蓮の身体がベッドに沈み、脚が自然に開かれる。
瑛司は蓮の表情をじっと見つめながら、コンドームを装着し、慎重に体重をかけていく。挿入の瞬間、シーツの上で微かに擦れる音と、蓮の短い息が絡み合う。「……ゆっくりで、いいよ」
蓮の声は震えていた。
瑛司の手が蓮の太腿を支え、肌が互いの熱にじっとりと貼り付く。最初の抵抗を越え、深く沈み込んだとき、瑛司の中で何かが確かに変わった。この身体の奥に入り込んでいく感覚は、ただの快楽ではなかった。
押し込まれる熱と、押し返す肉の柔らかさ――。自分が「中にいる」ことで、蓮の孤独の隙間ごと埋めてしまうのではないかという錯覚。しかしその一方で、絶対にすべてが溶け合うことはないのだという、乾いた事実もまた、肌と肌のあいだにひっそりと漂う。蓮が腕を伸ばし、瑛司の背中を抱き寄せた。
爪が軽く背筋をなぞる。「……瑛司さん」名前を呼ばれるたび、理性がさらに遠のく。動き出せば、あとは引き返せない。
蓮の中の熱が、全身にまとわりつくようだった。ゆっくりと、あるいは強く、何度も深く沈んでは、ふたりの息が一つの波のように重なり合う。「気持ちいい……?」
「……うん」
蓮は目を閉じ、受け入れるたび小さく身体を跳ねさせる。
その無防備さに、瑛司の胸がぎゅっと痛む。与えているのか、奪っているのか。欲望と優しさと罪悪感が、シーツのしわに滲んでいく。蓮の手が、瑛司の髪に絡まる。
指先が震えている。「……こんなふうにされたら、忘れられなくなる」
「俺もだ」
言葉は熱にまみれ、どこか虚ろに消える。
汗が額から首すじを伝い、シーツに染みていく。空気が重たく湿り、ふたりの肌がこすれるたび、世界の輪郭がぼやけていく。瑛司は一度、動きを緩め、蓮の頬
蓮の身体がベッドに沈み、脚が自然に開かれる。瑛司は蓮の表情をじっと見つめながら、コンドームを装着し、慎重に体重をかけていく。挿入の瞬間、シーツの上で微かに擦れる音と、蓮の短い息が絡み合う。「……ゆっくりで、いいよ」蓮の声は震えていた。瑛司の手が蓮の太腿を支え、肌が互いの熱にじっとりと貼り付く。最初の抵抗を越え、深く沈み込んだとき、瑛司の中で何かが確かに変わった。この身体の奥に入り込んでいく感覚は、ただの快楽ではなかった。押し込まれる熱と、押し返す肉の柔らかさ――。自分が「中にいる」ことで、蓮の孤独の隙間ごと埋めてしまうのではないかという錯覚。しかしその一方で、絶対にすべてが溶け合うことはないのだという、乾いた事実もまた、肌と肌のあいだにひっそりと漂う。蓮が腕を伸ばし、瑛司の背中を抱き寄せた。爪が軽く背筋をなぞる。「……瑛司さん」名前を呼ばれるたび、理性がさらに遠のく。動き出せば、あとは引き返せない。蓮の中の熱が、全身にまとわりつくようだった。ゆっくりと、あるいは強く、何度も深く沈んでは、ふたりの息が一つの波のように重なり合う。「気持ちいい……?」「……うん」蓮は目を閉じ、受け入れるたび小さく身体を跳ねさせる。その無防備さに、瑛司の胸がぎゅっと痛む。与えているのか、奪っているのか。欲望と優しさと罪悪感が、シーツのしわに滲んでいく。蓮の手が、瑛司の髪に絡まる。指先が震えている。「……こんなふうにされたら、忘れられなくなる」「俺もだ」言葉は熱にまみれ、どこか虚ろに消える。汗が額から首すじを伝い、シーツに染みていく。空気が重たく湿り、ふたりの肌がこすれるたび、世界の輪郭がぼやけていく。瑛司は一度、動きを緩め、蓮の頬
シャワーの音が止むと、ホテルの一室に重たい静けさが戻った。瑛司は浴室のガラス戸を押し開け、まだ湿気の残る髪をタオルで乱雑に拭く。鏡のなかに自分の顔がぼんやり映る。肌の赤みと、濡れた睫毛、唇の血色。普段よりずっと生々しい表情をしている気がした。部屋の明かりは薄暗く、ベッドサイドのスタンドだけが橙色の光を滲ませている。カーテンは閉められ、外の街灯や車の音も遠い。空調が低く唸る音と、湿度を含んだ夜の匂い。蓮は既にベッドに腰かけ、何かを考えているように、足元を眺めていた。バスローブの襟元から鎖骨がのぞき、片膝を上げたその姿は、どこか気怠く、そして美しい。瑛司は視線を泳がせながら、無言でベッドに近づいた。蓮が顔を上げる。その目の奥に、ほんの微かな緊張が揺れる。どちらからともなく手が伸び、指先が頬に触れた。