さて、記念すべき初対面は無事に済ませたわ。
前世では味方になってくれる人は皆無だったから、まず、しなければならない事は、貴族と平民に信奉者を増やす事よね。 ──平民ならば慈善事業かしら……。 「それなら孤児院に多額の寄付を続ければ良いんじゃないかな」 ベリテの言葉に、私は頭を抱えた。 ──私の自由になるお金が圧倒的に足りないわよ。 「何かを流行らせて稼げば良いんだよ」 ベリテは簡単そうに言うけれど……十六歳の間までに広めるのは大変よ? 商会と繋がりを持って、魅力的な商材を提供しないといけないわ。 私は前世で流行った物を必死に思い出そうとした。 確か、十六歳の初め頃に洗髪粉や石鹸に香りをつけた物が流行ったのよね。でも、香りだけでは付加価値とインパクトに欠けるわ。 体に使う物だから、もっとこう、体に良い何かを……。 必死に考えていたら、晩餐の時間になってしまったわ。遅刻は厳禁よ。少しの落ち度も命取りになるもの。 私は晩餐の席でも考えていた。 「ガネーシャお姉様、お化粧には何を使われているんですか?透き通るようなお肌が羨ましくて……」 不意に、ダリアが問いかけてきた。 「そうね、ア……」 アロエベラエキスを使った美容液、と言いかけて私ははっとした。 そうよ、アロエベラには美肌効果もあるし、聞くところによると火傷やあかぎれ、ひび割れにも効くと言うじゃない。 ──ベリテ。これは使えるわよね? 「アロエベラエキスを洗髪粉や石鹸に配合するのか。なるほど、考えたね。大きな商会と繋がりを持てば販路も広くなるだろうし」 「……あの、ガネーシャお姉様?」 「あ……後で私の使っているお化粧品を揃えてダリアにプレゼントするわと言おうとしたの。繊細なお肌にも優しい物ばかりだから、ダリアは元々可愛いけれど、使えば更に輝くような可愛らしさになれるわ」 いけない、ダリアを放置するところだった。 というか、人の肌を気にするならば、うぶ毛のお手入れくらいしなさいよ。仮にも貴族の娘でしょうが。 「ガネーシャお姉様……ありがとうございます。よろしいのですか?」 「もちろんよ。可愛い妹が可愛さに磨きをかける事は喜ばしいわ」 まあ、ダリアも今のところ私には、子供としての可愛さしか取り柄がない無害な存在だしね。ベリテの言っていた事は留意しておくけれど。 「ガネーシャはよほど妹が可愛いと見えるな」 お父様も顎髭を撫でているわ。貴族の出とはいえ卑しい立場だったダリアを可愛がる事は予想外で嬉しいみたいね。 「ええ、お父様。ダリアは本当に可愛い妹ですわ」 「良い事だ。お前には後日、化粧品の商人を呼んでやろう。好きな物を選びなさい」 渡りに船だわ。私は控えめな態度を装ってお父様に頼んだ。 「お父様。商人の属する商会の方もお呼び頂けませんでしょうか?より美しく磨く為にお願いしたい事がございますの」 「商会の人間をか?大がかりだな。その代わり、ダリアにも使わせるんだぞ」 「もちろんですわ。大好きな妹を差し置くなんて致しませんことよ」 歯が浮きそうだわ。憎しみの対象に好意があるよう見せかけるのは、はらわたが煮えくり返る思いでもある。 でも、これで上手くいくなら安いものよ。 まず貴族に流行らせて収益を得て、装飾を省いた廉価版を平民にも流行らせるわ。 それで得たお金なら私でも使えるし、孤児院に寄付するにも継続的な慈善事業として行なえるもの。 でも、ここで思いつかせてくれたダリアにお礼なんて言わないわよ。後々、アイデアを盗まれたなどと言われたら面倒だし不都合なの。 そうして私は、商会と繋がりが持てる事になった。 後日、私と会ってくれたのは、国内最大規模の商会のケリーという人物だった。規模が大きいなら仕入れのルートも豊富だわ。 私は一通り化粧品を買い求めた後、本題に移って洗髪粉と石鹸の新商品と広め方について説明した。 「いかがかしら?」 