Se connecter奏多side
都内五つ星ホテルの大広間は、眩いばかりのシャンデリアの光と豪華な生け花で、会場全体が見事に洗練されて高級感のある雰囲気を作り上げていた。
『五十嵐工業 新社長就任披露パーティー』壇上の上に大きく掲げられた看板を俺は麗華の隣で静かに見つめていた。経営難の子会社に、実務経験ゼロの彼女を据えるという無茶を押し通した父への不信感と、現場の混乱を収めるための激務が、俺の心に影を落としていたのだ。
「見て。こんなにたくさんのお花が届くなんて、私の新しい門出をみんなが祝福してくれているんだわ」
今日の主役である麗華は、真紅シルク生地にゴールドの刺繍をあしら
麗華side「……ご忠告、痛み入ります。ですが、その話の真偽を判断するのは僕自身だ。あなたの話を、そのまま鵜呑みにするほど僕は愚かではない」「ええ、それでいいの。今は信じられなくても、いずれ分かる日が来ます。でも、後悔してからでは遅いのです。……私は、いつだってあなたの味方ですからそれだけは覚えていてください」俊はそれ以上何も答えず、苛立った様子で背を向け会場の奥へと消えていった。その背中を見送りながら、ドレスの裾を優雅に整えた。最初から信じてもらえるとは思っていない。けれど、今持った毒が時間が経つにつれ、じわじわと広がり、疑念となればいい。私が「奏多の婚約者」だったというのは、真っ赤な嘘。けれど、この嘘によって、私は「奪われた被害者」という悲劇のヒロインになり、話の信憑性は飛躍的に高まるはず。(ふふ……。あの女は奏多を騙して地位を手に入れた。世間も、そして奏多自身もそう思っている。私はただ、少しだけ事実を彩って伝えただけよ。私は嘘はついていないわ。そのことを知れば、東宮家内でもあの女の信用は落ちる。そして、危険を冒してまで忠告して守りたいと言った私の株もあがるはずだわ)奏多の過去のスキャンダル記事なんて、ネットを探せばいくらでも出てくる。そして、俊は必ず調べるはずだ。その時、記事に踊るいかがわしい文字を見た時、結婚するしかなかった状況を理解し、わざわざ忠告をした私の存在が大きな意味を持ち始める。疑いがじわじわと広がり真っ黒に染まった時、彼はあ
麗華side「あなたは、東宮家の後継者として産まれた時から様々な教育を受けて、それは、愛情や期待であると同時に大きなプレッシャーでもあったはずです。でも、あなたは、そんな環境の中でも確実に実績を残してきて、若くして東宮グループの社長の座にまで昇り詰めました。親族と言う理由だけでなく、あなたの努力の賜物だと私は思っています」「……それが遥とどんな関係があるというのですか」即答で反論するように答えてくる俊に対して、私は含み笑いをしてからゆっくりと言い返した。「あなたは今後の東宮家を引っ張っていき、ゆくゆくは全てを支配するトップに君臨するはずだった。それが、急にどこの馬の骨かも分からない”妹”と名乗る人物が出てきて、本心はどう思っているのかしら……面白くないという気持ちが湧いても致し方ないことだと」「馬鹿馬鹿しい。私はあなたとは違う。二度とそんなことを口にしないでいただきたい。お引き取りください」俊は私の言葉を一蹴し、今度こそ立ち去ろうとした。まだ話のインパクトが足りない。「あなたは……妹さんが『結婚』した本当の理由をご存知なのですか?」俊の足が、氷に閉ざされたようにピタリと止まった。
麗華side「あの……」俊とハリーが二人で話をしているタイミングを見計らって再び話しかけにいった。私が声を掛けると、殺気だった目で俊が睨みつけてくる。一方のハリーは、少し驚いたように目を丸くして口をすぼめていた。「ハリー様、先ほどは大変失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。……実は、仕事で少々看過できないトラブルの報告が入った直後でして、お恥ずかしいことに、感情を制御できず取り乱してしまったのです」私は、さも「責任感ゆえの失態」であるかのような言い訳を、潤んだ瞳と共に添えた。 ハリーは温厚な性格なのだろう。「大丈夫、気にしないで。誰にでも悪い日はあるよ」と、再び独特の片言の日本語で返してくれた。その様子を見ていた俊の、氷の彫刻のような険しい表情がほんの少しだけ和らいでいる。(……手応えあり。やっぱろ男は『しおらしい健気な女』に弱いのよ)今の謝罪は、ハリーに対してではない。俊が持った『礼節に欠けた女』という私のイメージを払拭し、『自分の誤った態度はしっかりと謝罪することのできる賢明な女性』という印章に変えたかった。だからこそ、二人が話をしているタイミングで声を掛けたのだ。さあ、外堀は埋めた。次は、この目障りな世界的大富豪をこの場から排除し、俊と二人きりになる番だ。その時だった。
