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第12話

last update Last Updated: 2025-04-22 17:00:58

「……何か言い訳はあるか?」

 ティボー公爵家の豪奢なタウンハウスの一室。

 足を高々と組んで、我が家には絶対になさそうな豪奢な椅子にふんぞり返って座るロベール・アラン・ティボー・ル・ロワ様。

 というかそんなに足を高く組まれると、スカートの中が見えて……あ、今日はご令息のお姿なので大丈夫ですね。はい。

 そして、一応わたしも令嬢なんで、椅子の前……と言うか、下で正座するのはできれば止めたいのですが?

 って、この状況、既視感ありますね?

「……いったいなんのことか、わかりかねますが?」

 だらだらと冷や汗を流しながら、つぃぃっと目の前の御仁から目を逸らす。

 ……ガシリと女性にしてはしっかりとした、男性らしい指先がわたしの顎を掴む。

 そのまま正面を向かされ、視界一杯に広がったのは……。

 綺麗な紅眼に不機嫌な色を乗せ、これまた不機嫌そうに歪んだ、アラン様のお顔だった。

 ……こんなお顔をさせる為に、頑張った訳じゃないんだけどな?

 チクリと胸を刺す痛みは何処から来るのか……。

 顎を掴まれたまま、立ち上がるよう促されて、そのまま流れるようにアラン様のお膝の上に横座り……ってなんで?!

 距離感おかしくないですか?!

「距離感おかしくないですか?!」

「……問題ない。婚約者同士のふれあいだからな」

 スパンと断言するアラン様。

 って、そのお話、まだ納得していないんですが?!

「……いいのか? お前が俺の婚約者だったから……今回の件、お咎めなしになったんだけどなぁ」

 不本意が顔に出ていたのだろう。

 アラン様がそのお美しい顔を意地悪気にニヤニヤさせて、わたしの
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     すぅっと息を吸い込んで、キンと冷たい朝の空気を取り込む。  身体の隅々までいきわたるように深く深く。  そして吐き出す。  細く長く。  肺の奥の空気まで。  全てを。 それを何度か繰り返してから瞑っていた目を開ける。  澄んだ視界に映る木々は、今日も緑濃く鮮やかだ。 今日の朝練にと持っていた模擬剣を正眼に構える。  女学院内では持ち歩けず、取り回しも難しいので滅多に出番がないが、ないからこそ鍛錬は怠れない。 森の中から姿を現した幻の標的を相手取り、剣を振るう。 右へ躱して、剣を薙ぐ。  体勢を落として足を狙う。  倒れ伏した敵に剣を突き立てれば、幻は消え去っていった。 模擬剣を一振りして、鞘に戻す。 辺りはしぃんと静まり返っていた。  不自然なほどに。  周囲に目を向けてもなんの気配もない。 いつもいる鳥の気配も。何一つ感じない。 ぐっと地面を踏みしめて、僅かに腰を落とす。  何が現れてもすぐ対処できるように。 それが……わたしたちバタンテール辺境伯家の在り方だから。 ざわりとうなじの毛が逆立った瞬間、大きな黒い鳥が直ぐ近くの木に降り立った。  油断なく大鳥に、周囲に注意を払う。 まるで時が止まったかのような錯覚を覚えるほどに、黒い鳥に視線を向けたまま膠着する。  黒い鳥もまた、置物のように動かない。 しばしの後。  大鳥は一声不気味な鳴き声を上げると、飛び去っていった。    その瞬間、周囲に音が戻った。 鳥のさえずりが響き、風がそよいで木立を揺らす。 ざわりざわりと騒めくそれに、思わずほっと息を吐く。「……なんだってこんな……」 わたしの呟きは誰に聞かれることなく消えていった。  ◇◇◇ 「……ア? レア?」 女性にしては低めの声がわた