「これはこれは、貴族の若いお嬢様と甘く見ていた事をお許し下さい。なぜ私どもが着眼出来なかったか惜しまれる程でございます」 「ならば、私と契約して下さるかしら?こちらの取り分は三割……いえ、二割でいいわ。その代わり、私の発案である事は内密にして頂きたいの」 初めに公爵家令嬢がお金儲けを始めただなんて噂は立てられたくない。極秘裏に資金を作って慈善事業に打って出たいのよ。 「惜しい事を。令嬢の名があれば、いくらでも売り出しようがありますのに」 「いいえ、そちらの名でも十分に売り出せますわ」 国内最大規模だもの、高位貴族とも取り引きしている事は知っているのよ。 「では、さる貴族の貴婦人が考えた商品として売り出す事は?」 「そうね……それなら構わないわ。大々的に売り出して下さいな」 「かしこまりました、商会の名にかけて成功させましょう」 「アロエの飲む美容液も考えてみて下さる?」 「飲む?それはまた驚かされてばかりです」 「味わいは貴族向けならフルーティーに。平民向けなら飲みやすければ構わないから、牛乳など手頃な材料と合わせて欲しいわ」 ──どうやら話はまとまりそうね。 「ガネーシャ、実は商人に向いてるんじゃない?」 ──それは褒められているのかしら……。 「褒めてるよ。何で前世で陥れられたのか疑問なくらいだ」 ──生き直しのタイミングが悪かったのよ。 それにしても、この商会の人はずいぶん前のめりになって話すのね。こちらが少し引いてしまうわ。 「契約書の類は私どもの方で作成致しましょうか?」 「いえ、こちらで用意させて頂いたわ」 実は、お父様から執事を一人借りたのよ。貴族たる者、民の為に何かを施す事も考えるべきだと思い至った、と相談したのだけど、具体的な草案は話していないのに、よく貸して下さったものだわ。 ケリーは契約書を隅々まで読んで、感嘆した。 「ここまで完璧な契約書を作られては、こちらはサインする以外にする事がありませんね」 執事とは有能な存在なのね。今さらながら驚いたわ。 そうして契約は結ばれ、商品化を待つのみになった。早くして欲しいけれど、雑な仕事や落ち度があっては困るから急かさない。 「では、私は失礼致します。素晴らしい出会いに心より感謝申し上げます」 「こちらこそ、ありがとう。素晴らしい仕事を期待しているわ」 ぺこぺこと頭を下げて、揉み手をせんばかりにして帰ってゆくケリーをソファーから見送り、ほうと息をつく。 「ガネーシャお嬢様、新しいお茶を淹れさせて頂きます」 「メリナ、お願いするわ。お砂糖の多めなミルクティーにしてちょうだい」 「はい、かしこまりました。お疲れの際には甘い物が一番ですわ」 慣れない事に疲れたけれど、まだこれからなのよね。でも、前世には味わった事のない満足感がある。 ──こうして生きてみるのは楽しいのね。 心の中で呟くと、読んだらしいベリテがにこやかに笑った。 それから私が言動に心を砕いて日々を送っていると、一ヶ月後にはケリーが試作品を持って訪れた。優れた職人を多く抱えているだけあって軽微な調整以外は文句なしの出来栄えだった。 そしてその洗髪粉と石鹸は、想像以上の反響を生むことになる。 私はそれを、ごく内輪の友人を招いたお茶会で知らされた。 何しろ、私も含めて、集まった全員が私の考えた商品を使っていたのだから。 「あら、皆様どうしてかしら、同じ香りがしますわ」 友人の一人が目ざとく気づくと、他の友人が香りの正体に気づく。 「私も使わせて頂いている洗髪粉と石鹸の香りがしますわ」 「あの、さる貴婦人が考案なされたと評判のお品ですわね。実は私も使っておりますの」 「私もですわ、使い始めてから髪もお肌もなめらかになって……」 「どなたが、こんなに素敵なお品を考えたのでしょうね。名乗りをあげたら社交界で注目の的になりますわね」 もう、ここまで来ると却って「私よ」とは言えない雰囲気だわ。