LOGIN翌週の火曜日。春斗は珍しく午前中のシフトに入っていた。通常は水曜日からのシフトだが、同僚が体調を崩したため代わりに出勤していた。
店内には客が二人。新聞を読むサラリーマンと、ノートパソコンに向かう女子大生。春斗はカウンターでグラスを磨きながら、明日会えるユキのことを考えていた。
彼女が伝えたいこと。それが何であれ、春斗は真剣に受け止めようと決めていた。量子もつれの話をした時の彼女の表情が、頭から離れない。
午後二時。ドアベルが鳴った。
春斗は顔を上げて、息を呑んだ。
入ってきたのはユキだった。いつもは水曜日にしか来ない彼女が、火曜日に。しかも様子がおかしい。顔色が悪く、足取りが不安定だ。
「ユキさん!」
春斗はカウンターから飛び出した。ユキは春斗を見つけると、安堵の表情を浮かべた。
「春斗さん……よかった、いてくれて」
「どうしたんですか? 体調が悪いんですか?」
「違うの。今日は火曜日だから」
「火曜日?」
ユキは窓際の席――いつもの席に座った。春斗も隣に座る。
「私ね、本当は火曜日には外出しないようにしてるの」
「なぜです?」
ユキは震える手をテーブルの上に置いた。その手が、わずかに透けているように見えた。
春斗は目を疑った。幻覚か? いや、確かにユキの右手が、まるでスモークガラスのように半透明になっている。
「これが、火曜日の私」
ユキは静かに言った。
「火曜日になると、私の分子構造が不安定になるの。存在確率が下がる」
「存在確率……?」
春斗の脳裏に、量子力学の波動関数が浮かんだ。粒子の存在確率を示す数学的記述。しかしそれは原子レベルの話であって、人間の身体全体に適用されるはずが――
「信じられないと思う。私も最初は信じられなかった」
ユキの左手も徐々に透明度を増していく。春斗は反射的に彼女の手を掴んだ。
手は確かにそこにあった。温かさも、柔らかさも。でも、視覚的には透けている。
「いつからですか?」
「半年前から。最初は軽い目眩程度だったけど、段々ひどくなって。今では火曜日の午後になると、こうなる」
ユキの腕全体が透明になっていく。服は普通に見えるが、その中の身体が薄れていく様子は、春斗の理解を超えていた。
「医者には?」
「行った。でも検査結果は全部正常。火曜日以外は完全に普通だから、精神的なものだろうって」
「精神的なもので、身体が透明になる?」
「私もそう思った。でも、写真を撮っても透けて写るの。鏡にも透明に映る。これは幻覚じゃない」
春斗は混乱していた。目の前の現象は、物理学のあらゆる常識を覆している。人間の身体を構成する原子は、日常的なスケールでは確定的な位置を持つはずだ。量子的な不確定性が巨視的に現れるなど――
待て。
春斗の思考が加速する。量子デコヒーレンス。巨視的な物体が量子的な重ね合わせ状態を失うプロセス。通常、大きな物体は環境との相互作用によって瞬時にデコヒーレンスを起こし、古典的な状態に収束する。
しかし、もしその過程が何らかの理由で阻害されたら?
