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第200話
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離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第809話
伶は手首の腕時計に目を落とし、天井の暖かなライトが彼の彫刻のように整った横顔を照らしていた。削り出したような顎のライン、高く通った鼻、そして墨のように暗い瞳は一切の動揺を見せない。「もしこの証拠が他人の手から出たものなら疑えばいい。だが、俺の手元から出たものだ。たとえ雲城で一番の弁護士を総動員しても無駄だ」莉子は恐怖で腰が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。伶の実力を知らないはずがない。今日が他の誰かなら、逃げ道もあったかもしれない。だが相手が伶である以上、逃れる余地はもう一切ない。ちょうどそのとき、音に気づいた悠良と葉が休憩室から出てくる。二人とも状況が飲み込めず、呆然と莉子と伶を見つめていた。莉子は悠良を見るや否や、藁にもすがる勢いで駆け寄り、まるで仲の良い姉妹のように腕を絡める。「お姉ちゃん、見てよ。お義兄さんまだ私のことを敵視してる。また私を刑務所に戻したいみたいで怖いよ」律樹はその白々しい演技に、心底殴りつけてやりたい衝動をおぼえる。「ここまで腐れるとは。悠良さんが善意で出してやったってのに、大勢の前で彼女を貶めるとか、お前どんな面して言ってんだ？孝之さんの病気だって、ここにいる全員知ってるだろ。悠良さんが権威ある医者を探してこなかったら、生き延びられたかすら怪しかった。なのに孝之さんが倒れてた間、お前は何してた？一つでも役に立つことしたか？」その一言一言が鋭く突き刺さり、莉子は固まったまま一語も返せない。葉も黙っていられず、指を突きつけて怒鳴る。「あんた、どういう神経してんの！悠良とお父さんが話をつけなかったら、今ここに立ってるわけないでしょうが。しかも悠良はお父さんを刺激しないよう気を配ってたのよ！小林家は誰もかれもあんたを甘やかしてた。ちょっとでも公平な人間がいたら、あんたはとっくに拘留所送りよ。自分の立場をちゃんとわかってるの？ここまでしてくれた悠良に対して、その言いぐさは何なの？恩を仇で返すっていうの？！」莉子は必死に首を振る。「私そんなこと言ってない！お姉ちゃん、信じて。私本当に何もしてないの！」悠良は愚かではない。妹の腹の中ぐらいとうに読めている。感情を一切見せず、淡々と言い放つ。「私が莉子を出したのは、確かにお父さんとの取引があったから。私はそ
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第808話
律樹の名前が出た瞬間、莉子の額にはじっとりと冷や汗がにじんだ。伶が彼を呼びに行く前に、律樹のほうが自ら外から姿を現す。彼は声を張り上げた。「僕は証言できる。莉子は昔、本気で悠良さんを殺そうと下手人を雇おうとしてた。僕がそのとき金で雇われた当人だ」「はぁ！？」「嘘だろ......今の聞いたか？莉子が悠良を殺すためにこいつを雇った？でもこいつ、今は彼女のアシスタントだろ？」「ああ。孝之さんが亡くなったって電話してきたのもこいつだったぞ」「人生で聞いた中で一番ぶっ飛んだ話なんだけど。つまり、悠良を殺すために雇われた男が、今は彼女のアシスタントってこと？」「悠良、肝が据わってるな。時限爆弾抱えてるようなもんじゃないか」「何考えてんだか」莉子は、まさか律樹まで現れるとは思っておらず、言葉を失う。律樹は軽蔑丸出しの目で彼女を見下ろし、吐き捨てるように言った。「莉子、人としてそこまで腐れるって逆にすごいよ。悠良さんが情けかけて出してやったそばから、親戚や友人の前で彼女を貶めるとかさ」莉子は顎を上げ、鼻で笑う。開き直り全開だった。「あんた、悠良と組んだのね？でも残念、誰も信じていないみたいだよ。証拠もないくせにペラペラ喋ってんじゃないわよ」「証拠が欲しいのか？」伶の声は氷のように冷たく、軽く手を上げて後ろに控えていた光紀に合図を送る。次の瞬間、スピーカーから莉子の尖った声が流れ始めた。「律樹、この金額ならもう十分生きていけるでしょ？どうせ先は長くないんだし、最後くらい好きに生きなよ。ちゃんと気をつければ絶対バレない。注射したって誰にもわからないし、彼女は痛みすら感じないんだから」そこまで流れたところで、光紀が一旦停止ボタンを押す。莉子の顔から一気に血の気が引き、よろめきながら後ずさる。録音を聞いたショックで言葉にならない。「な、なんで......なんでその録音が......うそよ......」伶は目を細め、唇に皮肉な笑みを浮かべた。「この世に君ほど頭が回る人間がいないとでも？」最初は明らかに怯えていた莉子だが、ほんの一瞬で態度を翻し、強気に出る。「ねぇ、あんたたち頭大丈夫？そんなことして何の意味があるわけ？訴えはもう取り下げられてるのよ？私は無罪放免、あんたたちに私を告発する権利なん
