共有

第3話

作者: ジュウイチ
私は足を止めたが、振り返りはしなかった。

「そのマスクを外せ」渡の声には、拒絶を許さない命令の響きがあった。

背中の筋肉が一瞬にして強張った。

「私はあなたの部下ではありません。医者です」

「外せと言ってるんだ!」渡が突然声を荒らげた拍子に傷が響いたのか、激しく咳き込み始めた。

私は深く息を吸い、ゆっくりと向き直った。

探るような、鋭い彼の視線とぶつかった。

渡は私を射抜こうとするかのように、じっと見つめてきた。

「その目……」

彼は独り言のように呟いた。

「あいつに似てる。

三年間、ずっとあいつを捜してきた。

この三年間、何千人もの目を見て、あいつと同じ瞳を捜し続けてきたんだ。

だが、お前ほど似てる奴は一人もいなかった」

心臓がドクリと跳ねた。

彼は獲物を吟味する狩人のような目で私を凝視している。凄まじい威圧感だ。

諦めてくれるかと思ったその時、彼の視線が私の胸元に掛かったネームプレートに落ちた。

そこには、新しい私の名前が刻まれている――「浅野凛」。

彼はその名を一度口の中で転がし、さらに深く眉をひそめた。

不意に、何かに気づいたかのように彼は猛然と手を伸ばし、私の手首を掴んだ。

万力のような力で、痛みが走る。

「動くな!」

もう片方の手で、私の首元から小さなものを引きずり出した。

それは肌身離さず持っていた、薬莢で作ったペンダントだ。

初めて任務に出た時の記念品であり、小椋由真という人間に残された、唯一の個人的な印だった。

私の顔色が変わった。

渡はその薬莢を掲げ、恐ろしいほどの眼光を向けた。

「これを持ってる人間は、世界に一人しかいない」

彼の視線が、ナイフのように私の顔をじりじりと削っていく。

「そして、その女は……死んだはずだ」

彼は強引に顔を近づけてきた。熱い吐息が顔にかかる。

「お前は、一体何者だ?」

空気が凍りついたようだった。

至近距離にある彼の顔を見つめ、心臓が狂ったように鼓動する。

――しまっ、た。バレた。

頭の中が真っ白になったその時、入り口から風人の声が聞こえた。

「浅野先生、仕事は終わりましたか?浅野先生の好きなものを買ってきました……」

部屋の光景を目にした途端、彼の言葉が止まった。

風人は呆然としていたが、渡に手首を掴まれている私を見て、すぐに顔を険しくした。

「この方、浅野先生を離してください!」

渡は風人に一瞥もくれなかった。

その視線は、いまだに私を捕らえて離さない。

私は渡が気が緩めた隙を突いて、力任せにその手を振り払った。

「……少し、感情が高ぶっていらっしゃるだけです」

私は風人にそう説明すると、渡に向き直り、冷徹な声を出した。

「菊川さん、これ以上このような真似をされるなら、出て行っていただくしかありません」

私は彼の手から薬莢のペンダントを取り返した。

「これは海辺で拾ったものです。お気に召したのなら、差し上げても構いませんよ」

私はペンダントをベッド脇のテーブルに放り投げた。

そして風人を促し、振り返ることなく部屋を出た。

背中に、焼けるような視線を感じた。

ドアを閉めて初めて、私は安堵の息を漏らした。

全身から力が抜け、崩れ落ちそうだった。

「浅野先生、大丈夫?」風人が心配そうに覗き込んできた。「あの男、何か乱暴をしたんじゃ……」

私は首を振り、泣き出しそうなのをこらえて笑みを作った。

「大丈夫です。少し気性の荒い患者さんなだけですから」

それからの数日間、渡は異様なほど大人しくなった。

私を問い詰めることも、探りを入れることもなくなった。

ただ毎日、あの複雑な眼差しで私を見つめている。

まるで、私を通して別の誰かを見ているかのように。

私は極力、渡と接触する時間を減らした。

大半の業務を風人に任せるようにしたのだ。

だが、渡は風人をひどく拒絶した。

風人が近づこうものなら、彼は途端に気性を荒らした。

