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第7話

Author: 恙なく
時也が再び愛禾里の前に現れたとき、その顔には疲労と苛立ちの色が濃くにじんでいた。

彼の口をついた最初の言葉は──

「愛禾里、結婚式は一旦中止だ」

愛禾里は鼻で冷笑し、彼には一瞥も与えなかった。

その反応に、時也は言葉を重ねた。「柚魚が俺たちの結婚を知ってから、ひどく落ち込んでいる。もう二日もまともに食事をしていない。元々体が弱いのに……

とにかく、彼女は俺の命の恩人だ。そんな彼女が自分を傷つけるのを見過ごせるわけがないだろう」

少し間を置き、彼は声をわざと柔らげて付け加えた。「だから考えたんだ。式は後回しにして、まずは役所で籍だけ入れよう。簡単に、二人だけで済ませよう。

結婚式は……柚魚の気持ちが落ち着いてから改めて挙げればいい。今は彼女のそばにいて支えてやらないと」

そのあまりにも自己中心的な言葉に、愛禾里は思わず低く嘲笑する声を漏らした。

「一路時也」彼女は顔を上げ、冷たい視線をまっすぐに向けた。「つまり私は、結婚して子どもを産むのも泥棒のようにこっそりと、彼女に気づかれないようにしろと?」

時也はわずかに眉をひそめた。「愛禾里、どうしてもう少し理解してくれないんだ。柚魚は俺たちのためにどれだけ犠牲を払ったと思っている?

今はただ心が不安定なだけだ。少しは寛容になってやれ。いちいち張り合わなくてもいいだろう」

愛禾里は淡々と視線を泳がせ、吐き捨てるように言った。「彼女をそこまで理解したいなら、あなたが彼女と結婚すればいい。お似合いのカップルだし。どうぞ末永くお幸せに」

その言葉に、時也の表情が一瞬で硬化した。

声を荒げて怒鳴りつけた。「愛禾里!何を言っている!俺はお前だけが好きだ!結婚する相手もお前だけだ!」

歯を食いしばり、彼は苦しげに言葉を絞り出す。「……まだ柚魚のことを根に持っているのか?愛禾里、俺は死に物狂いでお前の元に帰ってきたんだ!それなのに、あんな昔の些細なことをまだ引きずっているのか?」

──些細なこと。

その一言で、愛禾里の胸が一瞬、空洞のように虚ろになった。

彼の口にした「些細なこと」という言葉が、これまで彼女が耐え忍んできたすべての痛みや苦しみ、暗闇で息が詰まりそうになった無数の夜を、軽々しく踏みにじった。

もはや何も言う気力はなかった。

彼女はただ、何年も捧げた青春を犬にでも食わせたのだと認めるしかなかった。

「もういい。あなたのような男と結婚するほどバカじゃない」

そう言い捨てて立ち上がり、更衣室へと歩き去った。

着替えて出てくると、時也の姿はもう消えていた。

スマホの画面が光り、小雨からのメッセージが届いている。

【愛禾里さん、これ、この前プールで騒いでいたあの二人じゃない?昨日偶然、結婚写真を撮ってるのを見かけたの。やっぱり愛禾里さんに送ったほうがいいと思う】

写真を開くと、真っ白なウェディングドレスを着た柚魚が、満面の笑みで時也の胸に寄り添っていた。

二人はまるで新婚夫婦そのものの甘い空気に包まれている。

──ついさっきまで、あの男は「結婚する相手はお前だけ」と言っていたのに。

愛禾里は口元をわずかに歪め、短く返信した。

【気にしないで。ただの部外者だから】

かつて愛し合った相手も、今ではただの部外者だ。それだけ。

返信を終えた直後、また見知らぬ番号からメッセージが届いた。

柚魚が何らかの手段で送ってきたものに違いない。

二枚の写真が添付されていた。

一枚目は、時也が穏やかな表情で柚魚に栄養食を食べさせている写真。

二枚目は、病院の超音波検査の結果と、柚魚の妊娠報告書。

愛禾里はしばらく写真を見つめ、心がふっと過去へ引き戻される感覚に襲われた。

過酷な深海任務の中で、彼女は時折病気で熱を出すこともあった。

潜水艦の限られた医療環境では、時也はいつもこうして、彼女のベッドサイドに座り、少しずつ水を飲ませ、流動食を食べさせてくれたのだった。

あの時の彼の優しい眼差し、そして低く真剣な声は、今まではっきり覚えている。

「愛禾里、早く良くなれ。俺たちは一生一緒だ」

そうして二人は長い時間を共に過ごした。

だが、最後は残酷な真実がその絆を断ち切った。

「一生」とは、こんなにも短いものだったのか。

愛禾里はもう何も感じたくなかった。

だが、また新しい通知が画面に浮かんだ。登録名は「X」のアカウントから、短いメッセージが届いた。

【今夜、飛行機が着く。夜に会おう】

彼女はわずかに唇を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。

だが、すぐに届いたもう一通のメッセージが、その笑みを凍りつかせた。

【明日の朝九時、役所の前で会おう。籍を入れる。もうわがままはやめろ】
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