「ユキさん、火曜日に何か特別なことが起きますか? 環境の変化とか」
「分からない。でも……」
ユキは窓の外を見た。
「火曜日だけ、世界の見え方が違う気がするの。色が薄く見えたり、音が遠く聞こえたり」
「観測が不安定になっている」
春斗は呟いた。
「あなたの意識が、周囲の環境を観測する機能が、火曜日だけ弱まっている。だから逆に、環境からあなたへの観測も弱まって、存在確率が――」
その時、ユキの上半身全体が透明になった。彼女の顔は辛うじて輪郭が見える程度だ。
「春斗さん……怖い」
ユキの声は震えていた。
「消えちゃうんじゃないかって、いつも思う。火曜日の夜まで、じっと家にいて、ただ時間が過ぎるのを待つの」
「今日はどうして外に?」
「あなたに会いたかった」
透明な顔の中で、ユキの瞳だけがはっきりと見えた。
「来週まで待てなかった。もしかしたら次の火曜日には、完全に消えちゃうかもしれないから」
春斗は立ち上がった。店の奥に、オーナーの書斎がある。そこには量子物理学の専門書が山ほど揃っている。何か手がかりがあるはずだ。
「待ってて。必ず方法を見つける」
「春斗さん」
ユキが春斗の手を掴んだ。透明な手なのに、確かな力で。
「あなたが、ここにいてくれるだけで少し楽になる。不思議」
「観測者効果かもしれない」
春斗は即座に答えた。
「僕があなたを観測することで、あなたの存在確率が上がる」
「本当に?」
「分からない。でも試してみる価値はある」
春斗はユキの隣に座り直し、彼女の手を両手で包んだ。
「今から、あなたを観測し続ける。意識を集中して、あなたの存在を確認し続ける」
春斗はユキを見つめた。彼女の輪郭、髪の流れ、瞳の色、唇の形。全てを記憶に刻み込むように。
数分が経過した。
ユキの身体に、わずかに色が戻り始めた。
「あ……」
ユキが声を上げた。
「本当だ。少し、実体が戻ってきてる」
春斗も驚いた。まさか本当に効果があるとは。
「観測が状態を確定させる。量子力学の基本原理だ」
「でも、どうして春斗さんの観測だけ? 他の人に見られても変わらなかったのに」
「それは……」
春斗は言葉に詰まった。科学的な説明を探そうとしたが、見つからない。
コーヒー豆の袋から、また囁きが聞こえた気がした。
「……特別な観測者……愛の観測……」
春斗は頭を振った。今は幻聴のことなど考えている場合ではない。
「とにかく、僕が観測し続ければ、あなたの存在は安定する」
「ずっと?」
「ずっと」
春斗は頷いた。
「少なくとも、火曜日が終わるまでは」
ユキの身体が徐々に不透明度を取り戻していく。それでも完全には戻らず、薄い霧がかかったような状態が続いた。
春斗はユキの手を握ったまま、彼女と向かい合って座り続けた。他の客が不思議そうに見ているが、構わない。
「春斗さん、仕事は?」
「今日はもう客も少ないし、大丈夫」
実際、サラリーマンも女子大生も帰っていて、店内には二人きりだった。
「ありがとう」
ユキは涙ぐんでいた。
「誰にも話せなかった。言っても信じてもらえないし、変な人だと思われるだけだから」
「僕は信じる。目の前で起きていることを否定する理由はない」
「科学者なのに?」
「科学者だからこそ、観測事実を尊重する」
春斗は微笑んだ。
「それに、量子力学の世界では、もっと不思議なことが日常的に起きてる。電子は同時に複数の場所に存在できるし、粒子は観測されるまで状態が確定しない。あなたの現象だって、スケールが違うだけで本質は同じかもしれない」
「春斗さんは、怖くない? 私みたいな変な人」
「変じゃない。特別なだけ」
春斗は真剣に言った。
「それに、もし本当に量子的な現象なら、解決方法があるはずだ。観測、デコヒーレンス制御、環境との相互作用の最適化……何か方法がある」
ユキは春斗の手を強く握り返した。
「私、春斗さんに会えてよかった」
「僕も」
二人はしばらく黙って座っていた。窓の外では夕陽が傾き始めている。