「失せろ!お前の顔など見たくない!あの女医を呼んでこい!」

風人はすっかりお手上げといった様子で、私のところへやってきた。

「浅野先生、あの患者の菊川さん、君以外は受け付けないみたいです」

仕方がなく、私は覚悟を決めて部屋に入った。

薬を替え、体温を測る。その間、一言も発さなかった。

渡もまた、沈黙を守っていた。

部屋には、医療器具が触れ合う冷たい音だけが響く。

私が立ち去ろうとしたその時、彼がようやく口を開いた。

「……なぜ、医者になった?」

私の足が止まった。

「個人的な選択です」

「由真も、医者になりたいと言っていたことがあった」

彼の声は微かで、自分に言い聞かせているようだった。

「そうすれば、たくさんの人を救えるから、と。あの時のように、ただ黙って見ているしかできない自分は嫌だと言っていた」

胸を深く刺されたような気がした。

それは、私が彼のボディーガードになりたての頃に漏らした言葉だった。

目の前で心臓病の発作を起こした母を、知識がないために助けられなかった。

それは一生拭い去ることのできない後悔だ。

まさか、彼がそれを覚えていたなんて。

「……あいにく、あいつにそんな知能はなかったがな」

渡はそう付け加えた。その口調には、いつもの蔑みが混じっている。

私は拳を握りしめた。

そうだ。

彼にとって、小椋由真という女はいつだって頭が弱く、体だけが取り柄の愚か者に過ぎない。ただ命令に従うだけの、一匹の犬なのだ。

私は振り返らず、冷ややかに言い放った。

「菊川さん、もう意味がわからないことを言わないでください」
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • 過去の恨みと心中した日   第8話

    風人は診療所を辞め、私と一緒にこの小さな町で、新しいクリニックを開いた。交代で患者の診察をしている。生活は、言ってしまえば退屈なものだ。同じ日々の繰り返し、決まりきった仕事。一日、また一日と、時間はただゆっくりと流れていく。けれど、私はこの穏やかでありふれた日常を、心から慈しんでいた。一年後。スイス、アルプス山脈の麓。中腹に隠れるように建つこの高級療養所は、絶景の中にありながら厳重な警備に守られていた。富裕層が「厄介者」を飼い殺すための、黄金の檻だ。私は国内の医療機関の代表として、視察と交流のためにここを訪れていた。手入れの行き届いた庭園を抜け、広々とした芝生の上に、私は彼の姿を見つけた。渡は患者服を纏い、陽だまりの中で胡坐をかいて、たどたどしい手つきで積み木を積み上げていた。柔らかな日差しが彼の濃い黒髪に落ち、その姿はどこまでも清らかで無害に見えた。看護師が牛乳を持って歩み寄る。「菊川さん、牛乳を飲みましょう。体にいいですよ」渡が顔を上げた。かつて数多の女を狂わせたその顔には、今や幼子のような茫然とした表情しかない。私は歩み寄り、彼の前でしゃがみ込んだ。私の影が彼を覆い、作りかけの積み木の家が崩れ落ちた。渡は呆然と顔を上げ、私を見つめた。長く、長く。「ゆ……ゆま……」彼は手にした積み木を放り出した。不明瞭な発音だったが、それは私が嫌というほど聞き慣れた名だった。恐る恐る手を伸ばし、探るように、そっと私の服の裾を掴んだ。その顔には、失った宝物を見つけたような大きな歓喜が広がっていく。「……帰って、きたの?」私は、裾を掴む彼の手に視線を落とした。爪は短く整えられているが、薬の副作用のせいか、指先は不自然に浮腫んでいる。「もう行かないで……ね?」渡は顔を上げ、縋るような目で私を見つめた。不意に、遠い昔の記憶が蘇る。彼がまだ菊川家の権力者ではなく、私もただのボディーガードだった頃。酔った彼は、今と同じように私の裾を掴んで離さなかった。「由真、行かないでくれ。側にいてくれ」……残念だけど、あの由真は、三年前のあの銃撃の中でとっくに死んだのよ。私の前半生は、多くの人から見れば波乱万丈で劇的なものだっただろう。小説やドラマのヒロインのように、彼を激しく