温度が伝わる。それだけで、何かが決定的に崩れていく気がした。「……髪、まだ濡れてる」蓮の声が低く響く。瑛司はその声ごと、空気の重さを肺いっぱいに吸い込む。目が合った瞬間、互いの体温が、湿った空気に混じって急速に高まっていく。「蓮……」その名前を、声に出すたびに現実感が揺らぐ。蓮の睫毛が影を落とし、細い首筋がわずかに震える。「……そんなに見つめられると、困る」蓮は薄く笑いながら、瑛司の手首をそっと掴む。細い指が、優しくもどこか冷たく、皮膚の下にまで入り込んでくる。「やめたほうがいいって、思う?」「……思ってない」会話は、ただ唇の動きに合わせて熱を呼び込むだけのものだった。答えにならない答え。そのやりとりが、余計にふたりの距離を曖昧にしていく。瑛司はゆっくりと、蓮の身体に自分の体重を預ける。バスローブの布地越しに触れる胸の鼓動が、細く震えている。唇が触れ合い、熱い息が混ざる。一度、深くキスを交わすと、もう後戻りはできなくな
会議が終わったのは、もう夜の気配がオフィスの窓ガラスを濃く染めてからだった。昼間はひっきりなしに行き交う人影も、夜になると途端に消える。フロアの明かりも半分は落とされ、残るのはプロジェクトチーム数人だけ。雑然とした書類やパソコンの青白い光だけが、静かに仕事の名残を照らしている。「追加の打ち合わせ、今から大丈夫ですか?」蓮の声が背後からかかる。瑛司はPCの画面を閉じ、書類を重ねて立ち上がる。「いいよ、こっちの会議室使おう」ふたりで小さな会議室へ移動する。細い廊下を歩くあいだ、足音がやけに響いた。すれ違う社員はもういない。自動販売機のモーター音と、ビルの外からわずかに聞こえる車の走行音だけが耳に残る。会議室のドアを閉めると、世界が一段階、静かになった。四角いテーブルの端にパソコンと書類を並べ、斜め向かいに蓮が座る。蛍光灯の白い光が、ふたりの輪郭をくっきりと切り出す。「資料のこの部分、もう一案出すつもりだけど、方向性は合ってる?」「うん、現状のも良いけど…もう少し“手触り”があるほうがブランドらしいと思う。たとえば、実際のユーザーに寄せたトーンとか」「なるほど。じゃあラフをいくつか組み直すよ」蓮は淡々と答える。ノートPCを操作する指は、相変わらず無駄がなく、静かに美しい。だがその目線が一度だけ、瑛司の瞳に重なる。静かな熱の通い合い。その瞬間だけ、打ち合わせという仮面が微かに剥がれる。「東條さんは…どうしてそんなに真面目なんですか?」「え?」「会議でも、普段も。ずっと“きちんとした上司”の顔してる。誰も近寄らせないみたいに」「そんなつもりは…」「でも、時々、ぜんぜん違う顔をしてる」蓮の声が静かに部屋を満たす。その声色に、瑛司は心臓を強く掴まれるような錯覚を覚えた。逃げ場のない空間で、言葉だけがじわじわと熱を帯びていく。
瑛司はパソコンの画面を見つめながら、何度目か分からない深呼吸を繰り返していた。オフィスは昼下がりの光でやわらかく照らされている。天井の蛍光灯が窓からの光と溶け合い、机の上のコーヒーカップや紙資料に、鈍い影を落としている。周囲では、部下たちがそれぞれの仕事に追われている。キーボードを打つ音、マウスのクリック、誰かの笑い声。けれど、そのざわめきのどこにも、瑛司の意識は繋がっていかなかった。新しいプロジェクトは予想以上の規模になっていた。やるべきことは山積みで、外部スタッフやクライアント、社内調整のメールが絶え間なく届く。そのなかで、笠原蓮――アートディレクターとして加わった蓮だけが、瑛司の心の奥で静かに棘のように刺さっていた。社内チャットの通知が短く震える。「東條さん、さっき送ったビジュアルの確認をお願いします」送り主は、笠原蓮。いつもの丁寧な口調。だが、画面の文字を目で追うだけで、昨日の会議で見せた横顔や、ほんの一瞬の視線の残像が蘇る。蓮のメールには余計な絵文字も飾りもない。それなのに、そこに籠もる体温や、余白の意味をつい探ってしまう自分がいる。「確認した。すぐにフィードバックを返す」瑛司は一度だけキーボードの上で指を止める。“業務連絡”だけを装いたい。だが、気づけばどんなやり取りも蓮との密かな文通のように感じ始めていた。PC画面の中のデータ。蓮が作った新しいメインビジュアル案は、女性の横顔を淡い水色と灰色のグラデーションのなかに溶かし込むように配置されている。モデルの目線は画面の外、見えない何かを探すように遠くを見ていた。瑛司はデータを拡大し、ディテールを細かく見るふりをしながら、その色の滲みやフォントの選び方ひとつひとつに、蓮の手癖や美意識を探した。“どこまでがビジネスで、どこまでが自分に向けた仕掛けなのか”判断できない曖昧な境界が、むしろ瑛司の神経をくすぐった。会議で蓮と対面するたび、最初の数分は何でもない