奏多side都内最高級ホテルの大広間。天井から降り注ぐ煌びやかなシャンデリアの光は、日本経済の頂点に立つ者たちの欲望と野心を、これ以上ないほど照らし出していた。本来なら、住吉商事の代表として、多くの経営者たちと交流を深めるべき場面だ。だが今の俺は、会場の隅にそびえ立つ巨大な大理石の柱の影で、指先まで冷え切ったシャンパングラスを握りしめていた。視線の先には、透き通るような純白のシルクドレスを纏い、優雅に周囲と談笑する遥の姿があった。(……遥、お前もここに来ていたのか)胸を締め付けるような苦しさを覚えながら見つめていると、彼女と談笑していた相手が、親しげに手を振ってその場を離れた。遥も穏やかな会釈で見送っていたが、遠くにいる俺に気がつくと一瞬で笑顔が固くなった。その様子に、遥の隣にいた月島直人が即座に気が付いて反応した。彼は俺の視線を遮るように遥の前に立ち、鋭い刃のような眼差しで俺を睨みつけてくる。以前、俺に対して正々堂々と「遥は僕の恋人」だと宣言をしてきた。いつの間にか遥も彼のことを「月島さん」から「直人」と呼び捨てにしている。二人が付き合っていることは疑いようのない事実となっていた。心配して遥の肩に手を置く姿をみると、今も二人は付き合っているのだろう。それどころか、『花蓮』という子どもまで連れて三人で歩いていたのを見ると月島とは事実婚の可能性さえある。
麗華side(あの二人も来ていたなんて、本当に目障りね。……でも、まあいいわ。俊の近くにあの二人がいることなんて、今後もいくらでもあるはずよ。こんな程度で怯んでいたら落とせる男も落とせないわ)俊を落とそうという時にあの二人がいるのは邪魔だけれど、私が俊を翻弄し東宮家の人間になれば、私の方が上の立場になる。そうなれば、あの女と顔を合わせる時間は、私にとって優越感を味わうための至福の時間に変わるはずなのだ。そう自分に言い聞かせて、俊に向かって一歩、踏み出した。人波をかき分けて、一歩、また一歩と俊に近づいていく。 先ほどまでは人混みに紛れて頭の先しか見えなかった俊の姿が、近づくにつれて鮮明になっていく。仕立てのいいネイビーのスーツが彼の引き締まった長身をより一層際立たせていた。あと三メートル。 その距離まで詰めた時、俊がふいに顔を上げ、一瞬、目が合った気がした。(今よ。このタイミングを狙って一気に近づいて話しかけるのよ)得意の笑みを彼に送って彼の視線を独占し、そのまま私の術中に引きずり込もうとした、その時だった。「ここにいたのか、会いたかったよ」誰かが俊の肩を親しげにトントンと叩くと、親愛に満ちた太い声で私と俊の間に割って入った。俊は、声の主の方へと晴れやかな表情で振り向いた。
麗華side今夜、都内最高級ホテルの大広間では日本の経済を動かす錚々たる顔ぶれが集う「経営者交流会」が開かれている。本来なら、私も奏多と一緒に住吉の代表として出席する予定だったが、あのSNSの騒動のせいで、奏多から来なくていいと冷たく突き放されてしまった。(ふん、何が『来なくていい』よ。私を侮辱させていて何よ。でも、こっちは会場も時間も事前にスケジュール登録してちゃんと覚えているんだから。甘く見ないでよね)招待状などなくてもこの場に潜り込む術を知っている。今回のパーティーは規模が桁違いだ。東宮グループが参加しないはずがない。そして、私の狙いはただ一人。遥の兄であり、東宮家の次期後継者である東宮俊だった。俊に話しかけるチャンスは掴むために、私の肌の白さを際立たせるシルクの深紅のドレスを纏った。背中が大胆に開いたデザインは、並大抵の女には着こなせない。唇には、血のような鮮やかなマットな口紅をして、髪はハリウッドセレブのようにウェーブにセットした。気分はレッドカーペットを歩く海外セレブだった。会場に足を踏み入れると、高価な香水の香りと、金に物を言わせた会話のざわめきが心地よく耳に届く。シャンパングラスを片手に、男たちの胸元に光る社章を瞬時に見て、心の中で品定めをしていると、見たことのある印章が目に入った。(あら、あそこにいるのは『月島銀行』の人たちね。今日は、銀行も参加しているのね。あの女の横にいる月島っていう男、頭取の実の息子だって話じゃない……)
遥sideパステルブルーのドレスに着替えたあと鏡の前で唇に最後の色を乗せてから、私は深く息を吸い込み重厚な扉を開けて玄関へと向かった。支度を終えたタキシード姿の俊と娘の花蓮が私を待っていた。「遥、素敵なドレスだね。とってもよく似合ってい
奏多side土曜日、朝食を終えて着替えを済ませてからクローゼットの中を見渡すと、一昨日届いたばかりの新品のスーツと鞄だけが美しく並んでいた。ゆとりの感じられる風通しのいいクローゼットは、見ていてとても清々しい。「さて、神山に移動させた荷物の場所を聞いて確認するか……」階段を降りて執事の神山を探すと、電話をしている最中だった。受話器を両手で持ち、時折深く頭を下げながら対応していてまだ時間がかかりそうだ。「奏多様、いかがなさいましたか?」神山の様子を伺っていた俺に、古くからこの屋敷に仕えている家政婦の一人が声をかけてきた。「ああ。一昨日からクローゼットの整理を頼んでいたが、出した荷物が
奏多side「奏多! 聞いたわよ。月島銀行が監査に来るんですって? 面倒なことになったわね。私のパパから月島銀行の役員に話を通してもらうようにしましょうか?」秘書の制止を振り切って入ってきた麗華は、俺にねだって手に入れたばかりの限定モデルのブランドバッグを乱雑にデスクに置いた。
奏多side「……会長! 子会社の代表を、五十嵐から星野麗華に決定したとはどういうことですか」週明けの月曜、午前九時。 住吉ホールディングスの会長である父に呼び出され、部屋に入ると、麗華の社長就任の話を言い渡された。「な