私はおっとりと相槌を打ちながら聞き役に徹した。 慈善事業に乗り出せるくらいの金額が入れば、公にも出来るけれど……まだ少し早い。 けれど、もう少しと思っている間にも商品は売れ行きを伸ばし、社交界の流行になった。 この時点でかなりの収入になって、私は予定を早めて慈善事業に踏み切る事を決めた。 「お父様、私は貧しい孤児院に寄付をして、豊かな食事と学びの機会を子供達に与えたいのです。恵まれない子供も健やかに育ち、学びを得て真っ当な職に就ければ、即ち国益に繋がると考えますわ。個人的な資金も貯まりました」 執務室を訪れて話すと、お父様は目を見開いて私を見つめた。 「お前が何かをしたがっている事も、何を始めたかも聞いてはいたが……ここまで行動的だったとはな」 「民の為、とお話し致しましたでしょう?私は甘えて生きるだけではいけませんわ」 お父様は、無言で顎髭を撫でていたけれど、一言だけ返した。 「お前が自力で掴んだ立場だ。存分に活かしなさい」 その一言から、私の名前は良い意味で知れ渡る事になった。 前世での悪名が悪夢だったかのように。 それを新鮮な気持ちで、喜びも戸惑いも混ざりながら受けとめていた中で、私はある夜の晩餐にマストレットの発言によって恐怖をいだく事になる。 気をつけてはいたけれど、それでも事業について取り組んでいた中では、どこか霞んでいたのかもしれない。 ダリアが悪魔に手を伸ばす未来に関して。──これで、あとはダリアに王太子殿下との子が宿るのを待つだけね……。「あれだけ人目もはばからず逢瀬を重ねてるんだから、近い未来のことだろうね」王太子殿下もどうしようもない方だと言わざるを得ない。婚約者を差し置いて浮気相手にのぼせ上がるのはともかく、避妊もしないなんて。──まあ、構わないわ。それよりも、第三王子殿下は私が未来の聖女だと知っても、意外なことに驚かなかったのよね。「そこには、いかにも国を思う聖女らしい行動をしてきた、ガネーシャの実績があるからこそだよ」──そう言われると照れくさいわ。でも、汚染された水も安全な水にできることを知って、喜んでくれた……。「多くの民が救われるからね」──けれど、なぜ井戸水は汚染されたのかしら?これは素朴な疑問だった。工場汚染でもない、王都での汚染は普通に考えてありえない。それについて、ベリテが声を低めて答えてくれた。「──ダリアだよ。闇の精霊を使役するために、王都に瘴気を集めた結果だ」──あの、実の母を死に追いやった闇の精霊ね……そうまでして……民を苦しめてまで、己の利を求めるなんて……なんて、おぞましい子だこと……。だから、私という聖女も覚醒するのだと納得がいく。国難に面したときに現れる存在だから。「そうだね、──だから、もう終わらせないといけない」──ええ。終わらせるわ。必ずよ。そのためにも、私は貞淑で慈悲深い令嬢として振る舞い続け──王太子殿下に浮気された令嬢とか、妹に婚約者を寝盗られた令嬢だとか、そんな言われ方をする余地も与えなかった。もちろん、民のために活動することも怠らない。今や私が作らせる石鹸や洗髪粉は、香料などの配合具合によって貴族向けから庶民向けまで幅広い。貧民には、香料や保湿剤を使わないものを、無償で提供して使わせているのよ。おかげで衛生観念が広まり、不潔からくる病はなりを潜めた。皆が私の働きを称賛してくれる。──その一方……王太子殿下は、ダリアの誕生日パーティーでしでかした失態が水面下で広まり、このことは国王夫妻も頭を悩ませているとか……。「しかも、多額の血税を浮気相手へのプレゼントに使い込んだことを、第三王子が証拠も揃えて提出してあるから、もう崖っぷちだろうね」──そうね、もはや、王太子殿下は最後の一本の藁で崩れる荷馬と変わらないわ。私はベリテとやり取りして、
