Share

第6話

Penulis: 城間ようこ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-15 18:27:42

「ガネーシャお嬢様、お目覚めでしょうか?」

メリナの控えめな声が聞こえてきて、私は「起きているわ」と返事を返した。

前世では一度もダリア達を出迎えた事はない。

けれど、今回は違うわ。歓待するかのように出迎えて、ダリア達の出鼻をくじくのよ。

「洗顔とお茶のご用意が出来ております」

「ありがとう」

「本日のドレスはいかが致しましょうか?」

今日の為に、選んでおいたドレスは二着。最先端の流行を捉えた若草色のドレスと、淡い黄色で袖とスカート部分に白いレースをふんだんに使ったドレス。

ダリアに悪印象を与えてはいけないわ。初めが肝心よ。穏やかで可憐な令嬢のイメージを与えるものを選んだのだけど、迷うわね。

ベッドで紅茶を頂きながらメリナが出してくれた二着を見比べていると、不意にベリテの声が聞こえた。

「偵察に子爵家を見てきたけど、ダリアは黄緑色のドレスを選んだみたいだ」

黄緑色……若草色と被るわね。似たような色味で豪奢なドレスを着ていたら、それだけでダリアは劣等感から憎しみをいだくかもしれないわ。

「ガネーシャ、返事は声に出さなくても心の中で語りかければ僕に伝わるよ」

──そうなの?

試しに問い返すと、ベリテは頷いた。

「そう、それでいい。声に出していたら怪しまれるからね」

確かに、私が天使を召喚した事は、まだ誰にも知られる訳にはいかないわ。特にダリア達には。何がダリアに悪魔を召喚させる起爆剤になるか分からないもの。

──ベリテ。淡い黄色のドレスならダリアに己と見比べさせる心配もないと思うのだけど。

「その方がいいだろうね。何にせよダリアは悪趣味……いや、流行りに疎いドレスしか持っていないようだから、反感は避けられないだろうけど。それでも真っ向からコンプレックスを刺激するのは良くないだろうし」

──そうよね。……それにしても悪趣味って……お父様も最低限のドレスは買い与えているのよね?我が子がそんなドレスを着ていたら止めに入りそうなものだけど。

「我が子だから甘やかしてしまうんじゃないかな。愛人の子にさせてる負い目もあるから、あまり文句も言えないだろうし」

──そういう考え方もあるのね。という事は、我がままに育てられて社交にも疎いのかしら。日陰の身ならお茶会にも呼ばれないでしょうし。まあ、それは置いておいて、ドレスは決めたわ。

「メリナ、今日は淡い黄色のドレスを着るわ。淡い色は太って見えやすいから、コルセットをきつく締めてちょうだい」

「はい、かしこまりました。お出迎えの後は昼餐を控えておりますので、あまりきつく締めますとお召し上がりになれないのではと心配ですが……」

「大丈夫よ」

コルセットには幼い頃から慣れているもの、どうという事もないわ。

そして私は身支度を整え、ひりひりするような緊張感の漂う朝餐をお父様と済ませた。

「お父様、兄妹の方々とは仲良くして頂けるかしら。せっかく家族になるのですもの」

「お前が心を開いて優しく歩み寄れば、大丈夫だろう」

……何かしら、嫌味に聞こえるわ。私は今生で嫌がる素振りを見せてはこなかったわよ?

「ええ、お父様。私は一人娘でしたもの、兄妹が出来る事は楽しみですわ。お相手のお二人が心を開いて下されば嬉しいのですけど……」

まあ、愛人の子として肩身の狭い思いをしてきたのだから難しいでしょうね。

──ベリテ。相手が卑屈になっている可能性もあるわよね?

「それは大いにあるね。むしろ育ちからして卑屈になるなという方が無理だろうし」

私は内心で溜め息をついた。それを覆すには、骨が折れそうね。思い切り歓迎してやろうかしら?

