Share

73

Author: 酔夫人
last update Last Updated: 2026-01-12 11:00:32

病院は違うが白川百合江は精神病院に入院した。

社長をやめた父は白川百合江に付き添っていた。

取締役会の決議が開かれる前夜、俺は白川百合江の病室に行った。

なんで行ったのかは今も分からない。

父が何のために会社を、そして俺を、全てを捨てたのか。

それを確認したかったのかもしれない。

―― どなた?

白川百合江は俺を見て首を傾げた。

何も知らない無垢の少女のような微笑み。

記憶を失っているのか。

現実から逃げているのか。

人の心は分からないが、父にとってはそれでも白川百合江がいいらしい。

いま二人は箱根にある白川家の別邸でひっそりと生活している。

二人の間に婚姻関係はない。

父はまだ母と結婚しているし、白川百合江とその夫も離婚していない。

それでも二人は一緒にいる。

父の中に俺はいない。

俺だけ父を追って馬鹿みたいだと思ったから、俺は代表取締役になると肩書きをCEOに変えた。

海外ではCEOのほうが通じやすい。

国際的な信頼感を得やすい。

そんな理由を並べたが、父と同じ『社長』になりたくなかっただけ。

今はまだ社長室と呼んでいるから、俺は父の影から完全に出きっていないのだろう。

でもいつかは……CEO室は変だな。

CEO Office?

元社長室だけ英語?

 *

 

「なぜここにいる?」

部屋に入ると李凱がいた。

「土産を渡しにきた」

陽菜から李凱は出張中だと聞いてはいた。

どうやら戻ったその足でここに来たらしい。

「社長、おはようございます」

「二人揃って朝からよくそんな甘いものを食べられるな」

李凱と俺の第二秘書である黒崎妹、黒崎えみの手には俺の拳くらいの大きさのシュークリームがある。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   74

    「忘れてた」そう言って李凱が鞄から出し、俺の机の上に置いたのは……計画書?「次にうちが狙っている仕事なんだけど、藤嶋建設と協力したほうが勝率が上がりそうだから誘いにきた」どうやらお土産以外にも用事があったらしい。小学生が遊びに誘うような口調だが、誘っているのは……莫大な利益となる大プロジェクト。軽いノリに戸惑うが、申し出を受けない理由はない。陽菜と仕事ができるかもしれないし。陽菜だってルカに声をかければ一緒の仕事を喜ぶだろう。「陽菜は他の仕事で手一杯だから今回は俺が担当するよ」「あ、そう」やる気が六割くらい落ちた。「あからさまだなあ。仕事くらいなんだよ、今朝だって陽菜に会ったんだろう?」「まあな」「パートタイムダディしてるねえ」俺と陽菜は離婚した。海の親権は陽菜が持つことになったが、離婚する前に海の出生届を出すことを陽菜が受け入れてくれたから海の戸籍に『認知』という言葉を残さずにすんだ。嫡出子と非嫡出子を区別しないように法整備は進んでいるけれど、人間の心情は簡単に割り切れず、非嫡出子には「愛人の子」というイメージがあるから差別は避けられない。認知手続きについて調べたら、少々面倒そうだった。黒崎がTO DOリストのように認知手続きをまとめてくれて、それは陽菜の説得にとても役立った。しかし、実際にやってみると面倒臭かった。陽菜の性格が一度やると決めた以上は最後までやり通すタイプでよかった。当人同士が良ければいいじゃないかと黒崎に愚痴ったら、拗れに拗れて俺を夫婦喧嘩に巻き込んだお前がいう台詞じゃないと怒られた。陽菜のパスポートが『朝霧陽菜』に戻る