私が上級悪魔と契約している──そのやり取りを、白い世界で見ていたのよ。ダリアたちの勘違いには笑うしかないわ。それはともかく、不思議に思うことがある。白い世界に行くための砂糖菓子は、なくなることも減ることすらもない。「どうしてかしら?口にすれば、その分減るものでしょう」私の疑問に、ベリテが答えた。「それはね、ガネーシャが正しい道を歩んでいるから、その証だと思えばいい」──正しい道……。「私は復讐に心を滾らせて、ダリアと王太子殿下を地獄に落とそうとしている悪女なのに?」「彼らは絶対的悪だ。君が繰り返し火刑に処されたあと──聖女が出現しないがために、国は滅びの道を歩むしかなかったんだよ」──聖女は国難を救う導きの光……私が今生で覚醒したとして、具体的に何ができるかはまだ分からないけれど、国に必要なものが火あぶりにされていたことになるのよね。「とりあえず、今後について話そう。彼らの誤解をどう使うか」「……ダリアならば、メイドを脅して噂を流せと言うわね」「そうだろうね。──ただし、ガネーシャのように抱き込んで言いふらさせはしないだろうし、聞かなければ折檻でもする、屋敷から追放もする」「力で服従させようとするわけね。あさましいこと」私はミーナのことを思い出しながら、虫酸の走る思いになった。それに気づいてか、ベリテは気を取り直させるように言ってくる。「その点、ガネーシャは平民から支持を得ている今があり、貴族たちからも好感を持たれている事実がある。相手の悪意も上手く使えば好機にできる」「……ならば、好きにさせてみましょうか。国民感情とダリアの流す噂を衝突させるのよ」企みに本気のいたずらな笑みを浮かべた私へ、ベリテは興が乗った様子で笑みを返してきたわ。「いいね。悪評高いダリアと、支持されているガネーシャ。噂で一騎打ちさせたら、今までの根回しの効果も確かめられる」「ええ。ダリアがどれほど悪女として周知されているか……私を陥れることしか考えず、何も成してこなかった重みが彼女にのしかかるわ」想像しただけで黒々とした心も踊る。私は白い世界から戻り、心をときめかせながら眠りに就いた。そうして翌日になり、ダリアはさっそくメイドたちを脅し始めた。「ご容赦くださいませ……私ごときにはガネーシャお嬢様を貶める言葉など……」「お嬢様?──私も同じ公爵家の
ダリアと王太子殿下には好きにさせておくと決めると、週に一度のお茶の席の日には必ず王太子殿下が王城を抜け出し、ダリアと密会するようになった。ダリアが当て擦りと挑発のためにやっているのはお見通し、誰が乗ってやるものですか。もっとも、これも予想の範囲内よ。むしろ、王太子殿下の失態になるもの、好都合だわ。私は第三王子殿下と情報をやり取りして、表向きは妹に婚約者を寝盗られた令嬢を装いつつ、裏では二人を追い詰められるように事を進めていた。すると、ある夜の晩餐でダリアが卑屈なほど躊躇いがちに言い出したの。「……お父様、私も十六歳の誕生日を迎えますわ。当日は催しを何か出来たら嬉しく思うのですが……」すると、お父様の言葉も待たずにマストレットが口を挟んできた。「誕生日といえば、ガネーシャは湯水のように金を使って祝わせています。なのにダリアは……不公平かと思います」──何を言っているの?私は自分で稼いだお金で使用人たちに料理を振る舞っているだけだし、依頼する王都のレストランにも、潤うように報酬を支払っているわ。それは、お父様も似たようなことを考えたらしい。渋面で口を開いた。「ガネーシャは私財を投じて、高貴なるものの義務を果たしているだろう。ダリアにマストレット、お前たちにそれが可能となる才覚はあるか?尽力をしてきたか?」──これはお父様の言う通りよ。私は浪費をしてなどいないし、家門の名声を高める結果になるよう、考えを巡らせて動いているもの。「それに、ダリアもマストレットも、今現在ただのお荷物にしかなってないからね。