  • 銀のとばりは夜を隠す   エピローグ

     で、結局どうなったかというと。 隣国の王女サマのご遺体と、その仲間達のご遺体……と呼べるかどうかの物を持って、我らが王太子殿下が隣国へと乗り込んだらしい。 最初は溺愛していた|王女《むすめ》を無残に殺された国王が大激怒して、わたしの身柄は隣国へと引渡され、我が一族も全員死罪、隣国との開戦待ったなしだったらしいが……。 王女サマのご遺体からも見て取れる変容が、仲間達の人の手ではとても行えない無残な遺体の様子が、全て『厄災』の手をとったからだと明らかになった瞬間、風向きは変わった。 ……それだけどの国でも『厄災』は禁忌とされていて、その嫌悪感は根強い。 だからこそ、『厄災』の手をとるような愚かな王女を育てたと隣国の王は、自分の息子でもある隣国の王太子に糾弾され、あっという間にその座を追われ、王女の生母でもある側妃、というか向こうの国でも側室制度はないそうだから、非公認の愛妾共々、離宮へと追放されたらしい。 そして、空座になった玉座を継いだ隣国の王太子は、むしろ我が国に謝辞の意を表明し、わたしは『厄災』の手下と化した|異母妹《おうじょ》を退けた勇気ある者として讃えてくれたそうな。……て、そこまで言わせるって、あの王女サマはお異母兄様に嫌われ過ぎじゃないか? いったい何をしでかしてたのだろう? まぁ、深くは知りたくないけど。 それを満面の笑みで教えてくれた我が国の王太子殿下は、その時ついでに~と、とんでもない事を教えてくれた。 曰く、今までは内定という形で公にされていなかっただけの、ティポー公爵令息ロベール・アラン・ティボー・ル・ロワと、バタンテール辺境伯令嬢レリアーヌ・バタンテールの婚約を広く公にすると。 なんでも、隣国に留学しているティボー公爵令息様は、ティポー公爵令嬢であるアン様がそのお命を狙われていると知って、心配のあまり一時帰国されていたそうで。 で、その際にたまたま、たまたま? アン様と仲が良い、婚約者候補でもあったバタンテール辺境伯令嬢が、妹御の代わりに攫われた事を知ったそうな。

  • 銀のとばりは夜を隠す   第15話

    「レリアーヌ、其方にも苦労を掛けたな。まさかこんな形で其方の力を借りることになるとは……」「……発言を」 わたしの言葉に、こくりと陛下が頷かれる。「皆様は、わたくしをアン・ティボー公爵令嬢様の護衛に付けた段階で、『厄介な隣人』の介入を想定されていたのですか?」 わたしの言葉に、複雑そうな顔をする陛下と公爵様。 何となく何かを察しているらしいアラン様は、不機嫌な様子を隠さずに、むすりとした表情を浮かべている。「……いや、なんといえばいいのか……。『厄災』とティボー公爵令息の間には、今回の件以外にもちょっとあってな。 それもあって、レリアーヌにアンの護衛を頼んだのだ。 ついでに、レリアーヌとアランの相性を見て、いずれは二人を婚約者にと……。 女学院の中で互いの為人を知っていけばと思っていてな」  十八になれば、アンはアランに戻るしな、と陛下。 て、突然話が飛躍したな? アラン様の女装は成人までってこと? そりゃまぁ、アラン様はティボー公爵家の嫡男だし、いずれは女装をやめなきゃならない日が来るんだろうけど……。 それよりも……。 「わたくしが……公爵令息様の婚約者……ですか?」 いや、無理だろう。田舎令嬢には荷が重い。「……嫌なのか?」 何やらじっとりとした視線が隣から向けられた。「嫌というか……難しいのでは? 「何故だっ?!」 いや何故って……」 粗忽な田舎者ですし? 地味で目立たないですし? むしろ女装したアラン(アン)様の方がよっぽどお綺麗ですし?「本当は、俺の妃にしようと思ってたんだけどなぁ」「「はぁっ?!

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