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   73

    病院は違うが白川百合江は精神病院に入院した。社長をやめた父は白川百合江に付き添っていた。取締役会の決議が開かれる前夜、俺は白川百合江の病室に行った。なんで行ったのかは今も分からない。父が何のために会社を、そして俺を、全てを捨てたのか。それを確認したかったのかもしれない。―― どなた?白川百合江は俺を見て首を傾げた。何も知らない無垢の少女のような微笑み。記憶を失っているのか。現実から逃げているのか。人の心は分からないが、父にとってはそれでも白川百合江がいいらしい。いま二人は箱根にある白川家の別邸でひっそりと生活している。二人の間に婚姻関係はない。父はまだ母と結婚しているし、白川百合江とその夫も離婚していない。それでも二人は一緒にいる。父の中に俺はいない。俺だけ父を追って馬鹿みたいだと思ったから、俺は代表取締役になると肩書きをCEOに変えた。海外ではCEOのほうが通じやすい。国際的な信頼感を得やすい。そんな理由を並べたが、父と同じ『社長』になりたくなかっただけ。今はまだ社長室と呼んでいるから、俺は父の影から完全に出きっていないのだろう。でもいつかは……CEO室は変だな。CEO Office?元社長室だけ英語?  * 「なぜここにいる?」部屋に入ると李凱がいた。「土産を渡しにきた」陽菜から李凱は出張中だと聞いてはいた。どうやら戻ったその足でここに来たらしい。「社長、おはようございます」「二人揃って朝からよくそんな甘いものを食べられるな」李凱と俺の第二秘書である黒崎妹、黒崎咲の手には俺の拳くらいの大きさのシュークリームがある。

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   72

    海を祖母さんのところに送り届けてから会社にいく。「おはようございます」上に向かうエレベータを待つ間、何人かと挨拶を交わしたあとに社長室に向かう。正確にはCEO室なのだろうが、昔から「社長室」と呼んでいたため今はまだ社長室と呼んでしまう。   *  父から代表取締役の座を継いだ。父に呼ばれて退任の意思を聞き、取締役会の決議が開かれて選任された。もともと後継者として育成されており、売上拡大、組織改革、海外展開など実績を積んできた。白川茉莉のことがあって父からその座を奪うと決めてからは他の取締役や株主などに積極的に関ってきたと自負していた。でも実際に代表取締になったとき、あまりにあっさりしていて驚いた。これまでの父の妨害は何だったのか、と。 俺から見る限り、父は藤嶋建設の仕事に特に興味はないようだった。祖父から継いだから。俺が継ぐまで。そんな感じの中継であることをあまり隠してもいなかった。だから今まで通りの藤嶋建設を継ぐなら、父はあっさりと俺に代表取締役の座を譲ったと思う。妨害したのは俺が取引先の銀行を増やしたから。メインバンク制により日本企業には特定の銀行が資金調達・経営支援・人事介入まで担う構造があった。藤嶋建設は長らく白川家の銀行をメインバンクにし、融資を通じて白川家は藤嶋建設に影響力を持ち、銀行からの出向者が取締役や監査役に就任していた。白川家の直系である白川百合江と白川茉莉の意向に逆らえない空気はこうしてできた。俺は設備投資の融資を他行に依頼し、手形決済を別の銀行に切り替えるなどして取引銀行を増やす。。白川家の息のかかった取締役も任期満了や高齢化を理由に、社外取締役や中立的な人材の登用する。藤嶋建設と白川家の蜜月関係を解消する提言に白川系の取締役はもちろん他の取締役も難色を示した。彼らにも父自身が自分を中継ぎの代表取締役であると思っていることは分かっただろうが

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   71

    そもそも好意とは何か。好意は感情なので、したか、しないかみたいに傍目には分からない。好意を伴った行動?例えばデート。デートだという意図があって誘ったら、浮気。でも、そもそも、デートって何?一般的な定義なら、お互いに好意や関心を持つ二人が共に時間を過ごすために約束して会うことになるだろう。デートと定義するには相互性、つまりどちらが一方だけが好意を持っている状態は成立しなくなる。でも浮気かどうかの判断でいったら?明らかに好意もしくは行為に準ずる感情を持っている相手と夫もしくは恋人が一緒にいたら?よくある「ただの○○だよ」というやつ。夫もしくは恋人にその気はなくても、その気はあると疑わしき相手と一緒にいたら嬉しくはない。 私はこの「嬉しくない」が浮気のラインじゃないかと思っている。本人たちが何と言おうが、真実がどうだろうが、「嬉しくない」と思ったら浮気。そもそも論、浮気という言葉がおかしい。浮ついた気分って、浮気した側の主張になっている。俺は浮ついていないからあれは浮気じゃない、が罷り通る表現。逆だ。浮気かどうかは「したほう」の判断ではなく、「されたほう」の感情を優先すべき! ……ふう、落ち着こう。 蒼はいま、私と海のためにせっせと私たちのところに通ってくる。その姿はわき目も振らずに必死。 藤嶋建設のロビーでの白川茉莉とのガチンコ勝負の結果、蒼は独身だと周囲に知れた。白川茉莉ともなんともない。別れた私に未練がある風には思われているが、事実だけを見れば蒼は独身。チャンスだと思わないわけがない。純粋な善意なのか、それとも蒼寄りだから私に発破をかけているのかは分からないけれど、藤嶋建設での蒼の様子をルカがよく報告してくる。誰それに今日は言い寄られていました、って。スパイ