役に立つ働きがないから賞賛もないのに、僻んで妬むのは一人前だ」──まったくよ。褒められたいなら真っ当な働きをするべきでしょうに。すると、マストレットは羞恥で顔を真っ赤にして黙り込み、ダリアは声を震わせて言い募った。「私にはお姉様のような才覚もございません……ですけれど、公爵家の娘として……どうか、ささやかなパーティーだけでも……そこで他家の令嬢方とも親しくなれましたら、私も貴族として活動できるようになりますもの」「ダリア、お前も私の娘だ。誕生日のパーティーくらいは開いてやる。──ただし、恥の上塗りにならぬようガネーシャに手伝わせる。いいな?」「……はい……ありがとうございます」恥の上塗り……お父様も言うものだわ。まあ、ダリアは王太子殿下と
ダリアをどう陥れようか、どんな落とし方にしようか、私なりに色々考えてみた。結論は、貴族も平民も合わせて、世論を使い続けること。まだ存在しない世論は、この手で作り出す。自己保身や自己満足、あるいは野次馬としての娯楽感覚で、他者を傷つけても罪悪感を抱かない人間なら、いつの世も必ずいるわ。私も繰り返してきた人生で散々苦しめられたもの。──だから、今生ではそれを利用する。皆に悪役となってもらおうじゃないの。見境なく、誰かしらに八つ当たりして鬱憤を晴らしたい人たちには、私の奏でる復讐の音で踊ってもらうわ。「それは、ダリアを人々の娯楽のタネにするって意味だね?」──そうよ。考えてもみて。誰も傷つけずに済むのは、人や他のものに牙を向けることのない、物言わぬ愛玩動物の生涯くらいのものでしょうけど……その点で、ダリアはあまりにも私に悪いの牙を向けすぎたわ。報いは受けさせる。「ガネーシャ自身は手を汚すことなしに、だよね?」──もちろん、そうでなければ。だから皆に踊ってもらうの。幸い、ダリアは禁忌を犯しているから、何の気兼ねもないでしょう?──そのためにも、何か決定的な事件が起こればいいのだけど……取り返しのつかないようなことを、ダリアと王太子殿下が仕出かしてくれれば。「二人の間に不義の子ができるとか?」──さすがに、それはないわよね?廃人状態でも一国の王太子殿下が、避妊もせず未婚の令嬢と……なんて。「まあ、普通はね……」ところが、ある日の晩餐で驚くべき事実が分かった。その晩餐は、いつになく豪華で──ダリアの好物ばかりが並んでいたの。当然、不思議に思った。ダリアの振る舞いで褒められるところなんて、ひとつもなかったもの。「今夜は随分豪勢なお料理が多いのですね?」慎重に言葉を選んで疑問を口にすると、ダリアがわざとらしく頬を染めながら答えてくれた。「お恥ずかしいですわ……実は、私、月のものが始まりましたの……」──え?今になって始まるだなんて遅いわね?元いた家は裕福ではなかっただろうけれど、日々の食事に困るほどではなかったでしょうに。──ベリテ、こういうのは個人差があるとは聞いていたけれど。「どうやら、ダリアは嘘をついているわけでもなさそうだよ」──ベリテは天使として長い時間を生きてきたから、人間も相当見てきたのよね……?「うん。だから、この
──『兄上には、想う方の生家の跡取りとなって頂き、幸福に添い遂げさせようと考えております。どの令嬢にも望む結末を迎えられますよう』ナプキンに隠されていた、第三王子殿下からの書簡には、そうしたためられていた。──つまり第三王子殿下は、廃太子に追い込む覚悟を決めたのね。加えて、王籍も剥奪する方向で動くようだわ。私は簡潔な返事をすることにした。携帯用のペンとインクならば用意があるので、書簡の隅に書いて再びナプキンにしのばせる。──『王宮の使用人たちを使ってくださいませ。あのものたちならば、わたくしが温室で受けている扱いを目にしております』これで、王太子殿下とダリアの件は一層二人の首を絞めるはず。私は一人、温室でのお茶をゆっくり頂いて帰宅した。