どこまでも無邪気に計算高く、やって来るのを喜んでやるのよ。

「お父様、私はお化粧を直すのでお先に失礼致しますわ。万が一にもお相手に粗相をしてはいけませんもの」

「ああ、そうしなさい」

本当はお化粧も崩れてなどいないけれど、気合いを入れる為に一息つきたいわ。

私は自室に戻って、メリナにミントを効かせたハーブティーを淹れてもらった。鏡を見ても、丁寧に結い上げた髪型と薄化粧は清楚な印象だわ。

高貴で近寄りがたい令嬢。それが親しみをこめて出迎え喜ぶ。ダリアはどんな反応をするかしらね。

どちらにしても大勝負だわ。

「ガネーシャお嬢様、もうじき子爵家の方々がお見えになる時間ですわ」

「そう、ダリア様は愛らしい方だとお父様が仰っていたけれど、可愛い妹が出来るなら楽しみだわ。──出迎えに行くわね」

「ご武運を」

メリナ……長い付き合いなだけあるわ。私の立場を分かっているわね。

ゆっくりと廊下を歩み、屋敷の扉を開いてもらう。使用人はいるけれど、お父様は見えない。ダリア達が後から執務室へ挨拶に行くようね。

この辺りは所詮、愛人の子ね。

そんな事を考えていたら、執事が私に「そろそろご到着なされます」と教えてくれた。

愛想よく、朗らかに、嫌味なく……繰り返し自分に言い聞かせながら待っていると、数人の人が見えてきた。あの中にいる、特に若い二人がマストレットとダリアね。

私は固い面持ちで歩いてくるダリアに、迷いなく小走りで駆け寄った。レースがひらひらと風を受けてはためく様は我ながら妖精のようだと自覚している。

「あなたがダリアさんね?何て可愛らしい方なのかしら!公爵家には私しか子供がいなくて寂しかったのよ。こんなに可愛い妹が出来て嬉しいわ」

ダリアは流行遅れもいいところの、いっそみすぼらしいドレスを着ているけれど、そこには触れないわ。

「えっ?あの、私は……その……」

私の喜びようを目の当たりにして、ダリアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。意表を突くのは成功したようね。

こうしてダリアと向き合って観察すると、目鼻立ちは整っているけれど華やかさはない。 顔はうぶ毛だっていてお手入れも行き届かず、まだ垢抜けない子供、という印象がある。

それだけではなく、貴族として育ったか疑わしくなる程、肌にも髪にも艶がないのよ。そこまで貧しく暮らしていたのかしら?

これが将来、社交界で周囲を味方につけて、私を破滅させるだなんて。

私は内心でこそ鼻白んだものの、露にも見せずに視線を隣に移した。

「そちらはマストレットお兄様?初めまして、お二人ともお疲れでしょう。この日の為に公爵家ではそれぞれのお部屋を準備しておりましたのよ。お父様にご挨拶された後は、ごゆっくりお休みになられて下さいませ」

そこでマストレットが口を開いたわ。ぼそぼそとして聞き取りにくい声は、辺りを警戒して窺うような眼と相まって卑しさを感じさせる。

「ありがとうございます、ガネーシャお嬢様。お言葉に甘えさせて頂きます」

「……よろしくお願い申し上げますわ、ガネーシャ様」

ダリアは裏表がないか警戒しているわね。裏なんて見せる訳ないじゃない。

「まあ、今日からは私達家族になるのですもの、気軽にお姉様と呼んでちょうだい。マストレットお兄様も、お嬢様だなんて他人行儀な呼び方はなさらないで下さいませね?」

二人は顔を見合わせて、驚いたような気まずいような微妙な面持ちになっている。まさか愛人の子達に公爵家の令嬢が親しげに話しかけるとは思っていなかったようね。

「これから、少しずつでも仲良くなれたら嬉しいわ。私は一人で……お父様もお忙しいし、家には親しく出来る人がいなかったの」

そう悲しげに言って、口もとに手をあてる。たっぷりと使ったレースの袖から覗く肌は白く薄くて、薄化粧を存分に引き立てる。

マストレットが息を呑むのが見て取れた。仮にも妹に向ける目ではないわ。気色悪いけれど、ここは我慢よ。

「本当に清楚で愛らしいわ、ダリア。これからよろしくお願いするわね」

「は、はい……あの、ガネーシャお姉様。とてもお優しい方のようで安心致しました」

「マストレットお兄様も、お兄様が出来るなんて頼もしいですわ」

「え?ああ、二人になった妹達を守れるように努めますので……」

「お父様の執務室には執事が案内してくれますわ。お二方の到着を心待ちにしておいでよ」

……この時点では、まだダリアは悪魔を召喚していないはずよね?

