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第584話

Auteur: 桜夏
出国するつもりか?

それなら、今回で必ず仕留めなければ。出国されたら、もう手出しできなくなる。

透子は相談室で二時間近くを過ごし、ビザの申請手続きや必要条件、語学の要件などを十分に理解した。

さらに、各国の現地での就職状況や、最終的に決めた国について調べ、外に出た頃には、すでに四時近くになっていた。

透子の手には分厚い資料の束があり、彼女は最終的に決めた国にどんな求人企業があるのか、歩きながらそれに見入っていた。そのため、壁際に立って煙草を吸っていた男には全く気づかなかった。

やがて背後から足音が聞こえ、しかもそれがずっとついてくる。軽くて速いその足音に、透子は眉をひそめ、何か変だと感じて無意識に振り返った。

その瞬間、サングラスとマスクをつけた大柄な男が目に飛び込んできた。そして、両手が猛スピードで彼女に襲いかかってきた。

透子は驚きで目を見開き、慌てて逃げようとしたが、男は片手で彼女の首を締め上げ、もう片方の手で口と鼻を覆った。

透子は相手の力に全く抵抗できず、必死に手で叩き、足で踏みつけ蹴り上げた。恐怖に駆られて叫ぼうとしたが、通りかかる人は誰もいなかった。

彼女は完全にパニック状態になった。真昼間、こんな商業エリアで、しかも防犯カメラもある場所で、自分に襲いかかるような大胆な人間がいるとは思いもしなかった。

しかし、今さら近道をしたことを後悔しても遅い。誰も助けてはくれない。自力で脱出するしかない。

彼女はもがきながら、こっそりとバッグからスマホを取り出そうとした。だが、ロックを解除して電話をかける前に、手が痺れて力が入らなくなってきた。

それだけでなく、体も同じだった。まるで全身の力が抜けていくようで、同時に視界もぼやけ始めた。

透子はそこでようやく、男が自分の口を覆っている手のひらに、人を気絶させる薬品が塗られていることに気づいた。

それが、頭に浮かんだ最後のはっきりとした考えだった。そして彼女は、暗闇の中へと意識を失った。

女の体がぐったりするのを見て、男は彼女の腰を支え、抱きかかえて外へと歩き出した。同時に、彼女のスマホを拾い上げ、ズボンのポケットに入れた。

その場には、地面に散らばった資料の束だけが、唯一の犯行の証拠として残されていた。

これで女を気絶させた。あとは郊外に連れて行って密かに始末するだけだ。薬の量は、
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