登入生島がいくらでも奢るというので、カガリは異界防衛軍本部の食堂でたくさん注文をした。
十八の育ち盛りだ。 兵長という階級も、そう収入が多いわけではない。 牛丼、生姜焼き、親子丼と制覇していくカガリを、生島が微笑ましく見届けた。 お茶の水支部もまだ他の支部と比べれば都会のほうだが、一日で何種類もの肉は揃わない。 唯一の陸路だけで経済を回すのには、まだ日本は時間がかかる。「他にも、なにか食べたかったら注文しなさい」「タネさんに……種田上級兵にあとで恨まれそうです」 生島が穏やかに笑った。 オフィリア05部隊の隊長は、御厨《みくりや》沙良大尉が務めるが、あとのメンバーは全員カガリの部下にあたる。 もうすぐ四十になる種田篤は第二世代に当たる。上等兵だが、ベテランだ。 そしてカガリと同期だが、二等兵である五百雀《いおさき》月子。 計四人が、オフィリア部隊の一隊にあたる。生島基地司令は、インスタントコーヒーを飲みながら腕を組んだ。 警察との長い電話を終えて、オフィリア05部隊の隊長である御厨《みくりや》大尉とカガリに向き直る。 新人とて、カガリは副隊長である。報告を待つ義務があった。 「とうとううちの管轄でも出たようだ、あの教団が」 御厨隊長は、とっさに首をかしげたが、カガリがすぐに反応した。 「ああ、アレですか。都内では初のケースでは?」 「そうだね……そもそも、空蝕教団の名前が出てきたのが五年ほど前からだろうか」 御厨に説明しながら、生島は説明に移る。 カガリの世代では防衛高で習っているが、ぎりぎり第二世代の御厨は会議で通達があったのみだ。 「地球外生命体《ヴォイドフォーク》による地球侵略を是とするカルトなんだ。教団のリーダーは不藤という人物だが、警察にもまだ顔が割れていないそうだ。信者たちは、異界防衛軍の存在を否定し、地球外生命体《ヴォイドフォーク》により訪れる終末を望んでいるそうだ」 「あ……思い出しました! あの、地球外生命体《ヴォイドフォーク》に壊された土地を巡礼する、謎の集団ですよね」 御厨大尉は、数年前に聞いた話を思い出す。 他で基地司令にそんな口を聞けば叱られるが、生島は堅苦しいのを嫌った。 生島は、御厨に頷いて見せる。 「そう、それが空蝕教団だ。教団の金の流れなども不透明だが、彼らが禁止されたパソコン機器などをどうやって手に入れて、それで地球外生命体《ヴォイドフォーク》を呼び出しているのかも、まだ明らかにされていない。そちらを追いかけるのは警察に一任してある。異界防衛軍関東支部としては、手錠などの拘束具を多めに持ち歩くことが決定された。オフィリア05部隊にはカガリくんの能力があるが、今後は持ち歩いてもらいたい」 カガリと御厨はすぐさま敬礼した。 あとで、御厨は隊長会議でも聞かせられるだろう。 「いろいろなアクシデントに見舞われたが、不知火兵長の柔軟な対応には感謝しているよ」 「は
探知機を持って移動しながら、五百雀《いおさき》月子は苦い気持ちでいっぱいだった。 降下訓練では、カガリといい勝負だった。 それが、実地ではこのざまだ。 遅れたところに駆け付けて、軽々と四体の地球外生命体《ヴォイドフォーク》を狩ったカガリ。 現地にいながら、一体も倒せなかった月子。 同じ新人《ルーキー》でも、実力は歴然としている。 同班になった時に、上司ツラ――実際上官なのだが――をするカガリに散々覚えておけと啖呵を切ってこの始末。 あとで、カガリに鬼の首をとったかのように言われるだろう。 「月ちゃん、反省は後にしろよ?」 探査機を動かしながら、種田上等兵が声をかけた。 月子は顔が赤くなった。 任務に集中していないことがバレバレだ。 「カガリちゃんと張り合ってくのはいい――あいつは同じ立場で競ってくれる相手は嬉しいだろうからな。でも、今は仕事中だ」 とっつきやすい種田は、妻子持ちでお茶の水基地内のマンション住みである。 時々独身寮に誘われて飲みにくるが、誘ってくる相手は上官が多い。 月子が見かけるのは、そういう飄飄としたところが多く、今のような引き締まった顔を見るのは出撃してからだ。 「はい、反省――はあとでします」 「月ちゃんは大人っぽいようで、頑固だからなぁ。カガリちゃんにはなんでそんなにつっかかちゃうのか、おっさんに話してもいいのよ?」 「そんなことは――」 月子は不知火知世中将に命を救われたことがある。 ヒーローだと思った。 軍が物販している人気隊員のぬいぐるみや、キーホルダーなどを両親にせがんで買って貰った。 今思えば広報活動であり、嵩む軍費の足しだったのだろう。 偵察ドローン《スカウトオービット》で勝ち戦だけをニュースで報じるのは、今では苦笑しかないが子供の頃は夢中だった。 それは娯楽が少ないせいもあった。 子供向けのアニメ
