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第546話

Author: ちょうもも
「私の気持ちはどうでもよかったの?」

玉巳はすっかり泣き腫らした顔で訴える。

史弥の胸の内は、今まさに炎のように燃え盛っていた。

もっと切実で厄介な問題が山積みなのに、玉巳はこんな場面でまだ彼に食ってかかる。

やっと押さえ込んでいた怒りが、再び勢いよく噴き出した。

「どうしちゃったんだ、玉巳。前は俺にこんなプレッシャーかけたりしなかっただろ。なんで急にそんなこと言うんだ......君は――」

言い終える前に、ふと視界に二つの見慣れた影が飛び込んできた。

史弥の瞳孔がぎゅっと縮み、無意識に拳を握りしめ、手の甲に青筋が浮き上がる。

その様子に玉巳も異変を感じ、つられるように彼の視線を追った。

そして彼女も凍り付く。

悠良が伶と、池のほとりで人目もはばからず口づけを交わしている。

なんて大胆な......!

普通なら気まずさからそっと身を引くところだろう。

だが玉巳は、わざとらしく一歩踏み出し、声を張った。

「悠良さん!」

声に気づいた悠良の体がびくりと強張る。

さっきまで伶のことを疑っていた自分が、急に恥ずかしく思えた。

伶が唇を離す。

悠良の頬には赤みが残り、唇は濡れてわずかに腫れていた。

その姿を見て、史弥の怒りは爆発した。

烈火のごとく歩み寄り、悠良を睨みつける。

「悠良、いい加減にしろ!ここは白川家なんだぞ!今日は大勢の親戚が集まってるのに、叔父さんと一緒にいるだけでも皆が受け入れられないんだ!それなのにこんな人前で......!

恥って言葉、知らないのか!」

伶は腕を組み、細めた目でただじっと史弥を見つめていた。

口を挟むことなく、まるで面白い芝居でも見ているかのように。

そして身をかがめ、悠良の耳元に低く囁いた。

「さぁ、叔母。『権利』を行使する時だ」

その一言で、悠良はすぐに彼の意図を悟った。

姿勢を正し、声を張り上げる。

「史弥」

不意の大声に、史弥は思わず肩を震わせた。

怪訝な視線を向けると、悠良が真っ直ぐに歩み寄ってくる。

身長差はあれど、その全身から放たれる気迫は決して引けを取らない。

氷のように冷たい視線で彼を射抜いた。

「さっき私が言ったこと、全く理解していないようね。私は今、あなたの『叔母』。つまり目上の人よ。

目上の人に対する最低限の敬意すら持てないの?

先生を呼んで、
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