  • 過去の恨みと心中した日   第7話

    渡の復讐は、私の想像よりも早く、そして狂気に満ちていた。翌日、クリニックのドアには封印が貼られた。理由は「不法占拠」。私の知らない間に、渡はこの町全体の所有権を買い取っていたのだ。私が踏みしめているこの土地さえも。追い打ちをかけるように、風人も診療所から停職処分を受けた。「医療ミスを犯し、命を軽んじている」という匿名の告発状が届いたらしい。町には、私と風人に関する根も葉もない噂が流れ始めた。私がどこからか流れてきた泥棒猫で、宮成先生をたぶらかしたのだと。宮成先生は私に溺れるあまり、職務を疎かにしているのだと。すべては渡の仕業だった。渡が求めているのは、私の命ではない。私の周囲にあるものすべてを破壊し、私を孤島に追い込むことだ。自分以外に頼る者がいない状況を作り出し、かつてのように尻尾を振って彼の元へ戻るよう仕向けているのだ。だが、風人は流言に屈しなかった。彼は私の元へ来ると、その瞳に強い決意を宿して言った。「凛、行こう。ここを離れて、あの人の手の届かない場所へ」私は彼を見つめ、静かに首を振った。「風人、無駄よ。私たちがどこへ逃げても、彼は追いかけてくる……今度はもう、逃げないわ」三年間逃げ続けて、手に入れたのはさらに狂った束縛だった。今度こそ、私の手で、すべてに終止符を打つ。その日の夜、渡がやってきた。クリニックの前に立つ彼の影を、月光が長く引き伸ばしていた。「由真、楽しいか?」渡は優しく微笑んでいたが、その眼底には凍てつくような冷気が漂っていた。「お前のせいで、周囲の人間が一人、また一人と不幸になっていく気分はどうだ?俺一人だけが隣にいた日々が、恋しくなっただろう?」私は何も答えず、ただ冷ややかに彼を見据えた。「戻ってこい」渡は私に手を差し伸べた。「戻りさえすれば、何もなかったことにしてやる。医者の職も、このクリニックも、すべて返してやろう。お前が望む安穏な生活を、俺が与えてやる」「渡」私はようやく口を開いた。その声に、感情のさざ波は一切なかった。「まだわからないの?私の望む安穏な生活の中に……あんただけは、いてはいけないのよ」彼の顔色が、一瞬にして険しくなった。「由真、どこまで俺を追い詰めれば気が済むんだ」「私を追い詰めたのは、

  • 過去の恨みと心中した日   第6話

    「どういう意味だ?」私は答えなかった。ただ渡を見つめた。その眼差しは、恐ろしいほどに静まり返っていた。彼は私の視線に気圧され、落ち着かない様子を見せた。「由真、戻るぞ」渡は命令口調を装い、己の不安を覆い隠そうとしていた。「過去のことはすべて不問に付してやる。戻ってきさえすれば、望むものは何でも与えてやろう」「私の望むもの?」私は渡を見据え、一文字ずつ噛みしめるように問うた。「私が欲しいのは、あんたの命よ……くれるの?」彼の顔色が変わった。「……正気か?」「とっくに狂ってるわよ」私は彼を見つめた。その瞳には、もはや欠片の温度も宿っていない。「集中治療室に私を放り出し、幼馴染の女を抱き寄せながら、私のことを『ただの犬だ』と言い放ったあの時、私は壊れたのよ」私はポケットからボイスレコーダーを取り出した。そして再生ボタンを押した。「ただの犬だ。死んだら替えればいい。躾のいい犬など、いくらでもいる」聞き慣れた声が、小さなクリニックの中に鮮明に響き渡る。紛れもない、渡の声だ。軽薄で、冷酷な響き。そこには女の忍び笑いも混じっていた。渡の顔から、完全に血の気が引いた。彼は信じられないといった様子で私の手のレコーダーを見つめ、それから私に目を向けた。「貴様……」「驚いた?これ、ずっと肌身離さず持ってたのよ」私は録音を止め、レコーダーを仕舞った。「あんたが一体どんな下劣な人間か、忘れないように毎晩聴き返してたわ」風人もそれを聞いていた。彼は驚愕の表情で渡を睨み、それから痛ましそうに私を見た。語ろうとしなかった私の心の傷がどこから来たのか、彼はようやく理解したのだ。渡が私を凝視する。「つまり、あの事故は自作自演だったのか?」「そう」「俺から逃げるためにか?」「……いいえ。生きるため」私は渡を見据え、一語一語はっきりと告げた。「私が死ぬと決めたあの瞬間に、私とあんたの関係は終わったの」「終わっただと?」彼は滑稽な話でも聞いたかのように、低く笑い始めた。「由真、忘れたのか?お前の命を救ったのは俺だ。俺がいなければ、お前はあの地下闘技場で野垂れ死んでいたはずだ。俺が生かせば生き、俺が殺せば死ぬ。それがお前の運命だ!俺が終わらせないと言えば、永遠に終わることはない!