「ガネーシャ、ベリタの気配がない。そこはまだ安心していいよ」

ベリテの声に、ほっと息をつく。

それにしても、いつ召喚するのかしら?初対面からして変わってしまったから、ダリアが私に憎しみを感じるようになるかも分からない。

そもそも、ダリアはなぜ私を処刑台に送るほど憎むようになるのよ。

「それは、単純な話だよ。正妻の子というだけで、愛人の子は簡単に妬むし恨めしく思うし憎むものだ」

──生まれだけで?腑に落ちないわ。結果、こうして公爵家にも迎え入れてもらえたというのに。

「その気持ちも分かるよ。あと、決定打として、ガネーシャは王太子との婚約が決まるからだろうね。王太子って見た目だけは良いだろう?単純で騙されやすい温室育ちだけど」

私が王太子と婚約する事。前世では毎回破棄されてダリアに乗り換えられているけれど。

──何やら苦い思いを感じるわ。でも、それにしても王太子に言いたい放題ね、ベリテ。

「王太子だろうが平民だろうが天使には関係ないからね、人間の身分なんて」

言い返す言葉がないわ。天使からすれば人間は皆平等なのかしら……。

ベリテとつかの間やり取りしていると、執事が私に声をかけた。

「では、ガネーシャお嬢様、お二方を執務室へお連れしてまいります」

「ええ、お願いね」

この執事はかなりの古参で、人柄も温厚だから二人を偏見も差別もしないはず。

「あなたになら安心して任せられるわ。馬車に揺られて疲れているでしょうから、ゆっくり歩いて差し上げてね」

「はい、かしこまりました。──マストレット様、ダリア様、どうぞこちらへ」

「はい。──行こう、ダリア」

「ええ、お兄様。……でも不安だわ。お父様は子爵家にいた頃のように親しくして下さるかしら……」

「安心しろ。僕達を案ずるから引き取って下さったんだから」

ずいぶん尊大な物言いに出たわね。妹であるダリアを支える為ならば、目の前にいる正妻の子が何を思うかも慮らないのかしら。

「そう……そうよね……」

というか、お父様が親しく接する?私はドレスや宝石は存分に与えられてきているけれど、親しみをこめて接して頂いた記憶はあまりないわね。

私のお母様より愛人が良かったというの?腹立たしい。それを思い知らせるように見せつけてくる、この二人のやり取りは間違いなく挑発よね。誰が乗ってやるものですか。

「引きとめてしまって申し訳なかったわ、お二方とも。お父様とお会いになられてきて」

いい加減、猫を被っているのも疲れたわ。さっさと行って欲しい。

とはいえ、これからは一緒に暮らすのよね。ダリアは私を陥れようとしてくる日が来るし。

「ガネーシャ。でも、初対面は上出来だったんじゃないかな」

──そうかしら?なら良いけれど。

「それに、君の父親──実の父親が迎え入れてくれた日に着古したドレスで来ているからね。ダリアは貧乏子爵家の出とはいえ、父親はちゃんと欲しがるドレスも買い与えていたのに、そこからは選ばなかった」

──やはり買い与えているのね。私のお母様より愛した愛人が生んだ子供な訳だから、それは可愛いと感じているでしょうに……なぜこの日に限ってみすぼらしいドレスを選んだのかしら?

「母親を喪った哀れな子を装うつもりだったんだろうね。実際、親を亡くして間もないのに派手な装いは不謹慎でもあると考えたんだろう」

──派手ではなくとも、上質なドレスくらいあるはずと思うのは、ダリアがどの程度悪趣味なのか分からないからかしら……もしかしてダリアって、そんなに賢くないの?私を処刑台に送るくらいだから、ずる賢い印象があったけれど。

「そこは、ベリタが賢いからね……」

──つまり私は、あの程度の子にやられてきていたのね……召喚した悪魔の力を借りていたにしても屈辱だわ。

「ガネーシャお嬢様、お体が冷えますのでお部屋にお戻り下さいませ」

メリナが気遣わしげに声をかけてくる。私は苛立ちを隠して、鷹揚に頷いた。

「そうね。熱いお茶を頂きたいわ。ローズヒップをメインに、甘い香りの果物をブレンドしたハーブティーを淹れてもらえるかしら」

「かしこまりました。さ、参りましょう」

初手の挨拶は済んだ事だし、晩餐までは時間がある。しっかり心を落ち着けないと。

とりあえず今のところはダリアも残念な思考で動く子だと分かったし、取るに足りないはずよ。

今後について、ダリアを観察しながら上手く立ち回るわ。

「だけど気をつけて、ガネーシャ。ダリアからは悪魔の気配こそしないけれど、妙な黒いオーラと匂いがする」

──黒いオーラと匂い?ダリアそのものの気性から立ちこめているものかしら?

「違うと思う。でも、悪魔以外の悪しきものと繋がっているかもしれない」

──それは見過ごせないわね。

「彼女は手段を選ばず我が身の為にだけ動く人間なんだと思う。推測だけど、公爵家に入る為に一働きしてるんじゃないかな」

──でも、それは実母を亡くしたから引き取られたのでしょう?

