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銀のとばりは夜を隠す
銀のとばりは夜を隠す
Auteur: ニノハラ リョウ

プロローグ その1

last update Dernière mise à jour: 2025-04-06 01:05:17

 ずるりと手や腕に絡みつくその感触は、高級な絹糸のようにさらさらで、どこまでも柔らかくて。

 持ち主の体温を存分に含んでいる事がありありと伝わる温もりは、どこまでも現実を突きつけてきて。

 呆然としながら、自分の手のうちにバサリと飛び込んできたその銀色に輝く塊の正体を把握すれば。

「ぴえぇ?!」

 人間らしい言葉の一つも出なくなるってものです。

「……貴様……やってくれたな?」

 つい先程まで、銀糸のように美しい髪をさらりと靡かせて、ピンと背筋を伸ばした美しい立ち姿で、鈴を転がすようなという表現がピッタリの声を震わせて、自らを公爵家の令嬢だと名乗ったはずのその人が。

 どうして男の人のように短く整えられた、夜空みたいに艶めく黒髪をさらりと揺らしながら、わたしを壁際に追い詰めているのか。

 どうして過渡期の少年のようなちょっと低めの掠れた声で、わたしの名を呼ぶのか。

 どうしてわたしの手の内にある銀色をした毛束の塊が、目の前の御仁の頭から落ちてきたのか。

 わたしにはさっぱり理解できなかったのです。

◇◇◇

 わたしの名前はレリアーヌ。レリアーヌ・バタンテール。親しい人にはレアって呼ばれてます。

 辺境のバタンテール辺境伯家の娘です。

 まぁ、辺境伯家と言えばなんかイイ感じですが、要はド田舎です。王都の人達から言わせれば所詮ヨソモノです。

 何故かと言うと、我が国、クレスタ王国は、王家と三大公爵家によって建国された歴史ある大国なのですが、大国というからには色々あったわけですよ。

 こう……国土を広げる為に、穏便に、時には不穏に周辺の土地を、その土地に住む人々を取り込んでいったのです。

 で、我が家もその一部でして、元は蛮族と呼ばれる山や森や大地と共存していくスタイルの民族だったのですが、大国の手は迫るし、大国からもたらされる圧倒的な技術に気圧されるしで、このままでは早晩立ちいかなくなるだろうと……。

 ついでに、ちょっと嫌な感じの『厄介な隣人』がいたのもあって……。

 そこで当時の長的立場だった我が家のご先祖様が決断されたそうです。

 森の恵みや山から採れる鉱物、蛮族と呼ばれる所以となった戦闘技術を提供する代わりに、クレスタ王国の配下にくだろうと。

 時の国王陛下はそれをお認めになり、中心となって動いていた我が家に辺境伯の地位を与え、我々の住処であった土地を治めるようにと定められました。

 もちろん当時のクレスタ王国の貴族達からある程度の反発はあったようです。

 そりゃ資源もりもりですからね、うちの領地。

 我が物にしたいと虎視眈々と狙っていた方もいた事でしょう。沢山。

 それでも、その貴族達が暴挙に出なかったのは、先にあげた我らが民の戦闘技術があったおかげです。

 幼い頃から鍛錬を始め鍛え上げていく我が民は、男は勿論の事、女子供も侮れない戦士です。

 戦士一人で当時の王国の騎士達が束になっても敵わなかったと記録があるくらいですから、推して知るべしです。

 そんなこんなありまして、我が家は辺境伯家となりました。

 因みに、現在その戦闘技術を受け継いでいるのは我が家と、我が家に連なる血族のみです。

 強すぎる力は時として争いの元になりますから、限られた人間だけで受け継いできたのです。

 もちろん、常人でも使える技術は率先して国に提供してきたのは言うまでもありませんし、国から要請があれば、護衛の真似事のような事もしております。

 そんな訳で、令嬢とは言え辺境伯家の一族であるわたしはまぁ、それなりに……そうゆう事です。

 その結果、何が起きたかと言うと、まぁ、面倒ごと……と言うか、傍から見えれば栄誉な事なのでしょうが、田舎者のわたしにすれば厄介事の何物でもない事に巻き込まれたわけです。

 その結果、更なる厄介事に巻き込まれるとか……聞いてないんですがっ!?

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