午後五時を過ぎると、ユキの身体は徐々に不透明度を増していった。春斗の観測を続けていたこともあるだろうが、時間帯の影響も大きいようだ。
「火曜日の夜になると、だんだん戻るの」
ユキが説明した。
「午後二時から四時くらいが一番ひどい」
「では、その時間帯の環境要因を調べる必要がある」
春斗は思考を巡らせた。
「あと、なぜ火曜日だけなのか。曜日というのは人為的な概念だから、物理的な意味はないはずだけど……」
「私の主観的な時間認識が関係してるのかも」
ユキは自分の手のひらを見つめた。ほぼ元の状態に戻っている。
「火曜日は、私にとって特別な日だったの。昔」
「どんな?」
「それは……また今度話す」
ユキは立ち上がった。
「もう大丈夫。ありがとう、春斗さん」
「明日も来てください。水曜日なら、いつも通り大丈夫でしょう?」
「うん。それと……」
ユキは頬を赤らめた。
「来週の火曜日も、ここに来ていい? 春斗さんがいれば、安心だから」
「もちろん。僕がいる日なら、いつでも」
ユキは嬉しそうに微笑んで、店を出た。
春斗は彼女の後ろ姿を見送りながら、胸の高鳴りを感じていた。これは科学的好奇心だけではない。もっと個人的な、感情的な何かだ。
カウンターに戻ると、コーヒー豆の袋が微かに光っている気がした。
「……恋だよ、それは……」
春斗は苦笑した。コーヒー豆に恋愛相談されるとは思わなかった。
でも、豆の言う通りかもしれない。
彼は、雪村透子という謎めいた女性に、確実に惹かれていた。
別の世界線。 春斗は大学の教授として、量子力学を教えていた。研究室には学生たちが集まり、最新の実験について議論している。 窓の外を見ると、キャンパスの桜が咲いている。 ふと、既視感を覚えた。 誰かを待っているような。大切な何かを忘れているような。 その時、研究室のドアがノックされた。「失礼します」 入ってきたのは、見知らぬ女性だった。でも、どこか懐かしい。「雪村透子と申します。先生の講義を聴講したいのですが」「ああ、どうぞ。量子力学に興味が?」「はい。特に、観測問題について」 春斗は微笑んだ。「良いテーマだ。観測とは何か。それは、哲学的にも物理学的にも、最も深い問いの一つだ」 ユキは窓際の席に座った。 春斗は講義を始めた。量子もつれ、重ね合わせ、不確定性原理。 そして、観測の役割。「観測するという行為が、現実を創造する」 春斗は黒板に数式を書いた。「観測されるまで、粒子の状態は確定しない。全ての可能性が重なり合っている」 ユキは熱心にメモを取っていた。 講義の後、ユキは春斗に近づいた。「先生、質問があるんです」「何でしょう」「もし、人間同士でも量子もつれが起きたら、どうなりますか?」 春斗は驚いた。「面白い質問だね。理論的には……」 彼は考え込んだ。「二人の意識が完全に相関する。互いを観測し続けることで、互いの存在を保証する」「それって、愛みたいですね」 ユキが微笑んだ。 春斗の心臓が跳ねた。 この感覚。どこかで経験したような。「そうかもしれない」 春斗は正直に答えた。「愛とは、究極の観測かもしれない」 二人は見つめ合った。 初対面なのに、まるで昔から知っているよう
それから一年が経った。 春斗とユキは量子カフェを引き継ぎ、共同経営者となっていた。オーナーとクライン博士は研究に戻り、華憐は大学で「量子意識学」という新しい分野を立ち上げた。 量子カフェは、不思議な人々の集まる場所として知られるようになった。時間がずれて見える人、確率的にしか未来が見えない人、複数の世界線を行き来する人。 彼らは皆、春斗とユキのもとを訪れた。そして、観測されることで安定を取り戻した。「観測とは、愛だ」 春斗は客に説明する。「誰かが君を見ている。理解しようとしている。それだけで、君の存在は確かになる」 ユキはコーヒーを淹れながら微笑む。「このコーヒーも、観測されるまでは味が確定しない。