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第807話
「みんなの言う通りよ。確かにお父さんは病気だったけど、体調も安定していたの。ところが今朝、お姉ちゃんがお父さんに会ったあと、昼には訃報が届いたのよ。私は家の使用人たちにも確認したわ」莉子の声は冷ややかに響いた。「使用人も言っていた。本来ならお父さんの体はまだ持ちこたえられるはずだった。でも朝にお姉ちゃんが来てから様子がおかしくなった。ずっと気分が落ち込んで、薬も飲まずに部屋に閉じこもって......正午十二時半、急に発作が起きて、そのまま言葉も残せなかったの」彼女は集まった親族たちを一瞥した。「信じられないなら、使用人たちに直接聞いてもいい。屋敷の誰もが知っていることよ。嘘かどうかなんて、すぐにわかる」莉子の断言に、親族たちは次第に疑念を抱き始めた。「もしかして悠良は小林家の財産のために、わざと父親を刺激した？」「あり得るな。前から二人は財産のことで揉めていたって話だ」「もしそれが原因なら、徹底的に調べないと」「そうだ、小林家の財産をこんな人間に渡すわけにはいかない」その声に、伶の目が鋭く光る。氷刃のような視線が人々を掃き、一斉に悠良を断罪するような空気を切り裂いた。彼は口を開く。冬の底より冷たい声が、莉子を突き刺す。「莉子。お前は『姉が訴訟を取り下げて自分を出してくれた』と言っていたな。その姉を、今度はこんなに大勢の前で侮辱するのか」莉子は眉をひそめ、すぐに潤んだ瞳でか弱い娘を演じる。「私、ただ事実を話しただけよ。寒河江社長がお姉ちゃんを好きなのは知ってる。でも事実は事実でしょ？」「事実、だと？」瞬間、伶の眼差しに荒波が立ち、抑え込まれた怒気が墨色の瞳にあふれる。場の空気が一気に凍りついた。「小林家の親族たちは知っているのか？お前がかつて、自分の姉を殺すために人を雇おうとしたことを。長年、外で自由気ままに生きてきたが......その命はもう惜しくないみたいだな」その言葉に莉子は一瞬、狼狽の色を浮かべた。しかしすぐに顔を作り直す。「何を言ってるの？私がいつそんなことしたっていうの」伶は一歩踏み出す。その大きな影が覆いかぶさり、鋭い視線は刃のように彼女を射抜いた。「認めなくても無駄だ。事実は消えない。調べればすぐに分かることだ。お前がなぜ拘留されていたのかもな。姉は
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第806話
「そうだよ、悠良。顔色も良くないし、少し休んだほうがいいよ」葉は悠良を支え、奥へと歩かせる。宏昌は椅子に腰掛けていた。もともと高齢だが、この数時間でさらに数キロ痩せたように見え、眼窩も深く落ち込んでいる。その苦しさは想像を絶する。その頃、莉子は伶を見つけ、まるで何事もなかったかのように近づいた。「お義兄さん」伶が顔を向けた瞬間、その深い視線が冷たく曇る。「なぜお前が」「私がここにいちゃいけないの？お姉ちゃんが私を出してくれたの、知らないの？私、もう改心したし、これからは家族みんな仲良くやっていくつもりだよ」にこやかに笑う莉子。だが伶の表情は崩れない。見下ろすように一瞥し、低く言う。「そんなのどうでもいいが、一つ聞こう。小林家の次女――父親が亡くなったばかりなのに、悲しむ様子もなく、俺と談笑する余裕があるとはな」声は大きくない。だが周囲の親戚たちにははっきり届いた。その言葉に莉子は、一瞬で自分の発言の不自然さに気づき、顔に気まずさが滲む。親戚たちはざわつき始めた。「悠良は確かに私生児だけど、葬儀の段取りも連絡も全部彼女がやってるじゃないか」「こんな時だし、本人が全部電話できなくても仕方ないよ。助手を使ったって責められない」「なのに莉子。昔、孝之さんは彼女を迎えに行くために宏昌さんが悠良を追い出すほどだったのに、今じゃ父親が死んでも平然としてる」「ほんとよ。知らない人が見たら、まるで他人の親が死んだみたい」莉子の顔はみるみる青ざめ、唇をきつく噛みしめる。内心、責める矛先はすでに悠良に向いていた。だから悠良と同じ空間にいるのが嫌なんだ。どこへ行っても、比較される。褒められるのはいつも悠良ばかり。自分は田舎で育ち、何もかも悠良には及ばない。比べられれば比べられるほど、胸の奥がざらつく。伶は視線を伏せ、冷ややかに一言。「聞こえただろう。人として最低限の良心を持たないと。たとえ育ての親じゃなくとも、血は繋がってる。よく考えることだな」さっきの親戚の言葉で既に不快感は限界だった。そこでさらに伶から説教。何より耐え難いのは、誰も彼もが悠良の味方ばかりという現実。自分がどこで彼女に劣るっていうの？嫉妬がむき出しのまま瞳にあふれ、毒を宿した
