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第233話

Author: 小春日和
真奈は微笑んだ。「わかったわ、一緒に帰りましょう」

中井が道を開けると、真奈はそのまま外へ歩き出した。途中でふと足を止め、問いかけた。「最近、浅井は司に連絡を取ろうとした?」

中井は軽く頷いた。「はい、浅井さんから何度か電話がありました。ただ、総裁の指示で対応しませんでした」

「わかったわ」

真奈の唇に微笑みが浮かんだ。

なるほど、浅井はまだ冬城にすがろうとしているのか。

まあ、当然だろう。ここまで追い詰められたら、彼女を助けられるのは冬城しかいないのだから。

中井は真奈が突然浅井のことを聞いたので、何か誤解しているのではと思い、すぐに弁解した。「奥様、総裁は本当に浅井さんと関係を断つと決めています。奥様はご存じないかもしれませんが、少し前に総裁が浅井さんを連れて派手にパーティーに出席していたのは、奥様に嫉妬してほしかったからです」

「言わなくてもわかってるわ」

真奈はただ穏やかに微笑んだだけだった。中井はその表情を見て、ふと息を呑んだ。

以前から奥様が変わったとは感じていたが、何が変わったのかはっきりとはわからなかった。しかし、今の表情を見て確信した。奥様が変わった理由は、もはや総裁が奥様の心の中で何の価値も持たなくなったからだ。

夜の闇が深まり、浅井は会食から逃げ出すと、こそこそと小さな路地へと足を向けた。

路地の中はがらんとして誰もいなかったが、浅井は警戒していて、徹底的に自分の姿を隠していた。

路地の奥にある小さな扉の前にたどり着くと、浅井はようやく勇気を振り絞り、鍵を取り出して扉を開けた。

「誰!誰なの?」

甲高い女性の声が部屋の中から響いた。

ここは古びた長屋の一室で、部屋の仕切りは薄い板一枚しかなく、部屋の広さは五平米にも満たない。夜になれば漆黒の闇に包まれ、昼間ですら電気をつけなければ手元すら見えないほどだった。

浅井はゆっくりと暗闇の中へ足を踏み入れた。

こんな貧民街にある部屋の家賃は月にわずか一万円。しかし、海城のどこを探してもこれほど荒れ果てた場所はない。それでも、ここに住もうとする貧しい人々は後を絶たなかった。

ここに住むことすら叶わなければ、家族を抱えて路上で暮らすしかないのだから。

扉の外の足音を聞きつけた女は恐怖で膝をつき、そのまま地面に額をこすりつけるように土下座を始めた。「本当にお金がないんで
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Comments (1)
goodnovel comment avatar
良香
こういう親がよくわからん。 親が子を育て、慈しみ、やがて社会へ送り出す、って言うのが当たり前に思う中、子供に自分の負債を負わせるってどうなん??? お前の借金はお前が返せよ。
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