でも、誰かが飲んだ瞬間、完璧な味になる」 豆たちは今も喋る。時々、恋愛相談に乗ってくれる。「恋とは量子もつれだ! 相手と繋がることで、自分も変わる!」 ある火曜日の午後。かつてユキが透明になっていた時間帯。 店には若いカップルが来ていた。男性は不安そうに、女性の手を握っている。「彼女が、時々透けて見えるんです」 男性が相談する。「医者に行っても異常なしで……でも、確かに透けてる」 春斗とユキは顔を見合わせた。「分かります」 ユキが優しく言った。「私も同じでした」 彼女は自分の経験を語った。恐怖、孤独、そして救い。「でも、大丈夫。彼がいれば」 ユキは春斗を見た。「観測し続けることで、存在は安定する。愛することで、相手を現実に繋ぎ止められる」 若い男性は涙ぐんだ。「本当ですか?」「本当です」 春斗は頷いた。「僕たちが証明です」 カップルは帰り際、何度も礼を言った。希望を持って。 夕方、華憐が店を訪れた。「論文、アクセプトされたわ」「おめで
量子もつれ状態になってから一ヶ月が経った。春斗とユキの生活は、不思議な調和に満ちていた。 互いの感情が分かるため、些細な誤解が生じない。相手が何を望んでいるか、何を恐れているか、言葉にしなくても理解できる。 しかし、それは同時に、個人のプライバシーがないということでもあった。 ある日、ユキが沈んだ表情をしていた。春斗には理由が分かった。彼女の心に流れ込んでくる感情――罪悪感、不安、自己嫌悪。「ユキ、大丈夫?」「うん……でも」 ユキは俯いた。「私のせいで、春斗さんまで量子的に不安定になっちゃった」「それは僕の選択だ」「でも、普通の人生を奪っちゃった」 春斗はユキを抱きしめた。「普通の人生より、君との人生の方がいい」「本当に?」「本当だ」 二人は量子カフェで働いていた。オーナーは春斗を正社員にし、ユキもパートとして雇った。 店には不思議な客が増えていた。量子的な異常を抱えた人々。時間がズレて見える人、複数の場所に同時存在する人、確率でしか未来が見えない人。 この街には、量子的な異常が蔓延しているらしい。量子カフェが、その中心にあるかのように。 華憐も頻繁に店を訪れた。彼女は春斗とユキの量子状態を研究し、論文を書いていた。「二人の存在確率は、完全に相関してる」 華憐は興奮気味に説明した。「片方の状態を測定すると、もう片方の状態が瞬時に決まる。距離に関係なく」「それが量子もつれ」「そう。でも、人間レベルでこれが起きるなんて……ノーベル賞ものよ」 ユキは苦笑した。「私たち、実験動物みたいね」「ごめん。でも、これは科学史に残る発見なの」 華憐は真剣に言った。「意識と量子力学の関係を、初めて実証できる」 その日の夕方、緊急事態が起きた。 逆行公園から異常な量子場
プロポーズから一週間が経った。春斗とユキは婚姻届を準備し、華憐は二人の量子状態を継続的に監視していた。 しかし、問題は解決していなかった。 火曜日、ユキは再び透明化し始めた。プロポーズ後の最初の火曜日。「どうして……」 ユキは絶望的な表情で自分の手を見た。「春斗さんと繋がったのに……」 華憐は測定データを分析していた。「婚姻届だけでは不十分だったみたい。法的な結びつきは、量子レベルでは弱すぎる」「じゃあ、どうすれば……」 春斗が問うと、華憐は深刻な表情で答えた。「量子もつれの本質は、状態の完全な共有。二つの粒子が、もはや個別には記述できないほど結びつく」「つまり?」「あなたがユキの状態を完全に引き受けるか、ユキがあなたの状態を完全に引き受けるか」 華憐は測定器を見せた。「今のままでは、ユキだけが量子的不安定性を抱えている。あなたは古典的な状態のまま。これでは片側だけの観測になる」「双方向の観測が必要?」「そう。ユキがあなたを観測し、あなたがユキを観測する。相互観測によって、初めて完全な量子もつれが成立する」 ユキは春斗を見た。「春斗さんも、不安定になるってこと?」「理論的には」 華憐は頷いた。「でも、それが唯一の解決策かもしれない」 春斗は迷わなかった。「やる。ユキと同じ状態になる」「春斗さん、危険だよ! 消えるかもしれない!」「君が消えるより、一緒に消える方がいい」 春斗はユキの手を握った。「どうすればいい、華憐?」「逆行公園でもう一度、世界線の分岐点を観測する。そこで春斗も同じ選択をする。生と死の境界に立つ」「つまり、僕も事故に遭う?」「似たような状況を作り出す必要がある。意識が極限状態に置かれ、量子