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   70

    白川茉莉が精神病院に入ったことで、良かったことは一つだけある。白川茉莉は「責任をとれない者」と判断されたから、あの子どもの親権は蓮さんが持つことができた。当時の蓮さんはまだリハビリ中だったけれど、西山家の社会的信頼度が蓮さんの単独真剣の取得の後押しになったと三奈子さんから聞いた。 白川茉莉が有罪判決を受けただけでは、親権はそのまま白川茉莉がもった可能性があるらしい。犯罪歴があるからといって自動的に親権を失うわけではないから。もちろんその場合でも三奈子さんは家庭裁判所に親権者変更の申し立てをしたそうだけれど。勝てる見込みもあったみたい。あの子を実質養育していたのは蒼だったから。白川茉莉があの子の育児に全く関与していなかった。あの子の“保護者”として、蒼はあの子の養育環境を整えていた。ナニーを雇ったのは蒼で、ナニーから定期報告を受けて確認の署名をしてきたのは蒼。確認の署名は白川茉莉にも送られていた。でも白川茉莉は一度も確認の署名をしたことはなかった。 あの子を守るために蒼がしたことは正しい、と思う。蒼の行動はあの子の養育者であると第三者機関もきちんと認めるものだった。でも、そのために私の傍にいてくれなかったことも事実。穿った見方だと分かっていても、私を放っておいたからあの子を養育できたんじゃないのかって思ってしまう。 あの子のことを考えると、白川茉莉以上にいろいろな感情が渦巻く。蒼のやったことは大人として正しいと思う。でも、それなら私ってなんだろう?蒼の正しさが証明されるたびに私の「妻」としての存在意義が薄らぐ。足元がグラグラして、感情が沸騰する。キーッと発散させれば落ち着くのだろうか。でも舞い戻ってくるに違いない。グラグラする感情。ふつふつ沸く感情。どれも消化の仕方が分からない感情。 

  • 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?   69

    病院にいる白川茉莉を見れば満足するかもしれないとも思った。だから面会の許可をとって、病院に行った。行ってよかったかというと、そんなことはなかった。 ―― 安心してください。白川さんが社会に出ることはありません。病院のスタッフにはそう言われたけれど、嬉しくとも何ともなかった。私は安心が欲しかったわけではないから。 白川茉莉がいる病院を見て落ち込みもした。罪人として収容されているに、白川茉莉のいる病院はきれいで清らかだった。病院だから清潔感は大事だと分かるけれど、全然惨めな環境ではなかった。深層の令嬢、その白川茉莉のイメージそのものだった。現代の日本でネズミが駆け回る地下牢やじめじめした座敷牢に入るなんてことはない。それは分かっていた。でも、白川茉莉のいた病院はあまりにきれいだから入口で「罪を償うって何?」と思った。この時点で会うのはやめようかと悩んだ。でも、せっかく来たのだから勿体ないという貧乏性が災いした。根性で私は建物の中に入った。 白川茉莉に会って、良かったこともある。私が案内されたのは、厚い透明な板で仕切られた部屋。刑事ドラマのセットのような面会室だったけれど、こちらとあちらが明確に分かれていて、透明な板の向こうは「罪人」とか「罪を裁かれた者」という感じだった。白川茉莉はあちら側にいる。そのことが感じられたことはよかった。 事前に面会許可を取っていたけれど、結構待たされた。待たされたけれど、これも良かった。白川茉莉は待たないと会えない存在。あちら側の時間軸は違う別世界のように感じられた。白川茉莉は私に会うのに時間がかかる。時間をかけないとこちら側、外にいる私には会えないということが遮断されたあちら側の世界にいると感じられた。 白川茉莉は女性スタッフ二人

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status