ふつふつと嫌な感覚がする。勝手な想像にすぎないけれど、油断禁物だと思わせる。

いつかは私に牙を剥くもの。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第20話

    パーティー当日。貴族達が続々と入場してくる。私は控えの間で待たされていた。「身に着けている宝石が豪奢過ぎる。所詮はお前もお貴族様だな」そこに王太子殿下が難癖をつけてきた。「高価なルビーを贅沢に使っていながら、民の為を思っていると言えるのか?慈善事業など建て前の偽善で、結局は我が身が一番可愛いのだろう」責め立ててくる王太子殿下の方こそ豪奢な装いなのだけど、ここは控えておくべきね。「これはルビーではなく、上質ではございますがレッドスピネルを代用した物でございます」レッドスピネルはルビーの代わりに用いられる事が少なからずあり、美しさのわりにルビーよりも安価なのよ。でも、王太子殿下はかえって鼻白んだ様子だわ。「お前は私を軽んじてるのか?私との婚約披露の場で安物を身に着けるとは」叱責するような勢いで揚げ足を取ってきた。「質素倹約を美徳としております、レッドスピネルも美しさではルビーに劣りません」私は物静かに受け答えした。「何の宝石を着けるかではなく、己の身に似合う宝飾品を作らせる事、そこに驕りがない事が大事と考えます」「つくづく食えない女性だ、私に口答えするとは己が随分偉くなったと思い込んでいるようだが勘違いするな、生意気過ぎる」王太子殿下は文句を言うばかりね。言い返す事も面倒になっていた、その時に私達が入場する時が来た。王太子殿下も外聞だけは整えようという気持ちがあるのね。腕を差し出され、見た目だけは寄り添い腕を組んで入場する。入場を済ませると、さっそく貴賓が挨拶に来る。外国からの者も多いわ。『ごきげんよう。ドラッド夫人、この度はお越し下さり誠にありがとうございます』『まあ、私の名を知っているだけでなく、国の言葉もお話し出来るのですか?嬉しいわ』『まだ未熟でお恥ずかしい限りですが、ご挨拶だけでもと勉強してまいりました』すると、他の人も話しかけてきた。『王国の王太子妃となる方は勉強熱心ですのね、私ともお話しして下さるかしら?王国について聞きたいですわ。織物がとても繊細だと聞いていますのよ』『ありがとうございます、ファスト皇女殿下。我が国の織物は本日の私のドレスにも用いておりますわ。刺繍のように細やかな模様を織り込めますの』主要国の言葉なら会得しているわ。相手に合わせて言葉を使う事で、喜んでもらえたようね。皆さまとの会話も弾むわ。

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第19話

    婚約披露のパーティーを目前に控えて、私は公爵家主催で十五歳の誕生日を迎える事のお祝いとしてパーティーを開いてもらう事になった。当日は華やかにお祝いする事になるそうで、屋敷の中も活気づいているわ。その流れを断ち切るように、ある夜の晩餐でダリアが切り出した。「お父様、私はガネーシャお姉様へのお祝いとして、公爵家で働く全ての者に栄養豊富なスープを振る舞いたいと思うのです」お父様はダリアが珍しく可愛げのある事を言うから、頷きながら顎髭を撫でているわ。「ああ、下働きの者でもスープに与れるようにしてやりなさい」「ええ、お父様。皆の喜ぶ姿は何よりのお姉様への贈り物に出来ますわ」「まあ、ありがとう。ダリアがそんなに私を思ってくれているだなんて、本当に愛しい妹ね。あなたの優しさと思いやりを誇りに思うわ」私は内心では、どうせ何か企んでいるでしょうけど全て潰してやるわと嘲笑いながら、表ではなごやかに微笑んで晩餐を済ませた。それから事業についての書類を部屋で片付けて、その夜は何かと慌ただしく過ごした。その後、遅めの入浴を済ませてベッドに入り、眠ってしまったけれど……どうもダリアの発言に気が立っていたようで、翌朝は早めに目が覚めてしまった。それを待っていたかのように、ベリテが語りかけてきたわ。「ガネーシャ、多分そこには血が一滴仕込まれている。対策を考えよう」──仕込まれるのが一滴のみだと、なぜ分かるの?「お茶会での失敗を、ダリアは繰り返したくないだろうからね。何より、悪魔の力を借りた血は一滴でも大量でも、効果は同じはずだよ」──なるほどね。でも、全員が飲むスープに一滴で効くのかしら?「そこは仕方ないと思ってるだろうね。何しろ全員分のスープが入った大鍋に混ぜるから、効果は強くならない。まあ、味がおかしくなるほど鍋に入れても結果は変わらないから、つまりは少しでも自分を良く思わせたいだけだろう」──そうなのね。でも、これは血で中和したとても、ダリアがスープを振る舞った事実は消せないでしょう。そこが問題よ。スープを屋敷の厨房で働く者達に作らせるつもりなら、こちらは更なるうわ手に打って出るしかないわね。「それなら食事を振る舞えばいいよ、ガネーシャの涙が混ざった食事をね」──涙?血ではなくて?「ガネーシャの場合、血よりも涙の方が効果的なんだ。聖女の涙は万能薬にな