  • 過去の恨みと心中した日   第5話

    これまでの私の人生には、命令と、任務と、服従しかなかった。私は一度として、自分自身のものだったことはない。鼻の奥が、ツンと熱くなる。どう返すべきか戸惑っていたその時、入り口から冷ややかな声が響いた。「あいつが、お前なんかを好きになるはずがない」私は勢いよく振り返った。そこに、渡が立っていた。仕立ての良い黒のコートに身を包み、髪は完璧に整えられている。顔色はまだ青白いが、その眼光はいつになく鋭い。彼の背後には、黒服のボディーガードたちがずらりと並んでいる。その物々しい光景は、安らぎに満ちたこの町にはあまりに不釣り合いだ。渡は一歩一歩、私の方へ歩み寄ってくる。その長身が、私と風人を暗い影の中に閉じ込める。彼は風人には一瞥もくれず、視線を真っ直ぐに、私が抱えているひまわりの花束へと落とした。そして彼は手を伸ばすと、私の腕から強引に花束を奪い取った。そのまま無造作に、地面へと投げ捨てた。鮮やかな金色の花弁が地に散らばった。まるで、砕け散った夢のように。「何を……何をするんだ!」風人が怒りをあらわにし、私を庇うように一歩前に出た。渡はようやく、風人にわずかな視線を向けた。冷酷で、蔑みに満ちた眼差し。身の程知らずな羽虫を見るような目だ。「……貴様は、誰だ?」「僕が誰かなんて関係ない」風人は怯むことなくその目を見据えた。「重要なのは、ここから立ち去ってもらうことだ。君のような人間は、ここでは歓迎されない!」渡が笑った。「歓迎されない、だと?」まるであり得ない冗談でも聞いたかのように。「この町も、貴様が踏み締めているこの土地も、すべて俺のものになった。その俺に、貴様の歓迎が必要だと思うか?」風人の顔が青ざめる。私は彼を制した。渡を見据え、氷のように冷たい声を絞り出した。「菊川さん、一体、何のつもり?」渡はようやく、私に視線を戻した。私の髪、瞳、そして固く結んだ唇まで、舐めるようにじっくりと観察する。「何のつもりか?」彼は低く繰り返し、一歩ずつ私を追い詰める。「小椋由真、その言葉は、俺が貴様に聞くべきものだ」彼は私の名を呼んだ。小椋由真。浅野凛ではない。風人が驚愕に目を見開く。私の偽装は、この瞬間に粉々に打ち砕かれた。私は