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第805話
悠良の顔から血の気が引き、唇が震えた。「お父さんが......亡くなったって......」律樹は衝撃でブレーキを踏み込む。「どうして急に」「わ、私にもわからない......私が刺激しちゃったのかな......」悠良は、家に戻ったとき父に言い放った言葉を思い出し、胸の奥に罪悪感がこみ上げる。孝之の体調をわかっていながら、あのきつい言葉をぶつけてしまったのだ。律樹は彼女の性格を誰より理解している。こういう時、全部自分のせいにしがちなのをよく知っていた。「あまり考えすぎないでください。この件は悠良さんとは関係ありません。孝之さんのことも、今日になって初めて知ったわけじゃないでしょう。もともと問題は以前からあったんです」肩にそっと手を置きながら、顔を曇らせる。悠良の様子があまりにも辛そうだからだ。「信じてください。もしどうしても自分のせいかもと疑うなら、一緒にお医者さんに行って、孝之さんが亡くなった原因が刺激によるものかどうか、聞いてみましょう」悠良は大きく息を吸い、涙を手で拭った。これからやるべきことが山ほどある。感情に流されている暇はない。たとえ生前、父と確執があったとしても、親子であることは変わらない。今さら恨みを持っても意味はない。せめて最後は送ってやらなければ。静かな声で律樹に向き直る。「小林家に戻りましょ。あとで名簿を渡すから、載ってる人たち全員に連絡して」「わかりました」まだ冷静に指示を出せる彼女を見て、律樹はほんの少し安堵する。この訃報はすぐに雲城中に広まった。本当は時間を見つけて葉にも会う予定だったが、数日は無理そうだ。だが葉は知らせを受けるとすぐに小林家へ駆けつけた。すでに弔問用の祭壇は整えられ、低く流れる哀楽の中、悠良と莉子は並んで膝をつき、孝之の遺影を抱いている。黒い服が彼女の蒼ざめた顔をさらに際立たせていた。葉はそっと近づき、悠良の肩に手を置く。顔を上げた悠良は、少し驚いたように言う。「葉？どうして？」「知らせを聞いてすぐ来たの。最初はデマかと思ったけど、確認したら本当だった......自分を責めすぎちゃだめだよ。悠良はできることをしたんだから」他人にはわからなくても、葉は知っている。悠良が父にどう向き合っていたか。
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第804話
「それから。契約書にもはっきり書いてあるけど、小林グループの相続権は放棄。小林家に関わる一切の事案には二度と口を出さないこと」莉子は勢いよく顔を上げ、契約書を叩き返した。「なんで？あれは小林家のものよ。私にも権利があるはず！」「権利？」悠良は鼻で笑った。「じゃあ聞くけど、あんたが雪江と結託して、お父さんの精神鑑定を捏造したときは？その時は自分が小林家の娘だなんて、これっぽっちも頭になかったみたいけど？」一歩踏み込み、莉子の目の前で声を落とす。「もう次はないよ、莉子。まだ死に足りないなら好きにすれば？」そこへ律樹がもう一つの書類を差し出した。そこには雪江の供述が添付され、二人が家産を奪う計画をどう練ったか事細かに記されている。莉子の顔から血の気が一気に引いた。「署名すれば、まだ生きる道はある」悠良の声は刺すように冷たい。「次、やらかしたら拘留どころじゃ済まないわ」頭上の木々を揺らす風が、枯れ葉を数枚落とす。莉子はその書類を長いこと見つめ、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめた末に、歯を食いしばって署名欄に名を書いた。悠良はサイン済みの契約書を引き抜き、車へ向かおうとしたところで背中越しに声をかけられる。「どうして急に私を出したの」一瞬だけ表情が止まり、すぐに言い放つ。「あんたには関係ないわ」莉子は嘲るように鼻で笑った。「どうせ人には言えない事情があるんでしょ？私が知ってるあんたなら、こんな簡単に手放すわけないもの」「それを理解してるなら、大人しくしてなさい。私が出せるってことは、戻すことだって簡単にできるってことよ」そう言って車のドアを開け乗り込み、そのまま車は砂煙を上げて遠ざかっていった。去っていく車をしばらく見送ってから、莉子はようやく気づく。ここは人も車も通らない辺鄙な拘置所。足はあっても、帰る術はない。手元には一銭もない。「バカ悠良！車があるなら乗せていけばいいのに！どうやって帰れっていうのよ！」一方その頃、車内の悠良は、暑さのせいか全身がだるく感じていた。律樹が水を差し出す。「どうぞ。今日は蒸し暑いですね」「そうね。焦ってるかもね、莉子。帰る手段もなく歩くしかないんだから」それもささやかな罰。痛い目を見れば、多少は頭も冷える。
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