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第18話

    それから忙しい日々を過ごしている中でも、時間を取って取引先の者や、慈善事業の協力者を屋敷に呼んだ時の事よ。石鹸や洗髪粉の事業報告と、慈善事業についての進捗具合の報告を受けている中で、貧民街に感染病が起きていると知らされたの。「貧民街では医者にもかかれませんし、発熱して衰弱する事を嘆きと諦めで受け入れているようです」「そんな……貧民街の者達だって国の民なのに」きっと衛生面に気を遣う余裕のない貧しい人、栄養が行き届かない弱者から病は始まったんだわ。「それでは、貧民街と救済院宛てに、廉価版の石鹸の他、食糧は穀物だけでなく干し肉や果物も送るようにしてもらえるかしら」「石鹸は庶民に広めた廉価版と仰られても、香料の製造もアロエベラの仕入れも追いつきませんが……」「香料とアロエベラは二の次でいいわ。アロエベラは入れずに、香料は廉価版の半分以下、いえ、三割程度に減らしてもらえるかしら。その代わり、庶民が使う廉価版は品質を落とさないで」「はい、それでしたら可能です。かしこまりました」「ありがとう、よろしくお願いね。あと、麦が高騰しているわ。関税のかけられていない他国から仕入れて流通させて欲しいの」何しろ、国の未来が掛かっている働きだもの。病はぽつぽつと感染が始まったばかりだったのも幸いしたかもしれない。その甲斐あって、前世では国中に蔓延したと記憶している病だったものの、今生では早めに収束させる事が出来たわ。「ガネーシャお嬢様は私達貧民を救って下さった、まるで女神様のようなお方だ!」「本当だよ、こんなに素晴らしいお方が王太子殿下の婚約者様なんだから、国の未来は明るくなるに決まってるね」「貧民街でも、寄贈された石鹸を使って手や体を洗えたり洗濯に使えたりして、そのおかげで病人が減ったって話を聞いたぞ!」「石鹸だけじゃないよ、栄養のある食べ物まで下さったそうじゃないか。痩せこけて土気色だった顔が、薔薇色の頬に変わったって話も聞いたからね」「ガネーシャお嬢様は我々庶民の救世主だ!籠に一杯の麦が銀貨二枚してたのも、銀貨一枚に値下がりしたよ!」そう言って、私を崇敬をもって讃える民も増えた。私は前世で、カビ臭い不潔な牢屋に投獄された。その経験から衛生面や栄養面の大切さを知っていて、行動に出られたのだけれど、それは生き直しを知るベリテにしか話せない。──本当に

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第17話

    日は過ぎて、王太子の立太子と婚約を披露するパーティーを王宮で開催する事になり、準備で王宮も公爵家も慌ただしくなってきた。私には、王室御用達のデザイナーがドレスを作りに来る事になったわ。「まあ、何て美しいデコルテなのでしょう!ウエストも細く締まっておいでで、ドレスが素晴らしく着こなせますわね。敢えてボリュームを出さなくとも、お肌と体形を活かしたドレスで魅せるのもよろしいかと存じますわ」それをダリアは羨んで、何かと「お姉様は特別なお方ですものね、何でも叶うんですわ。それに比べて私の身の上ときたら……」と、嫌味を口にする。完全に妬んでいるわ。「本当に身に余る光栄に浴しているわ。でも、私はあくまでも殿下に添えられた一輪の花よ。分相応な弁えを忘れてはならないわね」こうして私がどこまでも謙虚な態度を崩さないから、攻めあぐねて今度は周りに八つ当たりするようになってしまった。おかげで使用人達は最近、ダリアに近寄りたがらないわ。人間というものは善意と悪意を併せ持っているものよ。そして相反するそれらを葛藤しながらコントロールして他者と向き合い、より良い関係を構築してゆこうとする。けれど、ダリアには善意が欠落しているようね。だからこそ私も、躊躇なく復讐を果たそうと思えているのだけど。──そういえばダリアはお茶会を開きたいとか言い出さなくなったわね。「ガネーシャの目がある場所では無駄だと知ったからだよ。僕が居るからね。向こうは僕の正体を知らないものの、だからこそ警戒しているんだよ」──なるほどね。でもおそらく、パーティーに出られれば暗躍するわ。「何とかして出てくるだろうね」ベリテとそんな言葉を交わした後の晩餐で、ダリアはお父様に甘えた口調でねだったわ。「私もお姉様のご婚約をお祝いする為にパーティーに出たいです」「だが、それにはマナーやダンスを学ばなければ難しいぞ」お父様は難色を示したけれど、ダリアは諦めない。「ならば、お姉様にそれらを教えた家庭教師を私に付けて下さいませ」明らかに企んでいるわ。おおかた、幼い頃からの私について聞き出し、尚かつ自分の可哀想な話をしてみせて、何らかの私に関する悪評を広めさせようと考えているのでしょうね。「私がお世話になった家庭教師というと、サヴァリン夫人ね。夫人からは、基礎から始まって何年もかけて教わったのよ」私は遠回しに

