(大丈夫なのこれ……?)
「食事をしながら自己紹介としようか。始めてくれ」
伯爵の合図とともに食事が運ばれてくる。
銀の食器にレースが敷かれ、その上にまた銀の食器が置かれてスープが入っている。
(1つの料理に皿が2枚!?)
絶対美味しいやつだなと感じとったが、この場で騒いではいけない。落ち着け、フリじゃないぞ、絶対だぞ。
頭の中を料理の感想が次から次に駆け巡るが、必死に自制する。頑張れ俺。
その後も温野菜のサラダや肉料理と続くと、
「私はこの街の管理を任されているミルフォン・ジェイクウッド。こちらは妻のルイーダ。長男で9歳のミカエルに長女で7歳のイザベラだ」
ルイーダさんは銀糸のような美しい輝きの長髪に、垂れ目でおっとりとした印象の美人だ。
ミカエル君は父親譲りのプラチナブロンドの髪を短く切りそろえ、母親譲りの垂れ目が可愛らしい。
イザベラちゃんは銀髪を肩まで伸ばし、クリクリとした大きな目と長いまつ毛が特徴だ。
2人とも大人になったらさぞかしおモテになるでしょうな。
「お初にお目にかかります。シルバー2階級冒険者のヨールと申します」
「ふふ、緊張せずともよい。まずは食事を楽しんでくれ」
(そりゃ無理ってもんですぜ旦那……)
最後に紅茶? とデザートが出てきた。英国式のアフタヌーンティーセットのような、3段プレートの食器に焼き菓子が乗っていた。
自分の暮らしとかけ離れた目の前の光景についていけず、言われるがままされるがままで、頭の中は真っ白だ。
食事を終えると、伯爵がゆっくりと口を開く。
「今回の依頼なんだが、子供達と遊んでやってほしい。これから家庭教師が来るので、魔法の授業を一緒に受けてくれればいいよ。珍しい闇属性を見たいと言うのでね」
「謹んでお受けいたします」
その後俺は、執事に案内され子供達の部屋へ案内されると、ミカエル君が話しかけてきた。
「ヨールと言ったな、レベルとステータスを教えろ」
流石貴族、上からきや
「ヨール、あなたまだまだね。全然ダメダメなのだわ。それじゃあ魔法を使いこなしているとは言えないじゃない。はぁ……先生が来たら師匠の私が教えてあげるから」 どうやら魔法を使う奥義のようなものがあるようだ。もしかすると、貴族に伝わる秘伝とかなのかもしれない。 スキルに関しては何の知識も無いので、ガキとはいえ師匠を持ったのは幸運だったかもな。楽しみになってきたぞ。「ミカエル師匠、イザベラ師匠、ご指導のほどよろしくお願いいたします」 子供相手にヘコヘコしていると、仲良く? なれたようだ。 冒険者としての仕事や、俺の魔法の事など、その後も暫く他愛のない話をしていると、扉をノックする音が聞こえた。 どうやら家庭教師の先生がやってきたらしい。「ミカエル様、イザベラ様、ごきげんよう。ヨールさんだったかしら? 私は家庭教師のナナです。よろしくね」 とんがり帽子に黒いローブ、右手には長く歪な形の木製の杖。魔法使いのイメージそのままだ。杖の先端には小さな籠があり、その中に鈍く光る魔石が入っている。(いや、そんなことより……) ナナ先生は胸が大きくて可愛らしい。そう、胸が大きくて可愛らしいのだ!「ヨールです、よろしくお願いします!」「「ナナ先生、よろしくお願いします!」」 どうやら今日は、森でモンスター相手に実戦形式の訓練をするらしい。護衛に伯爵お抱えの騎士を2人連れ、馬車で向かう。なんて贅沢な授業だろう。「おいヨール、お前弟子なんだからちゃんと俺達から見て学べよな」(おやおや、技術は盗めと。手厳しいこって)「はい、ミカエル様! 弟子として恥じぬよう学ばせて頂きます。イザベラ様の華麗な魔法も大変楽しみでございます!」「期待しているのだわ、ヨール!」「あら、ミカエル様もイザベラ様も弟子をお取りになったんですのね。ふふふ」 なんだかんだで結構楽しみな俺がいる。この授業で俺も成長出来るかもしれないしな。 1時間程経った頃、馬車が動きを止める。「さて、授業を始めますよ。」
