「もういい」

私は涙を拭い、道路のほうへ歩き出した。

背後から亮介が呼び止めた。

「乃絵、1人で行くなよ。送るから」

私は振り返らなかった。

「あなたが送るべき人は、私じゃないでしょ」

背後で、朋花がとうとう声を上げて泣き出した。

亮介は足を止めたものの、結局、追いかけてこなかった。

私は1人で通りを歩いて帰った。

ハイヒールでかかとが擦りむけ、1歩進むたびに鋭い痛みが走った。それでも、足を止めなかった。

大学時代、寮の同室の子たちに仲間外れにされたことがあった。周りはみんな、少しくらい我慢すればいいと言った。

朋花だけは私の荷物を運び出し、自分の小さなベッドで一緒に寝てくれた。

彼女は私の背中をぽんぽんと叩きながら言った。

「乃絵、怖がらなくていいよ。私はずっと乃絵の味方だから」

その後、私が急性胃腸炎になったときも、亮介は遠方にいて、すぐには戻ってこられなかった。そんなとき、朋花が私を背負って病院まで駆け込んでくれた。

会計を待っている間も、片方の靴が脱げたことに気づかないほど慌てていた。

亮介も病院に駆けつけると、2億円規模の契約を断り、夜通し私のそばについていてくれた。

夜中、痛みで目を覚ました私の手を握り、彼は優しく声をかけてくれた。

「乃絵、俺がいるから」

2人とも、かつては本気で私を大切にしてくれていた。

それなのに、2人は長い間、私に嘘をつき続けていた。

マンションに着くころには、外はすっかり暗くなっていた。

見慣れた窓の明かりを見上げ、私は自分がひどく滑稽に思えた。

あそこは、最初から私の家じゃなかった。

亮介が別の家庭を持ちながら、私に見せ続けていた偽りの暮らしだった。

私は亮介と一緒に暮らしていた部屋へ戻った。

リビングには、3年前に私が選んだ結婚式の招待状の見本が、まだ置かれていた。

入籍はいつにするのかと聞くたび、彼は私を抱きしめて言った。

「もう少し待って。今回の海外出張から戻ったら」

私はソファに座ったまま、夜が明けるまで動けなかった。

スマホの画面は、何度も明るくなっては暗くなった。

朋花から、何通もメッセージが届いていた。

【乃絵、許してもらう資格なんてないのは分かってる】

【でも、胃が弱いんだから、今日はお酒を飲んだし、薬を飲むのを忘れないでね】

【本当に、乃絵を失いたくない】

最後のメッセージは、午前4時に届いていた。

【できることなら、あのとき彼を送りに行かなければよかった】

私はそのメッセージをしばらく見つめた。胸の奥がじんじんと痛んだ。

朋花は私がどの薬を飲んでいるのか、何を食べられないのか、全部覚えていた。

それなのに、亮介と一緒に、7年間も私に嘘をつき続けた。

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