火曜日の朝、春斗は量子カフェの前でユキを待っていた。曇り空の下、街は静かだった。 午前十時、ユキが現れた。すでに身体が薄く透けている。「春斗さん……」 ユキは不安そうに春斗を見た。「大丈夫。今日は華憐さんも来てくれる」「華憐さん?」「元恋人で、量子物理学者。君を助けたいって」 ユキは複雑な表情をした。「元恋人……それって、大丈夫なの?」「大丈夫。華憐は味方だよ」 その時、華憐が到着した。リュックには測定機器が詰まっている。「初めまして、雪村さん。華憐です」「ユキです……」 二人の女性は握手した。ユキの手は半透明で、華憐はそれを興味深そうに観察した。「本当に透けてる……量子デコヒーレンスの抑制が起きてる」「そうみたいです」 ユキは自分の手を見た。「春斗さんと一緒にいると、少しマシになるんですけど」「観測者効果ね。意識を伴う観測が、波動関数を収束させる」 華憐は測定器を取り出した。「まず、あなたの量子コヒーレンス度を測定させて」「量子コヒーレンス度?」「巨視的な物体がどれだけ量子的性質を保持しているかの指標。通常、人間の身体は完全に古典的だから、測定値はほぼゼロ。でもあなたは……」 華憐が機器をユキに向けると、異常な数値が表示された。「コヒーレンス度0.67……信じられない。これは単一原子レベルの値よ」「それって、どういうこと?」 ユキが不安そうに聞く。「あなたの身体が、量子的な重ね合わせ状態にあるってこと。複数の状態が同時に存在している」 華憐は驚愕の表情で続けた。「普通ならあり得ない。環境との相互作用で即座にデコヒーレンスを起こすはず。で
春斗とユキの関係は、奇妙な日常へと変化していった。水曜日は恋人としてのデート。火曜日は科学的実験と観測。そして他の曜日は、互いの生活を尊重した適度な距離。 しかし、彼らの周りで不可解な現象が増え始めた。 ある木曜日の午後、春斗がコーヒーを淹れていると、豆の袋から明確な声が聞こえた。「ハルト、聞こえるか?」 春斗は飛び上がりそうになった。「誰だ?」「我々だ。コロンビア産アラビカ種、ロースト度はミディアム。君の店で働いている」 春斗は豆の袋を凝視した。中で豆たちが小刻みに揺れている。「コーヒー豆が……喋ってる?」「正確には、我々の集合意識が君の意識と共鳴している。この店の量子場が、通常とは異なる状態にあるからだ」 春斗は椅子に座り込んだ。「これは夢か?」「現実だ。君とユキの関係が、この空間の量子コヒーレンスを高めている。結果、我々のような微細な意識体も発現できるようになった」「微細な意識体?」「全ての物質には原始的な意識がある。普段は観測されないだけだ。しかし君たちの愛が生み出す観測場は特別だ。未観測のものを観測可能にする」 春斗は混乱していた。しかし、ユキの存在を受け入れた今、コーヒー豆の意識を否定する理由もない。「それで、何の用だ?」「忠告だ。ユキの状態は予想以上に不安定だ。火曜日の存在確率低下は、単なる一時的現象ではない。恒久的な消失への序曲だ」 春斗の血の気が引いた。「どういうことだ?」「彼女の自己観測能力は、週を追うごとに減衰している。やがて火曜日だけでなく、他の曜日にも影響が及ぶ。最終的には――」「消える?」「その可能性がある。だから君の観測が必要なのだ。しかし、それだけでは不十分かもしれない」 豆たちの声には、珍しく深刻さが含まれていた。「何をすればいい?」「まず、逆行公園に行け」「逆行公園?」「