(お、次はイザベラちゃんの番か。くるぞくるぞー!) イザベラは両手をスライムに向け突き出す。「風を司る大いなる精霊シルフよ 我が名はイザベラ 汝の力をこの身に宿すもの 敵を斬り裂く刃をお貸し下さい くらえ! ウインドエッジ!!」 イザベラの前に現れた半月状の風の刃は、突風の如き速さでスライムを横半分に切り裂いた。 しかし核を外してしまい、スライムは再生してしまう。「今だ、ヨール!」(へ? 俺!? それじゃあいっちょ真に拗らせた男の力を見せてやりますか!) 俺はスライムの方へ駆け出す。「我が右手に宿りし邪悪なる闇の力よ 黄泉の門を切り裂く漆黒の刃よ 敵を灰塵に帰せ! デスブリンガー!!(シャドークロー!!)」 右手にシャドークローを発現させ、スライムの体表を削る。爪の先端が核に到達しようかというその時!「ヨール、離れるのだ! 先生、トドメを!」 サッとバックステップをし、俺はスライムから距離を取る。 ナナ先生が杖を天高く掲げた。「あぁ 大いなる大地よ……」(せ、先生……?) 先生の顔を覗き込むと、とんがり帽子の長いつばで隠れていたが、その顔は少し赤くなっていた。「あぁ 天高く広がる大空よ……」(さっき詠唱要らないって……) 俺が疑問に満ちた視線を向け続けた為、既に先生の顔は真っ赤だ。「ズドリーチェ ビビダーニア ロルッカ!」(何それ!? 何語!? 先生あらかじめ考えてたよね絶対!)「ウインドトルネード!!」 巨大な竜巻がスライムを飲み込む。無数の風の刃は、暴風に飲み込まれ平衡感覚を失ったスライムをズタズタに切り裂いた。オーバーキルだ! 戦闘を終えると、各々の詠唱を褒め称える謎の会議が開かれた……。 その後は馬車に乗り込み屋敷へと戻る。今日の授業は終了だ。道中イザベラちゃんが話しかけてきた。「ねえヨール、あなたのスキルはシャドークローよね? デスブリンガーとはなんなのかしら?」「ふふ、お嬢様。デスブリンガーの方がカッコイイではありませんか!」「やるではないかヨール! ふむ、ファイヤーバースト、メギドフレイム、ヘルファイア……」 2人の子供と何故か胸の大きな女性までもが、屋敷に着くまでぶつぶつと何か呪文を唱え続けていた。 屋敷に到着すると、依頼完了となった。伯爵から、子供達がまだ話し足りないということで夕食にも招
伯爵のお屋敷から出ると、夜空には月と星が輝いていた。 この世界にも星座があるのだろうか。そんな事を思いながらヨールはギルドへと向かう。 大通りは酒を飲んで陽気になった人々の騒がしい声で溢れていた。「いけない! ラシードさんの店にコップを返却しないと!」 昨日買ったレモネードの木製のコップを返し忘れていたヨールは、大慌てで駆け出す。 目的のパン屋へ到着すると、店仕舞いの準備をするラシードの姿が見えた。「ラシードさん、ごめんなさい遅くなりました! コップの返却に来ました」「やあヨール君、こんばんは。いつもありがとうね。そうだ、売れ残りなんだけど良かったら食べて」「ありがとうございます! また来ますね!」 わざわざ麻の袋に入れてくれたフランスパンとジャムパイを貰い、礼を言う。ラシードの優しく微笑む顔は、どこか父親のエミルを彷彿とさせ、村での生活が懐かしくなる。 落ち着いたらまた村へ遊びに行こうと心に誓い、ギルドへと向かった。「こんばんはー!」 挨拶と共にギルドの扉を開くと、カウンターに頬杖をつくジンバの姿があった。「おやあんたかい、マシューとリッキーはあたしとギルド長で絞っといてやったよ!」 どうやら、先日ヨールを襲ったスキンヘッドと出っ歯のコンビはブロンズ級へと降格処分を受けたようだ。 更に、初心者講座からやり直しとなり、次に問題を起こすと冒険者資格剥奪となるため、これを機に更生するだろう。「まあ、あんたがまた襲われる事は無いだろうけどね。あんたに絡んだら目が見えなくなって、あちこち転んで怪我したらしいよ? 朝まで騒いで大変だったとさ。自業自得さね。さ、プレートを貸しな」(そういえば昨日は驚きの連続で報酬を聞き逃していたんだ……)「おや、凄いじゃないか。追加報酬があるよ! 金貨3枚だ。指名依頼で2回連続高評価とは大したもんだね。ランクアップだよ! この早さは過去一番かもね」「本当ですか! ちなみにゴールド級になるためには何をしたらいいでしょうか?」「なんだい、もうゴールド級に興味があるのかい? 3階級上げるのは大変だよ。最低条件ですらレベル30以上、小ダンジョンの踏破が必要だからね」 Ⅳ階級の条件は、トレント、ストーンリザード、羽狼、サーベルベアのどれかを25体討伐する事。 Ⅴ階級の条件は、4階級の条件を満たしたモンスター