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第16話

    庶民の暮らしぶりを見に行くにも、高位貴族と気づかれないようなドレスは持っていない。まずは馴染みのデザイナーを呼んで、お忍びで出かけられる、装飾をほとんど施さない質素な外出着とローブを作らせた。その際には、宝飾店の者も呼んでメリナとミーナへの贈り物のデザインも考えて依頼しておいたわ。出かける日には間に合うようで、少し嬉しくなった。そして市街地におもむく日になり、お付きのメリナとミーナを伴って私達は屋敷を出たの。メリナとミーナの右手の小指には金細工の指輪がはめられている。細身ではあるものの、細工は一流の指輪よ。市街地の入り口までは馬車で行ったのだけど、メリナもミーナも大切そうに自分の小指を左手で包んでいて、語調も明るい。「ここが、民の暮らす場所なのね……思っていたより活気がないわ」すると、ミーナも首を傾げた。「私めがご奉公に上がる前は、もっと賑やかだったのですが……」街を歩いていると、出店に並ぶ野菜や果物、肉の類が乏しく見える。すると、野辺に咲く花を小さな花束にして売っている女の子がいて、「お花はいかがですか、お花をどうぞ」と声を出して、どこか一所懸命な様子に心を打たれた。「可愛いお花ね、一つ頂くわ」「ありがとうございます、高貴なお方。銅貨二枚です」銅貨という物は見た事もないわ。困惑していると、メリナが代わりに支払ってくれた。「ありがとう、メリナ。金貨しか持っていないのも準備不足だったわね」「お気になさらず、私が賜った一生の宝物へのお礼の、ささやかな手始めでございますので」花は可憐だけれど、摘んで時間が経っているのかしら、どことなく萎れてきている。ミーナは花束を見つめ、また首を傾げた。「私めが洗濯の下女として雇って頂ける事になった頃は、花売りといえば銅貨一枚でしたが……周りの出店を見ても、どれも値上がりしておりますし、致し方ないのでしょうか」──ベリテ。もしかして、野辺の花でさえ貴重になってきているの?「そうだね、枯れた地に咲ける花は少ない」──このお花に元気がないのも、その影響なのかしら?「だろうね。萎れるには時間が早いよ」状況は思いのほか深刻なようだわ。屋敷に戻ってから、出来る事を考えてもいいわね。そう思いながら、その場を離れかけた時、すぐそばの露店から悲痛な声が聞こえてきた。「籠に一杯の麦が銀貨二枚だって?!また値

