LOGIN奏多side
「奏多君、五十嵐工業の事業譲渡の件を麗華から聞いたよ。なんでも、あの敷地の九割以上が製造事業に使用するための施設で、麗華は追い出されてしまったそうじゃないか。新しいオフィスはもちろん、相応の待遇は用意してくれるんだろうね?」
星野会長は、俺が麗華の面倒を見るのが「当然の義務」であるかのように言い放った。この場にいる全員が、五十嵐工業とを住吉が拾い、麗華という腫れ物に新しい居場所を与えるのが自然な流れだと信じて疑っていない。
「その件ですが、今回はこのような事態を招いてしまい、誠に申し訳ございませんでした。今回の件は、私の監督不行き届きであると同時に麗華さんが推し進めたい事業と住吉商事が考える企業方針との決定的なズレが生じた結果だと思
奏多side遥の娘が行方不明になった。東宮俊からその事実を告げられた瞬間、俺の思考は強制的に停止した。そして、最後に一緒にいた人物が「星野」という女だと聞いたとき、麗華の顔が鮮明に脳裏に浮かび、喉の奥がカラカラに乾き、心臓が握り潰されるような痛みに襲われた。すぐさま住吉家の精鋭であるボディーガードたちを総動員させ、街中を捜索範囲に網を広げさせた。東宮花蓮の特徴を思い返した時、ふと疑念が浮かんだ。(遥の子は六歳……俺と離婚して一年と経たずに生まれているな。逆算すると、離婚した時に遥は既に妊娠していた事になる……。遥は何も言わなかったが、あの子は俺の子なんじゃないのか……)遥の会社ですれ違った時の様子を思い出す。リボンをつけてフリルの多いワンピースを着て見た目は幼い女の子なのに、歩き方や立ち振る舞いは堂々としていて大人顔負けだった。遥に似ていて目を奪われたが、もしかしたら本能的にそれ以外の何かを感じていたのかもしれない。もしそうなら、俺は、俺の子どもを授かった遥を無碍に扱い地獄に突き落としたことになる。そのことが背筋を氷のように冷やした。あの子は何があっても守る、そう強く思い、俺は麗華の思考回路を嫌悪感を押し殺して掘り起こす。(どこへ向かう?麗華が考えそうな場所はどこだ……?)その時、ポケットに入れていたスマホ
遥side岡田が警察の車両へ連行されるのを見届け、何十年にも及ぶ因縁がようやく終わったことに安堵を覚えたのも束の間だった。鞄に入れていたスマートフォンが激しく震えている。電源を入れると画面を埋め尽くす通知の山だった。執事長、運転手、そして秘書に至るまで数十件もの不在着信が私を追い詰めていた。「どうしたの? 遥、そんなに驚いて……」「……何件も着信があるの。何だか、嫌な予感がする」「僕のところにもだ……。何があったんだろう」俊も自身の端末を確認し顔を曇らせた。先に気が付いた私が執事長に掛け直すと、受話器の向こうから聞こえてきたのは、冷静さを欠いた悲痛な叫びだった。「遥様……大変、大変申し訳ございません! ピアノ教室へ花蓮様をお迎えにあがったのですが…………どこを探しても姿が見当たらないのです」「え……? 花蓮が、いない……? 」私の叫び声に俊と直人が目を大きく見開いて、私たちの電話に聞き耳を立てている。
麗華side都内でも屈指の有名幼稚舎の生徒が通う名門ピアノ教室。ここで、私はその時を待っていた。この教室に、東宮遥の娘である花蓮が通っていると突き止め、受付のアルバイトを志願したのだ。住吉商事の傘下を離れた後は散々だった。仮想通貨事業のみ残った五十嵐工業だったが、みなが離れていき残ったのは私一人。事業をやるために何をすればいいかさえも分からなかった。そして、最悪なことを二十年近く右肩上がりで急成長を続けていた仮想通貨はこの三か月で大暴落をし、一気に最高値の半値にまで下落したのだった。毎月買い増しをしていた口座は一気にマイナスに転じ、税金対策として税理士を雇った時にはもう何の対策がとれないほどにまで赤字が膨れ上がり、継続不可能と判断され、先月自己破産をしたのだった。私は、かつての肩書きもプライドも捨ててピアノ教室の受付に応募した。これもすべてあの女の娘が通っている。ただそれだけのためだ。「星野」という姓を名乗ると面接官は恐縮しその場で採用が決まった。仕事は受付として来客をさばき、セキュリティカードの貸し出しを確認する程度の些細な事務作業のみ。実質、私の監視の目は、この待合室という箱の中に固定された。レッスンの時間は毎週火曜の午後二時半から四時。私のシフトも、着替えを含めて退勤時間を彼女の退出タイミングに完全に同期させた。シミュレーションは万端。あとは、獲物が現れるのを待つだけだ。時刻は午後三時五十五分。レッスンを終えた子供たちが次々と部屋から溢れ出てくる