昇級条件のモンスターについても教えてくれた。 トレントは木のモンスターで、森の中で擬態しているため、周囲の木と見分ける事が難しい。枝を鞭のようにして獲物に襲いかかり、根を足のようにして移動する。火属性に弱く、武器に火炎を纏わせるスキルや、ファイヤーボール等の魔法が効果的だ。 ストーンリザードは、石のような鱗を持つ巨大なトカゲで、威力の低い魔法やスキルは鱗に弾かれてしまう。斧やハンマーなどの攻撃力の高い武器を使用するか、鱗をものともしない高火力の魔法やスキルで倒す必要がある。先端に棘のついた尻尾を振り回したり、棘を飛ばしてくるので注意が必要だ。 羽狼は、毛の代わりに羽毛が生えた狼で、見た目はモコモコとして可愛らしいが、非常に獰猛で、群れをなして集団で襲ってくる。表情や吠え声により、リーダーが群れに指示を出し統率しているため、真っ先にリーダーを倒す事が重要になる。 サーベルベアはその名の通りサーベルのように大きく鋭い牙を持った熊で、筋力も生命力もオークの比ではなく、1頭が迷いこんだ村を壊滅させたという例もあるほど恐ろしいモンスターだ。タンク役と火力役に分かれ、時間をかけて倒すのが基本だ。「なるほど、勉強になりました。明日ダンジョンに行きたいのですが、予約はできますか?」「いいけどあんた、パーティーは組んでるのかい?」「パーティー……」「浅い階層で無茶をしなければ大丈夫だとは思うけど、普通は3人以上で行くもんだ。あまり許可はしたくないね」「では、無理そうならすぐ諦めて帰ってきます。目眩しのスキルもあるので逃げるのは得意なんです」「そうだったね。危ないと思った時には、もう手遅れだってことを忘れないようにね。他の冒険者の側で戦い方を学ぶくらいならいいかもしれないね」 馬車と入ダン料合わせて大銀貨5枚を支払い、許可証代わりの木札を貰った。 ゴブリンダンジョンへは1日2回馬車が出る。片道3時間だ。 始発は掲示板に依頼が貼り出されると同時に発車するが、なるべく早く集まるのがマナーだ。 最終は馬車は陽が暮れる前に街へと帰れるよう
「朝だ!」 目を覚ますと、跳ね起きるようにベッドから飛び出す。 今日の俺は気合が入っている。何故かって? そう、今日は初ダンジョンに挑戦するからだ!「ダンジョンに挑戦するぞ! 興奮するー!」 ジンバさんには見学だと嘘をついちゃったけど、俺は今回で攻略するつもりだ。 夜間にモンスターを倒しまくってレベルを上げ、ゴールド級の基準値まで持っていく。その為に保存食も買ったし、飲み水も追加した。準備は万端だ! まだ時間には余裕がある。身支度をしてラシードさんのお店でゆっくり食事をする事にしよう。 黒川 夜のモーニングルーティーンを済ませ、目的地へと向かう。 ちなみに宿からラシードさんの店までは歩いて30分くらいだ。 店に着くと、ウエイトレスさんが席へ案内してくれた。今日はテラス席じゃないので一安心だ。何にしようかじっくりと悩む。俺は余裕のある男黒川だ。「モーニングセットをお願いします。ドリンクはレモネードにします。オムレツも付けて下さい!」 冒険者たるもの朝の栄養補給を軽んじてはいけない。食べれる時に食べる、これぞ鉄則なり。(結構食事抜いちゃってるんだけどね……) モーニングセットは厚めのトーストにソーセージに目玉焼きだ。ここにレモネードとオムレツが来るって寸法さ! ご機嫌だろ? お味はもちろんパーフェクトだ! 最高の朝食だね! 持ち帰りにパンを6つ購入し、大銀貨18枚を支払い店を後にする。(皮製の水筒にすればレモネードを大量に持ち込めたな。検討しておこう!) ギルドの受付に到着の連絡をして、乗合馬車を待つ。今日は俺と、他に2組しか乗らないみたいだ。朝一の馬車を利用する人が多いのだろう。 ギルドの掲示板に残った依頼を眺めて時間を潰していると呼び出しがかかった。昼の鐘の前にもう出発するみたいだ。 馬車乗り場には、4頭立ての大型の馬車が4台停車していた。最大で8人も乗れるらしい。 俺は先頭の馬車に乗り込むと、既に3人
会話の流れで2階のセーフゾーンまで連れて行ってもらえることになったので、お言葉に甘える事にした。俺の眠りを妨げたことはこれでチャラにしてやろう。 赤髪の剣士はパトリックという名前らしい。ちなみにこいつの仲間は道中ぐっすり寝れていた。 ダンジョンの入り口で木札を渡す。 さあ、初ダンジョンに挑戦だ! ダンジョン入り口は祠のようになっていて、巨大な生物が大きく口を開き、こちらを飲み込もうとしているかのような迫力がある。 そこから地下へと伸びる石畳の階段は、黄泉へと誘う冥府への通路のような禍々しさを感じさせる。 灯りの心配など頭になく、カンテラ等の照明を持ってきていなかったので、入り口の暗さに少々焦ったが、中に入るとうっすら壁が青緑色に光っており、問題なく先を見通す事ができた。 