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第696話

Author: ちょうもも
悠良は口を尖らせて「はーい」とだけ答えた。

そのままゆっくりと伶の後について階段を上がる。

胸の鼓動が急に早まり、今にも飛び出しそうだった。

まさか伶、もう何かに気づいているんじゃ......

疑われるとすれば、葉以外に思い当たるところはないはずなのに。

悠良はドアを閉め、指先をぎゅっと握りしめながら、平然を装って前に進んだ。

「どうしたの?」

伶が不意に振り返り、彼女をドアに押し付ける。

指先がコンコンとドアを叩き、腕時計の冷たい光が刃のように反射して彼女の体に落ちた。

「演技、なかなか上手じゃないか、悠良ちゃん」

悠良は一瞬だけ体を硬直させ、すぐに口角を引き上げて茫然とした顔を向けた。

「何の話?」

伶はさらに顔を近づける。

ヒマラヤスギのに混じったタバコの匂いが彼女を包み込んだ。

「葉の反応、妙だと思わなかったか?俺を見たときの目は恐怖じゃない。どう見てもやましいことがある奴の目だった」

悠良の胸が小さく震えた。

やはり......伶を疑わせたのは葉の態度だ。

彼女は掌に爪を食い込ませ、必死で声を落ち着ける。

「何言ってるの。あれは怯えたからでしょ。葉は元々すごく小心なの、寒河江さんも知ってるはずよ。だから私を呼んだんだし」

そう言って彼を押しのけようと手を伸ばしたが、伶はびくともしない。

鋭い鷹のような眼差しが悠良を射抜き、背筋に冷たいものが走った。

「葉の夫が借金するのは一度や二度じゃない。取り立てに来る人間も多いはずだ。そんな人間が、今回だけあんなに怯えるか?

しかも、俺を見たときだけあんな顔をしてた。まるで俺に借金があるみたいじゃないか」

悠良は、これ以上言い逃れはできないと悟った。

ならば話をすり替え、根本の疑問を突くしかない。

「ならそんな芝居、寒河江さんに見せて何の得があるっていうの?」

伶はしばらく彼女の透き通った顔を見つめ、やがて低く笑い声を漏らした。

悠良は思わぬ反応に目を瞬かせる。

「何がおかしいの?」

彼は彼女を解放し、一歩下がってスペースを与えた。

「悠良ちゃん、説明するチャンスをやるよ。まだ黙るなら、あとで俺が知ったとき泣くなよ」

男の笑顔は綺麗なのに、悠良には頭上から石をのしかけられているようで、息が詰まりそうだった。

彼女はあえて無関心を装う。

「調べたいならご自
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