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第15話

    真っ白な空間で戸惑っていると、光と共に美しい女性が現れた。「新しき導きの星の光に選ばれし乙女、ガネーシャ。私はあなたをずっと見てきたわ」「あの、お美しいお方……あなた様はどなたですか?」躊躇いがちに問いかけると、彼女はふと微笑んだ。「私は先代の聖女だった者であり、輪廻転生から解脱し女神として天界に迎え入れられた者」言われて良く見てみると、波打つ淡いブロンドの髪とラベンダーアメジストの瞳をしている。これは私も同じだわ。聖女の特徴なのかしら?「ここは天界と下界の狭間にある世界。あなたには苦労をかけてきたもの、今生こそ覚醒出来るよう手助けするわ。──ご覧なさい」女神様の言葉と同時に、私達の足元は鮮明な下界の姿が見えるようになった。「ダリアと……これはどういう事でしょうか?黒い羽の……禍々しい者が見えます。これはベリタでしょうか?」「ええ、そうよ。ここでなら下界で見えない悪魔の姿も見えるし、ダリアとベリタのやり取りも聞き取れるわ。相手に気取られる心配もなく」それが本当なら、ベリタの謀略もダリアの言動も全てお見通しになる。有利に事を運べるわ。私が下界の様子を注視すると、ダリアとベリタが話しているのも明確に聞き取れるようになった。「ベリタ!ベリタ、どういう事なの?!なぜティーポットにガネーシャの血が混ざってるのよ!それにガネーシャの血であなたの力が無効化するなんて聞いてない!」「ガネーシャは普通の人間ではないらしいな。本人からも周りからも尋常じゃない気配を感じる。おそらく、これからもお前の血を使ってみたとしたところで、何らかの手を打たれるだろう」「それじゃ動けないじゃないの!何の為にあなたを召喚したのよ!」「召喚した時はベリタ様と呼んで崇めていたのに、打って変わった態度だな。傲慢な人間の醜い感情は見物するには面白いものだが、それを俺に向けられるのは業腹だ」「あの、ごめんなさい……でも、あなたの力が役に立たなかったのは事実じゃないの。血の他に使えるものはないの?」ダリアの高圧的な態度が、指摘されて萎れる。ベリタは少し間を置いてからダリアに言った。「何か青い石はないか?アクセサリーがいい。それも王太子の瞳の色と出来るだけ似ている色だ」「王太子殿下の?お会いした事もないわ。何色なの?青と言っても色々あるじゃない」「そうだな、透明感のあるスカイ

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第14話

    悪魔と契約出来たダリアは、さっそく動き出した。晩餐の席で、「私も友人と呼べる方が欲しくて」と、お茶会を開かせて欲しがったのだ。お父様も、内心ではダリアの去就に思うところがあったようで、「ガネーシャ、お前が一緒になって開催してやりなさい」と言ってきた。私が招待でもしてやらなければ、ダリアに人脈などないからお茶会は開けない。内心では面倒な事を言い出したものだと、ダリアやお父様に舌打ちしたい思いだったけれど、今生では完璧な令嬢を演じなければならないわ。「はい、お父様。ダリアにも親しみやすい方々を招待させて頂きますわ。友人が出来れば、ダリアも社交界に出やすいでしょう」従順に頷いた後、お父様が撫でる顎髭を憎たらしく思いながら、ダリアが同席するお茶会の招待にでも応えてくれる令嬢を考えた。何しろ公爵家に卑しい出自の兄妹が家族として迎え入れられた事は知れ渡っている。本来ならばダリアはそれを逆手に取って哀れに見せて味方を増やすのだけど、そうはさせない。私を好意的に見ていて、同情してくれている令嬢達を念入りに選んで、私は三人の令嬢達へ招待状を送ったわ。それを知ってか知らでか、ダリアは「失敗してガネーシャお姉様にご迷惑をおかけする訳にはいかないもの」と、勇んで茶葉や茶菓子に茶器まで、自ら進んで下女へ指示を出していた。そうして迎えてしまった、お茶会当日。私は何としてもダリアの目論見の通りにはさせまいと思案していた。「メリナ、今日のお化粧は薄くチークを使ってちょうだい」「かしこまりました、ガネーシャお嬢様。昨夜は良くお眠りになれなかったのでございますか?顔色が優れませんわ」「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」気鬱さも感じながら身だしなみを整えていると、仕上げの段階でダリアが私の部屋を訪れた。「ガネーシャお姉様、失礼致します。お出迎えの場までご一緒なさいませんか?」「──ええ、もちろんよ」途中でダリアが何かを企んでも、見落とさないように。けれど、一足遅かった。「ガネーシャ、お茶会のティーポットにダリアが血を一滴仕込んでる」ベリテから耳打ちされて私は焦った。「お嬢様、ご令嬢の皆様の馬車は既に到着して来ておりますので、お急ぎ下さいますように」そこで部屋に来た執事に告げられて窮地に立たされた思いがした。ここで私が離れてティーポットのある所に行くのは無理よ。