カガリは、着地するとすぐにコープスイングをしまう。 収納すると同時に、専用武器のシナプスダガーで縫い留めた空間からフジツボ型を狩った。 カガリの異髄力の一つ、エーテル・スティチャーだ。 本来は異髄力は一人一つしかないが、カガリは何故か二つの力を使い分ける。 一つは、癒しの力。そしてもう一つが、この空間に敵を縫い付ける能力だ。 敵の進軍を止め、戦いやすいように足止めをする。 これが、兵長として抜擢された要因の一つでもあった。 癒しの力も、類似する異髄力は未だ発見されていない。 防衛高の時代から、カガリの異髄力を頼りにけが人が運ばれたり、カガリが呼ばれたりと学生時代から忙しかった。 「よそ見するな、五百雀《いおさき》! 初陣で死ぬ気か!」 どことなく呆然とした月子に怒鳴り、カガリはシナプスダガーを次の標的に向ける。 一番区画から遠い場所は、御厨大尉と種田上等兵が駆除にかかっていた。 「凄い……これが、20IzF戦闘……」 お茶の水基地のオペレーションルームで、宮田オペレーターが呟く。 カガリが到着してから、画面の上にいた脅威は、次々と駆逐されていった。 全部で八体いたフジツボ型は、三体は御厨大尉が仕留めて、一体は種田上等兵が倒している。 残る四体が、見る見るうちにカガリによって打ち倒されている現実。 異髄力を使っているのに、同調率は依然として20%を保っている。 「ふうむ……これが不知火カガリか」 剣崎副指令も、気が付けば画面にくぎ付けになっていた。 到着の早さも、隊長格と遜色はない。 新人は、脅威度Eランクならば二人で一体倒せれば御の字だ。 「安全を確保しました。地球外生命体《ヴォイドフォーク》の生体反応、消失」 「データリンク確認、研究車を派遣します」 異髄は新鮮なものほど良い。 地球外生命体《ヴォイドフォーク
「オフィリア05部隊、出撃します」 「通達、了解。作戦プロトコル起動」 異界防衛軍、お茶の水支部。オペレーションルームで矢継ぎ早に言葉が飛び交う。 「偵察ドローン《スカウトオービット》、現地到着。映像、共有します」 「生体反応感知、偵察ドローン《スカウトオービット》を寄せよ」 渋い男の声が、指揮を執る。 お茶の水基地副指令、剣崎《けんざき》政虎《まさとら》がオペレーションルームの長だ。 剣崎が地球外生命体《ヴォイドフォーク》の異髄から得た力は『ニューロ・パルス』という。 地球外生命体《ヴォイドフォーク》から人間までの、指定区域の生体反応を感知できる。 戦闘には戦闘向きの異髄力があるように、現場ナビゲートを含めた支援向きの異髄力があった。 「副指令、不知火兵長は――?」 「当然、間に合わない」 異髄力を使いながら、剣崎はそっけなく言葉を返す。 基地司令である生島の秘蔵っ子である不知火カガリは、本部に出向していた。 連絡は入れさせているが、検査次第ではまだ身動きが出来ないかもしれない。 数に数えられないものを、剣崎は当てにしない。 それにいくら不知火知世中将の忘れ形見といえ、贔屓する気はなかった。 「五百雀《いおさき》二等兵、同調率60IzFに到達!」 「まだ、戦闘前だぞ」 剣崎は苦り切った。 新人たちの初陣であることは理解しているが、今月は頭が痛い。 同調率が高ければ、すぐにオーバーバーストして戦闘不能になる。 せいぜいあと半年は、これに悩まされるのだ。毎年、剣崎の悩みの種である。 「地球外生命体《ヴォイドフォーク》、現着!! フジツボ型の地球外生命体《ヴォイドフォーク》と断定、大きさおよそ一メートル。想定脅威度Eランク!」 オペレーターの宮田が鋭い声をあげた。 宮田の声は、現場にいる隊員にもイヤフ
生島がいくらでも奢るというので、カガリは異界防衛軍本部の食堂でたくさん注文をした。 十八の育ち盛りだ。 兵長という階級も、そう収入が多いわけではない。 牛丼、生姜焼き、親子丼と制覇していくカガリを、生島が微笑ましく見届けた。 お茶の水支部もまだ他の支部と比べれば都会のほうだが、一日で何種類もの肉は揃わない。 唯一の陸路だけで経済を回すのには、まだ日本は時間がかかる。 「他にも、なにか食べたかったら注文しなさい」 「タネさんに……種田上級兵にあとで恨まれそうです」 生島が穏やかに笑った。 オフィリア05部隊の隊長は、御厨《みくりや》沙良大尉が務めるが、あとのメンバーは全員カガリの部下にあたる。 もうすぐ四十になる種田篤は第二世代に当たる。上等兵だが、ベテランだ。 