中はひんやりと冷たく、薄暗いダンジョン内は、先程までの春の陽気を感じさせる麗かな日和と対比され、肌に纏わりつく冷気が鳥肌立たせるかのように、緊張感に包まれる。 まるで迷路のように時折枝分かれする通路は、幅が5メートルほどあり、慎重に歩を進めると、かなりの頻度でゴブリンに遭遇した。 ゴブリンはティーダさんに聞いていた通り、小柄だが筋肉質な体をしており、素早い動きで棍棒やナイフを振り回して攻撃をしてくる。 パトリックパーティーの連携は素晴らしく、次々にモンスターを葬っていく。 炎を剣に纏わせ、パトリックが先行すると、槍を持った栗色の髪の女性が槍から電撃を放ち援護する。 そこに後方から、スキンヘッドで風属性の魔法使いの男性が、仲間に射線が被らないよう位置取りながら、離れた位置にいるゴブリンの首を狙いウインドエッジを放つ。 炎に体を焼き切られ、雷の閃光に体を貫かれ、鋭利な刃物で刎ねられたかのように首を落としたゴブリン達は、次々と地面に崩れ落ち、溶けるように迷宮へと沈み、消えていった。(この人たちは誰なんだろう……) 俺はというと、魔法使いの後ろに隠れて戦いを見守っていた。今のステータスだと瞬殺されちゃうからね。 ごく稀に
「知らない景色だ……」 壁にもたれ、片膝を立て、両手はだらりと下ろしている。 遠くを見るような目線で、言ってみたかったカッコイイセリフを呟き、目を覚ました。「肌寒くてすぐ起きちゃった気がするよ」 朝に買ったパンを2つ手に取り、腹ごしらえをした。(ステータス) 黒川 夜 レベル:17 属性:闇 HP:1120 MP:1120 攻撃力:410 防御力:385 敏捷性:580 魔力:900 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル1 ・ナイトメア レベル1「おおお!? レベル上がってるしスキルも増えてる!」 ステータスが上がっているので、夜になった事が分かる。 ジャイアントルーパーの討伐と、パトリック達に同行していたおかげで、最後にステータスを確認した時からレベルが6も上がっていた。「ナイトメアか、カッコイイね! さてさて、どんなスキルなのかなー?」(ナイトメア レベル1:影に潜り、対象の影へと瞬時に移動する。対象の影は自身の影と繋がっている必要がある。範囲:自身を中心に半径3メートル以内。)「瞬間移動きた! 暗闇なら好きな場所に移動できるってことか! ここなら壁際に居れば良さそうだな」 壁沿いの少し離れた場所を指定し、スキルを発動した。(ナイトメア) スキルを使うと目の前が一瞬だけ暗闇に包まれ、視界が戻るとスキル発動前とは目線が変わっていた。 先程まで座っていたはずが、移動先では直立していたのだ。「さっきまで座ってたよな? あれ、もしかして……」(ナイトメア) 視界が闇に包まれ、明るさを感じると目の前には壁があった。 スキル発動時に、移動先で壁の方を向いている自分の姿を想像していたのだ。「やっぱり! 移動先の自分の姿を
(シャドークロー) 両手にスキルを発動させ、疾風の如く敵に接近する。昼間は素早く感じたゴブリンの動きが、今やスローモーションのように遅く感じる。 駆け抜けるついでとばかりに右手の一撃で1体の頭を消滅させ、その勢いのまま裏へ回ると、ゴブリンたちは何が起こったのか分からない様子で狼狽える。 その隙を見逃さず、残る2体も一閃二閃と漆黒の斬撃を振り下ろし、一瞬のうちに葬り去った。「体が凄く軽いや、これなら問題なさそうだね!」 カバンを背負っているだけでもステータスが低下してしまうので、戦闘の度にカバンを下ろさなければならないのは面倒だが仕方ない。 通路を右へ左へ思うがままに進んでいくと、次から次にゴブリンの集団が襲いかかってくる。 攻撃を躱しながら、狙いやすい頭を狙い、敵の群れを1体ずつダンジョンへと帰していく。「お!? 初ドロップ品ゲット!」 20体ほど倒しただろうか、ゴブリンの死体が消えると、そこには小さな金属塊が残っていた。「鉄……かな? ま、どんどん行きましょう!」 カバンにしまうと、駆け抜けるように迷宮を進んでいく。ゴブリンはまったく相手にならず、2時間程度で5階へと到着してしまった。「順調だね、ここからは弓を使うゴブリンがでるんだっけ。」 気を引き締め、慎重に歩を進めていくと、直進、左、右に分かれた分岐点に差し掛かる。 直進を選択し少し行くと、何かを弾くような音が聞こえ、その直後に弧を描くように飛来する矢を視界に捉えた。 素早く左に移動して矢を避けると、地面を強く蹴るように前進する。「見えない位置から撃ってくるなんて……。」 元いた場所から10メートル程離れた場所から矢を放っていたようだ。ゴブリン4体にゴブリンアーチャー1体を視認する。(ダーク シャドークロー) 弓を引く動作をとっていたゴブリンアーチャーの視界を闇が包み込む。急に視界を失い驚いたのか、弓から手を離し、闇を払うように顔を手で拭っている。