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第13話

    いわゆる、お見合いとも呼べる顔合わせの日。お父様と同乗していた馬車を降りて案内の者に従って歩き、お父様と謁見の間に待機していると、国王夫妻と立太子されたばかりのウィリード王太子殿下が厳かに入室して各々の席についた。私は最上級の礼儀でお辞儀をして、玉座から声をかけられるのを、かしこまって待つ。国王陛下は想像していたよりも親しみをこめて語りかけて下さった。「そなたは商いで得た収益で孤児院に多額の寄付を行なっていると聞くが、その若さで大した才覚だ。今後の展開はどう考えておるか?」「恐縮でございます。幸いにも販路は順調に広まっておりますので……今後は貧民街の救済院へ寄付をし、就業支援に着手しようと考えております」「慈善事業も、そこまでゆくと国政で対応するような領域だな。民を案じる心根は美しいと見るぞ」「誠にありがたいお言葉と存じます、国王陛下」すると、王太子殿下が苦々しい口調で水を差したわ。「慈善事業を理由としても、貴族の令嬢が商いで稼ぐ事を考えるなど、少々品位に欠けると思われるが。しかもまだ齢十四にすぎない少女の考える事となると、早熟に過ぎる」なるほど……と私は思った。前世ではダリアが殿下を誑かしていたけれど、そうなる素養が殿下にはあるのだわ。どうやら私は、ダリア抜きにしても殿下から好意的には見られないようね。そこに落胆と諦念、そして達観を交えて無難な言葉を探していると、国王陛下が先に殿下へ問いを投げかけた。「そのように言うお前は、王家の者として民の為に力を尽くした事があるのか?」もっともな言い分だわ。けれど、王太子殿下はつまらなさそうに言い捨てた。「今はまだ力及ばずとも、いずれ王位を継げば私は国を治める為に尽力致します。それで十分でしょう」王妃陛下が扇子で溜め息を隠すのが見えて、私は国王夫妻の苦労を垣間見た気持ちになったわ。仮にも立太子された身なのだから、王太子として国を案じなさいよ。まあ、実際に貧しい国民へ施している私を、身分や性別と年齢にそぐわないと言って蔑む時点でお察しだけれど。「ウィリード、お前はまだ青い。しかし王太子となったからには、王子だった頃のように城を抜け出し、平民を装って市街を見て歩く事は許されなくなる事は覚えておくように」国王陛下が苦虫を噛み潰したような面持ちで告げると、王太子殿下はあからさまな不満顔になった

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第12話

    ──気を揉んでいるうちにも季節は移ろい、夏を迎えようとしていた。私が考えた洗髪粉と石鹸は貴族の間で定着し、廉価版が庶民にも広まりつつある。おかげで慈善事業も順調だ。私の名声は称賛をもって広まっていた。その間にも、ダリアは何とかして私に害をなそうとしていたものの、ベリテの力と私が持つ前世の記憶で防げていた。ダリアにはマストレットの他にまだ味方がいないから、出来る事は悪戯じみた悪さだけだ。前世を憶えている私を超える程の知識も経験も持たないダリアでは、太刀打ち出来ない。失敗する度に癇癪を起こすダリアはお父様にとっても頭痛の種ではあったものの、私のお母様を差し置いて愛した、愛人の子が残した娘だ。邪険には扱えないようだった。マストレットといえば、使用人にも卑屈な態度をとっていたが、お父様には誰に対しても謙虚で気遣いある接し方をする息子と捉えられていたらしい。あばたもえくぼとは、この事だ。そうして、ある日の朝餐で、ついに恐るべき時が来た。「マストレット、朝食を終えたら私の執務室に来なさい」「はい、父上。分かりました」二人のやり取りを見たベリテが難しい面持ちで私に告げた。「ガネーシャ、父親はどうやら書庫の鍵をマストレットに渡すつもりらしい」──鍵を?ついにこの時が来てしまったの?出来るだけ先延ばしにしようと頑張ってきていたのに。「マストレットはダリアに自慢するよ。何しろ公爵家の子息として認められたって事を意味するからね」──そんな事をしたらダリアが黙っていないわ。「だろうね。羨むだけじゃ済まない」ダリアも禁書のある書庫に入りたがるはずよ。公爵家の一員として、堂々と。これまでダリアは知り合いも作れずに引きこもっていたけれど、おとなしくしていてくれる訳がないわ。果たして、私が危惧する事は現実となった。その日の晩餐、ダリアが口を開いた。「お父様、マストレットお兄様が書庫の鍵を頂いたと聞きましたわ。ガネーシャお姉様もお持ちですし、私だけ頂けていないのは家族として認められていないようで悲しいです」「ダリア、お前にはまだ難しい書物や扱いの難しい物が多いんだ。理解しなさい」お父様はたしなめたけれど、ダリアは黙らなかった。「ですが、鍵のいらない書庫にさえ私はガネーシャお姉様に同伴して頂かなくては入れないままなのですもの……」ダリアがカトラリーを置

Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status