そしてカガリと同期だが、二等兵である五百雀《いおさき》月子。 計四人が、オフィリア部隊の一隊にあたる。 「市内で、お土産に何か買ってかえるかね?」 「いえ、生島基地司令が払っては贔屓にとられますし……」 自分が払うにも、カガリはまだ初任給を貰えていない。 数日前まで学生だった身にはできない相談だ。 「では、基地全体に卵でも大量に買っていこうかね」 「はい! 喜ばれます。皆タンパク質には飢えてますので」 ちらりと同期同班部下の、五百雀《いおさき》月子の顔が浮かぶ。 ――基地司令の好意に甘えっぱなしでいいんですか。 兵長であり副隊長でもあるカガリに、敬語は使うが毒舌の彼女は平然と言いそうだ。 「あ、やっぱり――」 やめておきましょう、という言葉より先に、生島の携帯が鳴る。 通話しながら生島の顔が険しくなった。 「オフィリア05部隊に召集がかかりそうだ。地球外生命体《ヴォイドフォーク》の接近が確認された。オフィリア部隊は01部隊も04部隊も既に出立済みだ。あとは非番と夜勤明け―
検査室で、カガリは生島中佐と再会した。 会議が終わっての立ち合いだ。 生島の場合は検査結果より、カガリの心配で参加している。 「もう慣れてるので、中佐が立ち会わなくても……」 「いや、ぜひ立ち会わせてくれ。私は普段お茶の水支部から出られないからな」 検査機器を持っている人間、紙の書類を持って行き来する人間、と検査室の中は人が多い。 簡易着替えルームで、カガリは重たい礼服を脱ぎ、バイオメタリック・エクソスーツに着替える。 集団に観察される羞恥は、とうに捨てた。 異血覚醒してからというもの、そんなものは無駄でしかない。 検査台の上に横になると、ケーブル類が装着され、カプセルが閉じられる。 「異髄共鳴解析試験、開始します――」 「被験者、不知火カガり兵長。異髄、注入します」 温度のない声が次々と読みあげていく。 カガリは、もう雑然とした無意識の中へと入っていった。 「被験者の中枢神経と外部干渉波を量子干渉計で測定開始」 「脳波・心拍・霊子波・フォトン粒子流の同期率を算出」 「共鳴係数『Ψ-Index』により異髄覚醒度を評価――120%」 生島が、腰を浮かす。 ベテランや、エリート格の隊長クラスでも、異髄覚醒力は90%を滅多に越えない。 いつもは伝聞されてきた数字が、いざ目の前にすると驚異的だった。 「異髄同調率《イズイシンクロレイト》20イズフラックス」 「……相変わらずの好成績ですね。並みの軍人なら50イズフラックススタートですが」 「不知火兵長も、計算上はバケモノですね。異髄の中でバイオメタリック・エクソスーツを着れば、VF細胞のオーバーバーストを起こしても不思議じゃないのに、この数値を安定して出せるとは」 研究職たちは、物慣れた風に会話しているが生島からすれば狂気の沙汰だ。 バイオメタリック・エクソスーツは、これまで倒した様々なヴォイドフォークのパーツを組み込んだパワードスーツである。 VF細胞という異物をいかに自分に慣らして使うか。しかし使いすぎては体に異常を起こすリスキーなものだ。 基本、軍の試験では異髄液に浸かり、覚醒度と覚醒した力で事務員と戦闘員に振り分けられる。 覚醒度は高ければ高いほど、優遇される。 しかし、同調率は高い数値になると使用
「は~、だりぃな……」 不知火《しらぬい》カガリは、ため息をついた。 母親である知世中将の墓参りのあと、異界防衛軍本部に呼び出されたのだ。 亡くなった母の話題は、カガリには重い。 期待と好奇心を背負い続けて、十八になった。 不知火カガリ、階級は兵長。下から四番目の階級だが、今年防衛高を主席で卒業した身では、かなりの大抜擢だ。 異界防衛軍お茶の水支部、オフィリア05部隊にこの春配属されたばかり。 生島中佐は、お茶の水支部の基地司令でもある。 『ドウシタですか、カガリ。ソラとあうのヒサシブリです、うれしくないカ?』 地球外生命体《ヴォイドフォーク》の中で、
西暦2026年。春。 霊園の中を、軍服で歩く二つの影があった。 壮年の男が立ち止まると、まだ少年の面差しのある不知火《しらぬい》カガリも足を止める。 二つあった花束のうち、一つはもう供えてきた。 「ここだね、不知火兵長。君の母上のお墓は……よく手入れされている」 「はっ! 母も喜ぶでしょう。好意で手を入れてくれる方が多いので」 「私が育て、みんなを救ったヒーロー……。今の幹部の多くは不知火名誉中将に救われた面々が多い」 白髪の男――生島《いくしま》慎三郎《しんざぶろう》中佐は、ハンカチを顔にあてる。 過去の思い出が一気に生島の胸に押し寄せてきた。 不