最初にこちらを威圧するような態度だったので高圧的な嫌なやつかと思ったが、中々話のできる良い奴そうだ。「俺も冒険者になりゃあ強くなれんのか?」「ははは、試してみるといい。良いパーティーが見つかるといいな」「1人じゃ駄目なのか?」「ふむ、パーティーを組めばより強いモンスターと戦える。ソロでダンジョンに挑む馬鹿はおらんしな。早く強くなりたいのであれば、仲間を探すべきであろうな」「そういうもんか、じゃあ俺も冒険者ってのになってみっかな! 強くなったら俺のパーティーにおっさんも誘ってやるよ!」「それは熊ったなー。ぶぁーっはっはっはっは!」「おいおっさん、つまんねえぞ!」「ぶぁーーっはっはっはっは!」 冒険者か、今は何より強くならなきゃいけねえしいいかもしれねえ。しかしパーティーか、よええのと組まねえように気をつけねえとな。街の中心に冒険者ギルドってのがあるらしいから、そこで登録すりゃあ誰でもすぐに冒険者になれるみてえだ。 頭の中でおっさんの話をまとめていたら閂の外れる音の後にゆっくりと門が開いた。クリスと……なんだありゃ、首の長え奴がいやがる。キリンの獣人か、あんなのになってたら生活に不便すること間違いなしだったぜ。「お待たせしましたー! 衛兵長のジラフォイですー!」 声高すぎだろ、しかもジラフォイってなんだよ。こいつ笑わせにきてやがんな!「あ、あぁ。こっちは待ってる間にそこのおっさんにいい話が聞けて良かったぜ。街には入れるのか?」「まずはテストをするフォイ! 合格したら入れてやるフォイ!」「ぶふぉ……くっ、くく……。そ、そうか」 このキリン野朗畳み掛けてきやがった。笑いを堪えてたとこにこの不意打ちは卑怯だろ。獣人てのはこんなのばっかりなのか?「ジラフォイ隊長、いい加減笑う奴はいい奴っていうテストはやめた方がよいのではないか? 意味がない気がするのだが」「今日はもう遅い、この狼獣人の子供も早めに宿をとっ
「やべえな、日が暮れてきやがった」 気づけば空には赤く染まった夕焼け雲が浮かんでいた。 どれほど走っただろうか、こちらに気付いては襲ってくるコボルトから逃げるように駆け回っていればそのうち諦めるだろうと思っていたが、奴らはなかなかにしつこかった。 体が疲れてきやがったんで立ち止まったら、木々の合間から出てきた15体のコボルトが向かってきやがった。木の槍で片っ端から心臓を突き刺してやると、いつの間にかレベルが12に上がってやがる。(ステータス) 武藤 零ニ(むとう れいじ) レベル:12 属性:無 HP:1350 MP:390 攻撃力:650 防御力:325 敏捷性:650 魔力:150 スキル ・アイテムボックス レベル2 ・鑑定 レベル1 ・身体強化 レベル1「スキルのレベルが上がってやがる。お、新しいスキルもあるな!」(アイテムボックス レベル2:容量100万リットル。保存物の時間経過有り。生命は収納不可)「歩く倉庫じゃねえか! んでこっちは」(身体強化 レベル1:対象1体の攻撃力と防御力と敏捷を2倍にする)「へへ、こいつはいいぞ。ブラフに使えるぜ!」 対人戦で重要なのは、いかに自分の実力を相手に悟らせないかだ。弱いフリして相手を調子に乗せたらこっちのもの、あえて無防備に殴られるなんて事をよくやったもんだ。相手の数が多い時にやったらそのままボコられちまうけどな。 しっかし、このゴールデンレトリーバーを人型にしたようなコボルトとかいうモンスターは次から次に向かって来やがるが、街に持って行きゃ金になるのか? アイテムボックスの容量も増えたし、ぶっ殺した毛玉どもを片っ端から収納してやってもいいんだがよ。とりあえず入れちまうか。「ん? なんだか香ばしい匂いがすんな。人か!? よし、早速試してみるか」(身体強化) 匂いのする方へ四足歩行で風を切り裂くように走る。レベ
