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第773話

Author: ちょうもも
若菜と千景は、驚いた目で同時に悠良を見た。

まさか、こっそり聞いていたところをいきなり見つかるとは、悠良自身も思っていなかった。

三人が一瞬だけ視線を交わしたあと、若菜が慌てて口を開く。

「えっと......この人は漁野さん、小林さん、知ってるよね?伶の従妹」

悠良は腕を組み、そばのテーブルに体を預けながら、千景を頭からつま先までじっくりと眺めた。

「当然。でも、漁野さんはもう寒河江さんとは何の関係もないんじゃなかっかっけ?それとも、西垣にもらったお金がもう尽きたの?」

悠良は、自分でもわかるくらい皮肉混じりにそう言った。

広斗のために偽証までした女だ。

あの件はまだ決着がついていないけれど、いつか必ず真相は明らかになると彼女は信じていた。

千景は鼻で笑い、相変わらず悠良を見る目に露骨な敵意を浮かべる。

「いちいち嫌味言わなくていいわよ。西垣とはもうとっくに切れてるの。あの愚か者。だから私の従兄の足元にも及ばないのよ。

器も小さいし、どうせそのうち終わるわ。見る目ない男なんて興味ないからね」

悠良はそんな話に付き合う気もなく、黙ってスマホを取り出す。

千景に向ける視線すら惜しんでいた。

「漁野さんの将来なんて私の関知することじゃないけど、従兄に確認してみたほうがいいんじゃない?それと今回の松倉って男の件も──」

淡々とした口調にもかかわらず、悠良の目には妙な圧が宿っていた。

悠良が伶に電話をかけようとするのを見た途端、千景は血相を変えて彼女の手を掴んだ。

「待って!彼には言わないで!結局あんたは無事だったんだし、そこまでする必要ないでしょ?」

あまりにも軽い口ぶりに、悠良の胸の奥で何かが燃え上がる。

その声音には、思わず嘲笑が混じった。目には露骨な軽蔑が走る。

「はあ?何考えてんの?私の頭がお花畑だと思ってる?

二人でわざわざ茶番まで用意して、狙いは私の命だったんでしょ?まだ通報してないだけでも十分大目に見てる方なのに、黙っとけって?ふざけないで」

千景自身、焦りで頭が回っていなかったのか、悠良に隠してくれと頼んでしまったことに気づいて顔を歪める。

本当なら今すぐ伶に全部ぶちまけて、自分のライバルを一人減らしたかったはずなのに、追い詰められた彼女にはそれすらできない。

今となって頼れるのは若菜だけだ。

千景はそっと若
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Comments (1)
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智美
千景さんやっぱりただのクズですね そして若菜さんもね 例えゆらちゃんが死んでも怜はあなたとは婚約すらもしないですよ。 ずっと片想いしていてやっと恋人同士になれたんだからね。 ゆらを殺したりしたら二度と会ってももらえないし、殺されるんじゃないかなぁ。 ゆたが死んでしまったら怜は一生独身だよ。
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