  • 過去の恨みと心中した日   第4話

    渡の怪我は、次第に快方へと向かっていた。そしてついに、彼の部下たちがこの町を突き止めた。一行を率いていたのは、彼のアシスタントである良太郎だ。良太郎は渡の姿を見るなり、その目頭を熱くした。「やっとお会いできました、社長!社長が行方不明になっていたこの数日間、会社がどれほどのパニックに陥っていたか……!」渡は煩わしそうに手を振った。「黙れ」彼の視線は良太郎を通り越し、私へと向けられた。良太郎もまた、私の存在に気づいた。彼は一瞬呆気に取られたようだったが、その瞳に驚嘆の色を浮かべた。しかしすぐにプロの冷静さを取り戻す。「……失礼ですが、あちらの方は?」「俺の主治医だ。浅野凛先生」渡が私の代わりに答えた。淡々とした口調だったが、私の名を呼ぶ時だけ、妙に含みを持たせていた。良太郎は察しのいい男だ。すぐに状況を理解したようで、私に丁寧だが距離を置いた微笑みを向けた。「浅野先生、この度は社長がお世話になりました。これは心ばかりの品です。どうかお受け取りください」差し出されたのは小切手、並んだゼロの数に目をやる。この小さな町の住人なら、一生遊んで暮らせるほどの額だ。私はそれを押し返した。「人を助けるのが私の仕事ですから」良太郎は意外そうに目を丸くしたが、渡は薄く笑った。その笑みには、すべてを見通したような愉悦が混じっている。「こいつは金なんて欲しがらない」渡は良太郎に言った。「もっと別の、面白いものが好きなんだ」そう言いながら、彼は私がベッド脇に放り出したあの薬莢のペンダントを手に取り、指先で弄んだ。私の心臓が、またしても跳ね上がる。幸い、彼はそれ以上何も口にしなかった。渡が退院することになった。彼のプライベート医療チームが到着し、十数人ものスタッフが私の小さなクリニックを埋め尽くした。彼らは迅速に引き継ぎを済ませていく。私は傍らで、まるで部外者のように立ち尽くしていた。それでいい。渡が去れば、すべては元通りになる。隣に立つ風人が、複雑な表情で呟いた。「浅野先生、菊川さんは……行ってしまうんですね」「ええ」「また何か、酷いことを?」「いいえ」風人は何かを言いかけ、最後には溜息をつくだけだった。「行ってくれて、よかった……」そうだ。

  • 過去の恨みと心中した日   第3話

    私は足を止めたが、振り返りはしなかった。「そのマスクを外せ」渡の声には、拒絶を許さない命令の響きがあった。背中の筋肉が一瞬にして強張った。「私はあなたの部下ではありません。医者です」「外せと言ってるんだ!」渡が突然声を荒らげた拍子に傷が響いたのか、激しく咳き込み始めた。私は深く息を吸い、ゆっくりと向き直った。探るような、鋭い彼の視線とぶつかった。渡は私を射抜こうとするかのように、じっと見つめてきた。「その目……」彼は独り言のように呟いた。「あいつに似てる。三年間、ずっとあいつを捜してきた。この三年間、何千人もの目を見て、あいつと同じ瞳を捜し続けてきたんだ。だが、お前ほど似てる奴は一人もいなかった」心臓がドクリと跳ねた。彼は獲物を吟味する狩人のような目で私を凝視している。凄まじい威圧感だ。諦めてくれるかと思ったその時、彼の視線が私の胸元に掛かったネームプレートに落ちた。そこには、新しい私の名前が刻まれている――「浅野凛」。彼はその名を一度口の中で転がし、さらに深く眉をひそめた。不意に、何かに気づいたかのように彼は猛然と手を伸ばし、私の手首を掴んだ。万力のような力で、痛みが走る。「動くな!」もう片方の手で、私の首元から小さなものを引きずり出した。それは肌身離さず持っていた、薬莢で作ったペンダントだ。初めて任務に出た時の記念品であり、小椋由真という人間に残された、唯一の個人的な印だった。私の顔色が変わった。渡はその薬莢を掲げ、恐ろしいほどの眼光を向けた。「これを持ってる人間は、世界に一人しかいない」彼の視線が、ナイフのように私の顔をじりじりと削っていく。「そして、その女は……死んだはずだ」彼は強引に顔を近づけてきた。熱い吐息が顔にかかる。「お前は、一体何者だ?」空気が凍りついたようだった。至近距離にある彼の顔を見つめ、心臓が狂ったように鼓動する。――しまっ、た。バレた。頭の中が真っ白になったその時、入り口から風人の声が聞こえた。「浅野先生、仕事は終わりましたか?浅野先生の好きなものを買ってきました……」部屋の光景を目にした途端、彼の言葉が止まった。風人は呆然としていたが、渡に手首を掴まれている私を見て、すぐに顔を険しくした

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status