夕方、オフィスの照明が淡く変わる。昼間の喧騒が徐々に沈静し、窓の外には群青色の空と、街のネオンがぼんやり映り始めていた。社員たちは徐々に自席を立ち、定時を待つ者、早めに会議を切り上げて帰宅する者。プロジェクトルームだけが、未だ小さな灯りに照らされていた。瑛司は自席で資料の山に埋もれ、進行表をチェックしていた。手元のPCには蓮から送られてきたデザインラフと企画案が開かれている。受信ボックスに現れた添付ファイル。そのタイトルだけで、胸の奥が不意にざわめくのを止められなかった。ファイルを開くと、画面いっぱいに滑らかな曲線と、淡いトーンの写真、言葉の余白が繊細に配置されたデザインが現れる。ラフに添えられた短いコメント。「素肌を、素肌のまま捉える。守らず、隠さず、ただ光の中に晒す」瑛司は、モニターを凝視した。ただのビジュアルではなかった。その奥に、誰にも触れられない「何か」が流れ込んでいた。柔らかく、けれど芯を持つ線。何かに守られず、しかし無防備でもない。その構成には、どこか蓮の“夜”の気配が溶けていた。デザインを見ているだけで、皮膚の下に熱が走る。仕事の相手として、評価を言語化しなくてはならない。だが、どんな単語を探しても、胸に詰まるのはただ静かな渇望だった。PCに指先を添えたまま、瑛司は小さく息を吐く。「美しい」とは違う。「新しい」でも「意外性がある」でもない。それは、どこかで自分の奥底を呼び起こすもの。誰にも踏み込めない熱を、ただ“見せて”くるものだった。社内チャットが鳴る。蓮からのメッセージが届く。「ご確認いただけましたら、率直な感想をお願いします」「すぐに見ました。素晴らしいです」そう返してから、画面のカーソルが空白のまま止まる。本当に伝えたいのは、もっと別の熱だ。理屈も分析も通用しないもの。会議室では、他のスタッフが集まり、蓮が紙のラフと資料を並べていた
午後の会議が終わったあと、オフィスの空気は少しだけやわらいでいた。外はまだ明るい。窓越しに見える空の色は春めいた淡い青で、光が書類やパソコンのディスプレイに反射して揺れている。ガラス張りの会議室から出てきた蓮を、プロジェクトメンバーたちが囲んだ。歓迎ムードは素直で無邪気、けれどどこか少し浮かれてもいる。「笠原さん、実物の方がずっと若いですね!インスタもフォローしてます!」「前のキャンペーンのグラフィック、すごく好きでした」「どんな風にアイデア出してるんですか?」弾んだ声が幾重にも重なり、蓮は一瞬目を細める。それから、柔らかく口元を緩め、的確に言葉を返した。「ありがとうございます。SNSはスタッフに任せてるので、ちょっと照れますね」「企画は…いつも頭のどこかで考えてるかもしれません。仕事じゃない時間でも」そう言いながら、蓮は他人行儀な距離感を絶妙に保つ。どんな質問にも笑顔で受け流し、けれど本当の核心には触れさせない。その様子を瑛司は、少し離れた位置から眺めていた。瑛司の視線が蓮に触れた瞬間、蓮もまた一瞬だけ瑛司を見た。その目に、他の誰にも分からない熱と静けさが潜んでいる。名も呼ばず、触れもしない。だが、その間に何度も交わされた吐息や、夜の湿度が脈打つように蘇る。「東條さん、笠原さん、よかったらランチ一緒にどうですか?」若手社員が声をかけた。会議室の壁を背にした蓮が、わずかに視線を動かす。「ご一緒させていただきます」プロの顔だ。瑛司も「ありがとう、みんなで行こうか」と答える。エレベーターを降り、ビルの外へ出る。街は午後の光に満ち、オフィス街のランチタイムは喧騒と香ばしい匂いで溢れていた。予約していたイタリアンの店内。四人がけのテーブルを囲み、パスタやサラダが並ぶ。プロジェクトメンバーたちはメニューやドレッシングの好みを楽しげに語り合い、気軽な話題で盛り上がる。「このへん