すると、通りかかったダリアの部屋の前で、異様なかっこうをして雑巾がけをしているメイドを見かけたの。「──あなた、どうして服が全体的に湿っているの?」見過ごせなくて声をかけると、メイドは一瞬怯えた目をしたけれど、それから低く答えた。「ダリアお嬢様が……」「ダリアがあなたをずぶ濡れにしたの?」「いえ、あの……実は、ダリアお嬢様のお支度には、毎朝メイド三人がかりでコルセットを締めるのですが、その間ずっと怒鳴られ続けて……」「まあ……コルセットを締めるだけで、令嬢なのに怒鳴り声を……」「それだけでは済みません。お支度を終えると、手際の悪さを責められて……冷たい井戸水を桶で三回浴びてから仕事に戻るよう命じられるのです……」あまりにも残酷で、私は眉をひそめた。「……それは、いつから繰り返されてきたのかしら?」「はばかりながら、ガネーシャお嬢様が十五歳のお誕生日を迎えられましてから……毎日でございます」つまりは、私がダリアの振る舞うスープの邪魔をしてからなのね。なんという陰湿な執念なの。「私はもう十六歳よ?……それほど長く、メイドに虐待を……」「メイドたちは、もう耐えられません……ダリアお嬢様の暴言にも、腰周りの太さにも……」──太さ……メイドには悪いけれど、吹き出しそうになってしまったわ……。あの子、言われてみると、迎え入れられてから──毎食、卑しいほど肉料理を食べているものね。「まあ、笑いたい気持ちも分かるよ。ダリアって、鴨肉や豚肉の脂を特に好んでるよね。余計に太る原因を作ってるんじゃないかな?」
運命を決める十六歳を迎えて、私はベリテと話し合っていた。──聖女とは、そもそもどういったものなのかしら?「まず、魂に宿っている光属性の魔力が目覚めを迎える。この属性の魔力は、聖女や聖人しか持ちえないし、そうした人間が生まれることも稀だね」──光属性の魔力……魔力だなんて、おとぎ話のようだわ。人間が持ちうるものなの?「ごく稀にね。だからこそ、尊ばれる。……光あるところには影が出来る事には気づけないまま」──影?光属性の魔力には、何か裏があるというの?ベリテの言うことはもっとものようにも思えるけれど……影とは何かしら。「聖女は怪我や病を治癒出来るし、浄化の力で豊穣ももたらせる──それは知っているよね?でも、実はそれだけじゃない」──あら?そうなると、聖女に光と影が宿るということ?私は光の聖女に相反する影の存在が覚醒すると思ったのだけれど。「それはないよ。影になる闇の魔力は悪魔しか持たない。──聖女はね、怪我や病や大地の穢れ、そしてその苦しみを取り出して癒し、取り出したものは致死性のない毒薬として、小さな瓶詰めにして保管出来るんだ」──聖女が、毒を持てる?意外だけれど……そうね、持てたら使いようによっては……私の復讐に役立ってくれそうだわ。もちろん、ダリアを追いつめるために。心身ともに絶望させることを目的にね。──良いことを聞かせてもらったわ、ありがとう。お礼を言う私に、ベリテは改まって問いかけてきた。「王太子はベリタの力でダリアに魅了されて操られてる。それは本来なら本意ではないだろう?──ガネーシャには彼に同情する気持ちはある?」──いいえ、少しも。地位に慢心して驕れるものに、王としての器はないわ。王太子殿下は出逢ったときから、人を見下して傲慢に振る舞うことの間違いを省みようともしていなかったもの。「そう、それなら構わないよ。──前世での復讐を果たすのに、同情心は妨げになるから」──そうね……幸い、私にはない感情だけれど。……ねえ、ベリテ。思いついたことがあるわ。聞いてくれる?「ダリアを追いつめるための布石だね?協力者として聞かせてもらうよ」私はにこりと笑んで、ベリテに計画を話したわ。──そして数日後、お茶会を庭でひらいた。集まる令嬢達は流行りに敏いものだけを招待して。「本日はようこそお越し下さいました。……季節外れの暑さ