「しっかし、オネイローサもすげえ遊びを考えついたよな。自分で作った世界に別の世界の人間を入れて争うように仕向けるなんてさ」「ふぉふぉふぉ、この遊びが始まる前の、平和な世界に凶悪なモンスターを解き放って滅亡するかしないかを賭けるゲームもわしは好きじゃったがの」「オネイローサは天才だと思うのっ! 文明の発展してない世界をブラックドラゴンがめちゃくちゃにするのも楽しかったけどぉ、自分の駒で遊べるこのゲームの方が断然楽しいねっ!」「ふふふ。何者にも影響されず、全ての理を捻じ曲げることのできる私たち無欠の存在が、何が起こるか分からない運という要素を最も楽しめる方法を考えたのがこのゲーム『グリードフィル』です」 オネイローサは氷のように冷たい笑みを浮かべた。「ふぉふぉふぉ、ワシらの愉しむという欲望、駒どもの生き残りたい、願いを叶えたいという欲望、さらにそれを阻む七欲にまみれた安定を欲する住人達。欲に満ちた世界グリードフィルとはよく言ったもんじゃて」 イドモンが口の端を上げ目を細めると、顔に刻まれたシワがさらに深いものとなり、その笑みはどこか邪悪なものを感じさせた。「アイギナちゃんはねぇ、計画が失敗した時の、仲間を失った時の、そして自らが死ぬ間際の希望を失った顔が堪らなく好きなのっ! それは途中までうまくいっていればいっているほど深い絶望を感じさせてくれてぇ、腹の底から笑えるのっ!」 無邪気に笑う幼女だが、そのキラキラと輝く瞳の奥には奈落の底を感じさせる闇が見えた。「俺はどん底から這い上がって、生に縋りもがき苦しむ様が好きだぜ。仲間に裏切られたり、片腕を失ったり、それでも必死に世界をどうにかしようと足掻く命の灯火はなかなか熱いものを感じるな。最後はどうせみんな死んじまうけどな。ヒャハハハハハ」 シドは金縁の丸メガネを右手の中指でクイッと上に持ち上げると、天を仰ぐようにして笑った。「あらあら、皆さん楽しそうですね。ですが、毎回同じではつまらないでしょう? 今回は、誰かが統一するかしないか賭けをしましょう。チップは皆さんが管理する世界です」 「おいおい、統一なんて駒を争わせる為の口
「あらあら、皆さんお揃いのようですね。それでは始めましょうか」 光に包まれた世界で3人の男女の前で話し始めたのは、煌めく金髪に心の中まで見通すような爛々と輝く銀色の瞳に、彫刻のような端正な顔立ちの一目見たら誰しもが心を奪われてしまうような美女。そう、黒川 夜を人族の国ヒューマニアへと送った女神である。「早いのうオネイローサ。今回で5回目じゃが楽しみで仕方がないわい」 肩まであるウェーブがかった長い白髪に感情の読み取れない白い瞳、所々にシワの刻まれた顔には整った長い口髭と顎髭を蓄えている老人の姿をした神が続いて口を開いた。その口元はニヤリと口角がいやらしく上がっている。武藤 零ニを獣人族の国ビーストリアに送ったジジイと呼ばれていた神だ。「イドモンじいちゃんは毎回悪い顔をしますねぇ。アイギナちゃんの駒はとんでもなく強いのですっ! 今回こそは負けませんからねっ!」 自らをアイギナと名乗るこのほっぺたを朱色に染めた緑色のおかっぱ頭の幼女は、健崎 加無子を巨人族の国アトラストリアへと送った女神である。手をパタパタと動かし、目尻を下げてニコニコと話している。「おいチビ助、まさかまたズルしてねえよな? 前回は属性なしに2つも属性つけて負けてんだぞ?」 高圧的な態度で話すブルーのダブルスーツを着こなす、黒髪をオールバックに纏め上げた英国のモデルのような見た目の男性は、八王子 麻里恵を魔人族の国デモネシアに送ったシドという名の神だ。「ぐっ……。う、うるさいですよっ! シドは相変わらず裏表が激しいですねぇ」「ふぉふぉふぉ、その様子じゃとまた何かやったみたいじゃのぉ。それで負けたら罰ゲーム2倍じゃぞー?」「あらあら、前回お咎め無しにしてあげたのですから、今回は3倍ではないのですか?」「ははは、そりゃいいぜ! 覚悟しとけよクソガキ!」 地球からグリードフィルという異世界へと4人の高校生を強制的に送り出した神たちは、何やら集まって楽しそうに会話をしているようだ。 神達がそれぞれ空中に手をかざすと、テレビのモニターの様に、それぞれが異世界に送った者たちが停
岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。 位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。 岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。 咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。「尻尾はだめ。狙うなら頭」 自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。 トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。「今!」 噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。 トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。 再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。「チャンス」 斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。 尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。 トカゲが口を開
「無理、できない。」 異世界を統一しろと無理な要求をされたので断ると、僕の目の前では小学4年生くらいの見た目の幼い女の子がプリプリと怒っている。 緑色のおかっぱ頭に潤んだクリクリとした大きな目、吸い込まれるような緑の瞳をした、ほっぺたを真っ赤に膨らませて僕を叱りつけているこの幼女は自分の事を神様だと言っている。 肩甲骨まである真っ直ぐな暗めの栗毛と、クールな見た目で170センチある高身長の自分が一緒にいると、親子と間違われてもおかしくない。「だからぁ、これは絶対なんですぅ……。無理矢理送っちゃいますからねっ!」 夏休み初日の英語の補習で、オリバー先生に手を引かれてやってきたこの幼女、僕を光に包まれた空間に無理矢理連れてきた。「嫌……。僕行きたくない」「もーっ! 勝手に説明しちゃいますからねっ!」「聞きたくない」「健崎 加無子(けんざき かなこ)さんには巨人族になってもらいますからっ!」 目の前を眩しい光が覆い隠す。視界が戻ると、さっきまで腰くらいの位置にあった神様の頭が僕の膝より下にあった。どうやら身長が元の2倍くらいになっているみたいだ。 目の粗い麻の服は、肌が透けて見えるようで恥ずかしいし、胸が大きいので首周りがゆるいのは気に入らない。「ねぇ、1つだけ聞いていいかな? 僕は統一なんて興味無いから何もせず死んでもいいんだけど、それじゃ困るんでしょ?」「はいっ! 非常に困りますっ!」「じゃあ僕の着ていた下着を10セット、服は制服でいいからそれを10セットと靴を5足、サイズを合わせて。後はそれを入れる丈夫なリュックと頑丈な武器と盾を頂戴。そしたら頑張れる。それくらいできるよね?」「ぐっ……。ちょっとステータスって念じて貰えますぅ?」(ステータス) 健崎 加無子 レベル:1 属性:なし HP:2000 MP:0 攻撃力:1000 防御力:1
「ちょっとぉ……。まだ色々聞きたいことがあったのにぃ!」 もっとこの世界について色々聞きたいことがあったのに、強制的に転移させられてしまった。とりあえずスキルを調べてみる。(テイム レベル1:自分より弱いモンスターを従えることができる。弱らせることで格上のモンスターにも発動する。テイムしたモンスターは討伐扱いとなり経験値を取得できる。上限100体)「へぇ、わたしはこの魔法で仲間をどんどん増やしていけばいいわけね」 周囲を見渡すと、遠くに城壁のようなものが見える。おそらく街だろう。ひとまずテイムを試すために、街の方に向かいながらモンスターを探すことにした。 広葉樹や針葉樹など多様な木が生えているが、毒々しい見た目をしているので気味が悪い。おどろおどろしい木々の紫色の葉が風で揺れてガサガサと音をたてるたびにビクンと心臓が跳ね上がる。 怯えるように両手を胸に当て、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。「きゃっ!」 樹上から目の前に何かが落下してきた。「あー! ゲームで見たことある、スライムだー!」(テイム) 早速スキルを使ってみると、スライムのいる地面に魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びる円筒状に薄い緑色の光がスライムを包み込んだ。「仲間になったってことかな?」 光が消えると、今までに感じたことのない親近感に似た感覚がスライムから伝わってくる。「おいでおいでー!」 手招きすると、スライムが一生懸命な様子でズリズリと体を前後に伸び縮みさせながら近づいてきた。「よく見たら可愛いね。わたしの言うこと聞いてくれるの?」 質問してみると、スライムはぴょこんと飛び跳ね肯定してくれているようだ。可愛らしい姿に思わず頬が緩む。「いい子ねぇ。他のモンスターからわたしを守ってくれる?」 お願いしてみると、スライムは再び小さくその場でぴょんと飛び、体で肯定の意思を表した。 愛らしい様子に楽しくなって、しばらくスライムに話しかけてみた。こちら