遥side「社長宛ての来客がありまして……今、応接室に案内しました」「来客ぅー?俺は聞いてないぞ。そんな飛び込みでやってくる無礼者なんか追い返してしまえと言っているだろう!」品のない岡田の声が応接室まで筒抜けで響いている。こんな会話を相手に聞かせるなんて本当に執事をやっていたのかと疑いたくなる。これだけで質の低さを露呈しているようなものだ。小さくドアをノックした後に面倒くさそうにドアを開けた岡田だったが、私の顔を見た瞬間に信じられないという表情で目を大きく見開いてその場で立ち尽くした。「遥……なんでお前がここに。……どうせ仕事もに見つからず路頭に迷って助けを求めてここにきたんだろう。恩知らずのお前を助ける義理なんてない」私の事を何も知らない様子の岡田は、馬鹿にした態度で嘲笑している。その態度にうんざりして呆れて大きく溜め息をついてから今までの雪辱を晴らすように力強く見つけて声を張った。「恩知らず?……私の人生を狂わせて、自分だけいい思いをしておいてよく言うわね。私が何も知らないとでも思っているの?」「なんだ、その聞き方はっ……!お前を育ててやったのはこの俺だ。もっと感謝すべきじゃないのか?」
遥side「直人君、遥。大事な話がある。僕の部屋まで来てくれないか」俊に呼び出されて私たちが部屋へ向かうと、俊の表情は重く、ただならぬ空気を醸し出していた。何か重大なことが起きたのだと予感し、直人と顔を見合わせながら彼の正面に座るとすぐに本題へと入っていった。「実は、住吉奏多から僕の元へ連絡があったんだ。遥が住吉と結婚するきっかけとなった、あのスキャンダルについて裏で糸を引いていた怪しい人物が浮上したとね……」俊はそう言うとタブレット端末から一枚の写真を私たちに見せた。画面に映し出された二人の男の顔を見た瞬間、よく知っている顔に喉元までせり上がるような激しい怒りがこみ上げてくる。「これは……岡田。もう一人は誰なの?」「岡田の隣にいる男は、当時住吉商事と成瀬商事の商談で統括責任者を務めていた安井という人物だ。二人は旧友であることが判明し、ある時期を境に急激に羽振りが良くなったという悪評が絶えない。岡田は執事を辞め、その実績を盾に家政婦やホームヘルパーを扱う派遣事業を経営しているよ」「岡田が派遣事業……? 岡田は私利私欲にまみれた男よ。きっと相手が拒否しにくいような理由をつけて中抜きをして私腹を肥やしているに決まっているわ」「もう一人の安井もまた
思い返せば、私の人生は完璧そのものだった。欲しいものはすべて手に入れてきた。高価な鞄や服はもちろん、学歴や地位、そして人の心までも、指先一つで命令し思いのままだ。奏多も私の掌の上で踊らせ、世間的には事実婚に思われせることに成功していた。しかし、東宮俊という触れてはいけない悪魔に触れた瞬間、すべてが崩れ去った。俊と奏多によって過去の悪事を暴かれた私は、周りの信用を瞬く間に失った。会社は住吉の傘下から切り離され、社員たちは、一斉に去っていった。事業を動かす人手も資金も失い、独力で再起など到底不可能。これまで「麗華の望みならなんでも叶えてやる」と甘やかしてくれた父でさえ、今は別人のように私の事を疎ましく思うようになり、顔も見たくないという態度だ。「もう私の手に負えない。これ以上、私に頼ってくるのはやめてくれ」そう言って冷酷なまでに突き放された。また、過去に私を積極的に誘いチヤホヤともてはやしていた男たちすらも気が付いたら誰もいなくなっていた。彼らはみんな他の女と結婚し平穏な家庭を築いている。せっかく私から連絡をしてあげたのに、迷惑そうな反応で「もう二度と連絡を寄こさないでくれ」とか「この電話を切ったら着信拒否するから」なんて言われたり、あるいは無視を決め込んで既読スルーする始末だ。「……何よ。みんなして一体どういうつもり? あんなに私に熱心に誘って、私がいいって言い寄ってきたくせにっ……!」鏡に映る私は、以前の華やかさを失い、どこか痩せこけている。部屋に溢れているのは、新作が出るたびにねだって買わせた興味のないブランドバッグと靴