わたしは今光の中にいる。足が地についた感覚はないけれど、どういう原理か立っている。歩こうと思えば歩けるし、座れもする。 今日は夏休み初日で、古文の補習があった。教室で先生を待っていたら、菊ジイこと菊田先生と、スーツ姿のイケメンが入ってきた。 そのイケメンは、ぱっと見ただけで分かるほど高そうなブルーのダブルスーツを着ていて、艶やかな黒髪のオールバックに、金縁の丸メガネをかけ、燃えるような赤い瞳をしていた。彫りの深い欧米人のような顔立ちで、顔のパーツの一つ一つが大きく、作り物のように整った顔立ちはどこか浮世離れしていた。おそらく外国の方だと思う。 菊ジイは虚な目でずっと下を向いたまま何も喋らず、ただ教壇の後ろに立ち尽くしていた。「こんにちは、お嬢さん。お名前を教えて頂いても?」 まさか外国人だと思ってたイケメンから流暢な日本語が発せられると思わなくて、びっくりして噛んでしまった。「は、八王子 麻里恵(はちおうじ まりえ)でひゅ……す」「麻里恵さん、よろしくお願いしますね」 イケメンが優しく微笑みかけてくる。なんて尊さ。(教育実習生なのかな? だとしたら全力で推していきたいところね! 後で一緒に写真を撮ってもらってカナコちゃんに教えてあげよっと!) 色々と妄想をしていると、ドサッという音がした。菊ジイが倒れたようだ。定年近いと聞いていたし、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。「菊ジイ、大丈夫!?」 慌てて駆け寄り肩を叩くが反応はない。かろうじて呼吸はしているようだ。 イケメンが菊ジイを抱き上げ、日陰に移動して横にさせる。「大丈夫ですよ、安心して下さい。麻里恵さん一緒に来ていただけますか?」 なんだろう、保健室だろうか。「はい、大丈夫です!」 わたしは光に包まれた。 で、今ってわけなんだけと……。「麻里恵さん、気づいたみたいだね」 振り返ると爽やかな笑顔のイケメンがいた。歯がキランと光るエフ
(人か……?) 道を挟んで反対側の森から、身長1メール程の二足歩行の犬といった見た目で、右手に木の棍棒を持った生き物がキョロキョロと辺りを見回しながら出てきた。子供の犬獣人かもしれない。「おいガキ! ここはどこだ?」 茂みから出て眼光鋭く睨みを効かし、近づいていく。「ワン!」 威嚇するように吠えると、二足歩行の小型の犬は棍棒を振り上げこちらに走ってきた。「おい止まれ!」 注意を促すが、止まる様子はない。こちらの左脇腹を狙い棍棒を横薙ぎに振るってきた。子供なのになかなかの身体能力なのは獣人だからであろうか。 2回バックステップをして距離を取る。「おいガキ! 次はねえぞ、止まれ!」 再度注意を促すが、再び棍棒を振り上げ襲いかかってきた。 乱暴に振り下ろされた棍棒を左にサイドステップでかわし、棍棒を持つ手の手首を右足で蹴り上げ、棍棒が手から離れたのを確認してから、右のストレートで顔面を殴りつけた。「キャイン!」 二足歩行の犬は、金切声のような悲鳴をあげて地面に倒れると、脳が揺れているのか立とうとするが膝が笑っており力が入らずなかなか立てないようだ。 右手で棍棒を拾い上げ、トントンと右の肩を叩く。「アホが、痛い目見て分かったか? ここがどこか教えろ!」 話しかけるが返事はない。 ようやく軽い脳震盪から回復したのか、ゆっくりと立ち上がり噛みつこうと大口を空けてこちらに向かってきた。 右手の棍棒て下顎を打つと、顎が外れて大きく頭を傾け、走っていた勢いのまま地面に受け身をとれずに頭から倒れた。「お、おい! 大丈夫か?」 慌ててかけよると、白目を剥いて舌を出し、泡を吹いてガクガクと体を震わせていた。体を揺するが反応は無い。まだ息はあるので死んではいないようだ。目を覚ますまでしばらく待つとするか。 時々肩を叩いて呼びかけるが反応はない。15分くらい経っただろうか、近くの茂みがガサガサと音をたてると、中から透明な水風船を地